10-I 魔力測定
初めて見る王都はきらびやかね。いくら三年前まで暮らしてたとはいえ、まだ二歳。覚えているわけがないわ。わたしは王都を眺める。見た目と広さは全然違うけれど、街の雰囲気はセイレンベルク公爵領の街とあまり変わらない。ここも散歩したいわ、そう思う。
しばらく街並みを進むと、ある屋敷の前で止まった。
「さあ、着いたぞ。ここがこれから暮らす僕たちの家だ」
そこは、セイレンベルク公爵領の屋敷より一回り大きかった。お父様に続いて中に入る。
中の雰囲気は元の屋敷と瓜二つ。だけど、配置が若干違うようね。みんなで屋敷を回り、場所を覚える。
そして、各々の部屋も決めた。わたしは二階の真ん中、庭と街が良く見える部屋にした。その後、問題の部屋も覗いてみた。もうベッドはないので、あの時と同じようなところに立つ。しかし、思っていたほどの恐怖はなかった。
「リーナ、大丈夫?」
「うん、大丈夫」
心配そうにするお母様に笑いかける。そうして新しい場所での暮らしが始まった。
引っ越し初日はさすがに何もしなかった。いや、本は読んだわ。結局お父様に借りた魔術の本は、部屋にあったわたしの本といっしょに持ってきてしまった。
馬車の中で気づいて言うと、大丈夫だ、と返ってきた。だから安心してまだ持っている。まあ、一度読み終わったんだけどね。簡単なコントロール方法も書いてあったし、もう一度読むつもりなの。そんなわけで本を読んで寝た。
翌日。朝食を食べたわたしは、お父様に呼び出された。
「リーナ、王宮に行くぞ」
「わかりました」
しっかりと支度して馬車に乗る。セイレンベルク公爵領と違って、王都では馬車移動が普通らしい。街ゆく人、じゃまに思ってるんだろうな。
王宮の入り口で検査を受けると、中はまるでおとぎ話のお城みたいだった。あちこちに剣を持った騎士がいる。お父様は気にもとめずに真っ直ぐに目的地に向かう。あわててついて行く。さすがにここではぐれるのは大変よ。
しばらく歩くと、お父様が足を止めた。扉の前の騎士に取り次ぎを頼む。
「お入りください」
扉の中は、まるで湖のような真っ青なカーペットが敷いてある豪華な部屋だった。シャンデリアまである。しかし、本棚はなかった。
わたしが部屋を見ている間に、部屋の主が現れる。カーペットとお似合いの、真っ青な髪。瞳の色はきれいな緑色。背はお父様の方が少し高い。そして、黒いローブを纏っていた。
「待ってましたよ、テオドール。お嬢さん、私は次期魔導師長、ジュレハント·フォン·フォルティスだ」
「よろしくお願いします、アイリーナ·フォン·セイレンベルクです」
わたしが覚えたてのお辞儀で挨拶すると、ジュレハント様は目を瞬いた。
「おい、テオドール、お前どんな教育したんだ?」
「普通だよ。ジュレハント、お前のとこもこんなもんだろ?」
「そんなわけあるか!」
親しげに話す二人。聞けば、幼なじみだという。その後も話し込む二人に放っておかれ、わたしは為す術もなく立ち尽くした。
(こんなことになるなら、本を持ってくればよかった)
いくら待っても終わりそうになかったので、お父様の袖を引っぱった。
「ごめんリーナ」
「ごめんよ」
謝られた後、奥に案内される。そこには、一際目を引く大きな水晶玉が置いてあった。
「アイリーナ、これにありったけ魔力を注ぎ込んでくれ」
ジュレハント様にそう言われて、水晶玉に手を置く。魔力を注ぐにつれ、水晶玉が様々な色に光る。赤、青、緑、茶、水、黄、金、そして黒。最後に、白色の光が部屋中を満たした。
光が消えると、お父様とジュレハント様が呆然と立っていた。信じられないものを見たような顔をしている。
「テ、テオドール、これは何の冗談だ?」
「いや、僕にもさっぱり……」
わたしにも状況がさっぱり理解できないの。わたし、何かまずいことしたの?お父様に聞く。
「お父様、わたし、何かしましたか?」
「いや、リーナが悪いわけじゃないんだけど……」
何かしでかしたらしい。
「ごめんなさい」
「アイリーナは謝らなくて良いんだよ。ちょっと、いやかなり混乱してるだけで」
ジュレハント様にそう言われた。わけがわからない。水晶玉がいろんな色に光ったのがだめだったの?
「結局あれで何がわかったんですか」
よく考えてみたら、あの水晶玉についての説明を聞いていない。そう思って聞いてみた。
「ああ、あれでその人の使える属性と魔力量が分かるんだ。例えば、赤だったら火属性っていう感じで。それで、光が強いほど魔力量も多いんだよ。だけど部屋中を満たす強さなんて……」
「それに、リーナは八色全て光った。僕ですら三色。三属性持ちですらかなり少ないのに……」
全属性持ちなんて聞いたことがない。その上、魔力量がとてつもない。確かに混乱する内容だった。自分がそんな特別だと思ったことなどないけれど。
「とりあえず父上に報告だ」
「ちょうど会いに来いって言われてるんだが、来るか?」
「ああ、頼む」
わたしたちは場所を移動した。しばらく無言で王宮を歩く。それぞれが考え事に夢中なようだった。
やがてある部屋についた。
「父上、陛下、魔導師長殿、テオドールです」
「入りなさい」
そこはとても豪華な部屋だった。さっきのジュレハント様の部屋とは比べ物にならない。ふかふかのカーペットは銀色で光を反射している。もちろんシャンデリアも。本棚を見つけて気分が上がる。
ソファーには三人座っていた。順に挨拶してくる。
「私はゲオルグ·サン·アイルクス。国王である」
「宰相で祖父のクリストファー·フォン·セイレンベルクだ」
「初めまして、魔導師長カリオン·フォン·フォルティスです」
「はじめまして。アイリーナ·フォン·セイレンベルクです」
マナーに一層注意しながら挨拶した。確か、王族に挨拶する時は、いいと言われるまで顔を上げないんだったな。わたしはじっとカーペットを見つめる。
「面を上げよ」
許可されて顔を上げる。目の前に国王陛下がいた。白銀の髪が光を反射してまぶしい。青のグラデーションみたいになっている瞳でじっと見つめられる。ちょっと怖い。誰だって目の前に国王陛下がいてじっと見つめられたら怖いでしょ。そこに一声入った。
「ゲオルグ、アイリーナが怖がっているじゃないか」
「すまない。こちらへおいで」
宰相に言われた国王陛下はわたしをソファーに案内した。お父様とジュレハント様もついてくる。そして三人と向かい合わせに座った。
「ここでは堅苦しい肩書きはなしだ。名前で呼んでくれ」
国王陛下、いやゲオルグ様がそう言った。金髪で蒼い目のお祖父様が続いた。
「ところでテオドール、魔力測定はどうだった?」
「それは気になる。空色の瞳ではどの属性持ちかわからん」
相づちをうったのはジュレハント様そっくりなカリオン様。青い髪に緑の瞳だ。その質問を受けて、お父様とジュレハント様が顔を見合わせる。
「それなんですけど……いまだに信じられないのでここでもう一度やってもらいます」
「リーナ、大丈夫。さっきと同じでいい」
「はい」
お父様に緊張しなくていいと言われ、ふうと息をつく。ジュレハント様が出してきた水晶玉に、再び手をかざした。
結果は変わらない。順に八色に光ると、またもや白い光が部屋中を満たした。
白い光が消えると、お父様たちに加え、ゲオルグ様、お祖父様、カリオン様まで固まっていた。そんなに珍しいことなのかな?わたしは首を傾げる。
しばらく固まっていた大人たちだったけれど、徐々に立ち直ってきた。まず、ゲオルグ様。
「な、なんと。これは、いや、もしかして……」
そしてお祖父様の方を向く。何か思い当たることがあるらしい。
「アイリーナ、手を見せてくれ」
言われた通りに手を差し出す。そして、紋章を見つけたらしく、じっと一点を凝視する。そして、わたしに話しかけながら紋章に触れた。その途端、声が響いてくる。
「大丈夫、少し驚いただけだ。怖かったか?」
『では、あの時女神様がお告げになったのはこの子のことか。しかし、全属性持ちでとてつもない魔力量を持っているとなると、あやつでなくても狙うだろう。どうしたもんか。』
「あ、あの、大丈夫です」
意味がわからなかったから、わたしはできるだけ何も考えないようにした。まあ、強く思わなければ大丈夫だと思うけど、ゲオルグ様のじゃまにならないように気を使ったわ。もっとも、すぐに離してもらえたけど。
「そうか」
「ゲオルグ、これは……」
「ああ」
ゲオルグ様とお祖父様には共通の心当たりがあるらしい。お父様は苦い顔をしている。そして、カリオン様とジュレハント様はわけがわからないという顔をしている。そして静かな部屋にお父様の声が響く。
「それでは僕たちは帰ることにいたします。リーナ、行こうか」
「はい」
何かを察したらしいお父様に連れられて、部屋を出た。一応聞いてみる。
「お父様、どうしたの?」
「あのままいたら、面倒な事に巻き込まれそうだったからな。ところでリーナ、陛下から何を聞いたんだ?」
お父様には見抜かれていたようね。他の人たちは分からない。重要なことだったら困るので、馬車に乗ってから聞いたことを話した。
「リーナは何か言ったか?」
「いいえ、何も考えないようにしました」
「偉いな。それなら大丈夫そうだ」
お父様に抱きしめられる。そうして王宮を出た。
家につくと、昼食を食べる。そして、ダンスホールに向かった。お父様は家についた途端にやって来た鳥について行った。面倒事に巻き込まないでくれ、そう言いながら。
王都の家のダンスホールはかなり広い。セイレンベルク公爵領のダンスホールの二倍くらいありそうだ。そこにミレーユさまと、お母様がいた。
「リーナ、今日は一緒に踊りましょう?」
「はい!」
少しテンションが上がる。そして、レッスンが始まった。今までと同じようにステップを身につけていく。それを見ていたお母様が一言言う。
「リーナ、こんなステップもあるのよ」
そして応用のステップもレッスンに加わった。一気に難しくなる。だけど、お母様がいるのに、間違えてばかりではいられない!わたしは一層気合を入れた。
ダンスのレッスンを終えて部屋に向かった。お母様、厳しすぎるわ!いや、怖いわけではないし、フランジーナさまほどではないけど、こんなに疲れたのは久しぶりよ。
そして机の上に置いていた本をとる。お父様に借りた魔術の本。初級の魔術が属性ごとに二~三個載っている。中級以上は書いてなかった。どの属性が使えるかわからなかったので軽く飛ばし読みしていたけれど、全属性使えるならしっかり読んだ方がいいよね。そうして本を開く。
『生活魔術は、魔導師ならば誰でも使えるものである。初級には『浮遊』、『点灯』『防壁』などがある。』
うん、全部お父様に習ったやつね。だけど『修繕』がないのは少し気になるわ。あれ、便利なんだよね、壊してしまったものを元通りにするの。早速わたしのお気に入りの本にかけてみたら、ついていたシワやシミがきれいさっぱり消えて、新品同様にしてくれた。気分が上がったのは言うまでもない。
本を読み進める。次は、火属性について書いてある。
『火属性魔術は、主に火を操るものである。応用として、周囲を暖めたりも出来る。初級には『点火』、『火球』などがある。』
ぶっちゃけもっと攻撃的だと思っていたけれど、そうでもなかった。我が家では、火属性持ちはお母様、レオンハルト、そしてわたしの三人だ。そう言えば、屋敷の中がいつも快適な温度なのはお母様の魔術のおかげかな?
気を取り直してちょっと使ってみる。手の上で見られればいいとイメージする。
「『点火』」
わたしの右手の上に、小さく火が出た。出来た!火を消して、小さく飛び跳ねる。『火球』は今度にする。ここだと燃やしそうで怖いの。
こんな調子で攻撃ではない初級魔術ならある程度使えるようになった。後でお父様に見てもらおう。どんな反応が返ってくるか楽しみね。
その日の夕食後。部屋にお父様がやって来た。
「それじゃあまず紋章からやろうか」
そして紋章の力をコントロールする練習を始めた。何も考えないようにすれば、相手には何も聞こえないようになった。逆も練習する。けれど、これが結構難しい。簡単に言えば、心を閉ざすのだ。しかしどうしても閉ざしきれずに声が届いてくる。
「紋章はここまでにして、魔術をやろうか」
「お父様、ちょっと見てください」
お父様がなんだ?と言ってわたしを見る。わたしは、さっき覚えたばかりの初級魔術を使ってみた。
「『点火』」
わたしの指先に火が点る。お父様が目を瞬いた。
「なんてこった」
どんどん新しく覚えた魔術を使う。終わるとしばらくしてお父様が口を開く。
「どこで覚えたんだ?」
「お父様に借りた本を読みました」
「それだけで?ここまで出来たのか!?」
唖然としている。初級魔術だし、そんなものだと思ったのだけど。出来た時は嬉しかったけど。
しばらくしてお父様がわたしを抱きしめた。
「リーナ、魔術を決して悪いことに使わないでくれ。これから、ずっと」
「わかりました。では、良いことに使います!」
約束だよ、そう言ってわたしの頭を撫でた。




