最終章 もんずたぁずファイト、レディ・ゴー! その2
「待っ――」
「待ちなさいよ」
真理の方が先に踏み出していた。
「今度は私たちが相手になります」
さらにライムまで。
武蔵丸がめんどくさそうにこちらに振り向いた。
「ほ~う? お嬢さんたちがねぇ? でも悪いけど俺様、もんすたぁのオッパイには興味ないんだわ。特にそっちのポニーテールの子なんてほとんどナイだろ」
「潰スぞ」
「どうどう真理、どうどう」
聡樹は必死に真理をなだめた。
武蔵丸は真理の殺意の波動をモロに喰らっても平然とした顔で続ける。
「それに相手をするったって、お嬢さんたちにはマスターがいないだろ? わかっちゃいると思うが、マスターからのマナの供給あるなしじゃ発揮できる力は天と地ほども差が開くぜ。それでドラグノフの相手をするなんざどう考えても無理だろ」
武蔵丸の言っていることは正論だ。マナの供給なしで戦うということは、人間でいえば無呼吸で戦うようなものだ。無理・無茶・無謀の三拍子である。
それでも、
「無理かどうかはやってみなけりゃわかんないじゃない。それともなに? チャンピオンのくせに、アタシらが恐いわけ?」
真理ならきっとそう言うだろうと、聡樹はいい加減わかっていた。
彼女の強引で恐いモノ知らずで好戦的な性格は今に始まったことじゃない。
「はっはっは、こいつぁ参ったぜ。挑発の文句としちゃあ三級品だが、それを俺様たちに向かって言える度胸は一級品だ」
武蔵丸は大胆に笑って売り言葉。
「いいぜ、相手してやるよ。真剣勝負の世界をナメてるとどうなるか、その身をもって教えてやる」
「ナメてんのはアンタでしょ? その高い鼻っ柱叩き折ってやるから覚悟しときなさいよ」
真理も不敵に笑って買い言葉。
この二人が本気で口喧嘩を始めたら三日三晩は止まらなさそうだ。
「やれやれ、ほんとに口の減らないお嬢さんだぜ。その度胸に免じて二人まとめて相手をしてやるよ。覚悟が決まったら位置につきな」
武蔵丸は魅麗に迫るのをやめて定位置についた。
魅麗がホッと安堵のため息を漏らす。
「あ、そうそう。もしまた俺様が勝ったら、オッパイにプラスしてオシリも触らせてもらうからな」
安堵も束の間、魅麗の顔が再び引き攣った。
「魅麗! 安心しろ、そんなこと俺が絶対にさせないからな」
「お兄ぃ……。うんっ」
魅麗は笑顔でうなずいた。聡樹のことを信頼してくれているのだ。聡樹も笑顔を返すが、内心は穏やかじゃなかった。
妹の手前カッコつけはいいものの、正直言って武蔵丸虎児郎に勝つためにはどうしたらいいのかわからないのだ。
このままではルビーアイを助けられないどころか、かわいい妹の胸とお尻が危ない。
聡樹は真理とライムを近くに寄せて作戦会議をすることにした。
「二人まとめて、だってさ。どう? 聡樹。アンタ、アタシらのことうまく使える?」
「……正直、自信はない。俺だってもんすたぁずファイトは未経験なんだ」
しかも初めての相手は無敗の王者だ。普通に考えれば勝てる道理などない。
聡樹の目線は自然と落ちてしまう。
「しっかりしてくださいっ、サトキさま!」
ライムの飛ばした激励に、聡樹は驚いて顔を上げた。
ライムは握り拳を二つ固め、眉尻を吊り上げて言葉を続ける。
「私はサトキさまを信じます。サトキさまが勝てと命令されれば必ず勝ちます。ですからサトキさまも私を信じてください」
「ライム……」
「もちろんアタシもそのつもりよ。聡樹、アンタはどうなの? アタシらのこと、信じられない?」
ライムと真理が聡樹を見つめる。疑念の曇りがまったくない、澄んだ瞳で。
……まったくもって、頼もしい女たちである。彼女たちと一緒なら、本当にあの武蔵丸虎児郎にも勝てるかも知れない。
根拠なんてない。理屈だってない。でも、そんなものがなくても信じることはできる。
「わかった」
だから聡樹は信じることにした。
「俺だって、ダテに八年間猛勉強してきたわけじゃないんだ。二人の特性は理解してる。その力、限界まで引き出してやるぜ」
ライムと真理。二人の頼もしいパートナーを。
そして、二人が信じてくれる、自分自身を。
「そうこなくっちゃ」
「期待していますね、サトキさま」
聡樹の信頼に、二人の美少女もんすたぁは極上の笑顔で応えてくれた。
どんなに無謀でも、無茶をして無理を通せば道理は曲がる。
無謀の果てにある勝利を夢に願うなら、それを叶える方法はただ一つ。
「俺たちはなにがあっても、絶対に諦めないぞ。絶対に勝つんだッ」
「オーッッ」
三人の掛け声が曇り始めた空に吸い込まれて消える。
(そうだ。俺はもう二度と諦めない。自分の夢を信じるんだ。俺は今度こそ――必ず叶えてみせる)
男・照井聡樹。覚悟、完了である。
「ルールはさっきと同じ一本勝負だ。それと、お前らにはハンデをやるよ。ドラグノフに傷を一つでも付けることができたら、お前らの勝ちでいいぜ」
「なによ、随分と気前がいいわね。余裕かましてるつもりなわけ?」
「まーな。結果の見えてる勝負なんざ面白くもなんともねーからよ。大サービスしてやってんだ、せいぜい俺様をガッカリさせてくれるなよ?」
武蔵丸は相変わらず大胆不敵だ。
それもすべて、己と、己のパートナーの実力からくる確かな自信があるからだろう。
事実として、同じドラゴン族であるドランがドラグノフにかすり傷一つ負わせることができなかったのだ。
「サトキさま、これはチャンスです」
ライムが囁いてくる。
「私とマリさんは敵同士の場合は相性が最悪ですが、タッグを組めばお互いの弱点を相殺することができます。サトキさまの采配に期待します」
聡樹は小さくうなずいた。
スライムの特性は変幻自在の身体に無敵の物理防御力、そして弱点は属性攻撃と決定打のなさ。
ゴーレムの特性はドラゴンすらも圧倒する絶大なパワーで、弱点は機動力が低いために素早い相手を捉えられないこと。
この、まったく異なる特性をもった二人のもんすたぁをうまく扱うことができれば。
一+一を二ではなく、五にも十にもできたなら。
「大丈夫だ。例え最強の『竜帝』が相手でも、傷の一つや二つくらいなんとでもなる」
「その意気ですサトキさま。無敵のチャンピオンに目にモノを見せて差し上げましょう」
ライムはニコッと笑い、正面の武蔵丸とドラグノフに向き直る。
真理もゴーレムボディを形成し、闘志もみなぎっているようだ。
準備は整った。後はゴングを鳴らすだけだ。
「よーし、そんじゃもいっちょ始めるとすっか。行くぜ少年。もんすたぁずファイトォ~」
「レディィー……」
「ゴォォォーッッッ」
聡樹と武蔵丸が同時に叫ぶ。
ルビーアイやら夢やらオッパイやらオシリやらを賭けた大勝負の始まりだ。
武蔵丸の契約の指輪が赤い輝きを放つのと同時に、聡樹は二人に指示を下す。
「二手に分かれるんだッ、ライムはブレスを警戒しつつ敵の動きを封じてくれッ」
「了解ですっ」
「頼んだわよ……ライムッ」
作戦自体は至ってシンプルだ。ライムが敵の足を止め、そこへ真理が全力で一撃を叩き込む。セオリーだが、二人の特性を最大限に生かした最も効果的なコンビネーションだ。
「ま、フツーはそう来るわな。だがよ、ドラグノフがそう簡単につかまると思うんじゃねーぞォッ?」
ドラグノフが翼を羽ばたかせて空高くへと舞い上がった。
想定の範囲内とはいえ、やはり空に逃げられるのは厳しい。
「そぅらドラグノフッ、空からブレスで焼き払えッ」
空中からドラグノフがブレスをファイアボールにして小刻みに吐き出し、ライムを狙って絨毯爆撃を仕掛けてくる。
スライムは火にとても弱いので、威力を抑えてあったとしても十分致命傷になりうる。
「ライムは回避に専念するんだッ。真理も直撃をもらわないように気を付けろッ」
連続して爆裂する地面をライムが小刻みにステップを踏んでかわしていく。真理は離れたところに腰を据え、たまに飛んでくる火球をゴーレムハンドで叩いて払う。
「サトキさまっ、このままではっ」
「わかってるッ、真理、撃ち落とせるかッ?」
「やってみるッ」
真理は上空を旋回飛行するドラグノフに向けてゴーレムアームを真っ直ぐ伸ばし、照準を定める。
「墜ちろッ、ロケットパァァァンチッッ」
鼓膜をぶち抜くような爆音を轟かせてゴーレムパンチが射出される。
「ドラグノフぁッ、お前のパワーを見せつけてやれやァッ」
「ゴオォォーッ」
聡樹は目を疑った。
真理が放ったロケットパンチを、ドラグノフは空中で受け止めて見せたのだ。
「ちょっ、マジッ?」
これには流石の真理も慌てている。
ドラグノフは受け止めたロケットパンチを、お返しとばかりに真理に向かって投げ返した。
「避けろ真理ッ」
「わわっ」
間一髪、真理は自分のパンチを避けることができた。
「ロケットパンチたァおもしれー技使うじゃねーかよ。あれか? ゴーレムのお嬢さんは男のロマンを理解できるタイプか?」
武蔵丸が愉快そうに笑う。
「だがよ、やっぱりマナ不足は否めねーな? その程度の威力じゃドラグノフには通用しねーぜッ?」
マナだけじゃない。距離も離れているし、上に向かって撃てば重力の影響も強く受ける。ドラグノフの元まで届いても、その頃には威力が半減してしまうのだ。
「くそッ、どうしたら……。……待てよ?」
聡樹のミニマム脳みそに閃きが奔る。
「真理ッ、もう一回ロケットパンチの用意だッ。ライム、真理のロケットパンチに乗れッ」
「わかりましたっ」
「なるほど、考えたわね」
ライムは真理に向かって爆裂するフィールドを駆ける。
しかしそれを見逃す武蔵丸虎児郎ではない。
「させるかよァァーッ」
ドラグノフは火球による絨毯爆撃をやめ、全力のビームブレスで合流を阻害しようとする。
「ライムッ、つかまんなさいッ」
真理がビームに追われるライムに向かってゴーレムアームを伸ばす。
ライムは伸縮自在の腕を長く伸ばしてゴーレムアームにつかまると、伸びたゴムが元に戻る原理で一気に真理の元へと飛んで行く。
「合流成功だッ、行けーッ真理ーッ」
「ちょっと荒っぽいわよ~」
真理はライムがつかまるゴーレムハンドをそのままドラグノフへと向けた。
「うまくやんなさいよライム? ロケットォ、パァァァーンチッッ」
射出されたロケットパンチに乗ってライムがドラグノフに急接近する。
「ゴアァァーッ」
ドラグノフのブレスが襲いかかり、パンチは瞬く間に消し炭になった。しかしライムは一瞬早くパンチを蹴ってさらに高く飛び上がり、ドラグノフの高度を越える。
「スライム拳法・変身自在拳『分身殺法』」
それはいつぞやのバイトに役立つ便利技だった。ライムは身体をにゅ~っと分割して五人に増殖し、さらに分散してドラグノフを囲むように空中で陣を組む。
「『投網』ッ」
五人のライムは全員がアホ毛でつながっている。そしてそのアホ毛が枝分かれして網目状に伸びていき、クモが巣を張るようにあっという間に巨大な『ネット』を形成した。
「ンだとォッ」
初めて、武蔵丸の表情から余裕の色が消えた。
「ゴオォッ」
落下するライムの『投網』はドラグノフに覆い被さり、翼を絡め取って羽ばたけなくした。ドラグノフは為す術なく墜落してその巨体が地面を抉る。
見事な連携で天空の支配者を地上に引きずり下ろすことに成功した。
もちろん、それで終わりではない。
「マリさんッ、今ですッ」
ライムが作り出した絶好のチャンス。
それに応えるように真理が気合いを吐きながら巨大なゴーレムパンチを振りかぶる。 戦車すらも破壊するゴーレム族の怪力。その圧倒的な破壊力を一撃に込める。
ドラグノフがネットの中でもがくようにしながら立ち上がり、その眼に真理の姿を捉えて迎撃しようとする。
だがもう遅い。
「潰れろッ! 『オメガトン』――」
真理が渾身の一撃を放つ。
「パンチッッ」
ズドンッッ!
何十トンもの重量を感じさせるブ厚い打撃音。
巨大なパンチがドラグノフのボディに突き刺さり――
「炸裂ッッッ」
ズッドオォォォーンッッッ!
百の大砲が一斉に火を噴いたかのような大爆音が衝撃波となってコロシアム全体に伝播した。
離れたところにいる聡樹の全身がビリビリと痛いぐらいに震える。
ロケットパンチを応用した、ゼロ距離での『爆発するパンチ』。
それが真理の『必殺技』だったようだ。
「やったか……っ?」
爆発の衝撃で大量の粉塵が巻き上がり、視界を完全に遮っている。聡樹の目には真理もライムもドラグノフも見えない。必死に目を凝らして状況を把握しようとする。
――『竜爪裂交差』。
聡樹は土煙を突き抜けて巨大な土の塊が飛んでくるのを見た。
……違う。それは真理だ。真理が吹き飛んでいるのだ。
「え――」
ズシャアッ。
ひび割れたゴーレムボディが地面に叩き付けられ、衝撃で粉々に砕けて真理の身体がすっぽ抜ける。
華奢な女の子の身体がゴロゴロ転がり、聡樹の目の前で止まった。
「真、理?」
仰向けに倒れる真理の目は閉じられて、決して開こうとはしなかった。
「真理ッ」
聡樹は真理を抱き起こして揺さぶる。ほっぺたも叩く。でも真理は目を覚まさない。
「おい真理ッ、真理しっかりしろッ」
「無駄だぜ」
薄れていく土煙の向こうから武蔵丸の声が聞こえる。
「体内のマナが枯渇してんだ。しばらくは目を覚まさねーよ」
「真理っ……」
「ま、人間でいうところの貧血による失神みたいなモンだ。命に別状はねーさ」
土煙が完全に晴れる。
目を疑いたくなるような現実がそこにはあった。
「そ、そんな……」
ドラグノフは無傷だった。
戦車すらも破壊するゴーレムのパンチを受けて、まったくの無傷。
マナが不足していたとはいえ、いくらなんでもおかしい。
状況を理解できなくて、聡樹の顔は今にも泣き出しそうに歪んでいる。
そんな聡樹を見て武蔵丸はにやりと笑う。
「知らねーのか少年? ドラゴンの鱗ってのは加齢と共にブ厚く硬くなっていくんだよ。若干柔軟さが犠牲になるが、それを補って余りあるタフネスを得る。八年前なら傷の一つも付いただろうが……ま、残念だったな」
衝撃的だった。
傷を付ければ勝ちなのに、傷を付けられないという絶望的な事実。
真理の必殺技が最大の攻撃力であり、それが通用しない現状では打つ手がない。
しかも真理はもう戦えない。ここからはライムが一人で戦うことになる。そのライムだってマナが枯渇しかかっていて、いつ同じように気を失うかわからない状態だ。
「ま、流石に弱ったスライム一匹じゃ勝ち目はねーんじゃねーの? 勝負あったな」
武蔵丸の言う通りだ。今のライムでは天地がひっくり返ってもドラグノフには敵わない。
ではどうする? このまま大人しく負けを認めるか?
考えるまでもない。聡樹の答えはもう決まっている。
「……。真理、ごめんな」
聡樹は手を挙げて魅麗を呼ぶと、気を失った真理を任せる。
それから聡樹はライムの傍に歩み寄った。
「サトキさま……わたしはまだ戦えます……」
肩で息をして、疲労を顔から滲ませながらもライムは言った。
彼女はまだ諦めてはいなかった。エメラルドのような瞳には覇気が満ちている。
「ライム」
そして――聡樹も諦めていなかった。
「お前に、頼みがあるんだ」




