7-T 娘の変化
テオドール·フォン·セイレンベルク視点です。
あの夜から三年が経った。その間に長男レオンハルトと次女レイチェルが生まれた。セシリアとアイリーナはよく笑うが、あの時の恐怖を受け止めたかはわからない。
僕は直接魔術を受けた訳では無く、あの事をありのまま受け止めたが、セシリアとアイリーナはそうではない。助かったとはいえ攻撃を受けているのだ。父上から王都に来るように言われてはいるが、二人が怖がると思ってまだ言い出せないでいる。
アイリーナに至っては、たまに夢に見るほどだ。本人は悪夢だと思っているが。
今日も悪夢を見たらしきアイリーナを抱きしめる。そして、気分転換に街に行くことを提案した。目を輝かせたアイリーナはしかし、少し視線を落とす。
「でも、今日はダンスとマナーのレッスンがあります」
「ミレーユとフランジーナには僕が言っておくよ」
真面目で勉強熱心なアイリーナはレッスンを心配したらしい。僕がそう言うと、ぱっと顔をほころばせた。純粋な笑顔を浮かべるアイリーナはとてもかわいい。僕はふと思いついてレオンハルトも連れて行くことにした。
レオンハルトの部屋に向かうと、言った。
「レオン、今日は僕とリーナと街に行くよ」
「わかった!」
レオンハルトの支度が終わるのを待って、一緒に外へ出る。街に行くのが楽しみなようで、レオンハルトはそわそわしている。そこにアイリーナがやってきた。水色のワンピースがその空色の瞳によく似合っている。
「お待たせしました」
そんなに待ってないと告げると、レオンハルトがアイリーナに駆け寄った。
「おねえしゃま」
アイリーナはレオンハルトを抱きしめると、手を握った。僕とも手をつなぐ。その途端、アイリーナの声が頭の中で響いた。
『街に行くの、楽しみ』
思わず首を傾げた僕は、アイリーナに聞かれる。
「お父様?」
「なんでもないよ。さあ、行こうか」
僕らの家、セイレンベルク公爵家の屋敷から街まではすぐだ。僕はさっきの声について考えながら歩く。
アイリーナの反応からして、あれは無意識だったのだろう。だが、あれはどう考えても地属性の上級魔術、『念話』の一種だ。無意識で使えるものでは無いし、アイリーナの瞳は空色のままだった。
そんなことを考えていると、いつしか街の広場に出ていた。アイリーナとレオンハルトがベンチに座る。
「お父様、歩くのが速いです。わたしもレオンもへとへとです」
「レオンもううごけない」
「ご、ごめんな」
考え事をしていたせいか、かなり速く歩いていたようだ。僕は二人に謝り、元気が出るようにココアを買うことにした。二人にここで待つように言って、店に向かう。
入ったのは、豊富な種類の茶葉を揃えている、紅茶専門店。店主とは子供の頃からの知り合いだ。好奇心旺盛で、世界中どんな茶葉でも手に入りそうな勢いがある。
そして、前回ここに来た時、彼に勧められたのはココアという飲み物だった。紅茶と違って濁りきった明るい茶色のそれは、見た目は完全に泥そのものだ。恐る恐る飲んでみると、コクのある苦さだった。体も温かくなった。
店主曰く、これは隣国ファルクのある村で採れるカカオという実から作られるらしい。あれなら元気が出るだろう。
「こんにちは」
「いらっしゃい。おや、公爵様、今日はどうなさった?」
「この前のココアというのはあるか?」
「もちろんございます。粉ごと買われますかい?」
「いや、子供用に二杯頼む」
「では、甘くしておきますね」
しばらくして二つのコップを持ってきた彼に代金を払い、アイリーナとレオンハルトのところへ戻る。
戻ってくると、レオンハルトがアイリーナの隣に立っていた。
「リーナ、レオン、何してるんだ?」
「あっ、お父様おかえりなさい」
「おかえりなしゃい」
何をしていたのか気になるが、とりあえずココアをアイリーナに渡す。おいしそうにココアを飲むアイリーナがかわいくて、微笑んだ。そして、レオンハルトにも渡そうとして白い子猫が目に入った。
キラキラと光を反射する白い毛並みは、野良猫にしては珍しい。まさか、『変身者』か?念のために地属性の魔術、『看破』を使う。
これは対象の弱点や耐性を見抜くもので、主に魔物に使うものだが、『変身者』に使うとその正体が見れる。
「『変身者』じゃないよな、さすがに」
魔術をかけられた白猫に変化はなかった。考えようとしたが、レオンハルトに腕を引っ張られた。
「おとうしゃま、これなに?」
「ん?ああ、これはココアという飲み物だよ。おいしかったか?」
「うん、おいしかった!」
どうやら元気になったようだ。そういえばと、笑顔でこっちを見つめるレオンハルトに猫のことを聞いてみた。
「なあレオン、この猫どうしたんだ?」
「レオンみつけたの。おねえしゃまそっくりなねこ。でね、おねえしゃまがおいでってしたら、きたの。やっぱりおねえしゃまそっくり」
「そうだね、リーナそっくりだ」
言われてみれば、確かにそっくりだ。もしアイリーナが猫になったらこんな姿になりそうだ。
「おとうしゃま、いえ、いっしょかえりたい」
「子猫を連れて帰るって?リーナ、いいか?」
レオンハルトに聞かれる。僕は構わない。セシリアは昔から猫好きだからいいだろう。でもアイリーナはどうだろう?アイリーナに聞いてみる。
「もちろん!」
「じゃあ決まりだね、そうだ、名前をつけてあげようか」
「そっか、うーん、どうしよう?」
「レオン、アイリスがいい!」
「アイリス?なんで?」
「おねえしゃまそっくりだから!」
これを聞いたアイリーナが苦笑いする。だけどまんざらでもなさそうだ。僕も賛成する。
「アイリスか、良い名前だ。まるでリーナが二人になったみたいだ」
「お父様まで…」
「アイリス、よろしくね」
「もうっ!」
アイリーナは頬を膨らませ、白猫アイリスを抱き上げた。途端、不思議そうな顔つきになって辺りを見回した。心配して聞く。
「リーナ、どうした?」
「え…?あ、ううん、なんでもないの」
とっさにごまかしたアイリーナを見て、急を要することではないんだなと思う。だけど、帰ったら話を聞くか、さっきのことと合わせて。ふとレオンハルトを見れば、ふてくされている。
「おねえしゃまずるい、レオンも」
「そっとだよ、そっと」
「……わぁ、ふわふわ、かわいい」
目を輝かせたレオンハルトは、アイリスに頬ずりすると、そっと降ろした。うん、正直君たち二人の方がかわいいと思うよ。
気を取り直すと、街巡りを始める。元々この為に街に来たのだ。
目的を果たすと家に帰った。セシリアが出迎えてくれる。そして、夕食を食べた後部屋で少し考える。アイリーナの『念話』のような能力と、街での行動。アイリーナの身に何かが起こっているのか?
そして父上からの再三の勧誘。だが、王都に行くにはアイリーナに事実を伝えなければならないと思っている。王都で知らずにあの部屋に入って、アイリーナが恐怖に怯えるのも、暴走するのも避けたい。
しかし、伝えるにはアイリーナは幼すぎる。どうしたものかと悩み、とりあえずアイリーナに今日の話を聞くことにした。
今までお父様がどう思っていたのか書きたくなって書きました。3つほどで終わります。
また、題名を少し変更しました。Iはアイリーナ視点、Tはテオドール視点です。この先増えると思います。




