二章 〜樹海〜
色々伏線を張りながらやるつもりです。
飽きないうちに書き尽くせるように頑張ります…。
よかったら評価やコメントなど気軽にお願いします。
ごめんなさい。
木々の間を、1人の少年の声が響いていく。
この、広い樹海の中を…。
ごめんなさい。
樹海。
樹海とは、海のように森林が広くつづいている所を言う。
しかし、ここの樹海は違う。
ごめんなさい。
膝あたりまで浸かる海水に、無数もの樹が生えていた。
とても異様な光景。
幾つもの木々は密集し合い、空の向こうから照らしているであろう、太陽の光は、ほんの少ししか漏れてこなかった。
その中に紛れる大きな岩に、私は腰掛けていた。
ごめんなさい。
パチャ、と透明な海水をつま先でクルクル回す。
水の波紋が広がり、そして、消える。
人の罪も、水の波紋と同じ様なら。
だれも、苦しまなかった。
ごめんなさい。
私はそっと顔を上げる。
ごめんなさい。
そこには、小さな少年がいた。
齢10を過ぎた頃合いだろう。
その細い手足には惨い傷がいくつもあり、海水に浸かる傷口は真っ赤に腫れていた。
少年は私に見向きもせず、ただ、1つの言葉を繰り返していた。
ごめんなさい。
すぐそばまで来た少年に、私は口を開く。
ごめんなさい。
「おいで」
少年の声は途絶え、その空ろな瞳はしっかり私を見据えた。
ただただ涙を流し、助けを求めるように私を見ている。
私は安心させるように優しく、しかし残酷なことを少年に尋ねた。
「あなたは、どんな罪を犯したの?」
ここは、罪を犯した者が来る場所。
足元を覆い、森林の栄養となっているのは、海水。
今やもういない者の、嘆きの涙の海。
その涙を栄養としている森林。
それは、許されることのない罪人たちの成れの果て。
話すこともできず、完全に死ぬこともできず。
ただ、殺された者の涙を零にするまで、樹としてこの地に留まり続ける。
死刑よりも、格段に辛いであろう罰。
罪を忘れることは許されない。
殺した者の嘆きや罵りを聞きながら、根を生やして背も伸ばして、生きる。
私も、それに捕らわれた者の、1人だ。
「…僕、は、……僕をこの世に生んでくれた母を…、殺めてしまいました」
少年は涙を絶えずこぼしながら、うつむいてそう言った。
私はそっと手を伸ばし、少年の髪に触れる。
絹のように細い青の髪で、触れた指はサラリと滑った。
「それは君が望んだものではないんでしょ?」
「でも……………、でも、僕は…………」
「大丈夫よ」
少年はまん丸く、涙と木々から漏れる光に当たり輝く瞳で私をジッと見る。
それはこの海水と同じように深く澄んでいて、その瞳には、私が写っていた。
「自らの意志で殺めたか、そうではないか。それだけで、罪の重さは変わるの。少なくとも、ここではね」
私は岩の端の方へ移動し、細い少年が座れる程の広さをとる。
「お座り」
少年は躊躇いながら、私の隣にちょこんと座る。
「っ、………」
海水に触れていた傷が痛むのだろう。
塩に触れた傷は真っ赤に腫れ、痛々しい様子だった。
「痛む?」
少年は答えず、痛みに耐えるようにギュッと唇を強く噛みしめていた。
私はチャプンと手を海水に付け、手に残った水を、少年の傷へ塗りつける。
少年は目をつむり小さな悲鳴を上げた。
私は少年の小さな手を握る。
「ちょっとだけ、我慢して」
みるみるうちに傷は小さくなっていき、しばらくすると少年の白い足が全てあらわになった。
「もう、痛くない?」
少年は驚いたように目を丸くし、頷く。
「ありが、と」
少年はとてもぎこちなくだったけれど、笑顔を私に向けた。
その言葉は感謝の言葉。
長く、聞かなかった暖かい言葉。
……私の心に、何か懐かしいものが蘇る。
瞳に、ここの海水と同じものが、浮かんだ。
昔々、ずっと昔。
私が、普通の人間だったとき。
村の皆はいつも幸せそうな笑顔を浮かべていた。
そんな自分の村が、大好きだったんだ。私。
なのに…………。
その大切な村を炎の海にしたのは、私だった。
人の笑顔は、何年、いや、何百年ぶりなのだろう。
私がここに来てからは、醜い罪人の顔しか見てきてなかった。
君が初めてだよ。
この子なら、私を………、……………。
「ごめんなさい」
今度は、その言葉を私が言う番だった。
私は、少年を抱きしめて、謝る。
罪を背負い長い時を生きる私よりもとても幼く、頼りなく、弱い少年。
私は、こんな子までを樹に変えなくてはいけないの?
自分の意志を誰にも伝えることも出来ず、ただ1人、嘆きの声を聞くために生きる、樹。
少年を、そんな目に合わせなくてはならないの?
永久の命をもらい、この深い樹海に居続けている私。
そんな私に、感謝の言葉をかけてくれた。
なんてことのない、ただ少しだけの言の葉。
それでも、こんな私に、笑顔を見せてくれた………。
幼く純粋な少年。
そんな君が、罪を犯すわけ、ないのに。
信じているのに。
私は彼を救うことは出来ない。
こんなに自分が無力なことを嘆くのは、ここへ来て初めてだった。
「君は、そんなにも僕のことを思ってくれるんだね」
海水の中へ投げ出されていた少年の足は、すでに人の足ではなくなっていた。
「たとえ僕が樹になっても、君が望むのならば隣にいるよ」
しかし、少年は私のすぐ前で、明るい笑顔を浮かばせた。
「もう、怖くない。君が、いるんだもの」
その声は微かに震えていた。
だけど、その言葉は決して嘘なんかではない。
少年は精いっぱいの笑みを浮かべ、そして、
「ありがとう」
と言った。
あぁ………、
なんて、温かいのだろう。
人の言葉。
人の笑顔。
人の手の温もり。
どれも大切なものなのに、全て忘れていた。
私がここに来てから、幾百年。
その間、思い出そうとすらしなかったもの。
それを、君が全て思い出させてくれた。
君が…………………………。
君は、もう、いない。
私は、何のために生きているのだろう。
そもそも、私は生きているといえるのか?
涙は枯れ果て、身体は冷え切って。
私は、冷たい岩の上で横になったまま、目を閉じる。
悲しい。
隣に、君がいない。
新しい苗木は、どこかへ行ってしまった。
私を、置いてけぼりにして………。
「泣かないで」
私の頬に、細い指が当てられる。
目を開くと、
そこに、笑顔で私の顔を覗き込む君がいた………。
「助けて、くれたんだね」
違う。
私じゃないよ。
声にならない声で、君に訴える。
聞こえているのか分からない。
でも、少年は、ふっと微笑んだ。
「……ホントは、ね。僕は誰も殺してないんだ。本当に殺したのは、僕の父さんなんだ」
君は私の上半身を起こす。
力の抜けた私の身体を、しっかりと支えてくれた。
「その罪を、僕に押しつけたんだ、父さんは。ほら。そこにいるよ」
少年の指さす方を見る。
そこには、萌葱色の葉をした新しい苗木。
助けを求める声が聞こえたが、少年は私の耳をふさいだ。
「あんな声、聞かないで」
私は少年の手に触れて「大丈夫」と言った。
心配そうな彼の顔はすぐに笑顔になった。
「僕は、赦された。だから……、」
少年は私の手を引いて、海水の張った地に足を付けて立つ。
「一緒に、行こう。
外の、世界へ。」
気付けば私は、樹海から遠く離れた小さな小さな島にいた。
寄せては返す波が、私の足を濡らす。
小さな砂の粒が敷き詰められた浜辺に、少年と2人、横になっていた。
「起きた?」
少年は起き上がり、私の顔を見つめる。
私は小さく頷き、空を見上げた。
目を焼き尽くしてくれそうな程に眩しい太陽。
太陽って、丸いんだ。
だって、何百年ぶりに見たんだもの。
そんなこと、忘れていたわ。
「君がどんな罪を犯してあそこにいたのかなんて、知らないよ。でも、もう自由だ」
少年は立ち上がり、クルクルと砂浜の上で回る。
その足跡は砂に残り、楽しそうな円を描いていた。
君も、楽しそうに笑って言った。
「僕ら、2人で生きていこうよ」
君が言った、思いがけない言葉。
それがとても嬉しくて、
残酷で、
悲しかった。
「私は、永久の命をもらったの」
突然語り出した私に、君は首を傾げた。
永久の命をもらった私の身体。
何度傷付いても、そのぶん傷は癒えていく。
何百年たっても、何千年たっても、肉体は腐らない。
歳も、とらない。
死ぬことは、叶わない。
「私もね、君と生きていきたいよ」
でも。
「私、死にたい」
砂にポタポタと、自分の涙が落ちる。
「死んで、生まれ変わりたい。私のことを忘れて、新しい私として、生きたい…」
君は悲しげな瞳で、私を強く抱きしめる。
「ごめんなさい……一緒に生きられなくて、ごめんなさい……」
悔しい。
君と一緒に生きられたら。
どれほど幸せなのだろうか。
でも、私はもう生きられない。
身体は腐らなくても、心はもう、グチャグチャだから……。
「私だって、罪深き人間。だから、死ねなかった」
私は、少年の腕の中で涙を零す。
少年も泣いているのだろうか。
震える声で、囁いた…。
泣かないで。
君は赦された。
君を苦しめてきた永久の命。
それは、僕が受け継ごう。
君は、もう自由だ。
僕と一緒には無理だけど、
生まれ変わって、幸せになって。
それが、僕の最後の願い…………。
君に、安らかな眠りを。
小さな小さな、何もない無人島。
その浜辺にいるのは、
腐り果てた少女の肉体を涙を流して抱きしめる、
永久の命を手に入れた少年だった。
「私を殺してください。」
彼女の願いは叶った。
心やさしき少年を置いて、命を捨てることができた。
…どう?
少女からしたら、これもハッピーエンドじゃない?
少年からしたら、どうか分からないけれど。
さぁ、次はどんなお話にしようかしら。
いつか、あの子たちのこともお話ししたいわね…。
毎回章の間に短いお話(間章)を入れるつもりです。
前回はかくれんぼの話でしたが、今回もまた何か書くつもりです。