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翌日。
まだ太陽が出てきていない早朝から、魔法学校野球部員の僕達はグラウンド整理をしていた。 初夏の朝はモヤモヤとした気温を作り、僕達の体力を奪っていた。
「ふぅ、 そろそろいいわね! では、練習するから道具装備して!」
額の汗を腕で拭ってから、飛鳥会長はみんなに呼び掛けた。
僕もグローブを手に取り、岩間君とキャッチボールを勤しむ事に。 周りの野球部の人間の顔つきを見たら、みんな緊張しているようにも見えた。うーん…… なんでだろう?
そう言えば、ボールを投げてくる岩間君も力が入っているような…… 謎だ。
「達哉君は緊張しないッスか? 」
岩間が震えながら聞いてきた。 「なんの事?」と、疑問な顔を岩間君にした。
「うそ!? 何にも聞いてないんスか? 今日は、高野連の偉い人が視察に来るって…… 」
「えっ?! そんなこと聞いてないよ!」
僕は焦りながら、岩間君にボールを投げ返した。 会長からは何にも聞いていない。 昨日の夜にルームメイトの信二君と話したが、全国では甲子園地方大会が開かれている所もあるのに僕らは参加もしていない…… 会長は来年の甲子園に参加しようとしているのか?
岩間君からボールが返ってきた時に、校庭に四人の人影が現れた。
皆が注目する。 先頭のスーツの人間は我らの魔法学校校長。 その後に「高野連」と書かれた腕章を着けた人が三人続いた。校長のエスコートにより後の三人はこっちに向かってくる。
「来たッスね!…… 昨日の夜に東京に進路に変更したのはこの為ッスね」
「……うん」
岩間君は今までの緊張を払い除けるような同意を僕に求めてきた。 僕は大人達の姿を見た途端に緊張が走った…… 見慣れていない人達を見ると緊張する。 こちらに向かって大人達四人が来るが、 少し遅れて校庭に通じるドアからスーツの男が一人現れた。 それを気がついた人は驚いていた。
「あれ? あの最後に来た人って文部科学大臣だよね? テレビで見たことあるけど… 校長が呼んだのかなぁ? テレビで見るより迫力があるねぇー」
高橋さんは僕達が聞き取れる位の声を上げた。
確かに、最後に来たあの人間は見たことある、文部科学省大臣。 名前は…… 忘れてしまった。 最近のテレビなどマスメディアは、彼の黒い噂やスキャンダルが連日報道しているので総理大臣の次に有名である。 顔つきも何処か神経質な顔つきで蒼白く、 目つきも冷たい。 野党などからは退陣を要求しているが、一向に本人は辞める気など無く、国会に立ち続けている。そして、困った野党は、文科省大臣に任命した総理大臣を批判し始めたが、だが、総理はそんなことを物ともせずに、批判した野党議員を返り討ちにして、カリスマ性を高めていた。 見ているこちら(国民)もスカッとするような雄弁。
……今の日本の国会はこの様な状況だと、高校生の僕の眼には写った。
「…… この魔法学校の生徒?」
「っっっ!! はい!そうです!」
後ろから話しかけられたので、直ぐに返事をしてしまった。 考え事をしているときに不意討ちは卑怯だと思う。そんなことを思いながら、僕は声がした後ろを振り返った。
…… 驚いた。 そこにいたのは例の文部科学大臣。 僕よりも背が高く、日差しに背に向けているので、僕を巨大な影で覆っている。
「ほう…… 岩間の報告に偽りはないな…… 」
「………??」
小さな低音な声で何かを言ったようだが、僕には聞こえなかった。
「お前達が活動しているのは認めるが…… 存在は認めないからな。 いいか? あんまりでしゃばった真似などはしない方が良い。 これは警告だ。 普通の高校生らしいことをしたら良い。 最初は反対だったんだ…… それが…… あいつの…… 」
「…… 」
聞こえないような声から一転して、今度は詰めるような声を浴びせる。 僕は怖くなって回りに目配りをして助けを求めたが、近くに人は居なかった。
「あー、 かた…… 文科大臣どうだい? 初めて来た魔法学校は素晴らしいだろ? 」
落ち着いた声が僕と大臣の間に入ってきた。 そこに来たのは総理大臣であり魔法学校の校長だった。
「総理……ええ、素晴らしい学園だと思います」
それだけ一言を残してから文科大臣は去っていった。 僕とマスターは彼の背中を見送った。
「あー…… 達哉君、ごめんな。 あいつ無愛想だろ? 昔はそんな奴ではなかったんだけどなぁ…… 何か嫌な事とか言われたかい?」
「いや、そんなことはなかったですけど…… 」
…… さっきほど言われたことは校長には言えない。嘘をつく。そんな僕の様子を見てから彼は口を開く。
「…… 君も連日のニュースとかで大臣の事が報道されているのは知っているね? …… あまり良い印象とかは無いと思うがね… あー……」
「…… 」
「あー、実はあいつとは私は幼馴染なんだ。 しかも、生まれ病院から大学までも同じの腐れ縁なんだ……そして、同じに日本国政治家」
「えっ!」
驚いた。 幼馴染という事実よりも、校長と文科省大臣が同い年と言うことに衝撃を受けた。 【マスターの方が若く見える】
「あー、私は只の国会議員で良かったんだが、何かの手違いで第99代目内閣総理大臣なってしまった…… こんな私よりもあいつの方が総理大臣に相応しいと思っていたんだが……」
校長はそこまで言って目を細めた。 哀愁が漂う。
「私は彼に副総理を提示したんだが、本人は拒否してしまった。その代わりに文部科学省の大臣ポストに起用したんだ…… これは彼に適格だったので、良かったと思っている。 文部科学省は以前よりも活発的になったと評価されている。 …… 不気味な位に」
「はぁ…… 」
ニュースや雑誌などでは決して得られない情報を聞いてしまった。 僕はさっき程の態度を取られたら、「噂通りの人間だ」と、思ってしまう。 だが、校長の話を聞いたら、彼の印象は随分と変わったと思える。 …… では、何故に評判が悪いのだろうか?
「達哉ぁ!! こっちに来て皆さんに挨拶しなさい! 校長もですよ!!」
飛鳥会長の元気な声が聞こえた。 僕らは顔を合わせると彼女の元に駆けつけた。 そこでは、山形君が例の魔法で豪速球を投げていた。 バシバシとフェンスに当たる球を見て、高野連の方々は「おー!」と、驚愕を上げている。
「どうですか?!私たちは甲子園出場の為に努力してまいりました! 人数もギリギリですが、条件はクリアしております! 是非、魔法学校野球部認定をお願いしますっっっ!!」
深々と飛鳥会長は頭を下げた。僕らも慌てて合わせた。
「そうですね…… 君たちの野球に対する熱意は伝わりました! 今回の事は高野連会長や会員総会などで報告して、認可を得ようと思います!! 」
「「やったぁ!」」
校長も含めて僕らは歓喜を上げた。
「では、この辺で視察は終わりにしましょうか? 大臣もさぞ…… あれ?」
そこまで話しをしていた高野連の一人は、キョロキョロと回りを見回したが、噂の大臣の姿が消えていた。 さっき、こちらに向かったと思っていたが…… おかしい。
「あー、多分、先に帰ったではないかぁ。 彼は毎日の職務で疲れていたしね」
校長がこう言ったので、皆はそれに納得。その後に、僕らは高野連の人達を見送る。
昨夜の魔法学校の強行で東京に来た理由は、この野球部の視察認定の為だったのかと、今頃になって僕は気がついた。
そして、テレビでの話題の文科大臣と校長が幼馴染。 これって、世間でもあまり知られてない情報ではないだろうか?
……。
この事はあまり皆に話さない方がいいな。うん。
気がつくと、夕暮れが僕の顔と校庭をオレンジに染め始めた時間であった。
「これで、野球部設置認定は決まったもんよ! これからはガンガン練習して、甲子園に行くわよ!!目指せ! 初出場初優勝!」
ビシッと、天高く指を突き立てながら飛鳥会長は高らかに宣言をした。