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「では、これから本格的に野球の練習をします! みんな、気合い入れていきましょう!! 目指せ甲子園!! 」
所変わった土曜日の校庭に飛鳥会長の声が響いた。…… 昨日、泣いていた女の子とは別人のような声だ。
―――。
僕らの魔法学校は普通の学校と同じように土曜日は休み。僕は連日の出来事で疲労困憊だったので、部屋で寝てようと思っていた。 ルームメイトの信二君は朝から図書室に行くと言っていたので、一人で静かに休めると思っていたが、 8時を過ぎた辺りで、部屋の扉を叩く音で目が覚めた。 寝ぼけ眼でベッドから這い出て、扉をあけた。 そこに立っていたのはジャージ姿の飛鳥会長である。
「何寝てるの?! 今日から野球の練習を始めるわよ! さっさと、これに着替えなさい! そして、校庭に大至急集合なんだからね! 」
熱く語られた後に、僕の両手にジャージを渡された。 飛鳥会長のジャージは小豆色。僕が渡されたのは青色だった。 この学校に指定ジャージなんてあったんだとボケッと思っていると、扉をバンっ!と、閉められた。 【はいはい、わかりましたよ】と、思いながらジャージに着替えてから集合場所に向かったのだ。
―――。
僕が校庭に到着すると、他のメンバー達が中央に並んでいた。 久々に東さんや直江さん達に会ったような気がした。 僕は、青いジャージの信二君の横に整列をした。
「信二君も会長に召集されたんだね」
挨拶がわりに信二君に話しかけた。
「図書室で会長に捕まったんだよ。やれやれ。 でもこんなに早く部活をするとは思わなかったよ」
「でも、信二君…… 君は楽しそうだね」
信二君の言葉は無理矢理に図書室から連れ出されたと、迷惑そうにも聞こえるが、彼の表情は真逆にニコニコとしていた。 彼はこの状況を楽しんでいるのだ。恐るべき少年だ!
「まぁ、楽しみにしてなかったなんて言ったら、嘘だと思われちゃうね。本当は野球に限らずにスポーツがしたかったんだ、 高校生なら部活に打ち込むのが健全な考えだと言えるね。 だけど、君と同じように面倒だと思っている人が若干一人いるよ」
そう言うと、僕とは逆の隣人に視線を落とした。 僕は気になって、そちらに視線を送った。 彼の体の影になって見えなかったがようやく見えた。山形君だ。
山形君は眠たそうな顔を作り、姿勢は猫背になっていた。僕の視線に気がついた彼は重そうな瞼を向けてきた。
「君は確か…… 達哉だっけ? あの保健室以来だね」
「うん。そうだよ! 覚えていてくれたんだね! ところで…… 山形君は朝とか苦手なの? 」
「嫌だね。 …… 今日は土曜だよ…… 休日の朝は10時まで寝てるのにさぁ。 いきなりあの会長が部屋にやって来て命令されて、ここに来たってわけだ。 あの時に勝負して負けたから仕方ないけどね」
そこまで山形君が言い切ると、ふぁーと、大きなアクビをした。 本当に朝が苦手なんだ。 感心をしていると、整列した僕らの前に飛鳥会長が来た。
「皆さん!おはようございます! 遅刻者はいませんね? もし、遅刻した人が居たなら、校庭を10周走ってもらうと思ってたけど……どうやら、いないみたいね」
欠席しなくて良かった。 僕も多分、ここにいる皆もそう思ったに違いない。 全員に緊張が走った。
「では、今日から魔法学校野球部の本格的な練習を開始したいと思います! ここにあるグローブをつけてのキャッチボールから! 」
いつの間にか、会長の足元に人数分のグローブとボールが用意してあった。 皆は、それをつけて、キャッチボールをしだした。 僕とペアになったのは勿論、信二君であった。 自然と対になり、ボールを投げる。
「おおっ! 達哉君! 結構うまくなってるね」
ボールを四往復させたときに、信二君から褒めてもらった。素直に嬉しかった。実は、この日が来ると思い少しずつだが隠れて練習をしていたのだ。
「うん!ありがとう! って言っても、皆も練習してたんでしょ?! 解るよ 」
回りのキャッチボール集団を見てみると、皆は上手くやっていた。多分、球技経験がない、直江さんと朝田君ペアが上手くなっているのが見えた。 多分、二人で練習でもしていたのだろう…… ほぅ。
ピィィー!
いきなり、校庭にホイッスルの音が響き渡った。 ビックリして、音がした方を見たら、少し離れた所に飛鳥会長がいた。
「肩慣らし終了!! 皆はここに集合してぇぇ!! 」
言われた通りに、みんなは駆け足で彼女の元に向かった。
――――。
「みんな揃った? 次は、今後の事について話したいと思います」
集合した皆は休めの体制で、彼女の話に聞き入った。
「いきなりだけど…… みんなは甲子園に出場できると思ってる? 」
【できないと思います!】と、 皆は心の奥底で思っている。 僕だって無理だと解る。 だって、予選とかを突破しないと甲子園出場できない、 そもそも魔法学校は何処の県の所属なのかもわからないので、予選さえも参加できないかもしれない。 本気で行けるなんて思っていない。
「ただの野球愛好会で終わらせようと思っていたでしょ?! 私はしっっかりと甲子園に行ける秘策を考えてますっっ! 」
僕らに語りかけながら会長はぐっと、両手で拳を作った。顔は真剣そのものである。そして、話は続いた。
「まず、1つ目の秘策を披露しようと思います! まずは…… アホ達哉! ちょっと手伝って! 他の人はここで待機していてね」
会長から指名が入り、会長が走り出したので、僕はその後を追った。
そして、たどり着いたのは、グラウンドの片隅にあるプレハブの倉庫。 ……いつの間に設置したのかが気になった。 待機している人には死角になっているので、目立たない。 外装を見ていると、会長が倉庫の扉をガラガラと開け、中に入っていった。
「アホ達哉! これを押して持って行くわよ! 二人ぐらいで押せるからね! 」
会長の声と共に大きな物が引いて出てき。
「へぇー、これってピッチングマシーンって奴ですよね? 間近で見ると大きいなぁ」
そこから出てきたのはピッチングマシーン。 いつの間にか購入したのだろうか? 疑問に思っていると、「見てないで、手伝って!」と、 罵倒が飛んだので、慌てて運んだ。
――――。
みんなの目の前まで持ってくると、驚愕が上がって、機械に熱い眼差しを送っていた。 そして、会長がボールを片手で宙に投げながら、皆に得意気に言った。
「このピッチングマシーンがあれば、勝ったも同然!! 最新型だから変化球も全種可能だし、 球速もMAX175㎞出せるわよ!! 」
またもや、皆から驚愕の声が上がった。
これで、練習すれば強くなる!! 辛い練習になると思うが大丈夫だろう!!
テンションが上がっている皆とは対称的に、落ち着いて会長は口を開いた。
「これで、普通にバッティングとかボールキャッチの練習をすると思っているでしょ? それもあるけど、実は違う使い道あります。それはここに要る、ある人間を使った事…… 実験に近いかもしれない…… 成功するかは解らないけど…… それは君を使った事です!!」
ビシッ!と、会長はここに入るある人物に指を指した。 その指を指された人は