6-I 初めての魔術
気を取り直して魔術の練習しようか、そう言ったお父様は部屋を出ていく。少しして戻ってきたお父様は本を一冊渡してきた。
「練習する前に、基本的なことを勉強しよう」
お父様は本を開いて、ここからここまで読んでと言うと、また持ってきた書類に目を落とした。わたしも本を読み始めた。最初の方は部屋で読んだ大人向けの本と大して変わらない内容だった。魔導師と魔術についての簡単な説明が終わると、魔術を使う時の魔力の使い方について書いてあった。
『これらの魔術を使う際には、その効果を頭の中でイメージしながら呪文を唱え、魔力を放出する。呪文を間違えると正しい効果は起こらない。また、魔術の威力は込められた魔力量及びイメージの強さによる。…………魔力をコントロールするには、高い集中力を必要とする。』
「リーナ、その辺でいいよ」
言われて本を閉じる。本音を言えば、もう少し読みたかった。
「じゃあ、さっそく何か魔術を使ってみようか。最初だから、『浮遊』」
お父様が呪文を唱えると、わたしが持っていた本が空中に浮かんだ。お父様が本をそっと降ろす。
「リーナ、やってごらん」
「はい」
わたしは本に集中する。頭の中に目の前の本が浮かぶ光景をイメージして魔力を高める。
「『浮遊』」
呪文を唱えると、本がふんわり浮き上がった。
(やった、できた!)
本を降ろすと、お父様に頭を撫でてもらった。
「すごいぞリーナ」
その後もいくつか簡単な生活魔術を使ってみたところで、昼食が出来たとジルに呼ばれた。
「ここまでにしようか、お疲れさま」
「あの…お父様、その本借りてもいいですか?」
「これか?いいよ、終わったら返してくれ」
「ありがとうございます」
お父様に魔術の本を借りて、ジルに連れられて食堂に向かった。
食堂には、普段はいないお母様がいた。
「お母様、今日はどうしたの?」
「リーナの様子が気になってね」
心配したのよ。そう言ったお母様は、こちらを見て微笑んだ。
「もう大丈夫そうね。テオ様に温泉を温めてくれって言われた時は何事かと思ったわ」
「ありがとうございます。お風呂気持ちよかったです」
「よかった」
料理が並べられ、二人で手を合わせる。
「「いただきます」」
「「ごちそうさまでした」」
昼食を食べ終わると、お母様が聞いてきた。
「よかったら、昨日何があったのか教えてくれない?テオ様から何も聞いてないのよ」
「はい、お父様から事実を聞きました」
「事実って言うと、まさか、三年前の?」
わたしが頷くと、お母様はかなり驚いていた。
「そんな……怖かったでしょう、もう大丈夫なの?」
「泣いて、お風呂に入ったらスッキリしました。前ほどは怖くないけど、まだ怖いです」
「そうよね、私も怖かったもの」
お母様はギュッとわたしを抱きしめた。わたしは思わず左手を肩に当ててしまったらしい。
『テオ様ったら、何を考えてらっしゃるのかしら。いくらリーナが大人っぽくて賢いからって、まだ五歳なのよ。どれだけ怖かったことか、私たちが知っている以上のはずよ』
気づいて手を離したけれど、その間に聞こえてきたことから、お母様がとても怒っていることがわかる。
「お母様、もう大丈夫です」
「本当?もし何かあったら、遠慮なく私やテオ様に言っていいからね?」
「わかりました」
わたしをそっと離したお母様と約束した。
その後、ダンスのレッスンをして本を読み、夕食を食べてお風呂に入って寝た。ダンス、マナー、魔術のレッスンと並行して本を読んで過ごしていると、あっという間に一週間が経ち、王都に出発する時が来た。
わたしはみんなといっしょに馬車に乗り込んだ。とても広く快適で、クッションがたくさん置いてある。その一つの上でアイリスが丸くなって寝ていた。その右隣に座ると反対側にレオンハルトがくっついてきた。
「おねえしゃまのとなりがいい」
あどけない笑顔を向けられる。
(かわいいっ)
わたしはレオンハルトの頭を撫で、軽く抱きしめた。レオンハルトはとても嬉しそうにする。
「あぅぁ、ねー」
「チェル?リーナのところに行きたいの?」
お母様に抱っこされているレイチェルが声を上げる。お母様の腕からわたしの足の上にやって来たレイチェルはきゃっきゃっと言ってしがみついてきた。お母様譲りの桃色の髪を揺らし、蒼に茶色が少し入った瞳でじっと見つめてくる。思わず抱きしめる。
(二人ともかわいすぎる、大好き!)
そんなわたしたち子供三人を見つめるお父様とお母様。
「仲が良いな、よかった」
「ええ、これを壊してはいけませんよ」
そうして、わたしたちは二日かけて王都に向かった。




