最終章 もんすたぁずファイト、レディ・ゴー! 終
ズボンのポケットから契約の指輪を取り出す。
「サトキさま、それは……」
ライムは驚いたように目を見開く。
もう決めていたことだ。聡樹は迷わなかった。
「ライム。俺と、契約してくれ」
「あの、サトキさま、わたしを選んでくださったことは大変嬉しいのですが、その、これはフェアではありません」
ライムは困惑していた。真理のことも気にしているようだ。
聡樹だって、本当は全部終わった後に二人を並べて告白するつもりだった。それで真理が怒ったなら、いくらでも殴られるつもりでいた。
「真理には悪いと思ってる。でもこれはもう決めていたことなんだ。俺はライムと契約したい。そして、この勝負にも勝ちたい」
「サトキさま……。本当に、わたしなんかでよろしいのですか?」
「よく考えて決めたんだ。ライムじゃなきゃダメなんだ」
それが聡樹の出した『答え』だ。
想いが伝わったのか、ライムが微笑む。
「……わかりました。では、契約の儀をお願いします」
ライムがその手を聡樹に向けて伸ばす。細くて白い、たおやかな指を。
聡樹はその手を優しく取って、契約の指輪をそっと――薬指に通した。
ピカピカと契約の指輪が赤い光を明滅させる。ライムのパーソナルデータを登録しているのだ。聡樹の指輪も同じように光っている。
「俺もついに、もんすたぁマスターか」
いろいろあったが、ようやくこのときが来たのだ。
当初の予定とは違ったが、後悔はまったくしていない。
優しくて、可愛くて、料理上手なパートナーができたのだ。むしろよかったとさえ思っている。
「ライム、これからもよろしくな」
「はいサトキさま、こちらこそよろしくお願いします」
契約の指輪の明滅が止まる。登録が完了したのだ。二人のパーソナルデータは自動的に日本もんすたぁ協会のコンピューターに送信され、データベースに登録される。
これで正式に聡樹とライムはもんすたぁマスターとパートナーもんすたぁの関係となった。
「くっ、うぅっ……」
ライムが苦しげに呻いた。マナが枯渇しかかっているのだ。
「待ってろライム、すぐにマナを送ってやるからな」
マナは人間の体内で主に生成され、もんすたぁに秘められた能力を発揮するために必要な不思議の要素。
それをもんすたぁに供給するためには、もんすたぁに対して心を開かなくてはならない。
聡樹は強くイメージする。心の扉を開いて、ライムを受け入れる。そして心の弁を開いて、マナをライムに流し込む。
契約の指輪が赤い光を放ち、身体の中からなにかが抜けていくような感覚があった。
「ああ……すごいです。わたしの中がサトキさまので満たされていきます」
ウットリとした恍惚の表情を浮かべるライム。身体はほんのり上気して、お風呂上がりみたいになっている。そんなに気持ちがいいものなのだろうか。
「どうだライム? いけそうか?」
その問いかけに、ライムは愚問だと言わんばかりの強気な笑顔を見せる。
「ふふふ、今のわたしならなんだってできそうです」
ゆらりと、ドラグノフに視線を向ける。それは獲物を狙う捕食者の眼差しだ。
「サトキさま……いいえマスター。あなたに勝利の栄光をお約束します」
「あ、ああ。頼んだぞライム」
なんだかもの凄く気が大きくなっているようだ。ライムの変わりように驚く聡樹だったが、だが同時に頼もしくもある。
「はっはっは、いやまさかファイトの最中に契約をするなんてな。前代未聞だぜ」
武蔵丸が愉快そうに笑いながら言った。
「親切に待ってやったんだ。さっきよりも楽しませてくれるんだろうな?」
「もちろんですとも。わたしがマスターと契約したからには、あなた方の不敗神話も今日限りで連載打ち切りです」
ビシッと指までさして啖呵を切るライム。完全に聡樹のお株を奪っている。
「へっ、スライム風情が言いやがるじゃねーか。そんじゃあファイト再開といくぜ」
再びフィールドにはしる緊張感に、聡樹も気を引き締め直す。
ここまで来たらもう負けられない。
ライムと、彼女が信じてくれる自分の力を信じて精一杯戦うだけだ。
「仕掛けます、マスター。マナをブーストするタイミングは声を掛け合っていきましょう」
ブーストとはマナを一瞬で大量に送り込み、もんすたぁが起こしたアクションの威力を増幅することだ。主に必殺技を使うタイミングなどで行われ、これにはマスターともんすたぁの呼吸合わせが重要になってくる。
「わかった。イケると思ったら遠慮なく言ってくれ」
ライムは力強くうなずいた。そして、
「いきますッッ」
勢いよく地面を蹴ってドラグノフに向かって突進する。
「来るぞドラグノフッ、相手はもう契約済みだ、さっきみてーに『手加減』なんかすんじゃねーぞォッ?」
「ゴオォ」
ドラグノフが迎撃の態勢を見せる。ドラゴンブレスを使わずに格闘で応戦するつもりのようだ。恐らくは近接戦でライムの動きを止め、確実にブレスを当てる算段なのだろう。どうやら連戦の影響で武蔵丸に残されたマナはそう多くはないらしい。
「マスターッ」
早速ライムからブーストの合図だ。インファイトを行うにはまだ大分間合いが空いている。しかしその距離こそがスライム族の最も得意とする間合いだ。
聡樹はイメージすることによってマナをライムに送り込む。
「スライム拳法・変身自在拳極意『金属化』」
掛け声と共にライムの片足の膝から下が銀色の光沢を帯びた『金属』へと変質した。
「続けて『大戦斧』」
金属の片足がぐにゃりと変形し巨大な戦斧を形作る。
「秘技・『竜巻戦斧脚』ッッ」
金属化していない片脚を軸にして、戦斧となった脚を回し蹴りの要領で振り回す。
伸縮自在の脚は瞬く間に長く伸び、回転する戦斧がドラグノフに容赦なく襲いかかる。
「爪で受け流せェッ」
ドラグノフは上段、中段、下段に高速かつランダムで襲いかかる戦斧を長く鋭い爪で巧みに受け流す。戦斧と爪が接触する度に激しい火花を散らした。
「ちぃっ、身体の『形状』だけじゃなく、『性質』まで変化させるたァな。そんな芸当ができるスライムは初めて見たぜ」
「こう見えてもわたしはスライム族最強の戦士です。甘く見ていると痛い目に遭いますよ」
ライムはコマのように高速回転を続けながら答える。
「なるほど、『最弱の最強』ってワケか。だがドラグノフはドラゴン族で最も強い、言わば『最強の最強』だ。果たしてどこまで太刀打ちできるかねぇ?」
武蔵丸の不敵な笑みは失われてはいない。彼自身も超一流のもんすたぁマスターだ。いくつ策を用意していても不思議ではない。
聡樹はライムが目の前の敵を倒すことだけに集中できるように、武蔵丸の挙動を油断なく見張る。彼がなにか動きを見せれば即座に対応できるように。同時にこの先の展開も考える。
(武蔵丸さんはライムの使った『金属化』を初めて見たと言っていた。つまりあの人にとってライムは未知の相手なんだ。だとするならばここは――)
聡樹は大声で指示を飛ばす。
「ライムッ、『俺は指示をしないッ』、お前の好きにやれッ」
「マスター……。はい、わかりましたッ」
ライムは聡樹の考えを理解してくれたようだ。
実のところ、聡樹にとってもライムは未知の存在だ。スライム族が『金属化』という技を使えるなんて知らなかった。その技はどうやらライムにしか使えないらしく、つまりライムは誰にとっても未知の存在なのだ。その『未知であること』を最大限に利用するには、彼女の自由意志で戦わせるのがもっとも相手の意表を突けると聡樹は踏んだのだ。
指示をしないなんてマスターの存在意義の半分を捨てたようなものだが、それでもこの勝負に勝てるなら聡樹は構わないと思っていた。
「指示をしないたァ思い切った判断だな少年。もんすたぁマスターとしてのプライドはねーのか?」
武蔵丸が意地悪く笑う。
しかしなんと言われようと聡樹の考えは変わらない。
「……俺は、やっぱりドラゴンのマスターには向いてなかったみたいです。こんなプライドのない戦い方をするマスターに、ドラゴンが応えてくれるはずがありませんから。でも、それでも俺は勝ちたいんです。武蔵丸さんに勝ちたいんですッ」
「少年……。いいじゃねーか、気に入ったぜ」
その笑顔は、今まで見てきた中で一番清々しくて好意的な笑顔だった。
「勝ちってのは勝負師として最大の誇りだ。勝負師は勝つためにはあらゆる手段を尽くさなきゃならねぇ。勝ちにこだわる気持ちってのもその内の一つだ。真剣勝負の世界は気持ちで負けてちゃゼッテーに勝てるわけがねーからよ」
武蔵丸が胸に手をかざす。
「勝負だぜ、少年。悪いが、本気で負けてやれなくなった。久しぶりだぜ、こんなにココが熱くなるのはよォ」
胸にかざした契約の指輪が赤い光を放つ。今までで一番強く、綺麗な輝きだ。
――決着をつけるつもりなのだ。
「ドラグノフッ! お前のフルパワーを見せてやれッ、勝利の栄光を掴み取れェッ」
「ゴオオォーッ」
ガッキンッ!
ドラグノフが高速回転する戦斧を白羽取りに捉えた。
「しまったっ」
ライムは必死に振り解こうとするが、ドラゴンのパワーで掴まれてはそれも叶わない。
ドラグノフが口を大きく開けた。鋭い牙が無数に並ぶ地獄の入り口のような咥内。その喉の奥で灼熱の舌がちろちろと踊る。
最強の『竜帝』の、最大の『必殺技』。
その名も――
「『竜帝紅蓮焼滅砲』」
「ライム避けろォーーッッ」
「……フフ」
絶体絶命の危機に、ライムは笑っていた。
勝負を諦めて自暴自棄になったのかと思ったが――違う。
ライムはまだ『切り札ジョーカー』を隠し持っているのだ。そして、聡樹はそれを迷わず信じた。
聡樹の契約の指輪が激しい光を放つ。ありったけのマナをライムに注ぎ込む。
「俺様の……勝ちだァァァーッッ」
極紅蓮に燃え滾る極太ビームが放たれる。喰らえば文字通り必殺は免れられない必殺技だ。
「それを待っていました」
聡樹は確かに見た。
それは、ライムが炎に飲み込まれる直前のことだ。
ライムの全身が銀色に輝くのを、確かに見た。
直後、炎に飲み込まれて消えた。
「ライムゥゥーーッッッ」
視界は紅蓮一色に覆われている。聡樹の脳裏に土煙を突き抜けて飛んできた真理の姿がフラッシュバックした。頭を振ってその嫌な映像を必死に掻き消す。
長く短い時間が過ぎ、紅蓮の炎が陽炎の余韻を残しながら視界から消えた。
恐る恐る目を凝らした聡樹が真っ先に視界に捉えたモノは――
「ライ……ム?」
ハテナマークが付くほど変わり果てた姿のライムだった。
全身が赤とオレンジの混ざり合ったような鮮やかな灼熱色に染まり、エメラルドグリーンだった長い髪が紅蓮に燃え盛る炎のように揺らめいている。
ライムは燃えていた。文字通り、炎の如く。
「『メタルライム・ヒートモード』」
灼熱色のライムが口を開いた。
「ドラゴンに対抗する為にわたしが編み出した『秘策』です。この状態は長くは保ちません。速攻で勝負を決めます」
ライムがまばゆい熱を帯びた両腕を天に掲げる。
いつの間にか黒い群雲が覆った天を、その熱で焼き焦がそうとするかのように。
「スライム拳法・変身自在拳秘奥義――」
両腕が二重螺旋を描きながら天に向かって伸び、絡み合い、溶け合って、とてつもなく巨大な剣を形成する。
それは、コロシアムを両断できるくらいに巨大な――
まさに、『灼熱色に輝く竜殺しの巨大剣』。
「なっ――、んじゃそりゃああああぁぁーッッ!?」
武蔵丸が度肝を抜かれて絶叫している。無理もない。聡樹なんかは魂まで抜かれて放心状態だ。
そして、最弱で最強のスライムが放つ、今必殺の。
「ドラゴン・バスタァァァーーッッッ」
ライムが渾身の力を込めて巨大剣を振り下ろす。
最強の『竜帝紅蓮焼滅砲』の威力をまるごと乗せた、究極の『灼熱色に輝く竜殺しの巨大剣』がドラグノフに襲いかかる。
「ゴァオオオオォォォーーッッッ」
それをドラグノフは長く鋭い爪を交差させて真っ向から受け止めた。
だが、
「ゴ、オオォッッ!?」
万象一切を焼き尽くす『竜帝』の炎を纏った巨大剣は瞬く間にその爪を溶断し――、
「避けろドラグノフぅぁぁーーッッッ」
「ゴアアアアォォーーッッ」
最強の存在ドラグノフを超えたその先――『勝利』へと届いた。
その後の出来事を簡単に説明すると、あっさりと負けを認めた武蔵丸虎児郎は「責任を果たしてくるぜ」と言い残して去っていった。彼が対策機関を辞職したことを聡樹たちが知ったのは数日後のことだ。
噂では再びもんすたぁマスターとして活動を始めるらしい。
彼とはまたどこかで会うことになる。聡樹はそう確信していた。
武蔵丸のお陰で逮捕を免れたルビーアイは現在、照井家に匿われている。初めは自分の犯した罪を理解できずにごねていた彼女も、ライムと魅麗の『教育』を受けてからは打って変わって大人しくなった。
一体どんな『教育』をしたのか聡樹が尋ねても、二人は黒い笑みを浮かべるだけで答えない。
以降、二人の姿を見るたびに怯えて聡樹の後ろに隠れるようになったルビーアイの頭をなでてやるのが彼の仕事になった。
真理のことに関しては、彼女は聡樹がライムと契約したことを知っても意外と冷静だった。
激昂して暴力を振るうようなこともせず、いつも通りのツリ目のへの字口でただ一言、
「おめでとう」
それだけ言い残して、聡樹が呼び止めるのも聞かずにさっさと帰ってしまった。
――そして、翌日の月曜日。
真理は、学校を休んだ。




