間章Ⅰ〜隠鬼〜
章と章の間に入れる短いお話。
今回は隠れんぼのお話です。
もういいかい?
子どもの頃、君とやった隠れんぼ。
もういいかい?
鬼になった僕はそう尋ねる。
もういいかい?
そういうルールだから。
もういいかい?
この公園のどこかに、君は隠れてる。
もういいかい?
物音が消えた。
もういいかい?
返事はなかった。
もういいかい?
君は答えない。
もういいかい?
返事くらい返してくれればいいのに。
もういいかい?
まだだよ、って言ってよ。
もういいかい?
………。
もういいかい?
そろそろ、返事をしてよ。
もういいかい?
そう言う僕の声は荒くなってく。
もういいかい?
何も、聞こえない。
もういいかい?
響くのは、風になびく木の葉の音。
もういいかい?
君は、どこに隠れたんだろう。
もういいかい?
こんなに待たせたんだ。
もういいかい?
見つけたら、ゲンコツくらわせよう。
もういいかい?
ずっと言ってたんだぞ、って。
もういいかい?
…早く、答えてくれ。
もういいかい?
もう、何度目だ?
もういいかい?
この言葉。
もういいかい?
…いい加減にしてくれ。
もういいかい?
早く、答えてくれ!
もういいかい?
あの後から僕は、君の声を聞いていない。
君は、何処へ隠れてしまったのだろうか。
僕はあの後、ルールを破って返事を聞かずに君を探し始めた。
真っ暗になるまで探しても、
君は見つからなかった。
あの日から7年たった今。
俺は君のいない毎日をただ無情に過ごしている。
大人たちも必死になって、隠れてる君を探した。
けど、今、君はここにいない。
まだ、僕らから隠れ続けている。
「帰ろーぜ」
「あぁ」
クラスメイトの奴と、一緒に電車に乗る。
「お前さ、」
「ん?」
「何か、探しもんしてる?」
…何故か、彼は僕にそう聞く。
そんなに、何かを失くしたような顔をしてるのだろうか。
一度答えにつまり、一言だけ、答えた。
「…うん。まだ、見つからないんだよね」
君が。
いつもは駅から真っ直ぐ家へ向かう。
しかし、今日は違った。
僕は、君が隠れてる公園へと足を運んだ。
君を見つけられるわけがない、と思いながらも足を進める。
そして、あの日と同じように、
公園の真ん中にある電柱に顔を伏せ、
十秒数える。
そして、お決まりの、
あの言葉を言う。
もういいかい?
静寂が、耳に痛いほどに感じられる。
もういいかい?
…あぁ、何度目だろう、これを言うのは。
もういいかい?
あの後、君が見つからなくて。
もういいかい?
毎日、泣いて、
もういいかい?
毎日、この公園の茂みに顔を突っ込んで。
もういいかい?
だけど、君は何処にもいなかった。
もういいかい?
何度もこの言葉を叫んだ。
もういいかい?
だけど、いなかった。
もういいかい?
もういいよ、と言ってくれる
もういいかい?
君は、いなかった。
もういいかい?
あれから7年。
もういいかい?
今でもこうして、君を探してる。
もういいかい?
…まだ、駄目なの?
もういいかい?
もう充分僕を待たせただろう。
もういいかい?
あぁ、上手いよ。
もういいかい?
君は隠れるのが上手い。
もういいかい?
だから、もう降参だ。
もういいかい?
出て来てくれ。
…もういいか、い?
僕の、負けでいいよ。
「もう、いいかい…?」
意味が分からなくなるほど、毎日のように呟いたこの言葉。
だけど毎回、返事はなくて。
僕は涙を流した。
悔しくて。
君を、見つけてあげられなくて…。
もういいかい?
…もういいかい?
もういいかい?
もういいかい?
…もういいか、い…?
「もういいよ」
僕は顔を上げる。
そして、振り返ると、
成長した君が、立っていた。
君は、変わらない柔らかい笑顔をした。
「あの後、いなくなったはずの父に、無理矢理連れていかれちゃったんだ。君に、何も伝えられないまま…」
…僕は、目の前の光景が信じられなかった。
「君に何か一言いいたかったんだけど、凄い遠くまで連れて行かれて、君の連絡先も覚えていなかったんだ」
そう言う君の言葉も耳に入らず、僕は呆然とたちつくす。
君が、いる。
きみが、ここにいる…。
「ねぇ、あの時の続きをしよう。君が鬼で、僕が隠れるんだ。」
「あの時…」
「うん。じゃあ、十数えてくれ」
そう言って、君は僕に背を向けた。
…僕はもう一度、電柱に顔を伏せる。
もういいかい?
…怖い。
もういいかい?
また、君がいなくなってしまうんじゃないかって。
もういいかい?
また、返事もなく消えてしまうんじゃないかって。
もういいかい?
手が震える。
もういいかい?
足が震える。
もういいかい?
だけど……。
「もういいかい?」
「…もう、いいよ」
僕は、顔を上げる。
僕は1番初めに、砂場の隣にある小さなトンネルを覗き込んだ。
すると、そこに縮こまって隠れる君がいた。
そして、この長い長い隠れんぼは、
「…見つけた」
終わりを、迎えた。
「…見つかっちゃった」
君はヘヘっ、と笑う。
僕もつられて笑う。
「もう、どこにも行かないよね?」
「あぁ。もちろん」
「また、一緒に遊ぼう」
「あぁ」
大人っぽくなった君の横顔に、少し残るあの時の純粋な顔立ち。
とても懐かしく思えて、僕はちょっと涙ぐんでしまった。