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1-3

 始業直前の教室は、人口密度が高く騒がしい。

 テスト週間中で、体力をもてあましているのか、教室の後ろでは男子三人が筋トレ競争を始めていて、それを見物する人だかりができている。中には、勝手に実況するものもいて楽しそうなのだが、由紀たち三人は、そんな騒ぎなど目もくれず、教師用の机を取り囲んで、日直ノートに食い入っている。

「これは?」

「違うわね。ここに独特の癖があるもの。」

「じゃあ、こいつはどうだ?」

「別人ね。筆圧が違うわ。」

 私は、三人の後ろから、眺めている事しかできない。

 けれど、こうして距離を置いてみてみると、他人の筆跡は、一人ひとりはっきりと違っていた。中でも、男女の差は明確で、男子の字は個性的で特徴的、女子の字は女子独特の癖があって、グループによって雰囲気が似てきている。けれど、ラブレターの字は、そのどちらにも当てはまらなかった。言ってみれば書写のお手本。個人の癖を極力廃し、読みやすく美しい字で特徴がない。

「あれ?」

 そのとき、ページをめくる由紀の手が、ぴたりと止まった。

「……これ。」

 まさしく私が書いたページだ。

 当然ながら、そのページの字は、ラブレターの筆跡と酷似している。

(あわわわ…。)

 三人は、同時にそのことに気づくと、「ん?」と動きを止めた。そして、私の名前を二度見すると、一斉に私に振り返った。

(ひ~。)

 私を見つめる三人の目。

 三人の顔は、明らかに、私の発言を期待している。

 私は、焦りに焦って、

「な、な、ないない! ないない!!」

と嘘をついた。他に何ができたというだろう。私は、必死に否定するしかなく、それを受けて三人は、

「だよね~。」

と、何事もなかったかのように、日直ノートに視線を戻した。

(……うう。また嘘をついてしまった。)

 三人が遠い。

 差出人探しをする三人を、実際より遠くに感じながら、私は激しい脱力感に見舞われた。

(……ああ、なんで、こんなことに。)

 すると、由紀が、

「男子に戻ってしまったわね。」

と落胆の声を上げた。

 もう、クラス中の筆跡と比べてしまったらしい。

「もしかして、このクラスの子じゃないのかもしれないな~。」

 願ってもない結論に行き着いて、私は、一筋の希望を見出した。もしかしたら、このまま、「差出人不明」で決着してくれるかもしれない。

 すると、私の斜め前のメルが、

「ん~。」

と唸った。

「何?」

「うん、あのね、これ見て。この字。これって、ラブレターの字と似てるんじゃない?」

「え? 何?」

 私も圧し掛かるように覗き込むと、メルは、所感の下に入れられた赤い文字を指差していた。それは、「お疲れ様でした。」とか、「今日は暑くて、大変でしたね。」とか、どのページにも必ず一文ずつ入っている、担任の先生の赤入れ文だ。

「え?」

 目を皿にして見比べると、確かに、ラブレターの字と雰囲気が似ている。

(ありゃ~。)

 私は、話が思いもしない方向に進んでいくのを、ただ、黙ってみているしかなかった。

 思い起こせば、二年に進級した日。私は、新しい担任の先生の字を見て、「なんて綺麗な字!」と感動してしまったのだ。もしあんな字が書けたなら、もっと知的でかっこいい女性になれるかもしれない。そう思った私は、ひそかに先生の字をまねる努力を重ねていたのだ。それが、まさか、こんな形で結実するなんて!

「……似てるわね。」

 由紀が同意すると、加藤君は真っ青になった。

 吐き気を抑えるように口に手を当て、あまりの恐ろしさにがたがたと震えてだす。

「うぉ、おおお。……カマオ。……カマオが、俺を、…好き?!」

 カマオというのは、担任の神尾先生のあだ名だ。

 といっても、本物のオカマというわけではない。

 神尾先生は、正真正銘、普通の男性だ。だが、四十を目前にして未だに独身であること。「これはテストにでるからね~。」という微妙なイントネーション。そして、「カミオ」という名前。一部の男子生徒は、この無関係の三つの理由から、神尾先生のことを「カマオ」と呼んでからかっていたのだ。

「お、おおお、俺。カマオに好かれているのか?!」

 加藤君は、激しく動揺した。

(ごめんなさい、加藤君。ごめんなさい、神尾先生。)

 何度も心の中で謝っても、それが通じるはずもない。

 そこに、由紀が力強く言った。

「しっかりしなさい! 竜太! まだ神尾先生って、決まったわけじゃないわ!!」

 由紀は、加藤竜太君の背中をばんと叩くと、

「銀杏の木の所で、差出人を待ち伏せするわよ!!」

と言った。

「そうね、直接犯人に会った方が早いわね。」

 メルも、由紀に賛成した。

「じゃ、今日授業が終わったら、中庭に集合ね。四人で犯人を捕まえるわよ!」

 聞き流してしまいそうになったが、よく聞くと、いつの間にか、私も頭数に入っている。

(あわわわ。)

 すると、加藤君は、突然芽生えた友情に感激して、

「みんな~、俺のために、ありがとうな~。」

と頭を下げた。


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