《2》
「とぼけた事言ってんじゃないよ。発注書の控えに引き受けの日時も数も、御丁寧に担当者の名前まである」
「あぁ確かに、はい。とは言ってもこちらでお預かりしているのは全てミデアに納品済みの」
「それはさっきも聞いた。あたしらの分はどこにあるんだって聞いてんの」
「こちらとしましても、発注ミスであるとしか」
「ふざけんじゃないよ!ミデアの保安がこっちの分にねじこんでんのはわかってんだ、下請けだからって足元みやがって」
「決してそんなことは、、、」
「ならうちの分をそこからまわせばいいだろ、あんた保安に掛け合いなよ」
「保安と言いましてもワタクシにはちょっと」
「しらばっくれるつもりかい!」
威勢のいい女性がスーツ姿の男性に掴みかかったところで、彼女の後ろで涼しい顔をした作業着の男性がそれを制した。
「まぁまぁまぁまぁ、ユミさん落ち着いて」
柔らかい物腰で文字通り“するっと”割って入った長身のその男は、困惑するスーツの男に涼しげな目を向けた。
ユミ、そう呼ばれた女性は巨大なレンチを肩に担ぎ、腰に手をあてて眼光するどくスーツの男を睨み付けていた。
「こちらとしましてもね、重力対応タイプのMMUが無いと請け負った仕事が出来なくなっちゃいますし、元請けさんの紹介ですからそちらにもお話し行ってると思うんです」
長身の男は相手のネクタイを整えながら、静かに語りかけた。
「もちろん元請けさんはCBI・Pさんで、ご存知かと思いますがあちらの開発の部長さん、なかなかに厳しい御方ですが懇意にしていただいてるんです。
ネクタイの趣味がよろしいですね」
スーツの男の顔がこわばったのは、誰の目にも明らかだったろう。
ふところのタブレットを慌てて取り出し、せかせかとスワイプを繰り返している。
「場所が場所だけに発注書のミスなんて良くありますからね、こちらにももしかしたら落ち度があったかもしれません。元請けさんには事情を説明して解っていただくしかないんでしょうか、ね。
私ら“随伴工事船”ですから、これは困りました、月まで何をして過ごしましょう?」
タブレットに穴が空くほど凝視するスーツの男はすっかり青ざめていた。しきりに汗をハンカチでぬぐっている。
「3ヶ月の工期ですから我々への保証はもちろん、後工程から全部ストップですしゼネコンが用意した段取りも無駄と言うことになると、これ大変な損失額になります。はい」
長身の男は“バッファー・カンパニー アシュトン・マーチン”と書かれた小さなカードを手に、にっこりと微笑んでいた。スーツの男は目を丸くしていた。
「名刺、いただいてよろしいですか?」
「ああ!いやいや!少々、、少々お待ち下さい!」
「はい♪」
マーチンと言う名の長身の男は、後ろ手に組んだ腕の先で、ユミに向けて親指を立てた。
二人に背を向けて、胸ポケットのペンシルタイプ通信端末を使い小声で誰かと連絡を取り始めた。
「だから先行モジュールから2台分抜いて組まなきゃならないんだ、技研にあるフレーム使えば三時間で、、、いいんだよ俺から言っておくから、、、ミデアだもの大至急だよ、、、有給なんか知るか!」
一度通信をきると素早くまた違う相手にかけ直したようだ。
「別ラインで、そう例の、1機。うん。あと作業者こっちに1人寄越して、詳しくはその時」
マーチンから距離をとってよりいっそう声をひそめ、最後にうなずいた時には何と言っているか聞き取れなかった。
耳にかけていた小型スピーカーをしまい、額の汗をふきふき、ややぎこちなく笑顔をつくって二人に向き直った。
「ちょっとこちらで話しの行き違いがあったようで、ご注文の新型MMU3台間違いなく納品させていただきます!ミデア出航までには必ず」
「ありがとうございます」
マーチンはペコリと頭を下げ、下げたまま上目遣いに・・・とは言っても長身の彼からは見おろす格好になるのだが、ぼそりと付け加えた。
「整備用のパーツなんかはセットに入りましたっけ?」
「いえ、それは別にまた注文を、、」
「ユミさん、そのラチェットレンチ何番でした?」
ユミは巨大なレンチを手に、スーツの男を睨んだまま。
「前使ったのは21番、今回は19番」
「何故です?」
「今回は“柄”の方を使うからさ」
スーツの男は「ひっ」っと声にならない声をあげてたじろいだ。