第九話 怒り
教会を離れ、1㎞ほど離れたところで、セイガ小隊の面々は腰を下ろし、休んでいた。この地点に着いてすでに3時間ほど経過している。セイガは、皆の中心に居たが、その目は虚ろだった。隊員は皆、固く口を閉ざしている。
「…隊長、そろそろ集合だ。もう休憩はいいか?」
静寂を破ったのはレオンだった。セイガは何も答えない。じっと俯いている。
「おい、隊長」
レオンが顔を覗き込む。その顔には苛立ちが見て取れた。しかし、自責の念に駆られているセイガには、彼の声が届かない。…次の瞬間、セイガに強い衝撃が走った。レオンの右ストレートがセイガの頬を捉えていた。突然のことに反応ができなかったセイガはなすすべもなく地面に転がった。セイガが咄嗟にレオンを見ると同時に、彼はセイガの胸ぐらをつかみ、引き寄せる。
「いい加減にしろ!」
レオンの怒鳴り声が辺りにこだまする。更に彼は続ける。
「いつまでそんな面してやがる!ここがどこか忘れたか?戦場だ!戦場では人が死ぬ。敵であっても、味方であってもな。敵を殺して仲間が助かるなんて都合のいい話はねぇんだよ!」
そう、レオンはまくしたてた。
「レオン落ち着け!今ここでやると指揮統制が乱れる。」
その時、エルが仲裁に入った。流石に見かねた様だ。レオンはエルを一瞥すると、セイガを乱暴に突き飛ばした。
「…そんな面したお前なんざ見たくねぇ。…先行ってる。お前らも早くこい、上に報告だ。」
そう言って、レオンはくるりと司令部の方向に向きを変え、立ち去ろうとする。セイガは立ち上がり、レオンを止めようとしたが、再び立ち止まったレオンに遮られた。レオンが剣を抜き、セイガの喉元に剣先を向けた。
「二度とそのシケた面を見せてくれるな。次、もしその面のお前が現れたら…俺がお前を殺す。カインドルトの奴らになんざ殺らせねぇ。俺が直々に手を下してやるよ。」
一通り言い終えたレオンは、剣を鞘に納め、次こそ司令部へ歩き去った。誰も追いかけることができなかった。
「…あちゃー、やっぱり爆発したか…」
エルが頭を抱えた。呆れた様な表情だった。
「…爆発したって、何が?」
エルの横で硬直していたメリーがおそるおそる聞く。
「…レオンにはみんなに黙ってろって言われたんだけど…」
エルは一度口を止めたが、再び決心したようにつづけた。
「昨日の話だ。俺とレオンの故郷のケープビレッジが焦土にされたのは聞いたな?そこで…レオンの家族全員の遺体が見つかった。レオンはケープでも有名な地主の次男でね、すぐに分かったらしい。父親も、母親も、今年で27になる兄貴も、その奥さんも、2歳の子供も…全員死んでいたらしい。」
その場の皆が驚いた。レオンにはそんな素振りが一切なかったからだ。更にエルは続ける。
「…ま、俺の家族も死んでたらしいんだけどね。何て言うか…まだ何も感じられない。まあつまり、俺もあいつも、まだ現実を受け入れられてないのさ。あいつは感情が出てしまうからね、隊長にああ当たるのも無理ないのさ。わかってやってくれ。」
淡々と言う彼の言葉には、おぞましい何かを感じた。しかし、それと同時に、彼らの苦悩も感じられた。
「…この話を聞いたからには、決心付けてもらうよ。俺もレオンも、決心付けるから。」
エルが微笑みながらそう言った。セイガの心も、もう決まった。
「ああ、もう一度あいつと向き合うよ。」
「それでいいの。勿論、仲間の死を悼むことも大切だと思うけどね」
そう言ってエルは司令部に向かい始めた。他の皆も後に続く。
―こうして、セイガ小隊の長い戦いは幕を開けた―