第4話 温泉大騒動(2)
夜で姿が見えにくくなっているとはいえ、今の俺は持っていたタオルを腰に巻いただけの状態。
ホウライの近くにある森の中に逃げ込んだ連中を追っている最中だが、風でタオルが飛ばされないか心配だ。
「いつまで逃げるつもりだ……!」
黒い服を着ているらしく、この暗闇の中では姿がよく見えない。しかし、敵の数はアスモが言った通り6人だと分かった。
木の枝や幹を蹴って器用に逃げ回る敵に段々腹が立ってきたので、手のひらを地面に当てて俺は魔法陣を展開する。
「捕縛魔法・縛影手」
魔法陣から飛び出した無数の黒い手が、俺の視界に映る6人の敵全員を掴む。そしてそのまま木から引き摺り落とし、地面に叩き付けた。
「ぐあっ……!」
「さて、鬼ごっこは終わりだ。何が理由でミティアのタオルを狙ったのか、教えてもらおうか」
影の手に絡め取られた敵に歩み寄る。やはり全身を黒い装備で覆っており、腰あたりには先程投擲してきた東方地方の武器『手裏剣』が数個付いていた。
なるほど。東方地方で購入した本の主人公も同じような服装だった。恐らくだが、こいつらは『忍者』だろう。
「お、お前は勇者ミティアの護衛、大魔道士レインだな」
「俺を知っているのか。なら何故俺達を襲った。いや、何故殺す気で急所を狙ってこなかったんだ?」
気になる点は多数ある。まず、この忍者達は俺達を殺すつもりがなかったこと。もし殺意を持って手裏剣を飛ばしてきていたなら、俺も含めてあの場にいた全員が敵の存在を感じ取っていただろう。
しかし、こいつらはミティアのタオルを狙った。そのおかげで俺もミティアもかなり大変な思いをしてしまったのだが、ただ彼女を辱める為だけにあんなことをしたというのか。
次に、何故東方地方の忍者がこんな場所にいるのか。俺達が何者なのかを知っているということは、彼等はただ観光に来たわけではない。
忍者達は、必ず〝任務〟でここを訪れている。そして、遊びであのようなことをしたのではなく、明確な〝目的〟があるはずだ。
そして最後に一つ。
「6人全員から魔族に近い魔力を感じる。お前ら、魔王軍関係者だな」
俺がそう言った次の瞬間、影の手を断ち切って6人は素早い動きで立ち上がった。そして、それぞれ武器を取り出し俺を包囲する。
「殺す前に教えよう。あの中で周りを気にせず追ってくるのは貴殿だけだと分かっていたからだ」
「……誘い出されたわけか」
俺の背後にある木の上。そこを見上げれば、太い枝に立ち俺を見下ろす男が立っている。服装は6人とほぼ同じなので、あの男も忍者なのだろう。
ただ、明らかに6人よりも格上。異質な魔力を持つ男は、短刀を片手に魔力を纏う。
「さすがに、勇者一行全員を同時に相手して勝利できるとは思っていないのでな。大魔道士レイン、まずは貴殿から始末する」
「やれやれ。久々にのんびり休もうと思っていたというのに……」
まあいい、なかなか姿を見せなかった魔王軍関係の連中が自分達から出てきてくれたんだ。このイライラ全てをぶつけたとしても、文句を言われる筋合いはない。
「お前ら、楽に死ねると思うなよ」
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「っ、レインさんが魔力を解放しました。恐らくですが、敵との交戦を開始したのでしょう」
「そうみたいね。早く加勢しに行きたいんだけど……」
その頃、ミティア達は露天風呂でそれぞれ武器を構えていた。ミティアは聖剣、リエルは更衣室から持ってきたハンマー、アスモは……風呂桶である。
そんな彼女達の視線の先では、奇妙に蠢く魔物が湯を黒く染め上げていた。さらに小鬼や大鬼なども露天風呂に侵入し、勇者一行にジリジリと迫っている。
「……あの黒い魔物、多分液魔の亜種だよ。触れると皮膚が溶けちゃうかもね」
「なら、あの魔物の相手は私が。二人は小鬼と大鬼の相手を」
「うふふ、任されましょう」
次の瞬間、ミティアの姿が消えた。それと同時に恐ろしく速い閃光の如き斬撃が、液魔の亜種───酸魔を真っ二つに両断する。
タオルを1枚巻いているだけの姿とはいえ、魔王の命すら断ち切る聖剣に選ばれし少女である。最強最速の勇者は、さらに酸魔を跡形も残さず切り刻んだ。
「ミティアはやっぱり強いわよね〜」
向こうでは、リエルがハンマーで小鬼や大鬼達の頭を叩き潰していた。今回は回復魔法で相手を復活させたりはせず、一撃で屈強な魔物達の命を散らしていく。
「私も、あとでご主人に縛ってもらいたいからちょっとだけ頑張ってみようかな……」
そして、桃色の悪魔は宿の周囲を駆け抜けていた。潜んでいた小鬼の肉を引きちぎり、露天風呂に侵入しようとしていた大鬼を魔力のみで破裂させる。
「紅蓮大魔葬」
そのまま数十匹もの魔物を次々と殲滅し、最後に残った豪鬼数匹を空中に蹴り上げ凄まじい爆炎で消し飛ばした。
「お疲れ様、こっちも終わったよ……」
「早かったですね……って、た、タオルをきちんと巻いてください!」
「……走ってたら飛んでいった」
アスモが露天風呂に戻ると、既にミティア達の戦闘も終了していた。しかし、先程まで寛いでいた露天風呂は魔物の血で赤く染まっており、ミティア達が巻いているタオルも真っ赤になっている。
「それにしても、まさかこんな場所で襲撃されるとは思いませんでした。露天風呂を貸切にしてもらえた時点で気付かなかった自分が情けないです」
そう言い、ミティアが聖剣の先を露天風呂の入口に向ける。すると優しい笑を浮かべながら、刀を持った女将が3人の前に姿を見せた。
「貴女、魔王軍関係者ですね。この程度の戦力で私達をどうにかできると思ったのですか?」
「いえいえ、思っていませんよ。ウチはただ、あの方が来るまで遊ばせてもらっていただけです」
「あの方……?」
直後、雷が宿に落ちた。空には雲一つ浮かんでいないというのに、どこからそれは発生したというのか。
「───いやぁ、そろそろ僕らも動き出したかったもので。まともにぶつかり合えば甚大な被害が出る……だからのんびりしている所を襲わせてもらいました」
「っ、この魔力……!」
一番に反応したのはアスモだった。ミティアも魔力を感じ取り、屋根上を睨みながら聖剣を構える。
「どうして裸なのかは聞かないでおくけど、随分久しぶりだね。第三柱・幻魔姫アスモデウス」
現れたのは、レインと同じ黒髪の青年。しかし尖った耳や背中から生えた翼を見れば、彼が魔族だというのは初対面のミティア達でも分かる。
そんな青年はアスモを見ながらそんなことを言い、そして膨大な魔力を解き放った。