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証券会社に勤める青年……
彼の住んでいるのはアメリカのそこそこ良い住宅街……
隣の大きな屋敷は毎晩、ホームパーティーが開かれている……
その屋敷の主人はとてもカッコ良くて、青年実業家の様にも見える……
だが、その青年実業家の職業は誰も知らない……噂では麻薬や株のインサイダー取引などで巨万の富を蓄えたと、人々は噂している……
青年はその人と友人になる……
ーーーー。
東さんが差し向けたコップに触ると、映画を見ているように次々と映像が写し出されていった。これは、目で見ている光景ではなくて、脳内に流れ込むように次々と進んでいく映像だった。
僕は無我夢中でその映像を見ていくと、ラストに差し掛かった。
青年実業家が自分の屋敷のプールでくつろいでいると、庭に植えてある苗木を押し退けて、大男が侵入してきた……
「お前は許さない! 妻を轢き殺しやがって!」と、言って、手に持っていたショットガンを撃つ……
…………
友人の死を悲しんだ青年は、葬儀にホームパーティーに集まった人や友人を呼んだが、誰一人として葬儀に出席をしなかった……
青年は自宅の窓から、隣の主人の居なくなった豪邸を静かに眺めている…………
……
「……大……大丈……夫! 達……達…哉君! 」
僕の名前を叫ぶ声が聞こえてきた。
映像が終わると真っ暗になって行き、妙に温かい気持ちになる感覚に陥っていた。 例えるなら………そう、 急に起床予定の時間より早く目が覚めてしまい、安心して予定まで二度寝に突入する瞬間! あの感覚に似ていた。 そんな居心地の良い時間を邪魔する声に僕は返事をした。
「今、起きるから……待ってて」
自然と返答が返せた事に自分でもビックリした。
真っ暗闇からすっと灯りが差し込んでくるのが解り、瞼を完全に開けた。その直後に、高橋さんの顔がドアップで飛び込んできたことに驚いていると、自分の両頬にヒリヒリした感覚があることにも驚いていた。……少し痛い。
「佐藤君! 起きてよ! 佐藤君!」
目を開けきっているのに、高橋さんはしつこく僕の両方を揺さぶっていた。
「よしっ! もう一発ビンタをしたら起きるかな!」
高橋さんは右手を大きく振りかぶっていた。
「やめて! もう起きてるから! やめて!」
僕は慌てて、止めさせようと大声を上げた。それを聞いた高橋さんは右手を振りほどいた。
「あ!!! 良かった気がついたね! 達哉君が急にコップに触れた瞬間に倒れたんだもん!」
「そうだったの? ……うっ! 痛いなぁ」
自分の頬に手を当てた。 そこは熱を帯びており、今ごろになって急に痛みだした。
「高橋さん……僕に何発ビンタをしたの?」
「うーんとね…… 三発ぐらいかなぁ…… へへ」
絶対に嘘だ!!!
回りの人間を見ると、高橋さんの発言に対して、疑いの目を放っていた。少なくとも、三発以上はやっていたと思う。
僕はひりつく頬っぺたを擦りながら、東さんに尋ねた。
「これって、東さんの魔法なの?」
「そうです。これは私のサイコメトリー能力が変化したやつですね。私の見た記憶を映像化する…… そして、物に私が触れるとそこに記憶が移るんです。 それに触れると記憶が触れた人に伝わる……私はこの能力をメモリーアタックと名付けています…… 」
メモリーアタック……
確かに精神的に強い衝撃だったな…… これは体感しないと伝わらない……
そうだ!
僕はある良いアイディアを思いついた!この体験を是非とも信二君に体感してもらおう! それは良い事だ! 最近、調子乗っていて、女の子からもモテモテの信二君がこのメモリーアタックを体験してもらうと、意識を失うと思う。 それで、高橋さんに目覚めのビンタをしてもらおう! そうしよう!
これは、信二君に対する僻みなどではない! 決してそれはない! うん!
「信二君! 是非にこのメモリーアタックを……」
「だが、断る」
僕の誘い信二君はキッパリと断った。 まるで何処かの有名な漫画家が自分の命と引き換えに仲間を売れと敵に脅迫をされたが、それを強く否定するように……
「本当に君は……そんなことをする人だなんて思ってもいなかったけど……顔つきがゲスになってたよ」
「え? そうだった? 冗談だよ! 冗談……ははは」
僕は、愛想笑いを高らかに並べたが、回りの人間は僕を睨んだ……
「ごめんね……信二君」
「わかってるよ……やれやれだ」
信二君は両手を上に上げながら、首を降った。
「達哉君。実は東さんのメモリーアタックを僕は喰らってるんだよ、君が倒れてから、僕もそのコップに触れたんだ」
「え?! そうなの……信二君も倒れて僕みたいに倒れてたの?!」
「僕は……大体5分ぐらいで復活したけどね」
「……へぇ、そうなんだ。信二君も高橋さんのビンタとかは」
僕は高橋さんをチラッと見た。高橋さんはブンブンと首を回して否定をした。
【なんで僕だけがビンタ食らったんだろ……差別だ】
僕がうなだれている雰囲気を無視する様にして、信二君は話を続けた。
「俺が見たのは……何処かで見たと言うか……読んだというか……アメリカが舞台なんだけど…… 」
「信二君も僕と同じ映像だったんだ! 僕もアメリカが舞台で、主人公が証券会社で働いているやつ」
「そうそう! なんだ達哉君も同じだったんだ! この映像って……っっ!あれだ!」
信二君が思い出した様だった。僕もちょうどその時に思い出した! 信二君と僕の声がシンクロした。
「「 偉大なるギャツビー(グレートギャツビー)だ!! 」」
僕と信二君のモヤモヤが一気にそのハモりで吹き飛んだ!
「正解です。 この物語は私が一番のお気に入りなんです」
ここまで僕達のやり取りを黙って見ていた東さんが、そっと一言を言って褒め称えた。 そして、自分の座っていたテーブルに一冊の本を無造作に置いた。 勿論、その本はグレートギャツビーだ。
「東さんはすごいね。それは小説だから、メモリーアタックで見せてくれた映像は東さんの創造なの? 」
「はい。そうです! 私の頭の中で創造して、そのコップに念じました。だから、あれは私のオリジナルですね」
東さんはキラキラと目を輝かせて、答えてくれた。 この子は小説が好きなんだなと思った。 僕は東さんに言った。
「グレートギャツビーを読んでいる奴なら、僕と野球が出来そうだな」
そのセリフを聞いた東さんは、自分の口元から溢れる笑みを小さな手で隠しながら、答えてくれた。
「ふふ、ちょっとセリフが違いますけど……私もそのセリフが出てくる小説読んだことがありますよ。そして……私にも野球に参加させて下さい! マネージャーじゃなくて、選手として 」
ニッコリと眩しい笑顔を返してくれた。
残りは後一人だ。
村上春樹さんごめんなさい