58 吉沢飛鳥の憂鬱4
山形君はその後に息を整えてから、私が持ってきた食料を食べ始めた。 先程との血気盛んだった顔付きを納め、今は目を輝かせながら無我夢中に口一杯に掻き込んでいた。 一方、山形君を除く私達は、ぐったりとしながら、山形君をじっと見守っていた。
「もぐもぐ、勝負はこちらの負けだな。いささか卑怯な戦法だったと思うけど…… まぁ、いいか。 もぐもぐ」
「卑怯も何も、貴方がどんな方法を使ってもいいから、ベッドから引きずり下ろしたら勝ちって言う条件を出したから、そうしたんじゃないの! ぐずぐず言わないの! 」
私は負けたのに偉そうな態度を取る彼に向かって言い放った。 それでも、私のイライラは晴れはしない…… だが、これで野球が出来る人数は確保出来たのだから良いと、無理矢理に心で納得をした。
さぁ、ここからが本番! 私のやりたかった野球が出来る! 思えば長い道のりだったような気がする。 思えば、アホ達哉にメンバー集めを頼んだのが、間違いだったのだ。 男の子だから簡単に仲間を集められるだろうと思っていのに…… (おーい 磯●! 野球やろうぜ!)などと、毎週日曜の夕方に放送される某国民的アニメに登場する眼鏡少年の様に野球に誘えば、きっと、大勢の人達が野球に参加してくれると予想をした。 だが、今回の山形君の様になった。
これは、アホ達哉のせいだ。間違いないっっ! なんで、山形君の挑発に乗ってあのような事態になったのかを本人は理解をしているのか? 最終的には力づくで解決をしたが、 あのまま二人がぶつかっていたら、 怪我人は増えていただろうし、 保健室内もメチャクチャにきっとなっていただろう。
山形君のムカつく態度よりも、簡単に野球部員を集められなかったアホ達哉に対する怒りの方が大きくなった。 自分の頭にドクドクと血が登っていく熱さがコメカミを通して感じて行く。 いつの間にか、自分の掌は丸く固い握り拳に変化をしていた。 少し伸び気味の爪が掌にゆっくり突き刺さる感覚が、自分の怒りが相当な物だと気づかされる。私はアホ達哉に顔を向けた。
「あんたもあんたよ! 達哉! 魔法とか使うんじゃなくて、たまには頭を使った戦闘とかもしなさいよ! 」
これでも、少しは押さえ気味の叱りだと自分でも思った。 本当はもっともっと言いたい事はあるのだが、これ以上怒っても仕方がないし、 何よりもメンバーが集まった事が嬉しかった。 だが、怒りの言葉を発したら、回りの人間達から発せられる気の流れが変わったように感じた。真木先生と岩間君の喉から【ごくり……。 】と、固唾を飲み込む音が聞こえ、保健室の気温が凍りついた様に冷たく感じた。 そんな中で私の怒りに対して、達哉はこちらをゆっくりと顔を向けて、言い返してきた。
「だって会長! 高橋さんや信二君があんなやられ方したら、気が退けますよ! 」
今まで彼と出会ってから聞いたことのない位の大きな声だった。 私も一瞬ビックリしたけど、驚きを隠すことは出来たと思う。 凍りついた保健室の霜が、アホ達哉の声で一気に砕け散った。私は魔法学校の生徒会長である。ここは彼へ教育指導をしようと考えた。
「もー!! そんな甘い考えは捨てなさい! いい?! ここは魔法学校で私達はその生徒よ! 一般の高校生と違うの! 前の火山休止活動の様な危険な活動もあるかも知れないのよ! ここは特殊なんだからね!! 」
彼に解って欲しかった。 ここは魔法学校である。 普通の高等学校ではなくて、特殊なのである。 入学してから何ヵ月か経っているから少しは自覚なども芽生えるはず、いつも危険や困難が待ち構えているのだ。そこは臨機応変に構えて、時に大胆に、時には慎重に対応して欲しい。 魔法学校の生徒なのだから。
「………… わかりましたよ、会長」
その答えは、素っ気なくて、聞く者にとっては頭に来るような返事であった。それに彼はそっぽを向いて、不貞腐れた様に横向きで吐き捨てた。 本当にアホ達哉だ。
「ッッ!! なに?! その態度! 達哉ぁ! 」
その言葉を言うか言わないか位で、詰め寄った。 逃げようと試みていのだろうか? 達哉は多少引き下がったが、そんなことをお構いなしに彼の両肩を力任せに掴んだ。
「なんなの?! ねぇ?! 言いたい事があったら言えばいいのよ!? 」
「…… 別に良いですよ」
「自己解決するなぁぁぁ!!!!!!! 」
その態度に腹が立った。言いたいことがあるならば、遠慮無く言えばいいのに! 男の子でしょ?! そのうじうじした根性も鼻に着く。ただ、彼の思っていることを聞きたかっただけなのに……
「飛鳥、止めなよ。 私達はもう大丈夫だからさ、 もう辞めて! どうどう 」
いつの間にか復活をしていた、理恵の声が優しく響いてきた。 アホ達哉の両肩を押さえている右側にひょっこりと姿を現していた。 私に向かって、動物を落ち着かせる様なジェスチャーをしている。 …… 私は暴れ馬ではない!
左側にはこれまた復活をした信二君もいた。 信二君も私に向かって何かを言っていたが、耳には入らなかった。 ただ、この二人は私を止めようとしている。 達哉に対しては何もしていない。 この状態から分かるのは、 私が悪。 全て悪い。 なんだが、怒りよりも悲しさが胸一杯に込み上げてきた。
「もう、いい!! あんた達二人は達哉の肩を持つのね!! 私は…… 私はこの魔法学校の事やみんな事を思っているのにッッ!!! 」
私はアホ達哉の肩をおもっきり突き放した。 信二君や理恵の顔を見ずに、保健室のドアに踵を返し、力任せにドアを開いて脱出した。
自分の顔が熱くなっていることに気がついた。 瞳からは少し暑い何かが頬を伝っていることも感じる。 必死に制服の袖で顔を隠しながら、廊下を疾走した。
その時に心の中で感じたのは、今走っているこの廊下が一直線に終わりなど無く、永遠に続いてるように願った。
ずっとずっと…… 本当にずっと……