第12話 ヤンデレ勇者、壊れる
ふと、夜中に目が覚めた。こういう時は大体何か起きるのでそのまま寝ようと思ったが、アスモが布団に潜り込んでいたので脱出する。
トイレにでも行って、どこか寝れる場所を探すとしよう。眠い目を擦りながら、俺は借りた部屋から出て廊下を歩く。すると、窓から差し込む月明かりに照らされた本が目に映った。
どうやら誰かが廊下に落としていったらしい。手に取ると、それが日記であると分かる。そういえばミティアが日記を書いていたな。あの子が落としていったのか?
本当に何となく、ぱらりとページをめくる。すると俺の目に飛び込んできたのは、ページを埋め尽くすほどびっしりと書かれた俺の名前だった。
いや待て、俺の名前と決まったわけじゃない。しかしあまりにも気になったので、次のページを見てみると。
『レインさん好きレインさん好きレインさん好きレインさん好きレインさん好きレインさん好きレインさん好きレインさん好きレインさん好きレインさん好きレインさん好きレインさん好きレインさん好きレインさん好きレインさん好きレインさん好きレインさん好きレインさん好きレインさん好きレインさん好きレインさん好き────────』
「いや怖ぇよ!!」
思わず声を出してしまった。間違いない、この字はミティアだ。という事はこれがミティアの日記になるが、これは一体どういう事か。というか『レインさん好き』だけで5ページも使う?なんで?
まずいものを見てしまったと思い、俺は日記をミティアが寝ている間に彼女の荷物袋に入れようと決めた。そして振り返ると、そこにはミティアが立っていた。
「おおおおおおおっ!?おおっ、おおおおはようミティア!きょきょきょ今日もいい天気だなぁ!」
「ふふ、今は夜中ですよ?」
「そ、そうだっけ?あ、ああ〜、寝ぼけてたみたいだ!」
くすくすと笑うミティアだが、目が全く笑っていない。彼女は俺が持っている日記をガン見しており、服がぐっしょり濡れるほど俺の全身を汗が流れる。
「それ、見ましたか?」
「い、いや、見てないぞ!?」
「そうですか、それは残念です。あんなにもレインさんへの愛を書き記しているのに、まだ届いていないなんて」
「は!?」
「大丈夫です、見られてしまったのならもう隠す必要がないという事ですから。うっかり落としてしまったのは私のミスですけど、今後は何も我慢しなくていいですよね」
駄目だ、頭が破裂しそう。そうだ、夢だなこれは。現実逃避に走るため、俺は廊下の窓を開けて外に飛び出した。うん、涼しくて快適だな。
「待ってくださいレインさん」
やっべえええええ!屋根伝いにミティアが追ってきたので、俺は魔法を使って全力で逃げた。しかし、謎の力が働いているのか、異常なまでに俺を追うスピードが速い。あっさりと追いつかれ、手を掴まれ、凄まじい力で引き寄せられる。
「聞いてください、愛しています」
「は?」
「ふふ、ふふふふふふ……やっと言えた、やっと言えた!嫌われたらどうしようって思うと怖くて言えなかったけど、もうこの想いを心の中だけに閉じ込めておく必要はないんですね……!ああ、レインさん格好良い、ずっと見つめ合っていたい……ミティアはレインさんのものです、何をされてもいいんです、だから私を愛してください、ううん、愛さなくたっていい、道具のように扱ってくれたっていい、レインさんのものになれるのなら私、奴隷でも道具でも何だっていいの……!」
俺の中のミティアが壊れていく。変態ドM魔族とドS暴力大好きシスター、そんな問題児2人とは違い俺の心の支えだった天使。おかしいな、目の前に立っているのは同じ天使の筈なのに、頬を紅潮させて興奮気味に荒い呼吸を繰り返しているのはまるで別人だ。
「よし分かった、1回落ち着こうミティア」
「私は冷静です。さあ、レインさん。貴方の命令なら、今ここで服だって脱いでみせますよ」
「何だと!?」
じゃなくてだな、何を言っているんだこの子は。ミティアの綺麗な柔肌に興味が無いわけではないが、さすがにこれ以上は聞いていられない。
というかだな。
「仮に先程からの発言が全て、ミティアの本心だったとしよう」
「はい」
「え、何?俺のこと好きなの?」
「はい、大好きです。誰よりもレインさんのことを愛しています。だから邪魔なんです、この世に生きてる全ての女性が。あ、だから勇者に選ばれたのでしょうか。だって私とレインさんの邪魔をする人はみんな悪ですもの。そうか、そうだったんだ。じゃあ早速聖剣で1番邪魔なアスモさんを─────」
「待て待て待て待て!!」
俺の天使はどこに行ってしまったんだ!?あれか、最近様子がおかしいと思っていたけど、こっちがミティアの本性だったのか?アスモに対して攻撃的だったのも、本気で排除しようとしていたってわけだ。
「もう寝よう!明日から長旅になるんだ、体を休めたほうがいい」
「今レインさんの部屋にアスモさんがいますよね?何をしていたんですか?いや、アスモさんが勝手に忍び込んだのか。それじゃあレインさんもゆっくりできませんよね。任せてください、私が消してきます」
駄目だ、何を言ってもミティアの暴走が止まらない。このままだとアスモに襲いかかるだろうし、リエルだって危ない。未だかつて無いほど焦りながらも、俺は必死に脳をフル回転させる。
1つミティアを止める方法を思いついたが、本当にいいのか?俺とミティアの関係が決定的に変わってしまう事になるぞ。やっぱり却下だ、別の方法を──────
「聖剣解放」
「き、聞けミティア!」
秘められた聖剣の力を解き放とうとしたミティアの肩を掴み、そのまま正面に立つ。
「お前は俺のものだ!」
「ふえっ!?」
「今日から俺がお前のご主人様だ。俺の命令を聞けないのなら、もうお前の相手をしないぞ!」
「そ、そんな、それだけは……!」
「ならどうすればいいか分かるな?アスモとリエルに手は出すな。そうすれば今後も可愛がってやる」
「っ、ご主人様ぁ……」
どうしてこんな事に?明日2人にどう説明すればいいんだよ。でも手の甲にすりすり頬を当てて甘えてくるミティアは可愛い。
「と、とりあえず戻ろう。あとご主人様呼びは無し。今まで通りレインでいいから」
「はい、レイン様」
「様も無しで!」
ミティアと共に宿に戻る。俺の部屋にはまだアスモがいて、ミティアはそんな彼女をずるずると引き摺り女子部屋へと戻って行った。
「……こっちが俺の見ている夢とかじゃないよな?」
……夢だったらいいなぁ。
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「レイン、寝不足?」
「ああ、最高に寝不足だ」
ガタガタと馬車が揺れる。御者を雇っていないので俺が馬を走らせていると、後ろからひょこりとアスモが顔を出した。ミティアは俺の言うことを守っており、今朝からずっとニコニコしている。今はそれが逆に怖いんだ。
「昨日私が布団に入っていたから、興奮して色々と荒ぶっちゃったんだね」
「いや、すぐ外に出たから。というかお前、あの後大丈夫だったのか?」
コソッとそう言うと、アスモは首を傾げた。
「ミティアに連れ戻された時のこと?別に、何かされたりはしていないけど」
「そ、そうか。ならいいんだが……」
「聖剣を突きつけられて、本当に我慢できなくなったら殺すって言われた」
「されてんじゃねーか!」
上手くコントロールできたかと思ったが、ミティアにも我慢の限界というものがあるらしい。
「やっとミティアも素を出したんだね。今まで隠してるみたいだったから、しんどくないのかなと思ってた」
「気付いてたのか?」
「うん。殺気とか凄かったから」
「ま、マジか」
俺も殺気や魔力を感じ取るのは得意なんだが、ミティアからそういったものは感じていなかった。アスモは魔族だから、そういうのに敏感なのかもしれないな。
「勇者の闇が1番深いというオチ。安らぎを感じてたレインが哀れで可哀想」
「ほんとだよ!ドMとドSとヤンデレが勇者一行ってどういう事だ!」
「そこにレインという変人も加わる」
「お前にだけは変人って言われたくないんだが?」
と、不意に凄まじい殺気を感じて俺は振り返る。ミティアだ。うたた寝しているリエルの隣で、恐ろしく速い貧乏ゆすりをしながらこちらに微笑みを向けているミティアから、アスモですら汗を垂らすほどの殺気が漏れ出ているのだ。
俺がアスモと少し話しただけでこれとは。これまでどうやってその殺気を隠してきたのかが気になる。
「……私だって、レインが好きなのに」
これからどうしたものかと頭を悩ませていると、頬を赤く染めたアスモが上目遣いでそんな事を言ってくる。くっ、可愛いじゃないか。だがいよいよミティアが立ち上がったぞ。後ろから災厄が迫っている件。
「私は逃げないよ。だって好きだもん。貴女にだって、この想いは絶対負けてない」
「は?買いますよ、喧嘩」
「おいミティア、約束忘れたのか?」
俺が言うと、ミティアは急にオロオロし始めた。まったく、今後は目が離せないな。頭が痛くなってきた俺の苦労など知らず、起きたらしいリエルは気持ちよさそうに伸びをしていた。
登場人物紹介(2)
【勇者ミティア】
・年齢:17歳
・身長:158cm
・ヤンデレ:9999
聖剣に選ばれた勇者。普段は優しく天使のような少女だが、レインに病的なレベルで惚れ込んでおり、女性全員を邪魔者だと考えている。闇日記をレインに見られてからは、過激な裏の部分を彼に対して隠さなくなり、勇者一行から天使は消滅した。