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「では諸君は、これは雲と言われたり、翔龍の髭とだと言われたしていたこのぼんやりとした白い物がほんとうは何かご承知ですか? 」
先生は、黒板に貼り付けられた写真図の、上から下へ白い幽霊のようなところを指さしながら、みんなに問いかけている。
うーん…… 寝れない。
オッス! おら達哉! 今は絶賛の五時限目の国語を受けている最中だ!
『飛鳥会長失踪して捜索したが保健室にて爆睡事件』から、三日が経とうとしていた。 あれからは何事も無かったように魔法学校生活が進んでいる。あの後に飛鳥会長は僕らと顔を合わせる事が出来なくなって、引きこもりになってしまうのではないか? と心配に思っていたが、会長は普通に授業に出ている。 だが、あの事件から僕は会長とは一切の会話をしていない。
そんなことはどうでもいいのだ!! 今、僕は睡魔に身を委ねようとしている。 無駄に抵抗をすると、机の上でビクッとなってしまい授業中の居眠りがバレてしまう。
どのような姿勢が皆に気づかれないだろう? そして、午後の国語の授業は何故に眠くなってしまうのだろうか? 国語の朗読には睡魔力があるのだろうか? それとも食後だから眠いのだろうか? などなど、色々な疑問が頭の中を駆け巡って行く。 …… いい感じに睡魔が襲ってきた。
さて! 寝ようと、立てた教科書で顔を隠して爆睡準備完了をしたら、隣の席から僕を呼ぶヒソヒソ声が聞こえてきた。 信二君である。だが、ここで彼の方を向いてしまったら注意されるに決まってる。ここは敢えて、無視をしよう! うん! お休みなさい!
僕はゆっくりと顔を教科書に埋めたその時、隣の席から何かが落ちる音が聞こえた。 ドサッ、と言う物音でビックリしてしまい、思わず目を開けてゆっくりと見た。 教科書が床に広がって落ちていた。 思わずゆっくりと教科書から上に視線を上げた。そこには持ち主の信二君がにやにっとした顔で僕を見ていた。
「やっとこっちを向いてくれたね。達哉君」
「なぁっ ! …… 高木さ……ウォゲホゲホ」
おっと、間違ってしまった。 僕は思わず咳払いをしてその場を誤魔化した。 誤魔化された信二君は【?】と言うような表情を浮かべながら、わざと落とした教科書を拾っていく。 からかい上手だなぁ。 それから僕達は授業中に気を付けながら、ヒソヒソと会話を開始。
「達哉君ダメじゃないか、今寝ようとしていたよね? 」
「……い…… いや、全然寝ようなんて考えてないヨ」
「嘘をついちゃ駄目だよ。君って奴は…… 」
信二君の表情はやれやれと言わんばかりであった。彼とのヒソヒソ話のおかげだろうか? 僕の睡魔は少しは和らいでいた。
「ところで…… 飛鳥会長とはあれから話とかはしたの? 」
「っ!! …… いや、まっったく」
飛鳥会長って名前が出た時は少しドキッとしてしまった。 僕が驚いた顔を逃しまいと、信二君は会話を続けてきた。
「なるほど…… 今ちょっと驚いたから、飛鳥会長の事は気にしているようだね」
「べ…… 別に」
「実は、僕や岩間君とかは会長から謝罪を受けているんだよ …… 本当に会長は素直じゃないなぁ…… 」
何故だ?! 他の皆には謝罪をしているのに、僕だけにはないだとっっ! 信二君のその言葉により飛鳥会長の事が気にかかった。信二君から視線をずらして、教室の飛鳥会長へ向けた。
会長の席は教卓から見て右前の優等席ポジションである。僕はと言うと、真中列の最後方の後ろ。 ここからでは、少し首を伸ばしたら見える所。 そっと彼女の事を見た。
髪が長い会長の後ろ姿が見えた。髪膝はテラスからの光によって、若干だが薄赤く光って見えた。 様子はと言うと、こちらの事なんて考えてもいないかのように教卓を見ている。勿論、表情なんて伺えない。
僕は静かに溜め息を吐き出すと、伸ばしていた首を元に戻した。
「あれは私に近づくなって言うオーラを出してるなぁ」
「会長の事も気になるのも解るけど、違う方にも気を付けた方がいいよ」
「?? 」
信二君の忠告に疑問が出たが、その後に聞こえてきた声でその意味が解った。
「では、達哉君! この時の作者の気持ちをどう思っていたのでしょうかね? その気持ちが解る行を読んでください 」
僕達の会話を分断するようにして、教室に先生の声が響いた。 先生に指されたので、ゆっくりと席から立ち上がったのは良いが…… 眠気と信二君との会話などに夢中なっていたので、授業なんてさっぱり聞いていなかった。 僕は下を向いた。
すると、信二君が「ここ、ここ」と、教科書の部分をジェスチャーで教えてきてくれた。持つべき物は友! 僕はその部分をゆっくりと読んだ。
「高く堅固な木綿豆腐とだし巻き玉子があって、 だし巻き玉子は壁にぶつか「それは、違うページですよ!!」
先生は解答をしている最中に否定をした。それは物凄い早さであった。 僕は信二君の方を見た。 僕を騙そうとしたのだろうか? だが、それは違った。単に僕がページ数を間違えたのだ。 信二君は「やれやれ」と、言わんばかりに目を瞑っていた。視線を先生の方向に戻した。
「いいですか達哉君? 君にとっては私の授業はそれほど大切ではないと思いますよね? いいんですよ、怒りませんから。でも、大人になって後悔するかもしれませんよね。あの時に一生懸命に勉強をすれば良かったってね。では、【あの時】というのは【いつ】だと思います? 」
「それは……
「「「後でしょ!!?」」」」
教室中に「後でしょ」と言うコールが起こった。 クラスメートの半分以上が、両手を上に挙げるポーズを僕に向かってやっている。 高橋さんなんて、先生の顔マネまでして寄せてきている。【ちょっと腹が立った】
ふと、飛鳥会長の事が気になったので見た。勿論、飛鳥会長は「後でしょ」などのポーズに参加などせずに、先程と同じように前を見ていた。顔色さえも分からなかった。
そして、僕は恥ずかしさのあまりその場で顔を赤く染めるしかなかった。
――――。
実はこの国語の教科を教えているのは、CMなどで話題となり、流行語大賞までも授賞した、「いつやるか? 後でしょ」で有名な森治先生なのだ。 英心ゼミナールの東都大・京戸大などの難関大学現国指導役であったが、あっさりと英心ゼミナールを辞めて、この魔法学校の国語教師として着任した。この学校は有名人とのコネクションとかが存在しているのだろうか? 森先生に一度質問したことがあった。 なぜこの学校に来たの?と、先生は「魔法学校なんて面白そうだからね、迷わず行くと返事をしたよ」と答えてくれた。
――――。
♪♪♪〰
「では、チャイムも鳴った事だし、授業はここまでにします。 …… 達哉君、今度は君が退屈しない授業をするからね」
森先生は、にこやかに僕に語りかけると、号令をして、教室を出て行った。本日の授業はこの国語で終了である。僕は先程の恥ずかしい体験で疲れがどっと出てしまって、ぐったりとしてしまった。眠気なんて何処かに飛んでいった。
「やれやれ。森先生にあの伝家の宝刀の言葉を言わせるとは流石だね」
「それは嫌味かな? 信二君」
その直後に信二君が僕に話しかけてきてくれた。そう言えば、信二君は【後でしょ】のポーズをやっていなかった。僕はそれを尋ねた。
「信二君はあのポーズをやらなかったよね。高橋さんなんて森先生の顔マネなんてしながらやってきたよ」
「ははっ!それは本当? 見たかったなぁー。 俺がやらなかったのは何か恥ずかしいんだよね、流行りに乗ってしまうのが辛いと言うか…… 」
なるほど、信二君の以外なシャイな部分を確認できたような気がした。 その後に信二君は僕の為に、ジュース奢ると約束をしてくれた。 その言葉に甘えて、信二君から廊下に出た、僕はその後を追いかけようとした …… その瞬間であった。
「信二君、僕は果汁っっ!!うげっっっ!
【僕は果汁百パーセントのオレンジジュースが飲みたい!】と言おうとした時に、僕の後ろ襟首をぐっと引っ張る力に負けてしまった。 喉仏に第一ボタンが食い込み、気持ち悪さとえづきがぐっと出てしまい、その場で座り込んでしまった。
「がはっ!ごほっ! 誰だよ、いきなりこんなことを…… うわ!」
座り込みから、立ち上がろうとして、上を見上げた瞬間に飛び込んできた光景は、冷静な顔つきの飛鳥会長であった。
「達哉…… 話があるんだけど、良いよね? 拒否権は無いから……」
一瞬にして学校の廊下が冷えきった。僕の左コメカミからは一滴の冷や汗が流れる感覚が読めた。
飛鳥会長は僕の腕をがっしりとつかんで、廊下をずけずけ進んでいった。引きづられて行く僕は、生きて帰れるのだろうか? 信二君…… 助けて