序章 〜旅人〜
短編小説をいくつも束ねて連載小説にしていく、そのつもりです。
風が吹いている。
そんなものは当たり前だと思うだろうか。
僕にとっては久しぶり。
僕は今、ちょっとした道を歩いている。
特に、なんの変哲もない、普通の道。
時折、果樹園や畑があるのが見えるから、きっとこの先に人里があるのであろう。
こうして、緑を見るのは何年ぶりだろうか。
「……しかし、まさかこんなに変わるとはな。そう思わないか?ミント。」
肩にいる、犬とも猫とも兎とも見えるような、耳の長い不思議な小動物に僕は話しかける。
ミントは僕に頬ずりをした。
「こんなに変わり果ててしまえば、懐かしいとも言えなくなるなぁ。」
ミントは長いしっぽを揺らす。クリッと丸い緑色の瞳が、太陽に照らされて光っていた。
僕は道の端っこでしゃがむ。
そして、そこに生えていた花を眺めた。
「ふぅん。不思議な花だ。僕がいた頃にはこんなのなかったよ。」
ミントは、「そりゃそーだ」とでも言うように、しっぽで背中をぺちぺち叩く。
「僕の生まれ故郷だけどね。…ここを離れてから何年たったことか」
思い出に入りふけっていると、その時、ミントが急に僕の肩を離れた。
「ミャッ!?」
「わぁ!なぁに?この物体!」
いつの間にか、僕の後ろには年端もいかぬ小さな少女が立っていた。その手には、暴れまわるミントが収まっていた。
綺麗な赤毛を2つの三つ編みでまとめ、くりくりの目とそばかすの肌は少女の元気さを主張していた。
「それは物体じゃないよ。多分、動物だ」
「へぇ!可愛い~!」
「ミャッ、ミャァァッ!」
物体呼ばわりされた、めったに鳴かないミントが叫んでた。
さすがに可哀想だったので、少女に返してもらった。
ミントはすぐに、僕の首の後ろへ回り、フシャーッと少女に威嚇する。
「ねぇ、あなたはどこから来たの?そんな生き物をつれて」
少女は、ミントの後に僕へと興味を移した。
「あなた、名前は?」
「名前は、とうに忘れたさ」
「へぇ?もしかして、旅人さん?」
「そうさ。」
僕はかぶってた帽子を取り、右足を引いて少女に一礼した。
「僕は、時の旅人。そんなとこかな」
少女は自分をアンナと名乗った。
そして、僕ら(1人と1匹)をアンナの住む村へ案内してくれた。
「こっちこっち!早く!」
アンナは僕の手を引いて村を駆け巡る。
いろんな場所を自慢しようと、アンナは笑顔で僕を案内する。
「えーとね、次はここ!マリーおばさんのオレンジ畑!甘酸っぱくてとってもおいしいんだ!」
「こっちはこの村の教会。こないだ、クレアさんとキリトさんが契りを交わしたんだ!クレアさんのウェディングドレス姿がとっても綺麗でね!」
「見て見て!スミスおばさんのチューリップ畑!今の時季は満開でとても綺麗なの。いい時に来たね、旅人さん!」
そして、アンナは最後の見所を教えてくれた。
一緒に向かった先は、村の小さな丘。
「じゃーん!この村で一番素敵な場所が、この丘!ここから見る景色がすっごく綺麗なんだ!ほら、見て!」
丘の奥は、とても広く、どこまでも続いているような海が見えた。
さんさんと光る太陽に当たって、海は光り輝いていた。
空の色を映した海は、旅人の僕らを歓迎するように、優しい潮風を送ってくれた。
「わぁ…。こんな綺麗な景色、初めて見たよ」
「でしょー!えへへ、私のとっておきの場所!」
ミントも嬉しそうにしっぽをふる。
アンナが足下の芝生に寝ころんだので、僕も同じように勢いをつけて寝ころんでみた。
その時に、肩にいたミントが転げ落ち、寝ころんだ際に僕の下じきになってしまったようだった。
「ミャァ!」
「あぁ、ごめんミント。まさかそんなとこにいるとは」
「ミャミャミャッ!」
「痛い痛い!引っかかないでミント!」
ミントは何度も僕の顔を引っかく。…冗談抜きで痛かった。
隣でアンナがクスクス笑った。
「うふふっ。仲が良いのね」
「まぁね。これでも長い付き合いだからさ」
「…あ、もう日が真上まで来てる」
アンナは立ち上がって服に付いた草を払う。
「ちょっと待ってて。ママに言ってお昼ご飯もらってくる!」
そう言ってアンナは村の中へ戻る。
食事が来るということで機嫌を直したミントの頭を撫でる。
けれど…。
「ミント」
「ミ?」
「残念ながら、アンナのママお手製のお昼ご飯は食べられそうにないや」
「ミィィ……」
威嚇するように喉を鳴らすミント。
しかし、すぐに僕の撫でる手を気持ちよさそうに、目を閉じる。
僕は、周りの音に耳を傾ける。
そして、目を閉じた。
寄せては返す、波音。
僕らを優しく包み込む、風音。
風に揺られてこすれる、緑たちの奏でる音。
不規則に鳴り響く、銃声。
一際大きな、爆発音。
パチパチと燃える、火の音。
それらが交互に、僕らの耳に響き渡る。
「始まったか」
僕は身体を起こす。
ミントも肩に乗り移る。
村を一望出来るこの丘からは。
小さくのどかだった村が、真っ赤な火の海に変貌していく様子が見えた。
「…大人も馬鹿だね。戦争で喧嘩なんて」
「ミィ。」
「僕ら人間には、言葉というものがあるのに。そんなんじゃご先祖様のアウストラロピテクスとほぼ変わらないじゃないか」
僕は思わず笑う。
…ミントは何故かくしゃみをする。
しかし、ミントも同じような気分みたいだ。
「結局、連合国に三国同盟はボロ負け。この国なんて、特にね」
僕は、“未来”で見た結果を呟く。
「全ての植民地と、元の領土も一部奪われて。そんなことも知らずに、撃ち合うなんて」
僕は、目の前に立つ少女に、そっと言う。
「人間は愚かだと、思わないか?アンナ」
爆撃を受けたアンナは、火傷や切り傷などで全身血だらけ。
「旅人さん………時の、旅人さん」
アンナは、震える声で尋ねた。
「どうして、教えてくれなかったの……?」
僕の両肩をグルグル回るミントを手で掴む。
「教えたとこで、何も変わらなかったじゃないのか?」
「…村人のみんなを、この丘に避難させてれば、みんな死ななかった。ママも…ママも、死ななかったのに!」
アンナは僕を睨みつける。
「どうして!?あなたは、このことを知ってこの村へ来たんではないの?なのに、なんで助けなかったの?」
「僕は旅人だよ?」
片手で掴んだミントを、また肩に戻す。
「僕は時の旅人。決して、救世主ではないんだよ」
僕はアンナの横をすり抜けて、去ろうとする。
「旅人に、誰かを助ける義務なんて無い。旅人はただ単に、傍観しているだけの者なんだから」
ミントは一度、アンナの方を振り向いた。
そして、また視線を戻す。
「…僕も、この時代のこの村に、生まれた」
僕は独り言のように、小さくつぶやいた。銃声の音でかき消されてしまったかもしれない。
アンナの動く気配はしなかった。
「僕が生まれて物心がついた時には、もう勝負は付いてた」
僕は特に感情を込めずに言った。
「僕がこの村に来たのは、僕を本当の姉みたいに優しくしてくれた女の子にお礼が言いたかったからなんだ…。…ありがとう、“お姉ちゃん”」
アンナは、振り向いた。
だけど、そこに僕はいない。
一瞬、途絶えた銃声。
その時、村のどこかから、
2人の赤子の泣き声が聞こえた。
「アンナも、変わってなかったね」
「ミィ」
「そろそろ、『あの方』の元へお土産話、持って行かなきゃ。待ちくたびれてるだろうしね」
「ミミッ」
「これで、…これで、ちょうど100年目だね。僕らが、旅を始めて」
「……ミ」
「もちろん、僕も反省してる。ミントもでしょ?」
「ミィ」
「まぁ、いっか。行こう」
「ミッ」
「あの方が、いる場所へ」
試行錯誤を繰り返しながら小説を書いてます。これもそのうちの一つ。
話はまだまだ続きます。