9-T 驚きの能力
話があると言ってアイリーナの部屋に入る。
「なんでしょう?」
「リーナの悪夢のことだ」
椅子に座って言った。アイリーナが怯える。それを見て一瞬躊躇したが、心を鬼にした。震える声で聞いてくる。
「夢が何か…?」
「実は、それは夢じゃないんだ」
言った途端、アイリーナが目を見開いた。ごめんな、辛いのはここからなんだ。僕はその時の状況を説明する。途中からアイリーナが大きく震え出した。僕は一度言葉を切り、右手を握って優しく頭を撫でる。
「ごめんなリーナ、知っておいて欲しいんだ」
アイリーナが頷いたのを見て、話を続ける。
「僕が家に着いた頃、リーナの部屋にたどり着いたそいつは、リーナに魔術を……相手を殺す『死の紋章』をかけた」
耐えられないようにギュッと目を瞑ったアイリーナ。思わず抱きしめると、両手で手を握ってきた。頭にとある光景が流れ込んできた。
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『おじさん、だれ…?』
夜遅くにドアを開ける音が聞こえて起きた僕─アイリーナは、部屋に入ってきた男に問いかけた。
『我は魔王、ヴィレヒト·マイド·ヴァイス。闇の邪王と呼ばれている』
『まおうさま……?』
『そうだ。お前を殺しに来た』
『どうして…?』
『邪魔だからだ』
不敵な笑みを浮かべる彼に、僕は恐怖で動けなかった。彼は呪文を唱え、ゆっくりと紋章を紡いでいく。僕は恐怖で目を見開いたまま。
『邪魔者は消えてしまえ!『死の紋章』っ!』
彼が叫んだ瞬間、自分が部屋に飛び込んできた。
『リーナ!!なっ、そ、そんな!?』
自分の顔が青を通り越して白褪め、ヘナヘナと崩れ落ちる。それを見た彼は、ニヤリと笑い、自分にも魔術をかけようとした。
『やめてっ!!』
言った瞬間、僕は白い光に包まれた。
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「リーナ、ごめんな、大丈夫か?」
震えながら泣いているアイリーナに問いかける。すると、アイリーナの心の声が聞こえてきた。
『お父様、いなくならないで』
「僕はここにいるよ、何も怖くないから」
敢えて声に出して言い、アイリーナを宥める。しばらくすると、泣き疲れたのか眠ってしまった。そっとベッドに寝かせると、ごめんなと言って部屋を出た。
自分の部屋に戻った僕はさっきの光景について考える。紋章によって映像や感情まで送られてきたのは驚いたが、問題はその内容だった。
(リーナ、あんな思いをしてたのか)
想像以上だった。少なくとも、僕に伝わってきた恐怖は考えていたものを上回る。そして、今回初めて知った、自分も殺されるところだったという事実。悪夢を見るたび僕のところに来ては僕が宥めていたが、こういう事だったのか。一度セシリアが宥めようとした事があるが、だめだった。セシリアも僕も何でだろうと思っていたが、納得がいった。
窓を叩く音がして振り向くと、伝鳥がこちらを見ている。窓を開けて中に入れると、頭に父上の言葉が響く。
『一週間後に出発するように。準備は整えておく。それと、私とゲオルグがリーナに会うのは、魔力測定の時で良いな』
父上達の中でアイリーナとの面会は確定事項のようだ。僕は諦めた。しかし、一週間後か。新年祭に間に合うようにとの図らいなのか?とりあえずセシリアには伝えておこう。
寝室で、一週間後に出発することをセシリアに伝える。どうも疲れていたらしく、そのまま眠りに落ちた。
翌朝。目を覚ました僕は既に起きていたセシリアに昨日の事を聞かれた。
「テオ様、リーナには何て仰ったの?」
話を合わせておきたいわ、そう言うセシリアを見ながら昨日のことを思い出す。アイリーナは泣き疲れて寝ていたし、思い出させてしまったし、悪夢を見ているかもしれない。せめて落ち着けるようにと温泉を用意することにした。
「シシー、それについては後で伝えるから、ちょっと手伝ってくれないか?」
「ええ、わかったわ」
二つ返事で了承したセシリアを連れて風呂場に向かう。そして水属性魔術、『冷泉』を行使する。若干のアレンジで水を乳白色にした。
「これをアイリーナ用に温めてくれ」
「いいわよ。『加熱』」
火属性魔術を使ったセシリアは聞く。
「どうして温泉をリーナに?」
「リラックスしてもらおうと思ってね」
ある程度ぼかしたが事実を言った。セシリアは腑に落ちないようだった。
アイリーナの部屋を訪れると、侍女のミルに止められた。
「アイリーナ様はまだお休みです」
「そうか。だったら、リーナが起きたら僕のところに来るように言ってくれ」
お風呂にも入れてくれ、そう告げて執務室に向かった。
執務室につくと、ジルにアイリーナを連れて来るように頼んだ。そして書類に目を通す。ジルに頼んだことは頭の片隅に追いやられる。しばらく仕事に集中しているとジルの声がした。入るように言って書類を読み進める。しかし、いつまで経ってもジルが何も言わないので顔を上げた。目の前にアイリーナが立っていた。
「いつからここにいた?」
「さっきジルに入れてもらいました」
「そ、そうか。待たせてごめんな」
忘れていた。仕事に集中しすぎたな。アイリーナに謝って隣の部屋に移動した。アイリーナが目の前に座ったのを見て聞く。
「昨日のことはもう大丈夫か?」
「はい、お風呂でいろいろ考えたけど、大丈夫です」
確かに今までに無いくらい落ち着いている。理由はよく分からないが、一安心だ。
「よかった、目も腫れがひいてるな。温泉のおかげかな」
「目が腫れて……?」
アイリーナがキョトンとする。
「うん、泣き腫らしてたからね、僕とシシーの魔術で温泉を用意したんだ」
「お風呂気持ちよかったです」
それは良かった。準備したかいがある。しかし、アイリーナに伝えないといけないのはあれだけではない。最も、これは父上のせいだが。僕は王都で父上達三人に会うことになったと告げる。アイリーナは混乱しながらも、会うことを了承した。
執務室から初心者向けの魔術の本と今日中に終わらせなければいけない書類を取ってくると、本をアイリーナに渡した。読む場所を指定して書類に目を落とす。ふとアイリーナを見ると、集中して本を読んでいた。
「リーナ、その辺でいいよ」
本を閉じたアイリーナに言う。
「じゃあ、さっそく何か魔術を使ってみようか。最初だから、『浮遊』」
初級の生活魔術を使い、アイリーナの持つ本を浮かせる。本を降ろすとアイリーナにやってみてと言った。出来るなんて思っていない。ただ本を読んで、僕が使うのを見ただけで使えるほど簡単ではない。集中したアイリーナが呪文を唱える。
「『浮遊』」
呪文を唱えると、本がふんわり浮き上がった。まさか。たったこれだけの情報で、『浮遊』を成功させただと?しかも一発で。唖然としながらもアイリーナを褒める。初めて魔術を成功させたのだ。とても嬉しそうにしている。
その後もいくつか簡単な生活魔術を教えてみた。そのことごとくを習得していく。さすがにこれは無理だろうと、冗談で中級魔術『修繕』を教えてみた。ビリビリに裂かれた紙を、アイリーナはものの見事に直してみせた。
ジルがアイリーナを迎えにきた。今日はここで終わり、そう言った僕に、アイリーナは本を借りたいと言ってきた。許可すると嬉しそうに本を抱えて行った。
(こりゃ、勉強熱心どころじゃないな)
あの調子なら、王都に行く前に『伝鳥』くらい習得しそうだ。普通なら適正があっても二ヶ月近くかかるというのに。それに、アイリーナの空色の瞳。どの属性が使えるのか、分からない。セシリアに相談しよう、そう思った。
その夜。セシリアに怒られた。アイリーナに聞いたらしい。
「テオ様、何を考えてらっしゃるの。いくらリーナが大人っぽくて賢いからって、まだ五歳なのよ。どれだけ怖かったことか、私たちが知っている以上のはずよ」
「すまない。確かに僕が思っていた以上だった」
その言葉に首を傾げるセシリア。僕は昨日のことを話した。ついでに、アイリーナの魔術についても。
「なんてこと。印が?」
印。そういえば昔父上が言っていたような……
「邪王に対抗出来る、印を持つ子供」
「何ですの、それ?」
思わず声に出すと、セシリアが聞いてくる。
「昔父上に言われたんだが、まさか……」
アイリーナが?この先の面倒事を予想し、僕はため息をついた。




