第5話 ルビーアイ捕獲大作戦!
――日曜日・午前一〇時。照井家・リビング。
「初めまして、聡樹君。我の名はドラン。今日一日よろしく頼む」
その男を初めて見たとき、聡樹の頭の中には『ワイルド紳士なイケメン』という単語が浮かんでいた。
ワイルドなボサボサの長髪、野性味溢れるぎらついた眼光、肉食系の整った顔立ちは憎たらしいほどにイケメンだ。
それでいて服装はパリッと糊の利いた黒いタキシードで、一言で表すなら執事のような格好をしている。
背筋もピンと伸びて、言葉遣いも礼儀正しい。
まさに獣性と知性の同居。動と静のコントラスト。
なるほど、これはどこからどう見てもワイルド紳士なイケメンだ。
年齢は聡樹よりも上にしか見えない。顔はまだ若い感じなので、たぶん一八歳くらいだろうか。
身長はかなり高く、一八〇以上は確実にある。聡樹より頭一つ分くらい高いので、間近で顔を見ると少し上目遣いになってしまう。
「こちらこそ、よろしくお願いします、ドランさん」
聡樹は差し出された手を握り返しつつ、少し緊張した声で言った。
「お兄ぃったら、そんなに硬くならなくても大丈夫だよ? 名前も呼び捨てでいいし、お兄ぃの命令には逆らわないように言ってあるから、パシリとして使ってもいいよ」
「いや、そんなこと言われてもな」
もう一度ドランの顔を見ると……ものっそい険悪な目付きをしていた。
『呼び捨てにしたら殺す。命令したら殺す。てゆうか今すぐ殺すぞ、ああ?』
そんな心の声が聞こえた気がした。
どうやら彼は聡樹に対して友好的ではないようだ。初対面でいきなり敵意を見せられるのは結構キツイものがある。
「サトキさま、サトキさま」
若干凹みつつドランから離れた聡樹に、ライムが耳打ちをする。
「あの殿方は人間ではありませんよ。もんすたぁです」
「本当なのか、ライム?」
「はい、私たちもんすたぁはマナの流れを感じることができます。あのドランという方は身体にマナを取り込んでいますから、もんすたぁだとわかります。さすがに種族までは特定できませんが」
「なるほど。魅麗にもんすたぁの友達がいたなんてな」
聡樹は、楽しそうに会話する魅麗とドランを眺めながら呟いた。
二人がどういう経緯で知り合ったのかはわからないが、少なくとも一年以上は付き合いがあるのだろう。
魅麗は快活な性格とは裏腹に交友関係には慎重で、友達と呼ぶ人間は片手で数えるほどしかいない。その他大勢は知り合いと呼ぶ。
あのドランという男は恐らく、魅麗の唯一のボーイフレンドだ。彼がもんすたぁだろうと、魅麗が認めた相手なら間違いはない。聡樹は二人の仲を応援するつもりだ。
問題は、お互いがどういう意識を持っているかだが……。
「あのドランとかいう男、魅麗に惚れてるわね」
「うおっ、真理、いきなり割り込んでくるなよビックリするだろ」
「なにそれ、アタシの存在を忘れてたってこと?」
「そういうわけじゃないって。でさ、なんで惚れてるなんてわかるんだよ?」
「女のカンってやつよ。ま、鈍感王の聡樹クンじゃ微塵も理解できないでしょうけどね」
若干バカにされた気がする。
真理が魅麗とドランに視線を向けたので、聡樹もつられるようにして二人を見た。
「じゃあさ、魅麗はどう思ってるんだろう」
「さあ? そこまでは。でも、男として見てないのは確かね」
「え、なんだよそれ。じゃあドランさんの片想いってことか?」
「そうなるわね。まったく、バカな男よね。もんすたぁと人間の恋なんて、実るはずないのに」
「そーゆうもんなのか?」
「当然でしょ。ロミオとジュリエットどころじゃないわ、種族自体が違うんだから」
「……真理は、本気でそう思ってるのか?」
「え?」
「いや、やっぱなんでもない」
よく聞き取れなかったらしく、真理は怪訝な顔をしている。
聡樹は今の自分の心を上手く言葉にできそうにないと思い、それ以上は言わないことにした。
「ごめーん、おまたせー。それじゃあ、作戦を説明するね」
魅麗がみんなを集める。いつの間にか作戦指揮まで担当して、すっかりルビーアイ捕獲部隊の隊長になっていた。リーダーシップの高さはさすが生徒会長を任されるだけはある。
全員がソファーに座ったのを確認すると、みんなを見渡せる位置、テレビの前に陣取って咳払いをする。
「えー、ルビーアイ捕獲大作戦! と銘打ちました本作戦の概要は、そのままずばり、ドラゴン・ルビーアイを捕獲することです。お兄ぃの言う通りなら、ターゲットは今日、もう一度お兄ぃの前に現れます。そこを全員で取り囲み、確保という形を取りたいと思います。しかし全員で固まっていては、ターゲットが警戒して姿を見せないかも知れません。そこで班を二つに分けて行動します。まず、A班はお兄ぃとライム」
魅麗は聡樹とライムを指さす。
「そしてB班はあたしとドランと泥山さん」
「なるほど、聡樹をオトリにしてスライム女は緊急時のボディガード。アタシたちは隠れてターゲットが現れるのを待つって寸法ね」
「ちょっと泥山さん、あたしが説明するって言ったじゃない、指揮系統が混乱するから勝手なことしないでよ」
「別にそんなの誰が説明しても同じでしょ。魅麗こそ勝手にリーダー風吹かせてんじゃないわよ」
「まあまあお前ら、つまらないことでケンカするのはやめろって」
火花を散らす魅麗と真理の間を聡樹が取りなす。
先日の一件で少しは仲直りできたと思ったが、やはり犬と猿の因縁は根が深いようだ。それでも、お互いを名前で呼び合うようになったことは大きな躍進だと聡樹は思っている。
「えー、こほん。作戦の説明は以上です。なにか質問は?」
ライムが「はい」と手を挙げる。
「はい、ライム」
「その、ターゲットのルビーアイさんはいつ頃現れるんでしょうか?」
「って言ってるけど、どうなのお兄ぃ?」
「ごめん、それは俺にもわからないんだ。あのときは、どうしたらいいかわからなくて頭が混乱してたから、そこまで気が回らなかったんだ」
「やれやれ、情けないことだな。魅麗さんの兄君だというから、どれほどの男かと思えば……」
「ドラ~ン? あんた、エラそうなこと言える立場だっけ~?」
「ぐぅっ……申し訳ございません、魅麗さん」
ドランは徹底して魅麗には頭が上がらないようだ。もしかしたらこれが『惚れた弱み』というやつだろうか。聡樹に対しては若干イヤミなところはあるが、魅麗のことは大切にしてくれそうだった。
「まあでも、今日がその『約束の日』なんだから、どこにいたって向こうから姿を見せるでしょ。別に出てこなければそれでもいいし。もうほとんど解決したも同然じゃない。そんなことより聡樹、その、ちゃんと決めてあるの?」
真理が言いたいことは聡樹にもわかる。
ライムと真理、どちらを選ぶのか。その『答え』だ。
聡樹は頬をポリポリ掻きつつ答える。
「まあ……一応」
「はあ? 一応ってなによ?」
「いや、それに関しては後ほどということで……」
なんとも煮え切らない態度に真理は納得がいかないようだ。さらに聡樹に詰め寄ろうとするが、ライムが「待ってください」と口を挟む。
「マリさん、落ち着いてください。サトキさまにはお考えがあるんですよ」
「それどーゆうことよ?」
ライムは「つまり」と人差し指を立ててみせる。
「一応は決めてあるけど、『契約のときまでに変わるかも知れない』、ということではないでしょうか」
そう説明して見せたライムはなぜかニコニコ、スーパーイイ笑顔だ。
真理は訝しげに眉を顰めていたが、すぐにその理由に気が付いたようで顔色を変えた。
「ってちょっと待ちなさいよ、それって今日一日一緒にいるスライム女が有利ってことじゃないっ!?」
「いやぁ、図らずもそういうことになりますねぇ。ごめんなさい、マリさん。イタダキマス」
笑顔のままぺこりとお辞儀するライム。
ライバルのゴチです宣言に、さすがの真理も慌てたようだ。今度は魅麗に詰め寄る。
「ちょ、ちょっと魅麗、アタシもA班に入れなさいッ」
「ダメ。人数が多いとルビィが警戒するから」
「んぶぶ……!」
真理が痛恨のうめき声を上げる。
「てゆうかボディーガード役、スライム女でいいならアタシでもいいハズじゃない!?」
「え、だってあたし、ライムと泥山さんならライムの方がいいもん、お兄ぃのパートナー。だから多少ライムに協力的になっちゃうのはしょうがないじゃない」
「くっ……。アンタは、アタシのどこがスライム女より気に入らないってのよ。ハッキリと言ってみなさいよ、直してあげるからっ」
「別に直して欲しいところなんてないよ。泥山さんの人格を否定するつもりもないし。ただ一つ、決定的な違いを挙げるとすれば」
「すれば?」
「ライムはもんすたぁとしての分を弁えてるってことね。ライムの夢はあたしの夢とは交わらない。だからあたしもお兄ぃを任せられる」
「あ、アタシだって弁えてるわよっ。パートナー以上は望んでないわっ。アンタの夢とやらも……邪魔するつもりなんてない」
「さあ、どうだか?」
魅麗は諸手を挙げて肩をすくめて見せた。
素っ気ない態度が癇に障ったのか、真理がぎりりと歯噛みする。
それでも魅麗はさして気にした様子も見せない。
「さ、無駄話はもうおしまい。そろそろ外に出よっか。お兄ぃ、ライム、準備はいい?」
「あ、ああ。俺は大丈夫だぜ」
「私も問題ないですミレイさん」
「我の方も準備は万端、整っております」
「……ふんっ」
真理は完全に機嫌を悪くしたようだ。
しかめっ面でふくれっ面の彼女に、聡樹はフォローを入れられずにいた。
(ごめんな、真理。俺は――)
聡樹は心の中で今一度自問する。
果たして自分の出した『答え』は『正解』たり得るのだろうかと。
みんなが笑顔で、これで良かったんだと思える。そんな最高の結果を聡樹は望んでいる。
それは、聡樹の新たな夢とも言えた。
聡樹はこの一週間、いろんなトラブルにヤキを入れられつつ、必死に悩み、一生懸命考え、精一杯苦しんで、自分なりの『答え』を出していた。
しかし、聡樹はその『答え』に自信を持てないでいる。恐れていると言ってもいい。
自分の出した『答え』が彼女を傷付けてしまうんじゃないかと、不安で仕方がなかった。
でも今更『答え』は変えられない。考えている時間がもう残されていないというのも理由の一つだ。だがそれだけじゃない。
聡樹の少ない脳みそが導き出したその『答え』は、紛れもない彼の本心であり、それを変えるということは、すなわちウソをつくということなのだ。
聡樹はよくごまかすし、たまにはウソだってつく。
でも、この気持ちにだけは。
絶対に、ウソをつきたくないと思った。
例え……その『答え』がどんな結果を生もうとも。




