59 吉沢飛鳥の憂鬱5
――――。
…… ぐす…… ぐすぐす、 うぇっ……
時間が経つに連れて、悲しみは大きくなっていった。 自分でも号泣に近くなっていること分かる。 何度も嗚咽を止めようと試みたが、止める事は至ってない。 うざいぐらいに鼻の奥に鼻水が突っかかるので、頭の奥がじーん、と痛む。 小さな弱き少女の泣き声を発している自分に情けなさを感じた。
あれから校庭に来てから随分と時間が経った。 いつの間にか日は傾き、夕暮れの紅が校庭を染め始めた。 それでも、自分の涙は一行に止まることはなかった。 誰も人が居なかったことが幸いである。それからずっと、先程の出来事を思い出していた。
『なんで皆は私の事を信じてくれないの? なんで? なんで? 』
この事しか頭に浮かばなかった。 私はみんなや魔法学校の事を考えて行動をしている。 より良い方向に導くのは、生徒会長のとしての義務であり、模範だと思っていた。だが、皆は私に着いてきてくれなかった。 挙げ句の果てには私を悪者扱いした。 皆からの突き刺さる視線が痛い。
「帰ろう」
少し落ち着いてから、独り言様に呟いた。 この時間なら帰る途中で、すれ違う生徒は居ないと思うし、歩いて自室に帰るのが嫌なら、自分の魔法の瞬間移動で帰れば良いと思った。 ……兎に角、今は人に会いたくない。 3日間位はズル休みしたい…… ルームメイトの理恵の顔を見れないなぁなどと、心配をした。
寝そべっていた体をゆっくりと起こそうとしたその瞬間に、自分の顔に黒い影が覆い被さった。 夕陽の逆行で何の影だか解らなかったが、その影は私に低い声で話しかけられた。
「あー…… そこに居るのは……飛鳥君だよね? 何をしているのかな? 」
その影の正体は校長だった。 いきなりの登場だったので驚き、 私は慌てて涙筋と鼻を袖口で拭き取った。
「校長!!! びっくりした!! どうしてここに?! 」
「どうして?って…… 魔法学校校長の私がここに居たらおかしいのかな? 」
「うっ! それは…… 」
反論など出来なかった。 確かに校長が学校内に居るのは決して違和感などはない。 とっさに出てしまった自分の言葉に恥を知った。 少し落ち着いてから、校長は話を続けた。
「かく言う私もサボりでね。今の飛鳥君の様に私も職務などから逃げているのだよ。うんうん」
校長は、どや顔でそう言うと、自分の両腕を組んだ。 魔法学校校長にして、この国の総理大臣らしからぬ発言であった。 そして、私は決してサボりではない。
「マスター…… 私はサボりでここにいるのではないのですが…… 」
「あー…… はて? ではどうしてここに居るのかな? 」
「それは……」
校長からの二回の正論で、私は狼狽えてしまった。 本人は私を追い詰めようとは思ってはいないだろう。 ただ、単純な疑問を尋ねたと思う。
「あー…… なるほど…… さては友達と喧嘩でもしたんだな…… 」
マスターは目を細めながら、優しい口調を落としてくれた。
「はい…… その通りです」
あっさりと見破られて、私も自供をした。 やはりこの国の総理大臣だ。 勘が鋭い。
「実はですね…… マスター」
「いいよ、話してごらん」
―――。
ここまで来たら、全て素直に話そうと思った。 他に相談をする相手は居ないし、 相談相手は先程の騒動に居た人間が大半だ、相談なんて勿論できない。 校長なら、先程の騒動などに加わっても居ないし、第三者として的確に答えなどを言ってくると期待をした。 個人的にも絶対の信頼を持っているからだ。
私は先程の騒動の事を洪水が如くに話をした、自分でもこんなに多く喋れるかと言うぐらいビックリした。 自分が異様に嫌われていることや、 アホ達哉の失敗など。 マスターは決して口を挟まずに、相づちを打ちながら、私の話を聞いてくれた。
「……という事があったのでここに居るんです」
「あー…… なるほどね」
とても長い話が終わった。 愚痴に近い会話になったな、と自分でも思っていたが、入学してからいろいろとストレスも溜まっていたのだろうか? 口に拍車が掛かり、止まるに止まれないぐらい喋ったと思う。
「あー……」
「皆が私を嫌っているんです…… どうしたら良いか…… 」
「飛鳥君…… それは君の考えすぎではないかな? そんなに君の事を皆は嫌ってはいないよ。 ただ……」
「ただ? 何ですか?! 教えてください!!マスター!! 」
私は藁をも掴む勢いで尋ねていたと思う。 私は追い詰められていた。 マスターはゆっくりと答えてくれた。
「それはだね…… 飛鳥君は他の人をあまり信じていないよね? なんと言うか…… 自分が仕切らなきゃ気が済まない性格だからかな? さっき話をしてくれた達哉君の行動は、他の人に害が及ばない様に考えた行動だったんじゃないかな? そこに飛鳥君がそんな言い方したら、いくら優しい達哉君だって頭に来たはずだよ」
「ええ…… 」
自分では気がつかなかった事を指摘されて、私はただ、単調な返事をする事しか出来なかった。 頭を使った戦闘をしろと、発言をしたが、私の作戦も無理矢理のごり押しだった事に気がついた。 ……とても恥ずかしい…… 反省したいし、私は馬鹿だと思った。
「あー、どうだい? 私のアドバイスは飛鳥君にとってはムカつく物だったかな? 求めていた答えだったかな? 私は君の事は嫌ってはいない。 そして、君たちの事は恐れてもいないよ」
マスターは夕日を眺めなから、アドバイスをしてくれた。 私は単調な返答したか返せなくて、少し恥ずかしかった。 ただ、マスターの答えは優しくて、私の複雑な心境願に水が染み渡るような実感を感じた。 他の大人とは違う。暖かい。
私は先程の自分を忘れることを決心した。 これもマスターのお陰だと思った。
「マスター…… 私これからどうしたらいいですか?」
「簡単だよ。さっさと皆に謝ればいいじゃないか、きっと、許してくれるよ。 さぁ、行きなさい! まだ間に合うはずだよ」
マスターは大きな声で応援するかの様に喋った。 私はその声に後押しされるように立ち上がり、 保健室に急ごうとした。
「マスター。 相談に乗ってくれてありがとうございます! なんて、お礼をしたら…… 」
「あー。お礼なんて良いよ。 急いだ方がいい。 そろそろ皆が帰ってしまうのでないかなぁ」
私は深く彼にお辞儀をし、一目散に保健室に走った。 黄昏に染まる魔法学校が先程とは違う自分に優しさを分け与えてるようにも感じた。
―――。
「……はぁはぁ 着いたっ」
保健室前に着いた。 ここまで来るまでに、瞬間移動の魔法を使わなかった。
走っている時にどのように謝るかを必死に考えていたからだ。時間が必要であった。だが、結局保健室に着いた時には良い謝り方を思い付いていなかった。 一瞬どうしょう?、 と思ってしまっていたが、私の目の前のドアが開いた。
「何か物音がしたけど…… 誰かしらって、あら!? 」
真木先生が保健室のドアを開けたのだ。急な展開に私は固まってしまった。真木先生は私と目が合うと、にっこりと微笑んできた。
「飛鳥さん…… 心配したわよ、何処に行って居たの?」
「………… 」
真木先生からの問い掛けに答えられなかった…… 私はゆっくりと顔を伏せる。
「他のみんなはまだ貴女を探しているわ。 多分、まだ時間がかかると思うけど…… 飛鳥さん疲れてるんでしょ?」
こくり、と頷いた。 優しい真木先生の顔を見ることが出来なかった。私は真木先生に促されて、保健室に入った。
「兎に角休みなさい。 達哉君達が帰ってきたら、貴方は疲れていたから直ぐに寝てしまったとか何とか言い訳をしとくから…… ゆっくり休みなさい」
真木先生の言葉に甘える事にした。それから保健室のベッドに移動した。チャンスだと思いベッドの中で達哉達にどう謝るかを考えたが、あまりにも疲れていたので、眠りに堕ちた……
達哉達はこんな我儘な私を許してくれるだろうか? そして、私の謝罪を受け取ってくるだろうか?
目覚めたときに考えようと思った……