プロローグ 少年の夢のはじまり
「それでは皆さんお待たせしましたッ! ただいまより、もんすたぁずファイトリーグ決勝トーナメント・決勝戦を始めますッッ」
眼帯を着けた司会者がマイク片手に高らかに宣言した。
ワアアァァァ――ッ!
割れんばかりの歓声にドーム型のスタジアム全体が大きく震える。
聡樹少年もうなぎ登りのテンションを抑えられず、周囲と一緒になって叫んだ。
すでに掌は汗でべたべた、心臓はメルトダウンを起こしそうなほど熱く高鳴っている。
仕事が忙しい両親にせがんで連れてきてもらった、もんすたぁずファイトリーグ決勝トーナメント。テレビで観るとのは違う生の迫力と興奮が、聡樹少年に新たな世界を見せていた。
対照的に妹の魅麗は興味がないらしく、隣で聡樹少年にもたれかかりながら安らかな寝息を立てている。
まあ所詮、女などには男のロマンはわかるまい。
そう思いながらも、聡樹少年は妹を起こさないように気を付けようと思った。
「まずはAブロックから勝ち進みました挑戦者、凶悪なる水中の支配者ッ! 荒ぶる十本の触手はオオワダツミの怒りの体現ッ! 大海よりの侵略者、クラーケンッッ! マスターとそろって入場だぁッッ」
巨大なイカのようなもんすたぁ、クラーケン。
聡樹少年はイカ焼きが大好物なので、その姿を見るたびに口の中によだれが湧きだしてくる。じゅるり。
「そしてッッ、Bブロックからは今大会の大本命ッッ! 天空と大地の両界を統べる、絶対的な大暴君ッッ! その炎は万象一切を灰燼に帰すッッ! キングオブもんすたぁ、ドラゴンだァァーーッッ」
そのもんすたぁが入場した途端、一際大きな歓声が上がった。
どっしりとした貫禄のある巨体。
頭部に戴く立派な二本の角。
背中に生える大きな翼。
そして、刃のように鋭い眼光。
文句なしにカッコイイ。まさに男のロマンの塊で、男ならば誰もが痺れて憧れる要素を全て内包している。それはもちろん聡樹少年とて例外ではない。いやむしろド・ストライクだ。
「お兄ちゃん、ハナヂ出てるわよ」
母親がハンカチでハナヂを拭いてくれるが、当の聡樹少年はドラゴンに視線が釘付けである。
入場を終え、両者睨み合うクラーケンとドラゴン。そしてお互いのマスター。
スタジアムの緊張と興奮は極限にまで高まっていた。
眼帯の司会者がマイクを握る小指をおっ立てて叫ぶ。
「それではッッ、もんすたぁずファイトリーグ決勝トーナメント・決勝戦を始めますッッ! もんすたぁずファイトォ~、レディィィ、ゴオォォーッッ」
それがゴングの代わりだった。
両者のマスターが同時にもんすたぁに指示を下す。
スタジアムの巨大スクリーンにはマスターの手元が映され、指にはめた契約の指輪が赤い光を放つのが見えた。
マスターは契約の指輪を通してもんすたぁに自分のマナを譲渡し、もんすたぁの眠れる力を引き出すことができる。
つまり、戦いにおいてもんすたぁとマスターは契約の指輪でつながり、一体の存在となるのだ。
マナの充足をその身に感じ、もんすたぁたちが歓喜の雄叫びを上げる。ここからが戦いの始まりだ。
まずはクラーケンが先制した。
クラーケンは口から真っ黒いスミを吐き出し、それがドラゴンの顔に命中する。
視界をふさがれて暴れるドラゴンに、すかさずクラーケンの触手が絡みつく。このままではドラゴンは一方的に絞め落とされてしまう。
観客席から悲鳴と歓声が上がる中、ドラゴンのマスターは冷静だった。
マスターが空を飛べと命じる。その声にドラゴンも冷静さを取り戻し、背中の翼を羽ばたかせて、クラーケンと共に空中に舞い上がった。
逃がすまいと、負けじと食い下がるクラーケン。だが、それは明らかな判断ミスだ。
なぜなら空は、ドラゴンのテリトリーなのだから。
ドラゴンはスミで視界をふさがれて状況が見えていない。だがマスターの的確な指示によって、あたかも見えているかのごとく、大空と比べれば決して広いとはいえないスタジアムの中を縦横自在に飛び回る。
マスターはもんすたぁの目であり、もんすたぁはマスターの手足となる。
その完璧な一体感に、観客席からも驚きの声が上がった。
ドラゴンは次第に加速していき、クラーケンの触手はちぎれんばかりに張っている。
それでも触手を離さないところを見ると、ダテに決勝戦まで勝ち進んできたわけではないことがわかる。
しかし今回は、相手が悪かったと言わざるを得ない。
十分に勢いをつけたドラゴンは一旦スタジアムの天井すれすれまで上昇し、そこから一転して急降下をする。
そしてあわや地面に激突かと思われたその瞬間、ドラゴンはツバメのように鮮やかに巨体を翻し、クラーケンだけを地面に叩き付けた。
たまらずクラーケンは触手を離してしまい、ドラゴンは再び自由を得る。
地面でもがくクラーケンに向け、ドラゴンは中空で口を大きく開く。
「おおぉぉーーっと、出るか伝家の宝刀・ドラゴンブレスッッッ」
ドラゴン族最大の必殺技。それは口から吐き出されるドラゴンブレス。
ドラゴンの喉の奥で、ちろちろと灼熱の舌が踊る。
そして次の瞬間、ゴオオーーッと空気がこすれるような音を立て、紅蓮の炎がビームのようにクラーケンに襲いかかった。
燃えさかる炎に包まれてもだえ苦しむクラーケン。炎の向こうで十本のゲソがうねうねと揺れる。
「ああぁぁーーっと、決まったァァーーッ! 絶対に喰らってはいけない炎の吐息ッ! スペシャル上手に焼けましたァァァーーッッ! クラーケン、戦闘続行不可能! この瞬間、もんすたぁずファイトリーグに新たなチャンピオンが誕生しましたッッ」
ぶすぶすと黒い煙を立ち上らせ、クラーケンは目を回している。
見事なイカ焼きが一丁上がりで、辺りに漂う香ばしい匂いに観客席のそこかしこからはじゅるりとよだれをすする音が聞こえてくる。やったね父さん、今夜はイカ焼きだ!
しかし聡樹少年の目には、大好物のイカ焼きすら映っていなかった。今の彼の目には見事チャンピオンとなったドラゴンの雄姿しか見えていない。
「か、かっこいい……」
思わず口からこぼれた呟きには、聡樹少年の万感が凝縮されていた。
まさにこの時この瞬間。おぼろげだった少年の夢は、確かに像を結んだのだ。
聡樹少年は握り拳を固めて言った。
「おれ、もんすたぁマスターになる。ぜったい、ぜったい、なってやるッ」
もちろん、初めてのもんすたぁはドラゴンだ。スライムでもゴーレムでもクラーケンでもない。男のロマンの塊である、ドラゴン以外は考えられなかった。
これが、聡樹少年の夢のはじまり。
その実現に向けての、第一歩だった。