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「私は焦りました。今まで使えたサイコメトリーが突然なくなってしまった事にも恐怖を覚えました…… これから、私の元に超能力依頼をしてきた人は、どんなにガッカリしてしまうのか? ……後、大変お世話になっている福頼先生はどう思ってしまうのか?」
「うんうん……」
東さんはとても優しい人だと思った。自分のサイコメトリー能力を困っている人に使ってあげたりして、社会貢献をしていたのだ。 その能力が使えなくなってしまったのは、彼女にとってはとても重要な問題である。
「サイコメトリー能力を使えなくなった事を暫くは黙っていました。 超能力を使えなくなった女なんて、ただの人間ですからね。 でも、その嘘は簡単に見破られてしまったんです……福頼先生に」
東さんは研究室で、福頼先生の研究活動にも協力をしていた。 勉強を教える代わりに研究の手伝いをするのが、福頼先生との交換条件であった。
超能力が喪失した次の日に、福頼先生からサイコメトリーをしてくれと頼まれた。 先生は彼女の前に箱を出すと、それに触れてくれと注文した。 彼女は戸惑った…… だが、ここで超能力を失ったと言ったら、不味いことになってしまう。
よし!と、決めん込んで、箱に手を触れた。 ……勿論、超能力は発揮しなかった。 【ここはなんとか嘘で乗り切ろう】と、心に契約をした。 そこからは、超能力の演技を熱演した。
「……でも、嘘は見破られました。先生はそっと、私の肩に触れて言ってくれました」
『東君……サイコメトリー使えなくなったんだね。 これで、君も普通の女の子に戻った! これは良いことだよ』
その一言で、彼女の心は、はち切れた。彼女は何処かでプレッシャーを背負っていたのだろう。 サイコメトリーを使っての貢献。不思議な力を使っての人助けは相当に神経を使っていたのだろう、もし、間違えたり、失敗をしてしまったら、信用は跡形もなく崩れ去り、人は彼女から消え失せる。そして、感謝の言葉ではなく罵倒を吐き捨てて、彼女を深く傷付ける……
失敗は許されない。
彼女は超能力を授かった時点で、その十字架を背負ってしまっていたのだ。
「私はその場で泣いてしまいました。 それはサイコメトリーが無くなってしまって、嘘で誤魔化そうとした事がバレてしまった事ではなくて……これで、やっと普通の女の子に戻れるという安心感…… 生まれ変わったような感じでした」
その後に東さんはサイコメトリー能力を完全に失った。 超能力研究関係者や以前から彼女の能力を知っていた者達は、虚偽ではないかと、疑いを持っていたが、 そこは福頼先生が実験で証明をして、なんとか諦めてもらった。 福頼先生は彼女のこれからの事を思って、大学研究室での勉強を認めてくれた。東さんは勉強は出来る人間だったので、中学生が終わったら、この大学附属高校に進学をしたらどうだ?と、 福頼先生が提案してくれたのだった。
「その後は色々と大変でしたね……サイコメトリーでの依頼が来てましたが、福頼先生がもう出来ないと、私を庇ってくれました、私は福頼先生の気持ちをありがたく受け止めて、勉強に集中しました……けど」
「けど?」
僕は最後の一言をオウム返しで、返答をした。
「皆さんもこの魔法学校に入学したのは、中学三年の時の太陽の光を浴びてからですよね? 私もあの光を浴びました。 ……あの太陽の光を浴びて、私はまた、サイコメトリー能力が復活してしまったんです……それは家に帰ってから気がつきました」
東さんは自宅のドアノブに手をかけた瞬間であった。彼女の脳裏に、以前に使えたサイコメトリー能力が駆け巡った。
母親の顔……
キッチンでの料理……
まな板に転がる人参やジャガイモ……
家族人数分の白い皿……
「キッチンには母親がいました。 今日はカレー?って尋ねたら、母はビックリしてました」
「……家に入った瞬間にカレーの匂いとかしなかったの? それか……朝に夕食はカレーにするとか聞いていなかったの?」
「それはありませんね。 キッチンに行ったら、今からカレーを作る瞬間だったんで、匂いとかはありませんし、母は夕食の事は一切話しとかはしません。……夕食の買い物時にカレーにしようとしたそうです」
少し東さんを疑ってしまったのが恥ずかしかったが、これで、東さんのサイコメトリー能力は復活。
「それからですね……もう一つの魔法と言うか……超能力を獲てしまいました……」
「え?! 本当に? 」
東さんはそこまで言うと、テーブルの上にあったコップに手を触れた。 それはほんの数秒だったと思う。 彼女はそのコップを僕達の方に差し向けた。
「このコップに触れてみてください……危険はないですが……少し能力を入れたので……なんと言うか……」
あやふやな説明を東さんはした。 説明をはっきりしない事にも不安があったが、岩間君が「俺がいくッス」と、言ってコップに触れた。
その瞬間に岩間君は、体から力が抜けた様にうずくまった。
「うわ! 大丈夫?! 岩間君!?しっかりして!」
慌てて高橋さんが、岩間君に駆け寄った。だが、回りから岩間君は気を失った様に見えたがその場で直ぐに立ち上がり、僕らの方に振り向いた。
「すごいッスよ!これは! 何と言えば良いんでスかね?! これは体験してみないと解らないッスよ! なんだろう?!」
これ以上興奮していいのか? と、良いぐらいに岩間君は興奮していた。 それに興味深さと恐怖に縛られるようにして、僕は異を決してそのコップに触れた。