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プラネタリウム  作者: 青葉文庫
Track 1 「月へ」
1/2

《1》

 第1宇宙港前で、安達九郎は二日酔いの鈍痛にこめかみを押さえていた。


 昼時のこのあたりは宇宙港関係者が昼食をとりにぞろぞろと集まってくる。


 トレーラー駐車場や立ち並ぶ倉庫、運送会社の事務所に資材置き場が目立つ所だが、数件のレストランやファストフード、カフェなどが賑わいをみせていた。


 安達九郎がコロニー拡張工事作業員として火星コロニーにやって来て2年11ヶ月。先日期間満了を迎え、与えられた個室を片付けた。


 わずかな荷造りも終えた昨晩は、別れを惜しんで集まった仲間達とずいぶん遅くまで飲んだ。



「あだっちゃんがいなくなると、しばらくは外機(がいき)組も大変だろうなぁ」



「月に戻ってから地球ですか?」



「安達の使ってたMMU、いじらないで残しとくからな」




「そういやケリーちゃん、泣いてたぜ」




 ケリー。

その一言を思い出して、安達はちいさく笑った。


 まるまると“ふくよか”な彼女は作業員皆から可愛がられる存在だ。


 30も半ばのおっさんに何故なついてくるのかと安達は理解できなかったが、周りの雰囲気が和んでいたのは彼女のおかげだったし感謝していた。

 楽しい思い出。そう一人うなずいて、彼女の毛虫みたいな眉を思ってまた笑った。



「お待たせいたしました」


 背中をもたれていた壁のとなりで、入港係員詰所のドアが開いた。


「お騒がせしてすいません、第8工区の安達九郎さんで間違いありませんでした」



 現れたのは黒のポロシャツに制服を羽織った女性だった。手には茶封筒、中身を半分引き出して一枚ずつ確認させるつもりなのだろう。


「えぇと、出港用のゲートパスと月航路工場船ミデアの入船パスとチケット、それと就労許可証をお渡しします。入船パスを無くされますと次は3週間後になりますし、紛失扱いで再発行だとお金かかっちゃいますから気を付けて下さいね。許可証の記載内容に間違いないか目を通していただけますか?」



 安達は黙ってうなずいた。



「こちらは出港用の仮ゲートパスですから通したらもう戻ってきませんのでそのまま入船なさって構いません。

受付がいますからチケットと就労許可証、健康診断書も一緒に渡して下さい。就労先はその時教えてくれると思うんですけど、船室に案内されてからかもしれませんね。ちょっとこっちじゃ解らなかったです」


「どうも、ありがとう」



 入船パスとチケットをバッグのポケットに、ゲートパスをズボンの後ろポケットにしまった。


 火星から月まで片道約3ヶ月の船旅になる。何もせず過ごすより働きながらの方が身体がなまらずに済むし、なによりバカ高い船代が浮く。


「従業員証お預かりしましたんで居住区には戻れませんけど、これからすぐ入船しちゃいますか?たぶんミデアの方でもお昼休み入っちゃうんでpm1:00からの入船になると思いますよ。

pm5:00までの仮パス出せますから忘れ物とかあったら今のうち言って下さい」



「大丈夫です、荷物なんてこのバッグだけですから」



 肩から下げた大きいリュックを担ぎ直し、茶封筒を受けとると、安達は軽く会釈してその場を離れた。


挿絵(By みてみん)


 隔壁を抜けエレベーターで下がり、宇宙港とつながる搬入ブロックまでくると、肩から下げたリュックがいくぶん軽く感じられた。

 無重力から搬入された資源や資材をコロニー内に運搬する際の重量差を緩和させる為に、このブロックでは 0.5Gの重力制御がかけられている。

 連絡通路の先に出発ロビーがあり、チケットに印字されたゲートナンバーは3番。


 ロビーには安達の他にあまり人はおらず、出港準備中の工場船ミデアの巨大な船腹が窓いっぱいに広がっていた。


  ~CBI・P Co., Ltd.~


 船腹にはそうマーキングされていた。


  『コロニービルドインダストリー・ペンダイム』


 コロニー建設の全てを任されるスーパーゼネコンであり、地球規模で経済に影響力をもつ巨大企業。

 直系の子会社から傘下のグループ、異業種の関連会社を含めるとその規模は数千にのぼり、往還型宇宙船の船籍のほとんどがCBI・P関連で占められている。



「ミデアはCBI・P直系の船か」


 安達はロビーのイスに腰掛けて、右の手首を返し腕時計を見た。


 12:05


 船籍がCBI・Pグループの船というのは多いが、直接所有されている船は意外にも少ない。

 大きさも性能も優れた船ばかり、当然設備も良い。


 3年前に乗ってきた植物プラント船を思いおこす安達の脳裏に、船室まで匂った肥料臭さが甦った。



「良い船旅になりそうだ」



 安達は少しだけソファーに深く身体を預けた。



──────────────────────




 とても遠くから、安達を呼ぶ少女の声がした。


 その声は安達をパパと呼んだ。


 安達は立ち上がろうとしたが、何故か身体がまったく動かなかった。


 いつか見た夕陽の中に、安達を呼ぶ少女と寄り添う女性のふたつのシルエットが見えた。


 安達は必死だった。かろうじて動く腕を必死に伸ばす。


 伸ばした腕で、それは指先に灯るような夕陽にゆっくりと溶けてゆくシルエットを掴むように。



「待ってくれ」



────────────────────




 いつの間にか眠っていたようだった。目をこすって周りを見渡すと、工場船ミデアへのエントランスゲート前に係員が立っていた。


 15:20


「飲み過ぎだ」


 吐き捨てるようにつぶやいて立ち上がった。


 居眠りのおかげで二日酔いの頭痛はいくぶんやわらいでいた。ボトルのキャップを親指ではじくとストローが飛び出し、一口ふくんでから歩きだした。



「ミデアに乗船ですか?チケット拝見いたします」



 安達に気づいた男性の係員は手にしていたホログラムタブレットを閉じて、傍らの情報端末を立ち上げた。


 安達から受け取ったチケットを端末に近づけ、ホロスクリーンに映し出された情報を確認する。



「安達九郎さまご本人でらっしゃいますね?けっこうです、お手数ですがゲートパスをスロットに通してからお進み下さい。こちらチケットお返しいたします、どうぞ」



 ゲートパスを改札機に通す。入港係員の女性が言っていた通り、パスは戻ってこなかった。

 この時はじめて、3年過ごしたこの火星コロニーから離れることを実感した。


 色々な思い出があって、感慨深い事もあって、愛着のある場所もある。それでも不思議と寂しく感じないのは何故だろうかと、安達はぼんやりと考えていた。


 失ってしまった大切なものから逃げるように、遠くへ遠くへと行き着いた場所が火星コロニーだった。

 そこで少しずつ喪失感や絶望感がやわらぎ、それらにまたちゃんと向き合える嬉しさが勝った。


 安達はぼんやりと、考えていた。


 妻と娘が眠るあの場所の、夕陽がとても美しかった二人の墓前に立って告げよう。


『今、帰ったよ』と。



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