第4話 魅麗VS その5(終)
「じゃあ、話すぞ」
聡樹は全員を見回してから話を始める。
ルビーアイと出会い、そして契約を持ちかけられたこと。
それを断った場合、ライムと真理に危害を加えると脅されたこと。
そして、聡樹はルビーアイと契約を結ぶ約束をしてしまったこと。
一部始終、委細子細を説明し、「というわけなんだ」と締めくくる。
聡樹の話が終わり、一番に口を開いたのは真理だった。
「あのさ聡樹。昔っから思ってたけど、アンタやっぱりおバカだわ」
「えぇっ!?」
その辛辣な意見に聡樹は予想外の衝撃を受ける。
フォローを求めるようにライムと魅麗の顔を見るが、二人ともなんともいえないビミョ~な表情をしていた。恐らくは真理に同感しているのだろう。聡樹はやるせない気分になった。
「いきなりバカはないだろバカは。真理だって俺と同じ高校通ってるだろ」
二人の通う高校は県下最低レベルの公立高校だ。
聡樹の反論に真理がため息を吐く。
「アタシは学力のこと言ってんじゃないの。それに、アタシ偏差値でいったら三段階くらい上の高校いけたし」
「えっ、そうなのか? じゃあなんで俺と同じ高校受けたんだよ」
「そっ、それはその……近くて便利だったからよ」
「そうか。確かに歩いて行ける距離にあるのあそこくらいだもんな」
「あのぉ~、お話が脱線している気がするのですが」
ライムが遠慮がちに口を挟む。
「オーケー、話を戻すわ。つまりアタシが言いたいのは、アタシらに相談してるヒマがあったら『もんすたぁ犯罪対策機関』に通報しろってことよ」
もんすたぁ犯罪対策機関は国が三十年前に創った新たな警察組織で、その名の通り、もんすたぁが絡む犯罪を取り締まる機関だ。
もんすたぁマスターで構成された機動隊を有し、人間に危害を加えるもんすたぁや、もんすたぁを使って悪事を働く人間と日夜戦っている正義の組織である。
「いくらなんでもそこまでするのはかわいそうなんじゃ……」
「ハア? アンタマジで言ってんの? 強迫っていったら立派な犯罪じゃない。犯罪者相手に同情とか、アンタの頭ン中はどんだけ平和なのよ」
「でも、もう約束しちゃったし……」
「んな約束は無効よ無効。強迫による意思表示は取り消すことができる、って法律もあるのよ」
「いやでも、男の約束っていうのは法律とか関係なくて……」
「あーもうっ、ウジウジすんなヘタレ野郎ッ。男なら最初から果たせもしない約束なんかしてんじゃないわよッッ」
「うぐっ」
さすがは真理だ。軽妙洒脱な物言いにしてズバリな正論。聡樹に反論の余地はない。
そこで「ちょっと」と立ち上がったのが魅麗だ。真理に人差し指を突きつけて反論する。
「あたしのお兄ぃに好き勝手なこと言わないでよっ。確かにお兄ぃはちょっと情けないところもあるけど、そこがお兄ぃの良いところでもあるんだからねっ」
微妙にフォローし切れていないが、聡樹の心が少し温まる。
「そ、そんなことはわかってるわよっ。でも実際問題、通報するのが一番だと思うわよ。てゆうか、狙われてるのはアタシとスライム女なわけだし? まあアタシならそんなチビドラなんて返り討ちにしてやるけどね」
「すみませんサトキさま、私もマリさんに賛成です。いくらドラゴンだからって、そんな暴挙が許されていいはずがありません。あ、私も返り討ちにする自信がありますよ? スライム拳法免許皆伝はダテじゃあありませんから」
真理とライムは通報派のようだ。当然と言えば当然だろう。
でも聡樹はどうしてもそれが最善の選択とは思えなかった。
「う~ん、でも絶対に悪い子じゃないと思うんだよなぁ。短い時間しか一緒にいなかったけど、それだけはわかるんだ」
聡樹の脳裏には、コロッケを幸せそうに頬張るルビーアイの横顔が焼き付いていた。
心の餓えた悪者に、あんなに幸せそうな顔ができるわけがないのだと聡樹は考える。
「アンタねぇ、強迫してる時点でジューブン悪い子でしょーがっ。そーゆう勘違いしたガキはね、いっぺん痛い目に遭わせてやらないとわからないのよ」
「そうですよ、サトキさま、私もしつけは大事だと思います。社会的地位が高いドラゴンだからってなんでも許されると思ったら大間違いです。この機会に社会の厳しさをウンと味わってもらって、少しでも私たちスライムの気持ちを理解してもらいたいです」
真理はともかく、ライムの鼻息が荒いのが意外だ。格差社会に対しての鬱憤がかなり溜まっているのが伺える。
「う~~ん」
二対一だ。聡樹としては、どうにかして穏便に済ませたいと考えている。
もんすたぁは人間とは違い、罪に対する罰が重い。少年法なんてのもない。
ルビーアイはまだ子供であり、前科を背負わせるのは酷に思えた。
「あたしはお兄ぃに賛成だよ。そのドラゴンはまだ子供なんだし、通報するのはかわいそうだと思う」
なんと、魅麗が味方をしてくれた。兄妹だから考え方も似ているのだろうか。聡樹は少し嬉しくなる。これで二対二だ。
「アンタは部外者でしょうが。それともそこまで言うんなら、なにかいい解決策とか考えてあるわけ?」
真理の問いに、魅麗は大きな胸を張って答える。
「もちろん。あたしたちで、そのドラゴンを捕まえればいいの」
「ハア?」
「ドラゴンを?」
「俺たちで捕まえる?」
真理、ライム、聡樹の順番だ。皆一様に疑問系である。
「通報なんてしなくても、子供くらいあたしたちで捕まえて、あたしたちで教育してあげればいいじゃない。それからドラゴンの集落に送り返せばいいの」
「でも魅麗、どうやって捕まえるんだ? ルビーアイはどこにいるかわからないんだぞ」
「なに言ってるのお兄ぃ、ルビィはもう一度お兄ぃに接触してくるんでしょ? そのときに捕まえればいいじゃない」
「おお、なるほど。さすがは魅麗だ。ところでその、ルビィってなんだ?」
「えっ!? あ、えっと、ルビーアイじゃ長くて言いづらいでしょ? だからニックネームだよ、ニックネーム。やだもうお兄ぃったら、それくらい察してよっ」
魅麗は慌てた様子で両手を振りながら「たはは」と笑った。
「私たちの手でドラゴンを『教育』ですか。フフ、悪くありませんね」
ライムがニヤリと笑う。なんかさっきからライムが黒い。グリーンスライムかと思ったら、とんだブラックスライムだ。
「確かに少し面白そうね。わかった、アタシも協力するわ。捕まえてとっちめて、聡樹との約束を逆に取り消させてやるとしますか」
真理もやる気マンマンに指をパキポキ鳴らす。
なんだか聡樹にとって意外な展開になってきた。
まったくもって頼もしい女たちである。彼女たちと一緒なら、あの暴君ルビーアイにも勝てるかも知れない。
「ありがとうみんな。そしてゴメン。俺が情けないせいで、みんなに迷惑かけてばっかりだよな」
「なに水くさいこと言ってんのよ聡樹。マスターと力を合わせるのは、パートナーとして当然でしょ」
「そうですよ、そうですとも。私、サトキさまのためなら、いくらでも力をお貸ししますよ。それがパートナーとしてのお務めですから」
「お前ら……」
二人の厚い温情に聡樹の目がウルウルする。
「はいはいもんすたぁども、アピールタイムはそこまで。お兄ぃ、ルビィ捕獲作戦に関してはあたしも協力するからね。さらに、あたしの友達を一人、助っ人として呼ぶから期待してて」
「助っ人? さすがにそれは悪い気がするなぁ」
「だいじょーぶ。そいつ、あたしの命令……じゃなくて、お願いなら喜んで聞くから。思いっきりコキ使ってやって」
その助っ人というのは、もしや噂のワイルド紳士なイケメンではなかろうか、と聡樹は考える。
もしそうなら、そのワイルド紳士なイケメンが魅麗に相応しい男か確認するいい機会かも知れない。
「わかった。助っ人のことは魅麗に任せる」
「りょーかい。結構使えるやつだから、大船に乗ったつもりでいてね」
魅麗はパチリとウィンクする。
どうやらワイルド紳士なイケメンには魅麗も信頼を寄せているらしい。
他人に対してはなかなか心を開かないはずの魅麗がそこまで言うのならかなり期待が持てそうだ。魅麗が兄離れする日も、もしかしたらそう遠くないのかも知れない。それについては兄として嬉しくもあり、寂しくもある。聡樹は魅麗とのこれまでを思い出し、少しノスタルジックな感傷に浸った。
「それじゃあ、作戦の決行は次の日曜日ってことで決まりだね。あたし、早速助っ人に連絡してくるから」
話をまとめて魅麗はダイニングを出ていく。
なぜだろうか、魅麗は随分と乗り気である。
真理の言う通り確かに魅麗は部外者なのだ。聡樹のためにがんばってくれているというのもあるのだろうが、それだけではないような気がした。
(魅麗が俺に隠し事か……。これはアレか、乙女のヒミツというやつなのか?)
乙女のヒミツは深淵だ。男の目では奥底まで覗くことは不可能と言われている。
「あの小娘、なにかアタシたちに隠してるわね」
どうやら真理も気付いたようだ。同じ女の真理なら乙女のヒミツがわかるかも知れない。
「真理もそう思うか。ズバリ、なにを隠してるんだと思う?」
「わかるわけないでしょそんなもん。本人に直接聞きなさいよ」
「真理にもわからないのか。乙女のヒミツがわからないなんて、ひょっとしてお前、乙女じゃないな?」
ゴッチン!
聡樹の目から恒星が飛んだ。
「冗談なのに……」
殴られた頭頂部をなでさすると、でっかいコブになっていた。
「ふんっ。大バカ聡樹」
「サトキさま、さすがに今の冗談はどうかと思います。乙女としては」
ライムにまで苦言を呈されてしまった。
「トホホだぜ」
涙でカチカチクラッカーしながら、乙女ゴコロは複雑なのだと思い知る聡樹であった。
実のところ、魅麗はルビーアイのことをよく知っていた。
直接会ったことはないが、彼女の兄から話をよく聞いていたのだ。
その兄というのが先ほど言った助っ人で、彼は一ヶ月ほど前にドラゴンの集落から消えたルビーアイを必死に探している。
妹想いの兄ということで魅麗も特別に手を貸しているのだが、極度の方向音痴であるルビーアイの足取りを追うのは難しく、ずっと見つけられないでいた。
そんな折りに自分の兄である聡樹がルビーアイと接触したと聞き、このチャンスを逃す手はないと考えたのだ。
魅麗は自分の部屋に戻り、スカートのポケットからビーズでデコレーションされたケータイを取り出す。
そしてファンシーなピンクのベッドに腰掛けてから、短縮登録をプッシュして電話をかける。登録名は『ドラン』となっていた。
コール音一回目でドランは電話に出た。受話器の向こうからクールなイケメンボイスが聞こえてくる。
『魅麗様、いかがなされましたか。貴女様の命であればこのドラン、例え火の中水の中草の中森の中、土の中雲の中貴女様のスカートの中、どこにでも馳せ参じいたします』
「ルビィが見つかったの」
『なんと、それは本当でございますかっ?』
「まだ確保したわけじゃないけど、こっちの町にいることはわかったわ」
『さすがは魅麗様。このドラン、感服いたしました。では、我もすぐにそちらへ向かいます』
「もっとも、どこに潜んでいるかまではわからないけどね。あと、ルビィと接触したのはあたしじゃなくて、あたしのお兄ぃだよ」
ぐむ、とドランが少しだけ押し黙る。
『……あのヘタレ男でございますか』
「ドラン、次にその言葉を言ってみなさい。あたしはお兄ぃをバカにするやつを許さない」
『もっ、申し訳ございません、魅麗様。どうかお許しを……』
「許してほしいなら、日曜日に家へ来なさい」
『魅麗様のお部屋にっ!? よ、よろしいのですか?』
「誰も部屋に入れるなんて言ってないでしょ、ヘンな勘違いはしないで。こっちでルビィの捕獲部隊を組んだの、メンバーは四人。そこにあんたは助っ人という形で参加してもらうから」
『捕獲部隊、でございますか。お言葉ですが魅麗様、他の輩などに頼らずとも、我と魅麗様だけで十分では?』
「話の流れ上そうもいかなかったの。それに、ルビィはもう一度お兄ぃと接触する。チャンスを確実にものにするためには、人手は多いに越したことはないわ」
『魅麗様の兄君にもう一度接触、でございますか? なぜ、ルビィはそのようなことを?』
「なんでも、ルビィはお兄ぃと契約を結びたがっているみたいなの」
『ルビィがあのヘタ――ではなく、魅麗様の兄君と契約を? なぜ、なぜよりにもよって……』
「お兄ぃは優しいから女の子の頼みは絶対に断れないの。ルビィはドラゴンのテンプレートみたいな性格なんでしょ? だから都合が良かったんだと思う」
『なるほど、それは確かに』
「まったく、こっちの気も知らないで好き勝手やってくれるわね。自分が今どんな立場にいるのかも知らないでさ」
『……人間に対する傷害五件、無銭飲食二十六件』
「そして強迫が一件。ホントに、どれだけ罪を重ねれば気が済むのやら。それらすべてに対して無自覚なんだから始末に負えないわ。対策機関に捕まろうものなら特別更正プログラムで三年くらいは塀の向こう側かもね。ドラゴンじゃなかったら処分されててもおかしくない」
『申し訳ございません、魅麗様。本来ならば、不肖の妹の後始末は我が一人で負わなければならないことでございますが……』
「あたしが好きでやってることだからあんたは気にしないでいいの。それに、早くしないと対策機関が本腰を入れてくるわ。もしかしたら四天王が出張ってくるかもしれない。そうなったらお終いだからね」
『四天王……。そのいずれもが、もんすたぁずファイトリーグチャンピオンの経歴を持つ、機動隊のマスターオブエース』
「中には前代未聞の三連覇を成し遂げたグレートチャンピオンもいるからね。さすがのドランも、あの人には勝てる気しないでしょ?」
『……はい。偉大なるあのお方の前では、我など足元にも及ばないでしょう』
「まあそれでも、ルビィを先に確保できればあたしたちの勝ち。日曜日までルビィがうまく隠れててくれることを祈らないと。本人にその自覚がないのが困りものだけどね」
『はい。我の方でも、引き続き捜索いたします』
「ん、あたしの方でもまたなにかあったら連絡するから。それとドラン、念のために言っておくけど」
魅麗は少し声のトーンを落とす。
「お兄ぃには絶対にナイショだからね。あたしが、あんたのマスターだってこと」
『……承知しております。すべては我が主、魅麗様の御心のままに』




