57 吉沢飛鳥の憂鬱3
「そこで、座って見てなさい。 馬鹿達哉! 」
取り合えず、馬鹿達哉に優しい (?!)言葉をかけた。 そこで倒れて転がっているのでは邪魔になる。 彼はゆっくりと立ち上がって、私の顔を一目見て来た。 私から見たら、少し涙目になっていたようにも見えたけど…… 痛かったのだろうか? そんな強いパンチを喰らわせた事はないと思ったけど…… うーん。 多分、あの馬鹿達哉の演技だ! そうに違いない!! 大袈裟なんだからぁ! この気持ちを今すぐにぶつけたい衝動に駆られたが、目的はこの馬鹿ではなくて山形君だ。
彼を改めて見ると顔を引きつらせてドン引き!! 馬鹿達哉をパンチで沈めた事がショックに見えたのだろうか? 全然解らない。 悶絶する馬鹿達哉を尻目に私は山形君に語りかけた。
「もう一度確認しても良いかしら? あなたをそのベッドから一歩でも動かしたら、野球に参加してくれるのよね? 」
「うん。どんな事をしても良いよ。 その代わり、こちらも魔法を使うけどね。 そちらに転がってる二人みたくなっちゃうけどいい? 会長? 」
「あなたに負けるはずないわよ」
山形君は少し鼻で私の事を嘲笑ったようにも見えた。 少しムカついたけど我慢我慢。 貴方の負けはもう見えている。 空腹なんだから強がっていても無駄ァ! 無駄なのよ! この後、泣いても知らないんだからね! 自分でも拳に力が入っているのが解っていたがここは冷静を装った。
その時、私と山形君の会話に岩間君が割り込んできた。 「会長。 やめた方がいいっスよ」とか何とか言ってきたが、聞き流した。 そんなに辞めてほしかったら、あんたが止めれば良いのに。私は岩間君にも睨みつける。そしたら、彼は目線を外しておずおずと下がっていった。 そうそう、貴方は黙って見ていてほしい。うんうん。 岩間君を黙らせてから空腹の山形君との会話を再開した。
「ふーん。少しなら待ってても良いわよ、なんか食べても良いし」
「サンキュー、感謝します会長♪ でも、食べる物が無くて…… 」
「そう、それなら私が食堂からなんか貰ってくるけど?」
私は空腹の山形君に提案をした。これは巧妙な罠だ。空腹の彼ならこんな提案に容易く乗って来るはずだ。案の定、彼は喜びながら提案を聞き受けてくれた。ここまでは作戦通り! 食堂から何か食べる物を貰いに行こうと、保健室から出ようとした。 私の視界に右側に山形君、左側にパンチから回復した馬鹿達哉が立っていた。 馬鹿達哉の方に小声で呼び掛けた。
「解ってるわよね? 馬鹿達哉」
ここまでの流れを見ていた人ならもう解っているはずである。私が食堂から何か貰ってきて、山形君に渡す。その瞬間の隙を狙って彼をベッドから引きずり下ろすのだ。勿論、私一人の力では無理がある。 その為にも、岩間君やその他の力が必要なのだ。その協力者にも馬鹿達哉は含まれている。 再度確認の為に彼に理解しやすい言葉をかけたのだ。解っていると思うけど…… 私は彼の顔を見た。
「?…… んん」
なにその「んん」って言う返事!! 本当に解っているのだろうか? しかも、少し顔を横にずらして疑問めいていたじゃない!! 何その迷子になった小鹿みたいな反応! 本当に馬鹿だと思った。私はその曖昧な返事を信じることにした。多分、さっき、私が喰らわせたパンチのダメージが残っているので、耳では聞き取れないくらいの返事をしたのだろう。 そう信じる事にした。
保健室の扉を開けて、外の廊下に出た。ここから学食からは距離はある。そこは私の魔法の瞬間移動で直ぐに移動をした。 移動したのは食堂の配膳口の目の前である。 いきなりの登場で、学食のおばさんは驚いた。
「うわっ! ビックリした! 誰かと思えば飛鳥ちゃんじゃないの! どうしたの?」
「突然来てしまったごめんなさい。 実はお願いがあってここに来ました」
ビックリしている配膳のおばさんに丁寧に謝罪をしてから、お願いをした。 それは勿論、山形君へ食べさせる物を作ってくれと言う願いだ。 おばさんは、そこまで聞いてくれると、「余り物でもいいかい?」と、 言いながら、トレーに山盛りの食料を作ってくれた。
「ありがとうございます! これだけあれば大丈夫です! 」
「こんなにも飛鳥ちゃんが食べるの? 」
「いいえ、違いますよ! お昼を取り損ねた生徒に持っていくんです」
「あらぁ!! 偉いね飛鳥ちゃんは! 流石、生徒会長の事だけあるね」
「そんなことありません! 困っている人を助けるのは当然の義務です」
食堂のおばちゃんから褒められた事にむず痒さを感じながら、私は瞬間移動でその場を立ち去った。戻ってきた保健室前廊下で、緩んだ笑顔を真顔に戻す。さぁ、ここからが勝負である。山盛りのトレーを片手に持ちながら、保健室の扉を開いた。
保健室に入った瞬間に熱い視線が私を襲った。 それは、空腹の山形君であった。 待ってました! と、言わんばかりにベッド上の彼は、私の持ってきたトレーに虜になっている
。 ターゲットはもう、落ち着きが無くなっていた。チャンスだ。 私はゆっくりと山形君にトレーを差し出した。
「ああ! ありがとうございます会長! そんなに旨そうな学食は見るのも初めてだぁ」
彼は嬉しそうに讚美を送ってくれたが、私の耳には聞こえなかった。 私は山形君のベッドの回りが気になってしょうがない!! 嬉しそうにトレーを見つめる山形君の後ろには、岩間君がゆっくりと立っていた。良し、ナイス! その隣には信二君が私の顔をじっと見ていた。 「いつでもどうぞ、会長 。 指示を」と、 言わんばかりの態度であった。 後、何か一つ物足りないような気がした。 うーん、なんだろう?
「さぁ、遠慮せずに召し上がりなさい」
心残りを気にしながら、山形君に食事を薦めた。 山形君はお腹をグゥーグゥー鳴らしながら両手をトレーに伸ばし始めた。 その時が来た!
「今よ!!! そいつの腕を拘束てぇぇ!!!!」
「ウッッッス!!」
私の叫びで怯んだ山形君の背後から、岩間君が襲い掛かった! 体の大きな岩間君に押さえられたら、身動きなんて出来な来るはずだ。 私の指示通りに両手を背中で組むように押さえてくれた。 これで、彼の魔法を封じることが出来る。
一方で、信二君は掌を山形君に向けていた。拘束に協力はしていなかったが、彼なりに山形君への牽制をしていた。ナイス判断だと思った。
「やめろ! 離せよ! おい!!」
山形君が罵声を浴びせるが、気にせずにベッドから引きずり降ろそうする。
あ!! 何か人手が足りないと、ここで気がついた。 馬鹿達哉である! さっき確認したのにやっぱり、彼には理解力がなかったのだ! 私が気配を感じて、左を向いたら、馬鹿達哉がぼっーと、ベッド上での騒動を見ていた。 アホ面でのおまけ付き…… ムカついたので、彼の肩をおもいっきり叩いて、ベッドに向かわせた。
「達哉! 何、ぼさっとしてるのよ!あんたも抑えるの手伝いなさい! いけぇぇ!!!」
「うわっ!!」
馬鹿達哉がベッドに直撃特攻したのを確認してから、私も山形君拘束に加わった。 その後何とかして、山形君をベッドから引きずり下ろして、私達の勝利となった。
「はぁはぁ…… これは俺の敗けだな、 会長の優しさが罠だったとは、俺も気が緩んでいた」
疲れきった敗者の山形君から反省が飛び出した。 当然! 貴方の負けは見えたもの! 私は作戦通りに勝利を納めた事に心酔した。