87-I 滅多にない休日
「ひめさま、おねがい!」
「まじゅつみせて!」
子供達にせがまれて、わたしは少しだけよ、と前置きした。そして、子供達の周りにたくさんの泡を浮かべた。
「わあ、すごい!」
「これ割ってもいい?」
「ええ、もちろんよ」
大はしゃぎで泡を割って遊ぶ子供達。そう、ここは王都にある孤児院。以前フィナを助けてから、週に一度はこうして来ていた。最近は王妃教育に行く前に少し寄る事にしているわ。
そして、今日はいつもと違う事が一つ。
「お兄ちゃん、ひめさまの王子さまなの?」
「そうだよ」
子供達に囲まれて色々聞かれているのはシリウス。ちょうど試験が終わって、生徒会も王妃教育もない休日という事で、わたしはシリウスやレオンハルト、シャルロッテ達と王都に来たのよ。そして、ついでだからと一人で孤児院に行こうとした所、シリウスがついてきた。
「皆と先に行っていて良いわよ?」
「それは出来ない、リリーは何するか分からないからな」
この間王都に来た時もそうだっただろうと、シリウスはわたしの見張りをすると言い張った。結局、シャルロッテ達には先に行っていてもらって、わたし達二人は孤児院に向かう事となったのよ。
そんなシリウスは集まっていた子供達に何か言われたらしく、子供達に連れられて困ったようにわたしの所に来た。
「お兄ちゃん王子さまなんでしょう?ひめさまにキスしてよ」
「い、いや、だってそれは……」
「お話ではそうなるもん!」
「そうだよ!ほら、ひめさまも待ってるよ」
どうやら子供達はわたし達をお伽噺の主人公に見立てているらしい。そうね、お伽噺には『姫』も『王子』も出てくるものね。懐かしいわ。
子供達の勢いに押されて、シリウスは小さく息を吐いた。そして、そのやり取りを微笑みながら見ていたわたしに、その頬に、優しく口づけた。すぐに離れてしまったけれど、その温かい感覚はわたしの心に残った。
子供達がわあっと歓声を上げる。その中で、シリウスはそっと謝ってきた。わたしは大丈夫と首を振る。
「良いのよ、それより子供達の期待に応えてくれてありがとう」
わたしはいつものように微笑んだ。それを見てシリウスも優しく笑う。そこに孤児院の子供達の面倒を見ているシスターがやって来た。茶髪で灰色の瞳の彼女は、厳しいながらも子供達に慕われている。
「そんなにはしゃいではいけません」
注意されて一瞬黙った子供達は、しかし皆で説明を始めた。
「あのね、ひめさまがね」
「王子さまにね」
「キスされたの!」
「お話みたいだった!」
一通りの子供達の話を聞いて、シスターがこちらを見た。若干俯き気味で、申しわけなさそうにしている。
「ごめんなさいね姫様、殿下、この子達にせがまれた事をして頂いて」
「いや、構わない」
「ええ、気になさらないで。それより、そろそろ時間でしょう?」
ここは教会の隣ということもあって、時間に厳しい。そのため食事の時間や寝る時間、遊びの時間も決められている。
「そうですね、姫様ありがとうございました」
「ひめさま、またね!」
わたし達は子供達に手を振って孤児院を後にした。
シリウスと並んで、街ゆく人達に挨拶されながら王都の街並みを歩く。ああ、こんなにのんびりと出来るのはいつ以来かしら。
そんな中、シリウスがそういえばとわたしの顔を見た。
「リリー、何か欲しい物とかある?」
「欲しい物?どうして?」
「いや、ちょっと気になったんだ。そういえば僕、リリーに何かをあげた事なかったなと思って」
そんな事はない。目に見える、形として残る物ではなくても、贈り物というのはあるわ。
「あら、わたしはたくさんもらってるわよ?」
そう、例えば今みたいな、のんびり過ごせる時間を作ってくれる。例えば安心して頼れる、わたしの緊張や不安を拭い去ってくれる。先程のキスだってそうだわ。
「それだけじゃあな……」
シリウスは不満そうに言って、懐から何かを取り出した。
「僕はこのハンカチをもらった時、すごく嬉しかったんだ。だからいつもこうして大事に持ち歩いてる。これを見るだけで安心するから」
シリウスが手にしているのは真っ白な、一度も使われていないだろうハンカチ。嘗てわたしがお礼として、シュンクの花を刺繍したそれだった。
使わないなんて勿体ない、そう思うと同時に、大事にしてもらえていて嬉しかった。
「だから、リリーにも何かプレゼントさせて」
「ええ、ありがとうシル」
「何が良い?」
「シルの選んでくれた物なら何でも良いわ」
今特に欲しい物なんてないわ。それに、シリウスに選んでもらった方が、もらって嬉しいはずよ。
「……じゃあ、リリーに似合う物を選んであげようか」
そう言うと、シリウスはわたしをお店に連れて行った。
そこはこじんまりとしたお店だった。たくさんのアクセサリーが並んでいて、シリウスはそれをじっくりと見つめる。
「うーん、これだと物足りないか……これは?……いや、違うな…」
ああでもない、こうでもないと真剣に悩むシリウス。その表情からは、心からわたしのために選んでくれている事が伝わって来る。それが本当に嬉しくて、その優しさで心が暖かくなった。
「……これだ!リリー、これはどう……リリー?」
「……にゃ、シル?」
気がついた時には、シリウスがわたしの顔を覗き込んでいた。近くで見るシリウスの優しい微笑みに、また少しだけ胸が高鳴った。
「どうかした?」
一瞬固まってしまったわたしを不審に思ったのだろう、シリウスが心配そうに見てくる。わたしは微笑んで、何でもないと首を振った。
「それより、どれを選んだのかしら?」
「これだよ!」
そう言ってシリウスが差し出したのは、大きなアクアマリンがあしらわれた金のネックレス。アクアマリンが光を反射して綺麗に輝いていた。
「ほら、リリーの目の色とそっくりでしょう?その綺麗な髪とも合う。それに、これには災難よけにもなるらしいんだ。ほら、正にリリーのために作られたみたいだろう?」
「……ええ、本当に。ありがとうシル」
良かったと笑って、シリウスはそれを持った。そして、わたしにちょっと待っててと言い残して店の奥に行ってしまった。
残されたわたしの頭には先程のシリウスの笑顔が浮かんだ。どうしてかしら、同じような表情なんて今まで何度も見ているのに、近くで見つめられたことだってあるのに。どうしてこんなに心に残るのかしら。
店のドアが開く音がして、誰かが入って来る。だけどわたしは、それも聞こえない程に考え込んでいた。気がついたのは、声をかけられてから。
「一人で何してるんだ?」
「それもそんなに考え込んで」
よく見知った二人が目の前に立っていた。ずっと前を向いていたはずなのに、どうして気づかなかったのかしら。
「ネル、ディル、二人ともどうしたの?」
「いや、リリーがここに一人でいたから気になって」
「何かあったのか?」
「ううん、特に何も……」
「あれ、そもそも何でここにいるんだ?」
「それは、シルがわたしに何かプレゼントさせてくれって言って、選びに来たのよ」
二人は納得したように頷いた。ノエルが微笑む。
「それで?リリーは、それをどう思ってる?」
「どうって……もちろん嬉しいわ。シルがわたしのために選んでくれたのだもの」
嬉しくないわけがないわ。またしてもシリウスの笑顔が思い出されて、わたしはそっと笑った。
「リリー、お待たせ。あれ、ネル、ディル、何でここに?」
シリウスが戻ってきた。そこにいたノエル、ディランに首を傾げながらも、わたしにネックレスをつけてくれる。首元に飾られたそれは淡く輝いて、わたしはその優しさの結晶にそっと触れた。
「ずっと大事にするわ」
これをつけていれば、ずっとシリウスの優しさに包まれているみたいで安心できるから。
「アイリーナ様、お待ちしてましたわ」
「姉様遅いよ!」
「ごめんなさいね」
待ち合わせ場所に行くと、皆は既に揃っていた。クラウスが飛んできて、わたしに触れる直前にネックレスに気がついた。
「あれ、それどうしたの?」
「このネックレスかしら?」
「まあ、よくお似合いですわ!もしかして、それ…」
「僕からのプレゼントだ」
シリウスの答えに、シャルロッテとフローラがきゃあと声を上げた。わたしの方に寄ってくるなり、じっくりとネックレスを見つめる。
「羨ましいわ……!」
「本当、それにこの宝石も……」
「「流石はシリウス様ですわ!!」」
興奮した二人の声が揃った。今度はシリウスに詰め寄る。
「反応はどうでしたの?」
「進展はありましたか?」
「いいや全く……思った以上に手強かった」
「まさか……アクアマリンでもですの?」
苦笑いするシリウスと、唖然とするシャルロッテ。アクアマリンがどうかしたのかしら。確か、アクアマリンを持つ人は『幸せな結婚』が出来ると言われているけれど、わたし達は政略結婚だもの。シリウスも『災難よけ』と言っていたし、まさかシリウスがわたしを恋愛対象として見ているとか、そこまでの意味はないでしょう?




