第2話:ゴブリンは遊び道具じゃない
目が覚めると、何故かものすごく柔らかいものが顔面に押し当てられていた。こんな状態でよく呼吸が出来ていたものだと自分を褒めてやりたくなるが、その前に……。
「おいアスモ、起きてくれ。このままじゃ色々な意味で俺は死ぬ」
「ん……ぐぅ」
「寝るな!」
起きて速攻そのまま二度寝したアスモを横に転がし、俺は体を起こした。松明が周囲をぼんやりと照らしているのを見て、ここが洞窟の中だというのを思い出す。
「あら、おはようレイン君。朝から抱き合っていたものだから驚いたのだけれど」
「違う、誤解だ!」
「浮気した男は大体そう言うのよ」
そう言い、先に起きていたリエルが顔を近づけてる。その際ものすごくいい香りがしたので、俺は一瞬変なことを考えそうになってしまった。
「浮気はだーめ。分かった?」
「お前は俺の嫁か」
「全然嫁にしてくれてもいいけどね」
「そ、そういうことを言うな。勘違いしてしまうぞ」
「はぁ、勘違いじゃないのに」
何が言いたいのかあまりよく分からないが、とにかく浮気は駄目らしい。そもそも誰とも付き合ったりしていないのに、何故俺は浮気者扱いされているのだろうか……不思議だ。
「それにしてもこの洞窟、かなり進んだはずなのにまだ外の光が見えないわね」
「確かにな。この洞窟を抜ければ温泉街はすぐそこのはずなんだが……」
温泉街と呼ばれている次の目的地、ホウライ。様々な効果がある温泉や、神秘的な景色を堪能することができる宿など、旅人には嬉しい癒しを提供してくれる街だ。
最近は川で体を洗うことが多いので、たまにはお湯でゆっくり身も心も休めたいものである。
「ねえ、レイン君。ミティアもアスモもまだ寝てるし、二人でちょっとだけ先に進んでみない?」
「別にいいけど、この二人は置いていくのか?魔物が寄ってきたら危ないんじゃ……」
「レイン君が張った結界があるから大丈夫」
「んー……まあ、そうだな」
ということで、俺はリエルと二人で洞窟探索を再開した。この洞窟には雑魚しか住み着いていないので、さほど警戒する必要はないだろう。時折飛び出してくる魔物を下級魔法で仕留めながら、俺達は順調に先へと進む。
「あら、小鬼達がいるわね」
「あまり虐めてやるなよ……」
「これは愛だから大丈夫」
「意味が分からん」
その最中、小鬼の群れが襲い掛かってきた。知能は普通で力は弱いが、一匹見かけると必ず近くに数匹潜んでいるのがこの魔物の面倒なところであり、武器を持たない人や弱そうな人、女性などを率先して襲う狡賢い魔物である。
そんなゴブリンの頭を、途中で拾った棒でぶん殴ったリエル。血を撒き散しながら宙を舞う仲間を見て、当然残りのゴブリン達は怒ったのだが────
「うふふ、君達とも〝遊んで〟あげるから安心して?良い声で鳴いてくれるの、期待してるからね」
「ギギぃ!?」
ゴブリンの上位種である大鬼を簡単に無力化できる彼女。見た目は思わず守ってあげたくなるような感じなのに、力は男性よりも遥かに強い。恐らくだが、王国に存在している冒険者ギルドに所属する猛者達ですら、リエルが相手だと降参するだろう。
そんなリエルが振り回す棒の餌食になるゴブリン達。壁に衝突して骨が砕け、地面に叩き付けられて頭が破裂。そんな悲惨な最期を迎えるゴブリン達がさすがに可哀想になってきたので、俺は残ったゴブリンを炎魔法で消し炭にした。
「あっ、もう!どうしてイジワルするの?」
「してたのはリエルだろ」
「そんなことして喜ぶのはアスモだけよ」
プンスカしているリエルだが、別に本気で怒っているわけではないだろう。実際俺は、彼女が激怒しているところを一度も見たことがない。
「しかし、ゴブリンまで棲みついているとはな。ホウライに向かう観光客が頻繁に通過する洞窟だと聞いていたが、これじゃ死人が出てもおかしくないぞ」
「確かにそうね。定期的に魔物駆除が行われてるみたいだけど、あまり意味が無いんじゃないかな」
「……はぁ、魔物退治も俺達の役目か」
「ふふ、お人好しね〜」
何処かに必ず群れのボスが潜んでいるはず。しかし、この洞窟は基本的に一本道。人前に姿を見せることが滅多にない群れのボスが、この先に堂々と立ち塞がっているとは思えない。
「恐らく隠し通路がある。それを見つけてボスを始末しよう」
「隠し通路ってこれじゃないの?」
「まさか真横にあるとは」
リエルが壁を棒で殴ると、その部分が砕けて道が出現した。押すと回転するタイプだったんだろう。残念だ、最後は殴られて二度と回転しなくなってしまったのだから。
まあ、それは別にどうでもいい。俺は松明を片手に隠し通路内へと足を踏み入れ、そしてボスの姿を探す。
「レイン君、あれ……」
「ふん、呑気に寝てやがるな」
リエルが指さした先に、奴はいた。
まるで玉座のような椅子に腰掛けた、オークよりも一回り大きい怪物。周囲にはゴブリン達が群がっており、恐らく奴らがあの怪物を守っているのだろう。
「なるほど、豪鬼が群れのボスだったか」
小鬼の最上位種である豪鬼。まさに鬼という見た目の怪物は、俺達の気配を感じとったのか、棍棒を片手にゆっくりと立ち上がった。
「面倒だな。まとめて消し炭にしてやろう」
「うふふふ、だーめ。あの子達は、全員私と遊ぶんだから」
そう言って俺の前に立つリエル。駄目だ、完全にスイッチが入っている。垂れた涎をハンカチで拭き取ってから、リエルは棒を軽く振って駆け出した。
まず一振り目でゴブリン三匹の頭蓋骨を粉砕し、二振り目でゴブリン四匹を天井目掛けて殴り飛ばす。さらに三振り目でゴブリン二匹を叩き潰し、四振り目でハイオークの腕を砕いた。
ハイオークが咆哮する。しかしリエルは怯まず、恍惚とした表情を浮べながら唇を舐め、棒を凄まじい速度で振り下ろす。
その一撃は、かなり硬いはずのハイオークの脳天をカチ割った。思わず耳を塞ぎたくなるような音と断末魔が響き渡り、ハイオークはその場に崩れ落ちる。だが、残念なことに相手はあのリエルである。
今の一撃で死ねていたなら、奴にとってどれだけ幸せなことだっただろうか。
「はーい、回復しましょうね〜」
「ご、ごぶあ……?」
リエルの強力な回復魔法で傷が癒えたハイオークが立ち上がり、その場から逃げ出そうとした。しかしその前に棒で膝の骨を割られ、ハイオークは派手に転倒する。
「あー、リエル。先に戻ってるぞ」
「は〜い」
その後のことは言うまでもないだろう。響く悲鳴を背中で聞きながら、俺はゴブリン達の巣から出る。
さて、ホウライはもうすぐそこだ。アスモとミティアを起こしてここに戻ってくれば、多分リエルの暴走も終わっているだろう……多分。