89-I 二度あることは三度ある
『アイリーナ、どうするの?』
『どうしようかしらね。レテフィア嬢達はあの場から動けないから放っておきましょう。問題はこの方ね』
『色んな人がいるけど、ここまで都合良く解釈する人なんてなかなか見ないよ』
『本当にそれは思うわ。わたしはただ事実を言っただけなのに。話が通じるだけレテフィア嬢達の方が良いわ』
抱きかかえているアイリスと心で会話しながら、先生に連れられて行く。先生はずっと独り言を言っていた。
「これだから嫌なのよ。身分が高くなるほどわがままで、下の者を従える事に何の疑問もないんだから」
『それはわたしじゃないわ。寧ろレテフィア嬢の方だわ』
「親の権力を振り回して!」
『わたしは自分から振り回した事はないわ』
「私より弱いくせに、何で従わなくちゃいけないのよ!」
『わたしは弱くはないわ。少なくとも貴女には勝てるわよ』
『ふふ、そうね、その通りよ』
邪魔しないように心の中で答えていると、アイリスが笑った。その後もまるで自分の前に誰かがいて、その人に対しての怒りを隠そうともせずにといった風に呟く先生。心の中で応答しながら歩いていると、寮を出たところでシリウス達と出くわした。ライアックス様が問いかける。
「先生、何かありました?」
「ああ、ちょっといじめの現場に出くわして、これから取り調べをする所よ」
そう言って先生が厳しい表情でわたしの方を振り返る。ライアックス様は困惑の表情を浮かべた。
「え、ええと?もしかして、アイリーナ嬢が犯人という事ですか?」
「当たり前じゃない。私が止めてなかったら今頃どうなっていた事か」
『あの問いに答えてくれれば厳重注意で終わらせてたわ』
わたしは先生の鋭い視線を見つめ、神妙な顔つきで黙っていた。まあここでキレられても困るから、上辺だけね。
それをシリウス、ノエル、ディランが疑わしげに見ていた。
「いや、正直アイリーナ様を止められるとは思えませんが……」
「僕もそう思うよ」
「というか、アイリーナが誰かをいじめるわけがない」
「いいえ、現にいじめてました」
三人の真っ向からの反論にも先生は首を横に振った。そして三人に向き直ると、厳しく言った。
「そもそも、現場を見てもいないあなた方に何が分かるのよ」
「では、現場を見せて頂けますか」
目を見開いて反論しようとしたシリウスを手で制し、ライアックス様が先生に問う。先生はもちろんと頷くと、今来た道を戻っていく。
「あなたも来なさい」
『何なのあの人』
『仲間が欲しいのかしら』
わたしがやれやれと首を振ると、そっと頭を押さえつけられた。
「リリー、大丈夫だった?」
先程の怒りはどこへやら、心配そうなシリウスがいた。その後ろからノエルとディランも顔を出す。
「何でいじめの犯人にされてるの?」
「というか、何をしたんだ?」
「わたしはただ部屋を元通りにして、レテフィア嬢達に質問していただけよ」
「彼女らに怒ってないのか?」
「あの部屋の様子を見たら、寧ろ感心しちゃって。もちろん質問する時も笑顔だったし、魔術で脅したりもしてないわ」
まあ、かなり分かりやすく皮肉った事は否定しないわ。でもそのくらいは貴族なら普通でしょう?フランジーナ先生にも、貴族のそういった皮肉や嘲りの事は教わったわ。
しかし、三人は曖昧に笑って頷きあっていた。
「それは……僕らはいいけど…」
「他の人達は、なあ?」
「ああ、きっとリリーが相当怒ってると思っただろうな」
ええ?どうしてそうなるの?確かに全く怒っていなかったかと聞かれれば違うけれど、そこまでじゃないわ。
『ううん、アイリーナは今までで一番怒ってたよ』
アイリスにまで言われる。流石にこれは否定出来ない。何せ紋章を通してわたしの感情はアイリスに伝わっているのだから。
「……ならわたしは、怒り過ぎると自分では怒っていないように感じるのね」
「………それは怖いな」
シリウスが呟いたその時、奥から大きな音がした。まるで窓が割れたような………
「まさか………?」
「……アイリーナ様!」
音とほぼ同時に誰かが走って来る。そして、息を切らしてわたしのところまで来た。
「そんなに慌ててどうしたのかしら?」
「レ、レテフィア嬢が、岩で、アイリーナ様の、部屋を……」
「はあ、一体何度わたしの部屋を荒らせば気が済むのかしら」
やって来たシャルロッテの話を聞いて、わたしはため息をついた。ここまで来ると、単なる嫉妬だけとは思えないわ。どうしてそこまでわたしを狙うのかしら?
「ありがとうシャルロッテ、今すぐ行くわ」
「はい!」
シャルロッテ、シリウス達と共に再び部屋へ急いだ。
ああ、部屋の前に釘付けにしておいたのが間違いだったわ。どうせやるなら、魔術が使えないように『麻痺』か『封印』、或いは『闇球』にしておいた方が良かったかしら。でも、規則で授業や勝負以外での攻撃魔術は禁止されてるからなあ。
「これはまた酷いな……」
シリウスが呆然と呟いた。窓があったところには大きな穴が空いていて、本が見事なまでに切り裂かれていた。今度は部屋ごと燃やそうとしたらしく、あちらこちらに焦げ跡があり、消火しようとしたのか再びびしょ濡れになっていた。
わたしはアイリスをシリウスに預けると、静かに部屋に入った。水を吸ってしまったカーペットがグシュグシュと立てる音だけが響いた。
「……『修繕』」
本と、部屋全体にかける。本は元の形を取り戻し、部屋の焦げ跡も綺麗に消え去った。壊されていた窓や壁もみるみる修復されていく。
「……『乾燥』」
部屋の水分が飛んでいく。乾いた本がパラパラと音を立て、代わりにカーペットは音を立てなくなった。
「……『掃除』」
『乾燥』で舞ってしまった埃を掃除する。ゆっくり部屋をみまわして、落ちていたお気に入りの本、『最高峰魔術の危険性』を手に取った。
「……『浮遊』」
床に散らばっていた本、教科書などを元あった場所に戻す。全てが収まってからわたしは徐に本を開き、ページの破損がないか調べた。
「……まあ、こんな物かしらね」
言いながら本を机に置いて四人と先生の方を見やった。先生は怒りを含んだ目でわたしを見ている。ベネジット嬢とレニア嬢は二人してその場に蹲っていた。
先程と同じようにあまり怒りは感じていないけれど、これが所謂”キレている”状態なのかしら。
そんな事を考えながらも、笑顔を浮かべて問いかける。
「ふふ、また無駄な事をなさったようですわね?」
「……む、無駄じゃ、ないわ!」
「あら、わたしには何が無駄ではないか分からないわ。何が出来たのか教えてくださる、レテフィア嬢?」
その場から何とか動こうとしているレテフィア嬢が声を上げた。しかし、わたしがふふ、と笑いながら近づくと、口をパクパク動かすだけで声を出さなくなった。それでも一度口をつぐんで首を振ると、精一杯の覚悟を決めたように言った。
「あ、貴女の、魔力、相当削ったわっ」
「ああ、そういえばそうですわね。でも、それを言うなら貴女の方が消耗しているんじゃありません?」
「な、何を……」
「ねえ、そうでしょう?ベネジット嬢、それにレニア嬢?」
「…………!」
「っ、何の、事かしら?」
とぼけようとしても無駄だわ。わたしは蹲っている二人のもとに行き、大丈夫かと声をかけた。震えながら顔を上げた二人は、思った通り顔やら腕やらに傷を負っていた。その部分からはレテフィア嬢の魔力が確かに感じられた。
わたしは二人の前にしゃがみこんでそっと手を向けた。
「気づいてあげられなくて、ごめんなさいね。『治癒』」
逃げようとしても逃げられず、レテフィア嬢の怒りをもろに受けさせてしまった。レテフィア嬢にいじめられていた、とフローラはわたしのところまで助けを求めに来たけれど、この二人はきっと恐怖でそれすら出来なかったのね。
「……どうして、こんな私を……?」
「それに、この傷に、どうして気がついたのですか……?」
目の前でベネジット嬢とレニア嬢が呆然として、わたしを見つめてくる。
「だって、傷ついた人を放ってはおけないもの。それに、二人とも今回はこれに関係してないでしょう?」
言った途端、周りで様子を窺っていたらしい令嬢達がざわめいた。さらにはライアックス様やシリウス達までも首を傾げていた。
「アイリーナ嬢、何でそんな事が分かるんだ?見てたわけでもないのに……令嬢達の反応を見る限り正しいようだが………?」
「わたしの部屋から、この二人の魔力が感じられなかったからですわ。一度目は間違いなくレテフィア嬢に加担してますけれど、二度目は寧ろ命令を拒否して攻撃されたのではないでしょうか」
「なら、部屋をびしょ濡れにしたのは……」
「それはそこにいる先生ですわ。そうですわよね?」
皆の視線が先生に向けられる。先生は大きく頷いて胸を張った。
「そうよ、燃えていた火を消してあげたのよ。いじめの犯人だというのに、それにも関わらずよ」
一瞬静寂に包まれた後、そこは騒然となった。




