61
たどり着いたのは、魔法学校校庭であった。 以前に野球練習の場所にしていた所…… 久々に来たが何も変わってはいない。 頭上の空はまだ日か高く昇っている。
「はい、これ着けて」
飛鳥会長は一言だけ言うと、グローブを僕に渡してきた。 何処から出てきたのだろうか? 少し使い古されたグローブを装着した。 それから、会長は僕から少し離れて行き、僕にボールを唐突に投げ込んできた。
「うわっ!」 バシッ!
驚きながら、何とかボールをキャッチした。掴んだボールを見てから、会長の方を見た。会長もグローブをしっかりと装備していて、【投げ返せ】と、言わんばかりの顔つきを僕にじっと向けている。僕は少々、遠慮がちにボールを投げ返した。
バシッ!!
涼しげな顔をしながら、彼女はボールをキャッチをした。
「達哉、さっきの授業中の出来事なんだけど…… みっともないよ。 えいっ」
シュ
忘れようと思っていたほろ苦いエピソードを掘り返して来やがったッッ! 少し、自分の肩に力が入ったことに気がついた。ここは怒りに任せてボールを投げ返した。
「あれは違うんだよ! 想定外の出来事! 」
シュ!
「どうせ授業中に居眠りをしようとして、見つかっちゃったんでしよ? ふふふ! 」
バシッ!
カラカラと笑いながら会長はボールを受けた。……何故に僕が居眠りをしようとした事を知っているの? 貴女は教卓に近い席だから、僕の事なんて見えないはず…… 魔法でも使ったのかな?
「あんたの事だから、居眠りをするなんて解るわよ。 本当にあんたは解りやすい性格してるんだからぁー」
「……っ! 」
予想は外れた。 そんなに僕って解りやすいなのだろうか? 少し、恥ずかしかった。 会長から指摘されたので余計に際立ったと思う。
それにしても、何故にキャッチボールを二人でしているのだろうか? いざ始まってみると、会長からの一方的なからかいを受ける始末なのだ。 僕は、彼女からのボールを投げ返しながら、尋ねた。
「会長、なんでキャッチボールをするんですか? 他にも要るじゃないですか、高橋さんとか東さんとか…… 」
シュ
「…… 」
バシッ!
僕の疑問は聞こえていなかったのだろうか? でも、僕の投げたボールはちゃんと、キャッチしている…… 。 妙な空気を作ってしまったか?! または、起こらしてしまったのか? 頭のなかで最悪な結末がぐるぐると回り始めた時に、ボールが飛んできた。
「……ん!」 シュっ!!
「んわぁ! 」 バシッッ!!
今までとは桁近いの速いボールであった。 物凄い音と共にキャッチしたグローブ内の掌が痺れた。 痛いっ! 本当に女の子が投げたボールなのだろうか? 苦痛に顔を歪めながら僕はグローブから手を抜き取り、掌をじっと見た。
「いたたぁ…… なんなんだよ、もう」
幸いに掌には怪我などはしていなかった。 安心してグローブを着け直すと、飛鳥会長の方に視線を通す。彼女は少し肩を上げており、顔はうつむいていた。 ここからの眺めでは、顔色は少し朱色に染まっているようにも見えた。 ……それはいつの間にか回りは夕暮れになっており、夕焼けが彼女を包み込んでいるから染まっていると考えた。僕は彼女に駆け寄った。
「会長…… 具合でも悪いんですか? 」
僕が様子を心配して会長に尋ねた。だが、会長は顔を横に左右に振るだけで、顔はうつ向いたままだった。一体何なんだろう? と、気がモヤモヤしていると、会長の口からボソボソと声が聞こえた。
「……ご……ん」
「え? なに? なんだって? 」
「ごめん…… なさい……」
「っ!」
いきなりの会長からのごめんなさい発言にびっくりした。さっきは僕の失態を笑っていたのに、今は大粒の涙を溜めての泣き顔だった。 僕は慌てて慰めようとした。
「会長、大丈夫ですか?! 」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…… 」
こちらの事を聞く耳を持たずして、ごめんなさいを連呼。これはこれで不味いと思った。 こんなところを誰かに見られたら、僕が泣かしているとしか見えない。 そのまま会長が落ち着くまで、少し離れて様子を伺っていると、ヒックヒックと言いながら、会長はぽつりぽつりと、話始めた。
「ごめんなさい…… 本当はあんたに真っ先に謝らなければいけなかったのに…… 」
「…… 」
会長は保健室事件を謝りたかったのだろう。 僕自身もあまり気にしていなかったのと言うか、半分忘れていた…… 謝罪なんて会長からは期待などしていなかったし、 いつも通りに僕をいじって時が経過し、あやふやになるだろうと自分で考えていたが、本人は大真面目に謝ろうと葛藤をしていたとは…… 僕は少し唇を噛んだ。
「会長…… 大丈夫ですよ。 僕はあまり気にしていませんから…… うう」
この一言が自分なりに精一杯だった。 少しでも油断したら、僕も彼女に吊られて泣いてしまう可能性があった。 これは自分がお人好しの性格が原因なのだろうか? それとも、 滅多に謝らない彼女からの謝罪が嬉しかったのだろうか? …… 自分でもわからなくなっていた。
悲しみに暮れている二人を夕闇が包む時間に遠くから僕らを呼ぶ声が聞こえた。
「おーい達哉君! こんな所にいたんだね! 探したよ」
遠くの方から走ってきたのは信二君であった。 彼が距離を積めるにしたがって、目の前にいる会長は自分のポケットから出したハンカチで目元や口元を隠すようして、素早く拭き取っていた。 僕は信二君に気づかれないように、会長の正面に立って壁を作った。その時の彼女が一瞬、口を開いたようにも見えたが、気のせいにも見えた。
息を上げてながら、信二君は僕らの目の前で止まった。
「探したよ。 ジュース買いに行って振り向いたら、達哉君がいないんだもん まったく…… そしたら、会長も一緒に居たとは…… ふーん」
信二君は僕らをニコニコしながら、見比べていた。 一方で飛鳥会長は知らんぷり。
信二君…… 君は気がついていたよね? ここから走ってきている時点で、飛鳥会長が居ることにも気づいていた思うし、 その時点でニコニコ顔になっていたのは知っていたよ僕。 心の声で突っ込みをしていた。
「まぁ、いいや。 約束のジュースを届けに来たよ。 …… そして、会長の分のジュースもここに偶然にあるんだよね、はい」
そう言って、僕ら二人にジュースを手渡して来た。
「「ありがとう」」
偶然にも会長と僕の声がシンクロした。 僕はプルタブを起こそうとした瞬間に、 隣から、えいっ!と言うと掛け声と共に僕のジュースが奪い取られた。あっという間の出来事に呆然としていると、奪い取った犯人(飛鳥会長)からいつもの調子の声をかけられた。
「あんたのジュースを飲みたかったの! そっちの方が美味しく見えたから! 」
あっかんべぇーの表情を僕に向けながら、我儘な言葉を聞かされた。やれやれ、味も同じジュースなのに…… まったく。
「二人ともそろそろ寮に帰りましょ! もう、練習は終わったから。 明日からは本格的な野球練習するからね! 覚悟しなさい! では、私は先に帰っているからね! お疲れさま!!」
間髪入れずに会長は口を動かしたと思うと、僕らの目の前から消えてしまった、これは瞬間移動の魔法を使ったに違いない。いつも通りの会長に戻って良かったと、常々思う。 信二君と顔を見合わせた後に、校庭を後にするのであった。