56 吉沢飛鳥の憂鬱2
「た……達哉君! 相手を挑発してどうするのぉ! どんだけぇ!! 」
馬鹿達哉の大声から続いて聞こえてきたのは、真木先生のツッコミだった。 全くその通りと言うような適切な言葉だった。 と言うか、真木先生が居るのなら、この喧嘩の仲裁をしてくれれば良いのではないのだろうか? いや、そんな期待は辞めておこう。 真木先生は教師だが、魔法を使える人間ではない。 私達はまだまだ子供だが魔法を使える。 そんな思春期真っ只中の子供に強引に入ったら、殺られるの確実だ。
前に真木先生と話をしたことがある。内容は普通の会話だ。 学校生活はどう? とか、 これからの生活が楽しみなどの当たり障りの無い会話であった。 だが、真木先生との妙な違和感を感じ取った。それは距離が少しばかり遠く取っていた事。私の正面から四歩近くは離れていたと思う。 安全圏を確保しているようにも思えた。 そして、私に向けている視線が怯えて震えていた。 顔は真木先生らしい笑顔を作っていたが…… 笑顔よりも眼球の震えに私は悲しんだ。
私は皆から嫌われている。
だってそうだ。決定だ。他の生徒からもそんな様な拒否反応を伺うことが出来た。 理恵と馬鹿達哉を除いて……
私はいつの間にか、真木先生の発言が鍵となって、先生とのエピソードをフラッシュバックさせていた。 そんなことを思い出している所ではなかったが、 悲しい物事はいつも付いて回る。私はまた保健室前で呆然とした。すると、自分の立っている床が揺れた感覚が。【あれ? 考えすぎて立ち眩みでもしたかな?】 と、思ったが、これは違う。 保健室内で魔法を使用したと考えた。地面などを動かせる魔法を使うのは岩間君しかいない。
「危なかったっス!! 達哉君! 俺の魔法で床を盛り上げて壁を作ったっス!」
元気な声が保健室から聞こえた。 やっぱり今の床の揺れは岩間君の魔法だった。と言うか、馬鹿達哉が自分から挑発して友達に守られたの? 本当に馬鹿だと思った。 あんな挑発をしたら攻撃が強力になるなんて読めるはずだ。 それをぼっーとして、見ているなんて…… 馬鹿達哉らしいと思った。
「おや! そんな魔法もあるんだね。 凄いなぁ~」
次に聞こえたのは山形君の声であった。
…… なんなのその発言。 自分から攻撃しといて相手を誉めるなんて、ここにもアホが一人いたなんて…… どいつもこいつ面倒くさい奴ばっっかり!!!!
私は先ほどの暗い気持ちをすっかりと忘れていた。 保健室内から聞こえて来る馬鹿な発言や友人の断末魔、 ピンチを助ける言葉と、聞いている私が疲れてきたのだ。もう、楽しいようにも思えて来るのは、限界が近づいてくる悟りなのだろうか? 「そして、俺の魔法は…… 」と、山形君は自分の魔法の紹介に入っていた。私はへたへたとその場に座り込んだ。山形君の魔法能力の紹介なんてどうでも良い…… 少し休ませてほしい。 この願いは誰に向けての懇願なのだろうか?
―――。
暫くしてから、私はその場に立った。やっとことで疲労回復したのだ。心労の方は全然回復はしていないが…… 短い時間であったが、保健室内が気になったのだ。 聞き耳を立てることを再開した。
「なんか食べる物ないかなぁ……」
どうやら、山形君が空腹を訴えているらしい。 保健室内では彼が魔法で物を出したりしているらしいが、食べ物は見つかっていない。 彼は焦っている、空腹なら集中力も切れていてカッとしていまいがち。 それはチャンスだ。 ここは、私が何も状況を知らないフリで入室して、山形君を取り押さえよう。もう、馬鹿達哉に任せてはおけない。 後、気を失っていると思われている理恵と信二君も気になるし…… 多分、直江さんが何とかしているはず……
私はまた最高のシナリオを産み出していた。 先ほどの様に思いがけないトラブルによって頓挫したシナリオよりも卓越した作戦だ。 この作戦なら、空腹の山形君なら疑いもしないはず。後、馬鹿達哉に一発重たいパンチを……
ぶつぶつと念仏を唱えるように最終確認した。 そして、何食わぬ顔で保健室の扉を開いたのだった。
談笑中にごめん遊ばせと、言うが如くに私はゆっくりと皆の前で言った。
「何してるの?! 大きな音がしたから、気になって来たら…… どうやら、大変な事になってるらしいわね」
ごめん……嘘ついた。 最初から最後までずっと盗み聞きしてた。 我ながら、わざとらしさ全開だったような気がしたが、皆は今来たのではないか? と、すっかり騙されていた (と思う)。 私はちらっと倒れている理恵と信二君の様子を伺った後、 すべてを知っていると皆に思わせながら、目的の山形君の方に口を開いた。
「あんたがやったの? 」
「そうだよ。 ここにいる人達と勝負してるんだ。俺をこのベッドから一歩でも動かせたら、野球のメンバーになるって言う賭け」
「へえ。 そこから、動いてないって事はまだ、続いてるの? 」
「いや、今は中断してるよ。俺が腹へり過ぎて、待ってもらってる」
【俺はまだまだ余裕があるが空腹です】という状態で話をしてきた山形君。だが、彼の表情と身体から真実を感じた。 瞳の奥の瞳孔が開きっぱなしなのだ。これは何かを欲している目。それは食べ物だ。 もう、余裕なんて在るわけがない。私は話を続けた。
「私もその勝負に参加させてもらって良いかしら? 」
「いいけど…… 手加減はしないよ」
よし。 山形君が挑発に乗った。これは勝ったも同然だっ!! もう、あんたの負けは確定している。 でも、あまり興奮しているのを悟られないようにポーカーフェイスを決め込んだ。
そして私は保健室のドアから歩みを進めた。自分でもまだ入室してない事に驚きながら、魔法でやられた二人を治療している直江さんの方に向かった。
「治療ありがとう。 生徒会長としてお礼を言っとくわ」
「大丈夫です。この二人のことは任せてください」
直江さんが落ち着いていたので、治療は大丈夫だと思った。 後、やり残した事は…… あった! これをやらなければ。
その次に馬鹿達哉の方に足を向けた。達哉は怯えているようにして、私の顔を見ていた。 あんたが引っ掻き回したからこんな事なったのだから、これは当然の報い! 私はそう思いながら、彼の腹に一発パンチを入れた。 その後に何かを言ったような気がしたけど…… 忘れた。 馬鹿達哉だから慰めなんて言ってない。
達哉は呻き声と共に膝から倒れ落ちた。
さて、私なりの戦闘を皆に見せましょうか?