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今、僕は母の運転する自動車に乗っている。行き先は病院だ。
僕の右手の掌から、アイスキューブぐらいの氷がジャラジャラと、まるで宝石箱をひっくり返した様に出てきた。 それを見た母はビックリして、「こ これは もうね!病院しかないわよねぇ!どんだけなの!ねぇ!?どんだけなのぉぉ!? 」
もう、パニック状態に陥ってしまった…
【どんだけなのって…僕が聞きたいです】
パニック状態の母を何とか落ち着かせて、病院に直行となった。僕の右手から出ていた、氷は「止まれ」と念じれば、止まった。一応、また氷が出てしまったら困るので、右手は包帯でぐるぐる巻きにした。【母に無理やり巻かれた…】
僕は助手席に座りながら、ぐるぐる巻きにした右手を見たり、窓から見える町並みを交互見ていた。真夏の夕暮れに写された人々は、暑そうな顔をして歩いていた。
ガチガチっ!ガチっ!
……さっきから、この音が鳴り止まない。
この不可解な音の正体は母だ。さっきから、母はガチガチと歯を鳴らしながら車を運転していた。 【ちょっと怖かった】
耳をすますと独り言も聴こえるのがわかった。ちゃんと運転に集中してほしい。
「ありえない……手のひらから氷がでるなんて…… 氷から手のひらに…手のひらから氷……ないありえな……」
極限状態まで追い詰められていた…顔も若干青色になっているような気がする。これでは、母が病院に入院するような気がしてきた……大丈夫だろうか?
そんなことをしているうちに、病院にたどり着いた。車が駐車場に止まるや否や、運転席の母が自動ドアにぶつかりながら『2回ほど』、慌てて受付に駆け込んだ。僕もその後を追った…
「うちの息子が掌からそーめんが氷なんですぅぅ!氷から掌からぁぁー!!! 」
意味不明な母の大声が響き渡った。
その大声で、回りの順番待ちをしていたもろもろの患者達は母の方を一斉に見た。
……うん。ちょっと何を言ってるか解らない(苦笑) あと、めちゃくちゃ恥ずかしい……
受付の人も困惑ぎみで「落ち着いて下さい!気をしっかり」となだめていた。
このままでは……本当に母が入院してしまうのではないのだろうか?と、段々と現実味が増してきた真実に震えながら、僕はひっそりと待合室のソファーに腰を下ろしていた…回りの目が痛い!【余談だが、母は落ち着きを取り戻した。僕は他人のふりを決め込んで過ごした】
「佐藤達哉さーん、診察室にどうぞ」
看護師さんから呼び出しがかかった。のそのそと診察室に歩みを進め、白衣を着た先生の前に僕は座った。先生は僕の顔を見るなり、ビックリした表情をした。
「あれ?お母さんの付き添いじゃなかったの?今日はお母さんが診察を受けに来たたんじゃ……」
「いや、違います。…母は大丈夫です…多分。てか、カルテに男の名前書いてありますよね?達哉って」
「ああ!そうだったね!見落としていたよ!…最近疲れていてね…てっきり、受付で大声を上げた女性が診断してほしいのかなと思ってたよ!はは…しっかりした息子さんだね」と、少し疲れた微笑を浮かべながら、先生は答えた。
「今日はどうなさいましたか?」
「実は……具合が悪いとかはないんですが…でも 体に異変が起きまして……」
【ん?】と先生は困惑をした。何を言っているのか?この少年は?と思ってる矢先に、包帯で覆われた右手を見つけた。
「あーなるほど、蕁麻疹だね!あるんだよ!この時期!あせもと間違う人が多いから、ほったらかしにしてしまって、重度にまでなってしまうんだよ! 」 と得意気に説明をした。
「はぁ…そうなんですかぁ」
「では、包帯を解いて見せてください」
しゅるしゅると包帯を解いて、右手を見せた。…勿論、蕁麻疹などそこにはなかった。
「あれ?蕁麻疹ではないの?なんなの?」
と先生は困ったように尋ねてきた。
「あの…実は…蕁麻疹でもケガもなにもないんです…ただ」
「ただ?」
「ただ、右手の掌から氷の塊がでるです……」
「へ?なに?氷の塊がでる? 」
先生は、こいつ何を言ってるの?と思った表情を僕に向けてきた。掌から氷がでるのは事実だ!これは実際に見てもらうしかないっ!
「先生、見てください。今から氷を出しますんで」
「わかった。見てるよ」
僕は、頭の中で氷、氷、と念じ始めた。
ジャラジャラジャラッジャラジャラジャラッー
右手の掌から一口大の氷を物凄い勢いで放った。しばらくして、先生の顔を見た。
先生は眼鏡を外して、目頭を指でギュッと摘まんで、顔を天に仰いでいた。
先生……今の見てましたよね?