最終章 もんずたぁずファイト、レディ・ゴー!
「さあどうだ。ここが俺様たちの決闘場だ」
武蔵丸に連れられて聡樹たちがやってきたのは、歓楽街にある巨大コロシアムだった。
主に、年に一度のもんすたぁずファイトリーグの地区予選や隔月で行われる地域大会に使用されている国立の施設だ。
地面は踏み固められた土がむき出しになっており、天井は存在しないので日光が直接降り注いでいる。
「いいんですか? 勝手に入っちゃって」
「いーのいーの、俺様って結構色んなとこに顔が利くから問題ナッシュビルだぜ」
普通ならそんなことはあり得ないと思うところだ。しかしさすがはグレートチャンピオン、大胆不敵な態度と相まってその言葉には説得力が感じられる。
「ふあ、思った以上に広いです」
ライムが感嘆の呟きを漏らした。
それは聡樹も感じていたことだ。このコロシアムはもんすたぁ同士の激しい戦いを収められるように、小型の野球場と同じくらいの大きさがある。
実際にコロシアムの中心に立って見渡すその光景は、観客席から見下ろすより何倍も広々と感じられた。
こうしていると、なぜだか胸がワクワクしてくる。
誰もいない観客席が満員になっているのを想像するとドキドキした。
聡樹は目を閉じて思いを馳せる。
いつか自分が主役になって、この場所に立つその時に。
目の前には手強いライバル。そして隣には共に勝利を誓い合ったパートナー。
観客の興奮がマックスボルテージに達し、コロシアムは熱狂のるつぼと化す。
「俺も、いつかこの場所で……」
「お兄ぃ、なにボーッとしてるの? 危ないから安全な場所に下がってて」
ハッと我に返れば、魅麗が不思議そうな顔で自分を見ている。
ライムと真理はすでに横手の方に避難しており、聡樹は妄想の世界に浸っていたためにそれに気が付かなかった。
「ご、ごめん」
すごすごとライムと真理がいる場所まで下がる。
「どうせ、いつかは自分もこの場所で戦ってみたい、とか考えてたんでしょ?」
いきなり真理が図星を突いてきて聡樹は少し焦った。
「な、なんでそんなことがわかるんだよ?」
「アンタの考えてることなんてお見通しよ。何年幼馴染みやってると思ってんのよ」
真理は得意げに口角を上げたが、すぐに真顔に戻る。
「……ねえ、聡樹」
「なんだよ?」
「アンタの妄想の中で、アンタの隣にいたのは誰なの?」
「それは……」
聡樹は真理から目を逸らす。
「まだヒミツってワケ?」
「……ゴメン」
「別に謝らなくてもいいわよ。こんなドサクサじゃ、ムードもなにもあったもんじゃないしね」
真理も聡樹から視線を外す。
「聡樹。アタシ、信じてるから」
真理のその言葉は、聡樹の心に重くのしかかった。
「サトキさま、そろそろ始まるみたいですよ」
ライムの声に、聡樹は顔を上げた。
コロシアムの中央で向かい合う魅麗と武蔵丸、ドランとドラグノフの姿が目に映る。
ついに始まるのだ。ルビーアイの身柄を賭けたもんすたぁずファイトが。
(頼んだぞ、魅麗。お前の手でルビーアイを助けてやってくれ)
ちなみにルビーアイは静かになったと思ったら眠っていたので客席で寝かせてある。簀巻き状態のままで。
「ルールは一本勝負だ。もんすたぁが戦闘不能になったら負け。いいな?」
「問題ないわ」
ごくオーソドックスなガチンコファイトだ。小細工なしの真っ向勝負。果たしてドランは『竜帝』を相手にどこまで戦えるのだろうか。彼の実力がわからない聡樹はハラハラが止まらない。
「あー、それとだな。俺様は犯人の身柄を賭ける。だからお嬢ちゃんもなにか賭けろ」
「そっちが勝手に賭けてるんじゃない、なんであたしまで賭けなきゃいけないの?」
「勝負はなにかを賭けた方が燃えるからに決まってんだろ? 賭けたモノがデカけりゃデカイほど、勝負ってのは楽しくなるんだよ。賭けのねェ勝負なんざガキのお遊びだ」
「……噂通りの勝負師ね。でもあたし、賭けられるモノなんて持ってないわ」
「よし、じゃあこうしよう。俺様が勝ったら、お嬢ちゃんのオッパイを触らせてもらうってのはどうだ?」
「きッ、貴様ァァァーッッッ」
ドランが全力で吼えた。牙をむく肉食動物のような凄まじい形相をしている。
妹の身体を賭けの対象にするなんて、聡樹も兄として許すわけにはいかない。
「魅麗! そんな条件のむ必要ないぞっ」
魅麗は聡樹の言葉には答えず、逡巡するように沈黙している。ややあって、魅麗は口を開いた。
「いいわ。胸でも何でも触ったらいいじゃない」
「魅麗様ッッ?」
「落ち着きなさい、ドラン。あんたが負けなければいいだけの話でしょ?」
「ぐぐっ、しかし相手は――」
「ドラン、あんたはあたしの信頼に応えられないの?」
ドランを見つめる魅麗の表情は、心なしか微笑んでいるように見えた。
その真っ直ぐな眼差しにドランも心を動かされたようだ。
「……わかりました。このドラン、なにに代えましても魅麗様の信頼にお応えします。魅麗様の清らかなお身体を、あのような卑賤の輩の好きにはさせません」
ドランは紳士の態度でうやうやしく、優雅な仕草でもって一礼をした。
魅麗は満足げな笑みを浮かべる。
「それでいいわ。さあ構えなさいドラン。あたしたちのファーストファイトを始めるわよ」
「えッ、戦うの初めてなのかッ?」
聡樹は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
「そうだよ? だってあたし、もんすたぁずファイトに興味なかったんだもん」
魅麗は事も無げに答えてくれた。
聡樹の不安が一気に膨らむ。
「心配しないで、お兄ぃ。あたし、状況判断と指示を出すのは得意だから。それに、あたしの身体はお兄ぃのだもん、あんな男に触らせたりしないよ」
魅麗が武蔵丸のような不敵な笑みを見せた。
こうなったらもう、その才能を信じて見守るより他はない。
「へっへっへ、俺様、俄然やる気が湧いてきたぜ」
性的にいやらしい感じの笑みを浮かべる武蔵丸。
子供の頃から憧れてきたヒーローがロリコンセクハラ野郎だったという事実を目の当たりにして、聡樹は夢を打ち砕かれたような気分になった。
「さぁてドラグノフ、久しぶりに暴れてやろうぜ。ぬるま湯につかりっぱなしでなまっちゃいないよな?」
「吾輩は問題ない。貴公こそ油断はせぬことだ」
初めてドラグノフが口を開いた。低くて渋い声だ。有閑なマダムがウットリメロメロにされそうなナイスミドルである。
「誰に向かって言ってやがる。俺様はいつだって真剣勝負だぜ。ガキじゃあるまいし、木刀や竹光で戦えるかってんだ」
「ならばよい。始めるとしよう」
マナの淡い光を身に纏い、ドラグノフが人間の姿からドラゴンの姿へと変身する。
八年前の聡樹に強烈な印象を植え付けた、あの雄々しい姿へと。
王者の威厳にあふれる巨体。
天を穿たんばかりの双角。
覇王のマントを思わせる翼。
そして、その刃の如き眼光の前では全ての存在が格下となる。
最強のもんすたぁにして絶対的な大暴君。
キングオブもんすたぁ・『竜帝』ドラグノフだ。
「すごい……」
聡樹は思わず呟いていた。
ドラグノフが全身に纏う王者の風は、八年前のあの時からまったく衰えていなかった。いやむしろ、重ねた年月の分だけ深みを増していると言ってもいい。
圧倒されたのは聡樹だけではない。ライムと真理の息をのむ音が聞こえる。魅麗とドランの表情が苦々しげに歪む。場の空気が一瞬にして張り詰めた。
その中でただ一人、武蔵丸だけは余裕の表情をしている。
「ほれ、そっちのドラゴンの青年も早く準備しろや」
「クッ、言われずともッ」
ドランの身体もマナの光に包まれ、人間の姿からドラゴンの姿へと変化を遂げる。
身体はドラグノフよりも一回りほど小柄だが、筋肉質で猫科の猛獣を思わせるしなやかな体付きをしている。爪と牙も鋭く、強力な武器になりそうだ。
「よーし、じゃあいっちょ始めるとするか。少年! ゴングを頼む」
「は、はいっ」
聡樹は息を深く吸い込み、思い切り声を張り上げる。
「もんすぁずファイトォォー、レディィィー・ゴォォォーッッッ」
戦いの火蓋が切って落とされた。
魅麗と武蔵丸の契約の指輪が赤い輝きを放ち、それぞれのパートナーに自身の内に眠るマナを供給する。
マナの充足をその身に感じ、ドラゴンの両雄が空気を粉砕するような咆哮を上げた。
先に命令を下したのは魅麗だ。
「ドランッ、火を吐いて一気に決めなさいッ」
「グオオォォォーッッ」
ドラゴン族の必殺技。口から吐き出す灼熱の吐息。
初手からいきなり大技だ。侵掠すること火の如く、ということだろうか。
ドランが口を大きく開け、紅蓮に燃えさかる炎のビームを吐き出す。
「迎え撃て、ドラグノフッ」
「ゴオオォォォーッッ」
武蔵丸の指示を受けてドラグノフもドラゴンブレスで応戦する。
炎のビームは両者の中央で激突し、大爆発を引き起こした。
一瞬にして視界は赤とオレンジに埋め尽くされてなにも見えなくなる。
「今よッ」
「今だッ」
重なる指示。次の瞬間には高く澄んだ金属音が空気をつんざいた。
爆炎の余韻が消え去り、視界を取り戻した聡樹は「あっ」と声を漏らした。
ドラゴンブレスが激突した中央で、ドランとドラグノフが鋭く伸びた爪を使って鍔迫り合いを繰り広げていたのだ。
「考えてることは同じだったってワケか。お嬢ちゃんやるじゃねーか」
「さすがはグレートチャンピオンにして機動隊四天王の一角。一筋縄じゃいかないか」
お互いに炎を目眩ましにして肉弾戦での奇襲を仕掛けたということらしい。
怒濤の展開に聡樹は驚きを隠せない。てゆうか魅麗は本当に初陣なのだろうか。
出足は互角。だがしかし徐々に地力の差が現れてくる。
「グオ、オ」
ドラグノフがドランを押し始めているのだ。さすがに体格差によるパワーの違いはいかんともしがたい。
「羽ばたけドランッ」
魅麗の指示でドランは大きな翼を羽ばたかせる。突風が一瞬だけドラグノフの視界を奪った隙にドランは爪を弾いて後ろに飛び上がった。
「ドラン、コンビネーションッ、炎と風よッ」
ドランはもう一度ドラゴンブレスを吐き出し、同時に激しく羽ばたいて炎に追い風を送った。
その結果、ドラゴンブレスが羽ばたきによる突風に巻き込まれ、巨大な炎の竜巻となってドラグノフに襲いかかる。
「名付けて、『ドラッケン・ファイアテンペスト』ッ」
か、カッコイイ! 聡樹は心の中で叫んだ。必殺技は男のロマンだ。
ドラグノフに迫る炎の大渦。しかし武蔵丸の余裕は崩れない。
「マジでやるねぇお嬢ちゃん。俺様、イイ意味で期待を裏切られたぜ。だが、まだまだ甘ェ」
武蔵丸の眼と契約の指輪が鋭く光る。
「ドラグノフッ、『竜爪裂交差』だッ」
必殺技に対して必殺技での応戦。
ドラグノフが胸の前で両腕を交差させ――勢いよく左右に振り抜いた。
聡樹は驚愕した。
巨大な炎の竜巻が大きく×の字に切り裂かれ、雲散霧消してしまったのだ。
高速で爪を振るうことによって発生した真空の刃。
それは炎の竜巻を消し去るだけに止まらず、その先のドランまでをも切り裂いた。
「グアオオォォーッ」
悲痛な叫びを上げて墜落するドラン。固い地面にその巨体を叩き付け、そのまま動かなくなった。
「ドランッ」
魅麗がドランの元へと駆け寄る。
「み、魅麗様……申し訳、ありま……せん」
ドランはもう戦えない。それは誰の目にも明らかだった。
「勝負あり、だな」
悔しいが武蔵丸の言う通りだろう。この勝負、魅麗とドランの負けだ。
「これが、最強のドラゴンの力ですか……」
「まさに化け物ね。格が違いすぎるわ」
ライムと真理も驚きを隠せないといった様子だ。
聡樹は断言できる。ドランは確かに強かった。魅麗も初陣とは思えないほど的確な指示を出していた。
だがそれでも、ドラグノフの力は圧倒的だった。武蔵丸の指示は完璧だった。
一分の隙もない完全決着だ。聡樹は奥歯を噛み締めた。
「へっへっへ、俺様の勝ちだな。それじゃあお嬢ちゃん、約束通り」
性的にいやらしい感じに両手をわきわきさせ、武蔵丸が魅麗に迫る。
「うぅっ……」
魅麗は顔を青ざめさせて後ずさった。
この構図は誰がどう見ても、痴漢がいたいけな少女を襲おうとしているようにしか見えない。
その現場を目撃しながら、それを見過ごすことは男として許されるだろうか。いや、許されない。
聡樹は一歩前に踏み出した。




