95-I 事件によって
ある日の事。いつものように王妃教育を受け終わったわたしは、ふと思い立って庭園に向かった。もう秋も深まり、もうすぐ冬だからか、綺麗に手入れされて茂っているとはいえどことなく寂しい感じがした。
嘗てアレックスが蹲っていた大きな木の下に行き、そっと見上げる。冬であっても常に葉を茂らせている大木の、日を受けて煌めく葉を見てある事を思いついた。
「少し枝をくださるかしら?……『成長』」
バサッと葉を揺らして枝を伸ばす。丁寧に枝を組み合わせ、人一人乗るには十分広いくらいの台を作る。わたしはゆっくりとそれに乗ると、枝を使って台ごと空中に持ち上げた。
大木のてっぺんまで来ると、それ以上持ち上げるのを止めて周りを見渡す。吹き抜ける風が気持ち良い。わたしは王都の街並みをぼんやりと眺めた。
暫くそうしていると、突然浮遊感に包まれた。えっ、何、まさか支えの枝が切られた!?
「ふ、『浮遊』っ」
慌てて足元の台に魔術をかけてゆっくりと地面に降りる。目の前には蒼い瞳を楽しそうに細めたこの国のトップが立っていた。
「楽しそうな事をしているじゃないか」
「へ、陛下、気づかず申し訳…」
「いや、構わん。それより……」
その姿を見た瞬間に頭を下げ、お詫びを言おうとすると陛下に遮られた。顔を上げてと言われ、恐る恐る視線を上げると、期待のこもった瞳が見つめてきていた。
「…少し時間はあるか?」
え、えーと、これはもしかして……?
連れてこられた場所の光景を目にしてわたしは唖然とした。
「……陛下、まさか……?」
「流石はアイリーナ、良くわかったな。僕のお遊びに付き合ってくれるか?」
「……ええ、もちろんですわ!」
そう、目の前に広がっていたのは、訓練所──陛下のいたずらが大量に仕掛けられたそこだった。わたしはそれでも十分楽しめそうだったけれど、どうせならもうひと工夫入れようと思った。
「陛下、少し手を加えても宜しいですか?」
「もちろんだ。それと、僕の事はユリウスと呼んでくれ。なんなら『お義父様』でも良いが……?」
いたずらっぽく瞳を輝かせる陛下。さ、流石に『お義父様』は……そう思ってとりあえずユリウス様と呼ぶ事にした。
……そして、準備が整ったところでわたしはユリウス様と顔を見合わせて笑いあった。
「では行こうか。よし、楽しんだ者勝ちだ!」
言うが早いか、ユリウス様はいたずら地帯に突っ込んで行った。そして早速わたしの罠──通ると電気が走る──に引っかかって楽しそうに笑っている。
わたしも負けじと突っ込んだ。もちろん全ての罠のある場所は魔力の流れで分かるけれど、それでは面白くない。わたしの思うままに動き回り、ユリウス様のだけでなく自分の罠にまで引っかかっていった。
「ああ、ここには僕が罠を仕掛けたから、避けて………うわっ!?」
「うーん、次は『麻痺』でも受けようかしら……」
いつしかわたし達はびしょ濡れで軽く火傷を負い、何らかの状態異常にかかっていた。だけれどそれでも笑顔が、楽しさが消える訳ではない。そしてわたしは、『水刃』や『氷柱』などによって右腕に大きく傷がついていた。後で治せば良いと思って次の罠に向かおうとしたわたしは、しかし大声に身体の動きを止めた。
「ユリウス!何でここにいる!?」
様々に発動している罠のせいで声の主、お父様は見えない。しかしどうもお父様にはユリウス様が見えているらしく、そちらに歩き出していた。と、次の瞬間、バチッと大きな音がしてお父様の呻き声がした。
「うっ、こ、これ……雷?」
「あっははは!テオ、まさかアイリーナの罠に引っかかるとは!」
「リーナの罠……?」
戸惑ったお父様の声がした。二人の会話の間に、わたしは他の罠を解除して視界を晴らしていた。そして二人の方にゆっくりと歩き出す。
「お父様、どうかなさったの?」
「リーナ……!」
お父様はわたしの方を見るなり顔を顰めた。そして大股で歩いてくるとわたしの肩を掴んだ。
「こんなお遊びで怪我をするなんて……!一体どうしたんだ?」
わたしに『治癒』をかけながら心配そうに問う。わたしはその上に『快癒』までかけてお父様を見上げた。
「いえ、少し『麻痺』に慣れていなかっただけですわ」
「は……?何でリーナが『麻痺』に……って、罠か」
普通、『治癒』などの回復魔術や、『掃除』、『攪乱』以外は自分にはかけられない。だからこの遊びを利用して状態異常をかけられた体がどんなものかを確かめていたところもある。
「だからってこんな怪我を……」
「テオ、僕は治してくれないのか?」
「自分で出来るだろ!」
笑いながらやって来たユリウス様が冗談を飛ばす。すかさず突っ込んだお父様は、疲れたようにため息をついた。
「全く……幾ら今まで忙しかったとはいえ、片付いた途端にここに来るとは……」
「だって、テオが終わるまでは禁止だって言うから。このためにさっさと終わらせたんだぞ」
「ええと、何が終わったんですか?」
一応見当はつく。この前の王宮の事件、それの後処理だろう。辞任した人事大臣の引き継ぎや任命、お父様が言っていたインヴェノ帝国との交渉。さらに王都で誘拐事件を起こしたセトルータ王国の人達の処遇と王国への対応など、やるべき事が山積みだったのではないかしら?
「そう、その通りだよ。といっても、まだ完全じゃないけどな。外国との交渉は難しいんだよ」
「それ以上に新任の人事大臣がな……」
「その方がどうかされたのですか?」
「いや、前任のマグラドア伯爵が優秀だったのと、あまりにも差が激しくてな……」
お父様に続いて、ユリウス様がディアクトは自分勝手なところがあるからなと呟く。あら、ディアクトってもしかしなくてもレテフィア嬢の家名よね。ああ、だからあの時あんな事を……
『これでやっと見返せるわ』
アイリスが襲われ、部屋が荒らされたあの時のレテフィア嬢の口の動き、やっと理解出来たわ。それに、あんな事をした理由も。
ユリウス様が、そういえばとお父様の方を見た。
「それで、何で僕を探してたんだ?」
「ああ、そうだった。帝国が、アイルクスとセトルータとの交換留学を提案してきたんだ」
「……面倒だな」
交換留学か……確かに交流を深める良いきっかけにはなるでしょうけれど……
「……誰が来る?」
「どうも、王女を寄越すらしい」
「……厄介だな」
お父様とユリウス様が揃ってため息をつく。交換留学は大体身分の釣り合う人同士の留学だから、王女が来るのならこちらも王女、或いは王子を送らなければならないけれど……
「……シリウスは王太子だから却下として、クラウスには無理だろうな……」
「だが、それ以外に釣り合う人など……」
そうなのよね。二人しかいない王子方は、それぞれ事情があって交換留学には行けない。だとすると、二人の次に身分が合うのは……
「……わたしが行きましょうか?」
公爵令嬢で宰相の娘、さらに王太子の婚約者のわたしが、行くしかないわよね。そもそも留学出来る年齢の公爵令嬢は、わたし以外にいないし。
わたしの提案を聞いた二人は、一瞬虚をつかれたような顔をし、顔を見合わせると同時に言った。
「「……その手があったか!」」
まるで双子のように同じ反応をしたお父様とユリウス様を見て、わたしは思わず笑った。




