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3-7

 いよいよ決行の日。

 外は、もう夜だ。

 時計は七時半を示していて、すでにどこかで計画が進行している。

 私は、高鳴る胸を押さえて、ゆっくりと深呼吸をした。きっと、他の協力者たちも同じ気持ちで、持ち場にいるに違いない。私は、手元の問題集に視線を落としてから、静かな職員室を見回した。職員室にいるのは、神尾先生と私だけ。神尾先生は窓際で、コーヒーをすすりながら傍観を決め込んでいる。

 コンコン。

 計画通りに、ノックの音がした。

(来た!)

 普段どおりを装って振り返ると、職員室の扉が、ガラガラと開く。

「すいません。忘れ物を取りに行きたいんですけど。」

 顔を出したのは、私服の紗枝だった。

 紗枝は、神尾先生に軽く会釈をすると、そこに私の姿を見つけて驚いた。

「あれ? 由紀? どうしたの? こんな時間に。」

 私は、わざとらしく驚いて時計を見た。

「あれ? もうこんな時間?」

「そうよ、外は真っ暗よ。」

「そっか~。神尾先生に数学を教えてもらっていたんだけど、ちょっと熱中しすぎちゃったみたい。」

 さらっとついた嘘に、紗枝が怒る。

「ダメじゃない。おうちの人、心配しているよ。ちゃんと連絡してあるの?」

「うん、ごめん。すぐ連絡しなくちゃ。」

 私は、自分のカバンの中をさばくと、困った演技をしながら頭をかいた。

「あれ~、いけない。紗枝、悪いんだけど、携帯貸してくれない? 母さんに「学校にいる」ってメールを一通送らせてほしいんだ。」

「やだ、携帯、忘れたの?」

 私が頷くと、紗枝は、何の疑いもなく、自分の携帯を差し出した。

「ほら、早く連絡してあげて。」

「うん。ありがとう。」

 私は、にっと笑って、紗枝の携帯を受け取った。

 これがメルなら、絶対に自分の携帯を渡さない。けれど、紗枝がこういう行動をすることは、すでに確認済みだった。紗枝と私は、お互いの母親ともアドレスを交換していて、同様のケースでの貸し借りに、あまり抵抗を感じていない。

(あった、あった。)

 私は、電話帳から「加藤君」を探し当てると、手早く本文を打ち込んだ。

 ―――― 今学校に神尾先生といるの。助けて、加藤君!! ――――

 他人の携帯だというのに、我ながら、この手際のよさ。

 すぐさま送信すると、数秒で送信終了のメッセージが出た。

(これでよし。)

 待ち受け画面に戻ったのを確認してから、ごく自然に携帯を返す。

「ありがと。助かったわ。そういえば、紗枝はどうして、学校に来たの?」

 すると、紗枝は、何かを思い出したようにくすくすと笑った。笑いながら、紗枝は、確認もしないで携帯をカバンにしまう。

「それがね、面白いのよ。メルが突然私の家にやってきてね。「どうしても今日中に取りに行かないといけない忘れ物がある」って言うの。「でも、夜の学校は怖いから、一緒についてきてくれない?」って。」

 見ると、紗枝の後ろに、渋い顔をしたメルがいた。

 メルは、今更ながら、この計画にも、この配役にも、納得していないようで、それがそのまま表情にあらわれている。

「ね、由紀。夜の学校が怖いなんて、まるで、私みたい。メルらしくなくて、変でしょ?」

 笑う紗枝に、私は、

「そんなことないわよ。メルだって、苦手なものぐらいあるわよね。」

と言って返した。メルは私をにらんでいたが、何も言えないメルというのは、それはそれで面白い。

「神尾先生~、二年三組の教室の鍵をお借りしていいですか?」

 紗枝の言葉に神尾先生が頷いたので、メルは、壁に取り付けられたボックスから、二年三組の鍵をつまみあげた。その鍵は、メルが自分のポケットにしまう。

「紗枝、行こう。」

「うん。」

 しかし、紗枝はカバンを持ったままだ。

 私は、さりげなく二人を呼び止めて、

「ねえ、待って。鍵を返しにここに戻ってくるんでしょ? 荷物はここに置いていけば?」

と促した。メルが黙ってカバンを置くと、紗枝も、

「それもそうね。」

と、メルに倣う。

(よし、万事順調。)

 私はにっと笑って、二人に手を振った。

「ね、三人で一緒に帰らない? 私、帰り支度をしながら、ここで待っているから。」

「うん、もちろん。」

 そうして、紗枝とメルは、職員室を出ていった。

 パタパタと女子二人の足音が遠ざかっていく。

 すると、神尾先生は、長くため息をついた。

「紗枝は、人が良すぎないか?」

 紗枝は、まるきり私の計画通りに動く。

 私は、笑いをかみ殺しながら、自分のカバンから自分の携帯を取り出した。

 そして、双眼鏡と送信機の紐をつかんで、首にかける。

「じゃ、留守番、お願いします。」

 私は、姿勢を低くすると、すばやく東側の扉に回り込んだ。ここの出入り口は、紗枝たちから死角になる。物音を立てないように扉を開け、私は、南館の屋上を目指して駆けだした。


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