第6話 温泉大騒動(3)
「が、ごぁ……」
弱い、あまりにも弱かった。
魔法で身体能力を強化し、まず忍者6人の一斉攻撃を回避。そして1箇所に集まった彼ら目掛けて俺は魔力の弾丸を放つ。その一撃で巨大なクレーターが出来上がり、忍者6人はその場に倒れてピクリとも動かなくなった。
そして、残ったリーダーの男。
「バケ、モノめ……!」
この男も、俺の魔法1発で戦闘不能に陥っている。恨めしそうに俺を睨んでいるが、別に怖くもなんともない。
「そろそろ聞かせてくれないか?何が理由で俺達を襲ってきたのかを」
「く、ククク、貴殿らはもう終わりだ。あの方が来る……我々が貴殿の相手をしている間に、あの方は勇者を始末するだろう」
「あの方?」
次の瞬間、ホウライがある方向から大きな音が聞こえた。同時に凄まじい魔力を感じ、俺は咄嗟に魔力を纏う。
「貴様、本当の目的はミティアか……!?」
「はーーーーっはっはっはっは!!そうかもしれないし、違うかもしれないぞ!?だが一つ言っておこう、あの方は─────」
男の体が弾け飛ぶ。もうそれ以上話を聞く気にはなれなかった。俺は加速魔法を使い、ホウライに向かって全力で駆け出す。
「嫌な予感がする……!」
何故かは分からない。今俺の脳裏に浮かんでいるのは、いつも通り無表情でこちらを見つめるアスモの姿だった。
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「あ、アスモさん、第三柱って……?」
「……まさか、あなたが来るなんて」
ミティアの問いを無視し、アスモは青年を睨む。一方青年は笑みを浮かべながら飛び降り、そしてアスモの前に着地した。
「どういうことかな。君、自分が何してるのか分かってる?」
「分かってるよ。今更帰るつもりなんかない」
「へぇ、よく言ったね。それじゃあ君は、大事な仲間達が僕に殺されてもいいって言うのか」
リエルは、アスモの体が僅かだが震えていることに気付いた。しかし、青年から放たれる魔力を身に浴び、動くどころか声を出すことすらできない。
「ミティア、リエル。私が時間を稼ぐから、すぐにご主人と合流して逃げて」
「な、何を言ってるんですか!この男は確実に魔王軍所属の魔族、勇者である私が逃げるなんて……!」
「勝てないよ、今のミティアじゃ」
はっきりとした声でそう言われ、ミティアの中で何かが切れる。我慢出来ず、ミティアは怒鳴った。
「な、何様なんですか?自分ならあの男に勝てるって、そう言いたいんですか!?」
「それも無理。多分、ご主人でもね」
「レインさんが勝てない相手?いませんよ、そんなの!レインさんのことは私が一番よく知ってます。レインさんのことを何も知らないくせに、そんなことを言わないでください……!」
「知ってるよ、私のご主人だから────」
宿が真っ二つに割れた。ミティアが聖剣を勢いよく振り、アスモの言葉を遮ったのだ。
「いつもご主人ご主人って……レインさんは、貴女の主人なんかじゃないッ!!」
「ち、ちょっと二人共、落ち着きなさい!」
ようやく動いたリエルがミティアを止める。そんな光景を見て、魔族の青年は楽しげに笑った。
「はははっ!これが噂の勇者一行ですか。まさか一番の脅威である勇者が、その一行の中で最も馬鹿とは!」
そして、指先を天に向ける。
「アスモ、これは魔王様からの命令だ。我ら魔王軍に戻るというのなら、一旦勇者一行は見逃してやる」
「で、でも、私は────」
「ふぅん、いいのかい?」
いつの間にか月明かりは黒雲に遮られ、ゴロゴロという音がミティア達の耳に届く。直後、何十発もの雷が目にも留まらぬ速さで天より放たれ、ミティアとリエルを襲った。
「きゃああっ!?」
咄嗟に魔力を纏ったものの、青年が放つ魔法はミティアとリエルに相当なダメージを与える。
「や、やめて!」
「それじゃあ、僕らの仲間に戻るかな?」
「分かった、戻るから!それ以上二人に手は出さないで!」
リエルは初めて感情を表に出しているアスモを見て驚いているが、ミティアは違う。凄まじい殺気を全てアスモへと向け、ゆらりと立ち上がって彼女を睨みつける。
「リエルさん、まだ気付かないんですか?あの男は彼女を〝仲間〟だと言っているんです。つまり、味方のフリをしていた敵ですよ」
「で、でもアスモは……!」
「大丈夫です、僕がちゃんと説明してあげますよ」
自分のそばに歩み寄ってきたアスモの肩に手を置き、青年は楽しげに語る。
「僕らは魔王様を守護する《煉獄の12柱》と呼ばれる魔族で、彼女はその中の3柱目、《幻魔姫》アスモデウス。そして────」
青年の声に呼応するかのように雷が轟く。
「一応煉獄の12柱最強だなんて言われている、第1柱《雷冥王》ルシフ……それが僕です」
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「────これは、どういうことだ」
露天風呂まで戻ってきた俺は目を疑った。散乱した魔物の死体、紅く染まった温泉、崩壊した宿。
そして、全身傷だらけの状態で倒れているリエルと、血を流しながら聖剣を床に突き刺し片膝をついているミティアが目に映る。
「貴様、ミティア達に何をした」
「おっと、僕の部下達は全滅しましたか。一応東方地方っぽい集団をぶつけてみたんですけど、やはり大魔道士君は相当な実力者のようだ」
雷を身に帯びた黒髪の男と、その後ろに立つ刀を持った宿の女将。そして何故かアスモまでもが男の隣に立っている。
アスモの見た目は、いつもとは明らかに違った。頭からは二本の角が生え、黒いマントを羽織り、普段は隠している翼も大きく広げているのだ。
「アスモ、何をしてる」
「…………」
「答えろ。まさかお前、魔王軍に寝返るつもりじゃないだろうな」
「残念だね、ご主人────いや、大魔道士レイン。私は魔族、最初からお前達の仲間なんかじゃない」
───紅蓮大魔葬───
アスモが魔法名を呟き、直後に周囲で爆発が起こる。あちこちから悲鳴が聞こえてくるので、異変に気付いた観光客達が避難し始めたんだろう。
「目的はミティアを殺すことじゃなかったのか?」
「勿論それもありますけど、全員を相手にするのは面倒だったもので。一人一人減らしていって、最後に勇者を抹殺しようと思っていたんです」
「アスモに何を吹き込んだ」
「彼女は元々魔王軍の一員。今回の目的は二つ、勇者抹殺とアスモデウスの回収でした」
「……殺すぞお前」
「できるものなら」
そう言った男にミティアが斬りかかった。とてつもないスピードで振り下ろされた聖剣だったが、それが届く前に彼女はアスモに蹴られて露天風呂の外へと吹っ飛ぶ。
「アスモ、何をしてるんだ!」
「……だからさっきも言った。私は幻魔姫アスモデウス、お前達の仲間じゃない」
男が魔法を展開する。これは、空間を繋げて瞬時に移動することを可能とする転移魔法だ。つまり奴らはこの場から離脱するつもりで────
「待て、アスモッ!!」
「さよなら、ご主人────」
俺の手が届く前に、二人は一瞬で姿を消した。
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「許さない、絶対許さない……!」
あれから、崩れたり燃えた建物は全て俺の魔法で修復した。既に避難していた観光客達はそれぞれ泊まっていた宿に戻ってきており、俺達も宿の一室に集まっている。
勿論、何を聞いても答えようとしない女将は消しておいたが。
そして、さっきからミティアは部屋の隅で膝を抱え、目に涙を浮べながらずっと許さないと言い続けている。それはアスモに対する怒りか、それともあの男──ルシフに対する怒りか。
「あの馬鹿、まさか魔王軍のNO.3とはな」
「そうね。でもあの子、私達を庇ってくれたのよ。最初は拒否していたけど、私達が魔法を浴びたのを見て……」
さっき、リエルから全てを聞いた。アスモが実は魔王軍に所属していた最強格の魔族で、ルシフは魔王軍最強の男だということ。
あのミティアですら手も足も出ずにルシフの魔法の餌食になってしまったこと。アスモが再び魔王軍に戻ったのは、俺達を守るためだったこと─────
『くそっ、間に合わなかったか!』
あれは、ミティアと共に魔王討伐の旅を開始してから少し経った日のことだったか。
とある村が魔王軍に襲われていると聞き、俺達は急いで駆けつけた。しかし到着してみると、村は無事に魔王軍を追い返していた。
『レインさん、その女の人は魔族です!きっと村を襲撃したのは彼女ですよ!』
そして、村の近くで倒れている重症の少女を見つけた。その少女こそがアスモで、彼女は泣いている小さな女の子を抱いていた。
『お姉ちゃんは、わたしをまもってくれたの!』
女の子の話によると、村を襲った魔王軍をたった1人で蹴散らしたのがアスモだという。その際に深手を負いながらも、偶然戦闘に巻き込まれそうになった少女を魔王軍が去るまで守り続けたのだ。
今思えば、その時にアスモは魔王軍を裏切ったんだろう。何が理由で裏切ったのかはさっぱり分からないが、少なくとも彼女は根っからの〝悪〟ではない事を俺は知っている。
「やれやれ、ギャグをやってる場合じゃないな」
「レイン君?」
「アスモのところに行く。で、連れ戻す」
「……ふふ、そう言うと思った。でも、どうやってアスモを捜すの?」
「アスモが消える前、俺は自分の魔力をあいつに付着させておいた。その魔力を追えば、アスモがいる場所に向かえる」
もう既に場所は分かっている。あとは作戦を立てて転移魔法等を使い、アスモと話をしに行くだけなんだが────
「リエル、ミティア。2人はここに残れ」
「っ、どうして……?」
ミティアが立ち上がる。そして、とても悔しげに俺を見つめてきた。リエルの回復魔法で傷は癒えているが、心に負ったダメージはまだ完全に癒えたわけではないだろう。
「やっぱりレインさんは、私よりもアスモさんを選ぶんですか……?」
「あまりにも危険すぎるからだ。だからこそ、2人は今回の件に巻き込めない」
「幻魔姫アスモデウスは、勇者である私が殺さなければならない相手ですよ!?そう、彼女は敵なんです!なのに連れ戻す?じゃあ私は、何のためにレインさんと……!」
泣き出してしまったミティア。そんな彼女にどう声をかければいいのかと困惑していると、立ち上がったリエルがにっこり微笑みながら俺に言った。
「勿論、私は行くけどね」
「だから危険だと言って……」
「大切な仲間を迎えに行くのに、危険な場所だからって私達だけ待っていろって?じゃあ、私は何のために魔王討伐の旅なんかしているのよ」
「うっ、それは……」
「レイン君1人で行けば解決できる問題じゃない。だから、仲間として私も手を貸します。いいわね?」
そう言うと、リエルは着替えてくると言って部屋の外に出ていった。残ったのは俺とミティア。ものすごく気まずい空気の中、俺はなんと言えばいいのか分からずに頭を搔く。
「私も、行きますよ」
「え……」
「そんなにアスモさんのことが好きなら連れ戻せばいい、それを私も手伝いましょう。でも、それはアスモさんのためじゃない。レインさんの……私のレインさんのため……」
「ミ、ミティア?」
「ふふ、何でもないです。大事な〝仲間〟を、早く迎えに行ってあげましょう?」
笑顔でそう言ったミティアだったが、何故か直後に寒気がした。部屋が思ったよりも冷えているのかもしれない。
まあ、ミティアもアスモを連れ戻すのには賛成してくれたようだ。確かに勇者である彼女からすれば納得がいかないかもしれないけど……きっと、ミティアもアスモを大切な仲間だと思ってくれているはず。
「話は終わった?」
「ああ、今から作戦を説明する。悪いが二人共、力を貸してくれ」
「当たり前です」
「うふふ、最初からそう言ってくれればよかったのよ」
それから俺は、二人にアスモが今何処にいるのか、どうやって連れ戻すのかを説明。やがて全員が準備を終え、転移魔法陣を展開した。