第4話 魅麗VS その4
「そうだ。真理は、本当は人間じゃない。真理の正体は、ゴーレムだ。そして、俺のパートナーもんすたぁ候補の一人でもある」
「その女が、もんすたぁ……」
魅麗の表情は凍り付いたように動かない。
聡樹は魅麗の反応を待ち、真理もなにも言わなかった。
しばしの沈黙の後、魅麗の表情が動く。
「あはっ」
聡樹は動揺を隠せなかった。
「あはははは、あーっはっはっはっはっは!」
魅麗は笑っていた。
さも可笑しそうに。かくも愉快そうに。
ギリリ。
真理の歯ぎしりの音が聞こえた。
聡樹は慌てて口を開く。
「ど、どうしたんだよ魅麗、なんで、なんで笑ってるんだよ」
「あはっ、なんでって? 嬉しいときに笑うのは自然でしょ、お兄ぃ?」
「嬉しい……?」
「そうだよ、魅麗、今最高にいい気分なの。ずっと邪魔に思ってたライバルが消えてくれたんだもん」
ギリリギリ。
真理の歯ぎしりの音が大きくなる。
「ライバルって、なに言ってんだよ魅麗、なんのライバルだよ」
魅麗はキョトンとした顔になる。
だがすぐに、からかうような笑みを浮かべた。
「お兄ぃってさぁ、ほんっっっと、鈍感だよねぇ~。さすがのあたしも、それはどうかと思うよ~?」
鈍感。
真理からもよく言われる言葉だった。
魅麗は小悪魔のような微笑みを見せる。
「ウフフ、いいよ。鈍感なお兄ぃにもわかりやすく教えてあげるね。あたしとその女はね、同じ『夢』をもっていたの。そしてその『夢』は、どちらかが叶えれば、どちらかが叶えられなくなるものだった」
「やめろ、小娘。それ以上言うなッ……!」
真理が腹の底から絞り出したような低い声で言った。本気で怒っている証拠だ。
このままではとんでもないことになると、聡樹は肌で感じ取っていた。
「ねぇお兄ぃ。あたしが小学生の頃、お兄ぃが授業参観に来てくれたことがあったよね?」
「あ、ああ」
それは聡樹が中学生だった頃の話だ。
仕事で出席できない両親の代わりに、聡樹が学校を休んで魅麗の授業参観に出席したことがあった。
「そのときの授業は国語で、自分の書いた作文を読み上げるって内容だったよね。そして、その作文のテーマは『将来の夢』。お兄ぃ覚えてる? あたしが作文になんて書いたか」
「……ああ」
イヤと言うほどハッキリと覚えている。魅麗が作文を読み上げたとき、教室にいた教師と父兄が全員絶句し、その視線がすべて聡樹に集中したものだ。
忘れたくても忘れようがない、その作文の、内容は。
「『将来はお兄ぃのお嫁さんになりたいです。そしてお兄ぃの子共をたくさん産んで、幸せな家庭を築きたいです』……ってね」
「やめろォォーッッッ」
「真理ッ」
聡樹が油断した隙に真理が前に出てしまう。
聡樹が伸ばした手を真理は振り切りって魅麗に迫り、その胸ぐらを掴みあげた。
「ちょっと、なにすんの。もんすたぁの分際で」
「うるさい、黙れ……ッ」
「人間として生きてきたなら、わかるはずよねぇ? 人間を傷付けたもんすたぁには厳罰が下される。下手をすれば、一生人間の町に入れなくなるかもよ」
「くっ……」
「わかったんなら、とっととこの薄汚い手を離してよね。大好きなヒトと結婚できない、子供も作れない。負け犬のも・ん・す・たぁさん」
「――ッッッ」
真理が拳を振り上げる。
――ピシッ、バキバキバキッ!
三和土のタイルがひび割れて砕け、破片が吸い寄せられて、振り上げた真理の拳から肘までをガントレットのように覆っていく。
「えっ、ちょっ、うそでしょっ!?」
魅麗が慌てて真理の手を振り解こうとするが、ビクともしない。
ぎりりと、真理がタイルの破片に覆われた拳を引き絞る。
「お兄ぃ助けてッ――」
「やめろ真理ぃぃーーッッ」
聡樹は弾かれたように立ち上がり、三和土を蹴って引き絞られた真理の腕に手を伸ばす。しかし、
ビュルビュルビュルッ。
真理が拳を振り下ろすよりも速く、聡樹が真理の腕にしがみつくよりなお速く。
透き通った薄緑色の腕が伸びてきて、真理のタイル・ガントレットに覆われた腕を絡め取り、動きを封じた。
「それ以上はダメです、マリさん」
ライムだった。
玄関に続く廊下に立っているライムが、ゲル状の腕を伸ばして真理の拳を押さえ込んでいる。
「ライム……」
助かった、と聡樹は呟いた。
「……ふんっ」
真理は勢いを削がれ、怒りも少し冷めたようで、魅麗を突き飛ばすようにして解放した。
尻餅をつきそうになる魅麗を、後ろからライムが抱きとめる。
魅麗は放心状態で、目尻には少し涙が溜まっていた。
「真理」
「……ごめん、聡樹。こんなつもりじゃなかったんだけど」
真理はうつむいたまま言った。
彼女の性格を考えれば、仕方のないことだと思った。
本人がそれを反省しているなら、聡樹から言うことはなにもない。
聡樹は魅麗の傍に歩み寄る。
「魅麗」
「あたし、悪くないもん」
目を逸らし唇を尖らせて、拗ねたように言った。
聡樹は魅麗に手を伸ばす。
叩かれると思ったのか、魅麗はビクッと身を竦ませる。
聡樹は魅麗の頭にそっと手を置いた。
「いいや、魅麗が悪いよ。誰だって、自分の夢をバカにされたら怒って当然だと思う。その夢に対する思い入れが、強ければ強いほどな。魅麗だって、それはわかるだろ?」
少しためらいを見せた後、こくん、とうなずいた。
「だったらちゃんと、言えるよな?」
魅麗の肩を抱え、真理と向かい合わせる。
真理はいつもの吊り目のへの字口に戻っていた。機嫌悪そうに見えるが、もう怒ってはいないようだ。
「ほら、魅麗」
「えっと、その」
魅麗は言葉を濁している。心の中では、いろいろと葛藤しているのだろう。
口をもごもご、開けたり閉じたり。なにか言おうとして、やっぱりやめて。
でも真理はなにも言わずに待ってくれているし、ライムだって後ろで見守っている。
聡樹だって、信じていた。魅麗なら、自分の妹なら、きっと言えると。
「……っ」
たっぷりためらい、長らくの逡巡を見せた後。
ついに意を決したように、魅麗は口を開いた。
「ご、ごめんなさい……」
小さな声を、どうにか絞り出したといった感じだが、魅麗はその言葉を口にすることができた。
目線は逸らしたままだったが、十分に及第点だ。
聡樹は魅麗の頭を優しくなでてやる。
それから聡樹は真理の方を見た。
「真理、魅麗はこう言ってるけど、どうだ?」
真理は腕を組み、わざとらしくそっぽを向いて言った。
「ふん、別にもう気にしてないわよ。アタシの方が、大人だし?」
「そっか。ありがとな、真理」
聡樹は苦笑いを浮かべながら、少し目付きを鋭く変えた魅麗の頭をなでた。
「はい、これにて一件落着のようですね」
パン、と一つ手を打って、ライムが言った。
「悪かったな、ライム。お陰で助かったぜ」
「お気になさらないでください、サトキさま。私も、顔を出すタイミングを完全に見失ってましたから。……ところで、今日はどうしてマリさんを連れてきたんですか?」
「そうだ、忘れるところだった。実は、ライムと真理に話があるんだ」
「私とマリさんに、ということは、契約に関係するお話ですか?」
「実はそうなんだ。ちょっと困ったことがあって、二人の意見を聞きたいんだ」
「わかりました。私でお力になれることであれば、なんなりと」
「ありがとう、ライム。助かるぜ」
「あ、でも、私とマリさん以外に契約したいもんすたぁができた、という相談であれば私は泣いてしまうかも知れません」
まさかサトキさまに限ってそんなことはありませんよね、って感じにライムは冗談めかして笑った。
聡樹は滝に打たれたような勢いで冷や汗を滴らせ、痙攣のような笑い声を出す。
「あはっ、あはっ、そ、そうだな、俺としては二度とライムを泣かせるようなことはしたくないなぁ~」
ガンガン上がるハードルに聡樹の心は折れそうになる。
だがそれでも、ルビーアイのことに関しては包み隠さず話さなくてはなるまい。
これは聡樹一人の問題ではなく、ライムと真理の問題でもあるのだ。
聡樹が求める、三人共がこれで良かったと思える最高の結果。それを導き出すための『正解』を見つけるためには避けては通れない試練だろう。
聡樹は心の中で拳を握りしめ、覚悟と決意を新たにした。
くいっくいっ。
そんな聡樹のブレザーの袖を何者かが引っ張る。魅麗だ。
「ねぇお兄ぃ、あたしも一緒にいていい?」
「どうしてだ? 別に面白い話じゃないと思うぞ」
質問に疑問で返すと、魅麗はシュンとうつむいてしまう。
「だって、あたしだけ仲間はずれみたいで嫌なんだもん」
「魅麗……。わかった、お前も一緒に相談に乗ってくれな」
「うんっ、ありがとお兄ぃ、だいすきっ」
「ちょ、魅麗抱きつくなって! てゆうか当たってる、腕にやわっこいのが当たってるって!」
「ウフフ、お兄ぃ。当・て・て・ん・の・よ」
お約束な返しをどうもありがとう。
「おい魅麗、マジやめろって。真理がなんか血の涙流してるからっ」
「あ、あのぅ、サトキさま。サトキさまは、大きい方がお好きなのですか? 私でしたら、スライムですのでサイズや形状の変化は自由自在ですが」
「だーっ、そーゆう話はもういいからっ。お前ら、リビング行くぞリビングっ」
「あんっ、待ってよお兄ぃ~」
「……どーせアタシはまな板よ……くそっ、Cカップ以上は爆発しなさいよ……ぶつぶつ」
四人はぞろぞろとリビングに移動した。
中央のガラステーブルをコの字に囲むように配置されたソファーに各々腰を下ろし、話し合いの場が完成する。




