第14話 走れリエル
ルシフに襲撃されていた町の人々から感謝され、タダで宿に寝泊まりさせてもらえることになった。俺達は日が暮れるまで怪我人の救出や瓦礫の撤去を行い、今の時刻は午後10時。
「レイン君、お姉さんからお話があります」
そろそろ寝る準備をしようかと思っていたら、突然パジャマに着替えたリエルにそんな事を言われた。ミティアさん、真顔で聖剣を握るのはやめなさい。
「ごめんねミティア、少しだけレイン君を借りてもいいかしら」
「構いませんけど、レインさんに指1本でも触れたらその指斬り落としますから」
「ミティア、約束」
「うっ、すみません……」
今回も俺と彼女達の部屋は別に借りているので、俺はミティアとアスモを退室させ、部屋全体に魔法陣を展開した。ミティアは確実に話を聞き取ろうとする筈なので、外に声が漏れないようにしたのだ。
「で、急にどうした?」
「うふふ、えっちなお誘いだったらどうする?」
「お前なぁ……」
「冗談よ。あのね、話というか相談というか。ミティアとアスモ、今すっごく強くなってるでしょう?私だけ足でまといになってるんじゃないかって、心配になっちゃって」
らしくない事を言うものだな。というか、パワーは間違いなくパーティーで1番だと思うんだが。
「だから、どうすれば強くなれるかな〜〜……って」
「正直、ミティアとアスモの大幅なパワーアップは俺にもよく分からんぞ」
「愛の力、だったかしら」
「うっ……」
俺が言葉に詰まると、リエルはくすくすと笑う。
「本当にそんなものがあるとは思えないけど」
「え?」
「だって、それなら……あ〜、何でもないわ」
「何だよ、気になるじゃないか」
「気にしなくていいの。それで、何かいい方法とかがないかなって悩んでるのよ。例えば、レイン君が特訓に付き合ってくれるとか」
それは別に構わないのだが、1名暴れ狂いそうな子がパーティーにいるんだよなぁ。さっきから音漏れ防止の魔法陣を強引に破ろうとしているのが、部屋を包む魔力を通して伝わってくるし。
「教会の魔法は専門外だ。見守るくらいしかできないと思うんだが」
「魔法より、私はパワーを伸ばしたいわね」
「脳筋かよ……」
まあ、それがいいかもしれないな。魔法のアスモ、スピードのミティア、そしてパワーのリエル。それぞれの長所を伸ばして連携すれば、これまでよりも格段に戦いやすくなるだろう。
「駄目、かしら」
うっ、その子犬みたいな目はやめろ。若干サイコな部分が目立つリエルだが、アスモやミティアに引けを取らない美女だ。こうして潤んだ目で、しかも至近距離で見つめられると、俺だって変な気になりかけてしまう。
「分かったよ、付き合う。だけど俺にできるのは、魔法を使った特訓のサポートくらいだぞ」
「うん、充分よ」
何がそんなに嬉しいのか、手を合わせて満面の笑みを浮かべるリエル。その細い腕で、何故魔物を粉砕したり軽々と岩を持ち上げられるのだろう。
これ以上パワーアップすると、そのうちハイタッチしただけでこちら側の骨が砕け散るなんて未来が待っているかもしれない。
「あ、それから体力も増やしたいわ」
「朝軽く走ったりもするか?続ければ意外と運動になる」
「そうねぇ、頑張ろうかしら」
「問題はミティアだな」
魔法陣による結界が破られたので扉を開けると、顔を真っ青にしたミティアと目が合う。慎重に、こっそりと突破しようとしていたのだろうが、残念ながらバレバレだ。
「ちち、違うんですレインさん!」
「はぁ、これはもうお仕置きが必要かもしれないな」
「お仕置きですか!?」
「何で嬉しそうなんだよ」
涎が垂れてんだよ、涎が。
「明日から、俺は朝や空き時間にリエルを鍛えることにした。もし邪魔をしたり、俺がいない所でリエルに何かすれば、俺はもうミティアと喋らない」
「そ、そんな……!」
「だが、俺の言うことをきちんと守れるというのなら。修行期間が終わった時にたっぷりご褒美をやろう」
「はああっ、本当ですか!?い、一体どんな派手なプレイを……!?頑張ります、ありがとうございますご主人様!」
と、リエルがじとーっとこちらを見ていることに気付く。
「楽しそうね、ご主人様」
「い、いや、ミティアを制御するためにだな」
「その割にはノリノリだったじゃない。そのうちご主人様の命令は絶対だとか言って手を出しそう」
「待て、俺はそんな男じゃない!」
ちょっとだけ楽しんでしまっていたのは内緒にしておこう。俺までおかしくなってしまうと、このパーティーは壊滅だ。
「レイン、ご褒美はいらないから罰が欲しい。道具ならいくらでも持ってる。思う存分、欲望の赴くままに虐めてくれれば嬉しい」
「ご主人様好き……好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き……ご主人様と同じ空気を吸うの幸せ……ご主人様と同じ空間に存在しているの最高……」
「リエル、このパーティーに残された希望はお前だけだ!俺との特訓でまともになろうな!」
「え、ええ、目的が変わってる気がするけど頑張るわ」
こうして俺とリエルの猛特訓が幕を開けた。
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「ごめん、もう無理……」
「早くない?」
朝、まだ日が昇ったばかりの時間帯。俺とリエルは動きやすい格好に着替えて軽く町中を走ってみたのだが、ほんの数分でリエルがダウン。顔を青くして、今にも吐きそうになっている。
「相手をボコボコにする時も結構体力使うだろ。なんでその時は平気なんだ」
「デザートは別腹でしょ?それと一緒……」
「ボコボコにされてデザートと同じ扱いをされてる犠牲者達のことを思うと涙が出るよ」
ここまで体力が無いとは思っていなかった。このままだと普通に走れるようになるまで何ヶ月かかることやら。
「おっ、あんな所にゴブリンが」
「え、どこどこ!?」
「普通に立ってんじゃねえか!」
飛び起きたリエルは、ゴブリンがいないと知ると再び倒れ込む。まあ、あんまり無理はさせるべきじゃないか。俺はリエルの隣に座ると、何となく気になったことを聞いてみた。
「なんで相手をボコボコにするのがそんなに好きなんだ?」
「骨が砕ける感触とか、悲鳴を聞くの気持ちよくない?」
なんだ、ただのヤベー奴だったか。
「でも、そうねぇ。どうして私はそんな事が好きなのかしら。普通の人が見たら怖いって思うに決まってるのに」
「……?」
上体を起こしたリエルが、苦笑しながらそう言う。彼女の横顔は困っているようで、悲しそうで、複雑そうで……俺は続けようと思っていた冗談を飲み込んだ。
「リエルお前、昔何があった?」
「何も無いわよ?今も昔も、ただの教会所属のシスターなんだから」
本人がそう言うのなら、きっと何も無いのだろう。俺は立ち上がり、腕を組む。教会、か。思えばリエルの事も、教会の事も俺はほとんど知らないな。
「……そろそろ休憩は終わりにするか」
「ええ、息も整ってきたわ。頑張って体力をつけて、ミティアよりも強くなっちゃうわよ」
「難易度が高いなぁ」
気合いを入れて走り出したリエル。俺は彼女の背中を暫く見つめた後、追いつくために軽く地を蹴った。
登場人物紹介(4)
【シスターリエル】
・年齢:19歳
・身長:163cm
・暴力:9999
教会所属のシスター。敵を痛ぶり悲鳴を聞くのが大好きで、凶器でボコボコにしてから回復させ、またボコボコにするというぶっ飛んだ趣味がある。そんな彼女だが、使う魔法の中には魔王の足止めができるほど強力なものもある。