8-T 覚悟
アイリーナの部屋に来ると、控えめにノックする。夜も遅いし、寝ているようなら明日聞こう。
「リーナ、起きてるか?」
「お父様……?」
しかし、予想に反して中から声がした。ドアが開く。ちょうど寝ようとしたところだったらしく、ベッドに入った形跡があった。
「こんな時間にごめんよリーナ」
「どうしたの?レオンとチェルの読み聞かせはいいの?」
「シシーに任せた」
何せ、父上からの勧誘と今日のアイリーナのことを考えていたしね。椅子に座ると単刀直入に聞いた。
「リーナ、今日街で何があったのか教えてくれないか?」
「えっ?ど、どうして…?」
「うん、リーナがいつもとちょっと違ったからね。何もなかったならいいんだけど、不思議なことがあったのなら言って欲しい」
少し動揺したようだが、一息つくと口を開いた。
「お父様、実は……」
そうしてアイリーナから今日のことを聞いた。いつもより早歩きでついて行くのが大変だったこと、アイリスに魔術を使った僕が少し怖かったこと。そして、アイリスを抱き上げたら声が聞こえたこと。
「…そうか。怖い思いをさせてごめんな」
「いいえお父様、もう大丈夫」
目を伏せて謝り、アイリーナの頭を撫でる。しかし、アイリスの声が聞こえたとなると、『念話』ではないのか?確認のために手を見る。僕とつないだのは左手だから、何かがあるならそっちだろう。
そして前は無かったものを見つける。アイリーナの左の手のひらの真ん中に、うっすらと白い紋章がある。一応聞いてみる。
「リーナ、これは何だ?」
「今日の朝、起きた時に気づいたの。何かはわからない」
「ちょっと手を借りるよ」
紋章の力を確認しようと、手を胸に当てる。すると、戸惑ったアイリーナの声がした。
『何でこんなことするの?』
「理由か?それはこの紋章の持つ力を確認するためだ」
頭の中で話しかけると、驚いたように顔を上げたアイリーナ。その瞳は相変わらず空色で、やはりわざとやっているわけではないらしい。その上、この能力について知らないようだった。紋章の力とみていいだろう。
「ど、どうやって……」
『頭の中で言うんだ。この紋章には、お互いの考えていることを伝える力があるようだ』
『じゃあアイリスとも話せるの?』
『出来ると思うよ。だけど、この力は出来るだけ使わないでくれ。悪いことに使われるかもしれない。たぶん強い感情がなければ、力は発動しないと思う』
『わかりました』
やり方を教えるとすんなりと対応したアイリーナ。これは気をつけさせないと危険に巻き込まれることになるかもしれない。とりあえずこう言ったが、いつまでも左手を使わないわけにもいかないだろう。そこで、提案した。
「きちんとした魔術の先生を呼ぶまで、僕と練習しようか」
はいと言ったアイリーナを抱きしめる。ついでに魔術についても教えてあげよう。だけど、今日はもう遅い。
「ありがとう。それじゃあおやすみリーナ」
「おやすみなさい」
部屋を出て執務室に向かう。そして、机に積み上げられた書類を見てため息をつく。半分はここセイレンベルク公爵領の治世に関するもの。
残り半分は、宰相である父上が送ってきた王都の状況と闇の邪王に関するものだ。確かに書類を見る限り、王都は安全だ。父上の思惑は大体予想がつく。仕事を手伝わせ、宰相を僕に譲って隠居したいのだろう。
しかし、僕にとって重要なのは家族だ。だから今まで断ってきた。しかし……
(アイルクス王立学院の学院長の不正が見つかった、その後釜に国王陛下から推薦されている、か)
王都にある国の名を冠したアイルクス王立学院。国中の貴族が、十二歳になったら六年間通うことを義務付けられている。稀に魔力のある平民もいる。いわばそこは、国の縮図。平等を謳ってはいるが、序列は存在する。
故に、学院長は最も地位の高い王族か、それに準ずる者がなることになっている。父上なら適任であろう。
考え疲れて寝室に行くと、セシリアはまだ起きていた。
「テオ様、どうなさったのです。ひどくお疲れですわ」
「シシー…僕はどうすればいいんだ……」
優しくセシリアに抱きしめられる。さらに髪を梳かれ、撫で回される。
「テオ様、話してくださいな」
優しく問うてくるセシリアに悩みを打ち明けた。父上からの勧誘とその裏の事情、アイリーナのこと。聞き終わったセシリアは、頭を撫で回したまま答えた。
「明日の夕食で聞いてみたらいいんじゃないかしら。リーナは賢いわ、あの部屋に入らないように言えばいいわ」
「そうか、そうだな」
僕はセシリアを抱きしめる。物事を難しく考える必要はない、わからなかったら聞けばいい。セシリアに癒してもらって、眠りについた。
翌日。父上に自分の意向とアイリーナのことを伝えるために伝鳥を使う。紋章があることは伝えるが、その力は隠しておいた。そしてこのことは他人にはあまり知られたくない。伝鳥ならば、届いて欲しい相手にのみ、素早く情報が伝えられる。一応上級の生活魔術だ。
送り終わると書類に目を通す。机の上の六分の一ほど片したところで、伝鳥が帰ってきた。その情報を聞いて顔を顰める。
(父上、余計なことを……)
アイリーナの魔術の先生を探そうとしてくれたのは嬉しいが、何故それを国王陛下に告げたんだ。しかも、会いたいなどと……こっちの事も考えてくれと言いたい。言えないけど。
ため息をつくと、ちょうどジルがやってきた。
「テオドール様、夕食の時間でございます」
「わかった」
食堂に入ると、もうみんな揃っていた。僕が一言言って、食べ始める。食べながらみんなを見回していたが、アイリーナの様子に驚いた。真剣に食べ進めるアイリーナのマナーが大幅に上達している。レイチェルに食べさせていたセシリアも驚いている。
「リーナの物事の吸収力はすごいな」
「ええ、とても賢くて真面目ないい子だわ。今日学んだばかりなんですって」
とてもそうとは思えない。アイリーナは教えれば教えるほど伸びるタイプのようだ。
食事を終えて、どう切り出そうかと思っていると、それを察したらしいセシリアが口を開いた。
「テオ様、二週間後に新年祭がありますわ」
セシリアの気遣いに心から感謝して続けた。
「そうだな、今のところはここで迎えるだろうが、正直どうなるか」
「おとうしゃま?どこかいくの?」
「いいや、行かない…いや」
僕はみんなの顔を見た。
「一つ聞きたいんだが…みんな、王都で暮らす気はあるか?」
「お父様、どういうことでしょう」
「おうと?」
「ああ、実は少し前から父上に言われていてね。無理そうなら仕方ないが、出来れば王都に来て欲しい、と」
「私は構いませんわ」
セシリアが答える。二人して子供たちの方を向いた。
「リーナ、レオン、どうだ?ここより綺麗で華やかなところで暮らすのは」
「レオン、おうといく」
「わたしも、行きます」
「じゃあ決まり、今年の新年祭は豪華だな」
僕は微笑んだ。若干騙した気がしなくもないが、まあ仕方ない。横でセシリアが何か言いたげな目をしていたので、大丈夫だと言った。
一度部屋に戻って追加の伝鳥を送る。そして、父上の頼みを思い出す。
王都には三年前のことは広まっていないようだが、父上と国王陛下はご存知だ。事実を知る二人に会う当事者が事実を知らないのは、かなりまずい。
夢ですらあんなに怖がっているのに、初めて会う人に当然のように言われれば、恐怖は倍増するだろう。
(やはり、伝えるしかないか)
覚悟を決めてアイリーナの部屋に向かった。




