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閉じた瞳が映すモノ  作者: 雨薙 雄
1章 村人
8/11

ただひたすらに

お久しぶりです。


アレスと再会してから早1ヶ月。


ウィルはその間もずっとリハビリ兼鍛錬を黙々と励んでいた。

アレスに手伝いを頼んだおかげで歩行訓練の方はかなり捗り、村の移住区内なら大まかな方向感覚さえしっかりしていれば1人でも行動できるようになった。


だがアレスとその訓練をしている際にその様子をテリアに見られてしまい、自分を頼らずアレスだけに協力を頼んで訓練していたことを除け者にされたなどと言って怒り出し、挙句に自分も一緒に手伝うと言い出して時折この訓練場所になっている所に現れるようになってしまった。

まぁ、テリアは仕事の手伝いや魔法の勉強で他の子供よりも忙しいみたいであまり来れないようなので残念がっていたのだが・・・


そして今日はアレスも用事があってここには来ておらず、今この場にいるのはウィル1人だけだった。



そして今現在、ウィルは物置き場の中央に立っている。

その場からピクリとも動かず、ただ立ち尽くす。

そう・・・傍目からはただ立ち尽くしているだけに見えるウィルだったが、実際は魔力の基礎鍛錬を行っているのであった。


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まず『魔力』というモノについておさらいをしよう。


『魔力とは、大気中にあるマナを吸収して己の生命力と掛け合わせることで発生する特殊な力である』


これはこの世界において常識である言葉なのだが、コレのやり方についてはどうすればいいのかサッパリ分からなかった。

気になってテリアにそれについての詳しい説明を求めたのだが、彼女は魔力の認識が出来るようになれば感覚的に出来るようになるとしか言ってくれなかった。

理屈で理解できない説明をされた為か懐疑的であったウィルだったのだが、今ではその言葉が本当に正しかったのだとよく分かる。

ウィルが魔力の認識に成功した後にそれとなく試してみようとしたら、本当に感覚的に魔力を作り出せるようになっていた。

全くもって理屈が分からないが、魔力を作ろうとすれば大気にあるというマナが自然と身体に吸収されていく。感覚的にそれが分かったのだ。

そしてそのマナが体内へ入り込むと後は勝手に魔力へと変換されるのだが―――――実はこの魔力にはある特性があった。


何とこの生み出された『魔力』、体内に留めておくことが出来ない。

魔力は精製させると同時に身体から強制的に放出もとい排出されてしまうのである。


つまり人が魔法を発動させるには、この放出された魔力を使用しなければならない。

だがこれには1つの問題点があった。

体内で精製され身体から放出された魔力はそのまま放っておくと数秒足らずで空気中に霧散してマナへと返ってしまうのだ。

よって魔力を使用し魔法へと変化させるには、まず身体から放出された魔力を霧散させないように維持する必要があった。


その技術は『掌握』と呼ばれる。

その方法は至極単純で、『放出した魔力に意識を向けて霧散しないイメージを強く持つ』―――ただそれだけである。


だがこの掌握、言うほど簡単な技術ではない。

実は魔力を霧散させないだけの『掌握』を維持するには相当の集中力を必要とする。

熟練の魔導師でも長時間、この掌握を続けることは困難なのである。そして当然、掌握する魔力の量が多くなるに比例してその難易度も上昇する。

更にこの掌握の技術は魔法の発動段階に使う魔力だけではなく、魔法の発動後にも必要となってくる。『魔力』が『魔法』に変化しても魔力状態の時と同様に、放っておくと直ぐに霧散してマナへと返ってしまう。よって発動させた魔法にも継続して掌握を行い維持する必要があるのだ。

よってその魔法を目標に向けて放った後も掌握をし続けることになるのだが、掌握は術者から離れれば離れるほど困難になる。そしてその掌握が不完全ならば魔法の威力は減衰していき、掌握しきれなくなったら当然魔法は消滅してしまう。

このことは『掌握の力量は魔法の射程距離にも影響される』ことを意味し、掌握の技量が高い者ほど遠くまで魔法を放つことが出来ることになる。

攻撃魔法とは基本的に遠距離攻撃である為、魔導師にとってこの掌握の技量は魔導師としての力量を示すモノの1つといっても過言ではない。


上記のことを考えると魔法を使う際には掌握と魔法の2つのイメージを並行して行う必要があることが分かるだろう。

だがそのことが魔法を使う上で大きな壁となる。

強大な魔力を使った魔法になればなるほどその2つの掌握が難しくなるし、また魔法の複数同時行使といった高等技術が行える者など国で極一部しかいない。

そもそもそれ以前に実戦の中で掌握を維持すること自体が困難なのだ。

その為にこの世界の人々は皆魔法を使えるのにも関わらず、実戦で魔法を使って戦える者―――魔導師という存在の数は少ない。故に魔導師は人々から尊敬され、社会的にも優遇されるのだ。


以上のことから、この掌握出来る魔力量や範囲、時間を増やすことは魔導師にとって永遠の課題であるといえる。

故にこの技は魔法における基礎であり秘技であるのだ。



そして現在ウィルは微動だにせずにひたすら魔力の精製からの放出、そして掌握するといった工程を繰り返し行っていた。

それは勿論、掌握技術の向上を目的とした鍛錬であるのだが、実はこの鍛錬にはある副次効果がある。

それは―――『魔力の限界精製量の向上』である。


実のところ魔力の精製を行うと著しく自身の体力が消耗されてしまうのだ。

前述に述べた『魔力とは、大気中にあるマナを吸収して己の生命力と掛け合わせることで発生する特殊な力である』という言葉にある『己の生命力と掛け合わせる』という部分はこの事からきている。

そして更に魔力の精製には『精製効率』というモノが存在する。

それは人によって差があるようなのだが、魔力の精製効率が悪いと消耗が大きくなり、直ぐに体力を使い果たしてバテてしまうことになる。

これについては鍛錬次第で―――今ウィルが行っている魔力の精製、放出、掌握までの工程を愚直に繰り返すことにより魔力の精製効率の向上が見込めるようになるのだが、つまるところ『魔力の限界精製量』とは『魔導師の体力』と『魔力の精製効率』に左右されるのだ。

そして魔導師にとってその限界精製量が高ければ高い程に良いということは言うまでもないだろう。


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ウィルは時間の感覚が分からなくなる程にひたすら魔力の精製から掌握までの工程を繰り返す。

しかしまだこの鍛錬に慣れていない為か、はたまた怪我によって体力が戻っていない為か、魔力の精製時における体力の消耗が大きく既に全身から大汗を流してしている。

だがフラフラになりながらもウィルは止めようとはせず、息を乱しながらも意識的に呼吸を整えて鍛錬を続行する。



リハビリに続いてその鍛錬は7歳児が行うにしては明らかに無茶であったが、今の処それを指摘する者はおらずウィルはただ黙々と鍛錬を続ける。

しかしその甲斐あってかその成果は確実に出ており、魔力の精製・放出・掌握は鍛錬を始めた頃よりもずっと良くなっていると実感できる程に成長していた。

だがしかし、どういう訳かそれよりも如実にその鍛錬の効果のほどが表れていたのは何故か魔力感知の方であった。


魔力感知の範囲は魔法の鍛錬を始めてから日に日に拡大していき、今では人の魔力を感じ取れる範囲は無意識レベルで約半径30メートル。集中して行えば更にその倍以上の距離にまで及ぶ程になっていた。

その理由は恐らく魔力の扱いに慣れてその気配に敏感になってきた所為なのだと推測しているのだが、何にしてもそれはウィルにとって嬉しい誤算でしかなかった。

1月ほど前は木々の魔力を感知する為には直ぐ傍にまで近づき集中して行う必要があったが、今では無意識レベルでもある程度の距離が離れた場所にある木々から魔力を感じることが出来るようになった。

また地面に生える草花からも接近して集中して探れば僅かながらに魔力を感知することに成功した。だがしかしやはりと言うべきか石や土、そして木材といったモノからは魔力が感じ取れなかった。

魔力はマナを吸収し生命力を掛け合わせた結果発生するのだから、やはり生物の分類に入らないモノは魔力は生み出さないのだろう。



だがそうなると魔力感知だけに頼って生活していくのは少々厳しいかもしれない。

大自然の中、つまり魔力を生み出す生物が多く生息する場所で生きていくのなら可能かもしれない。それならば魔力感知で辺りをほぼ全て把握することが出来るだろう。

だがしかし人の暮らしの場となると話は変わってくる。

こんな辺境の村でさえ居住区内に木々が生い茂っていることなんてなかった。そして草花すらも所々にしか生えてはいない。

詰まる所、人の暮らしの場では魔力感知を使っても近くにいる人物を察知することぐらいしか出来ないのだ。

建築物や無機物などといった物を感知できないのならば、目の見えないウィルが広範囲を自由に単独行動するなど夢のまた夢であった。


よってウィルはそれを補う為の別の何かを新たに模索しなければならなかった・・・・・






「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・今日は、ここまで、だな」


ウィルは息を切らせてその場に大の字で倒れ込む。

体力の限界になるまで魔力の精製を行い、それによって放出された魔力の掌握に精神を消耗した結果であった。


「はぁ・・・始めた頃よりはマシになったけど、こんなに早く息が上がってる様じゃまだまだ、だなぁ」


7歳児としては異常な能力と成長速度を誇るウィルなのだが、それに全く気付かないようだった。

それどころか自身の力に全く納得しておらず更なる精進を続ける気であり、そして依然としてそれを止める者はいないのであった。


「まぁ、それはこのまま基礎鍛錬を継続していけばいいとして・・・・・やっぱり問題は―――」


ウィルはそう呟いて黙り込む。

頭を過ぎっているのは目下の懸念材料である歩行訓練のことに関してである。

魔力感知だけでは限界があることを悟ったことにより、別の何か新たな手段を取り入れる必要があるのだが、残念なことに全く進展が無かった。完全に行き詰っていたのである。


「はぁ・・・やっぱり1人で考えてるだけじゃ限界があるよなぁ」


ウィルは寝ころんだままそう呟く。


「でも、誰かに相談するにしてもな・・・・・」


頭で自分が相談できそうな人を思い浮かべてみる。

まずはウィルの両親。

だが、これは考えるも無くダメだろうと分かってしまう。

理由は2人とも生粋の農民であり、とてもじゃないが現状を打破する何かを提供できるとは思えない。実際にウィルが失明してからも特別に何かをしてくれた記憶はなく、忙しいという理由でテリアに任せっきりで放置されていた。明らかに失明した自分の事を持て余しているのだろう。

という訳でこの2人は論外。では次は姉のテリア。

9歳にしては利発で聡明な方だが、やはりまだまだ9歳の少女だ。そこまで期待することは出来ない。

家族以外となるとアレスであるが、やはりこれもまた論外。彼は普通の年相応らしい少年なのでテリアと同じに考えることは出来ないだろう。

ウィルはそこまで考えて、ふと気付く。

自分の頼りに出来る人物があまりにも少ないことを。この人口の少ない小さな村にも関わらず、これ以上親しい人物はいないという悲しい現実を。


「・・・俺って、もしかしなくても寂しい奴?」


ウィルは思わず自分でそう呟いてしまい、そして地味に少し落ち込んだ。

だが、直ぐに気を取り直して先程までしていた思考に戻る。


「うーん、だがそうなると相談できそうな人は・・・・・やっぱりあのジューンさんになるかなぁ」


ジューン。この村にいる唯一の医者にしてこの村における魔法の教師役の人物であり、ウィルも少し前まで傷の治療でお世話になっていった人だ。


「でも、問題はどうやって切り出すかだよな・・・・・」


ジューンは村唯一の医者であることから村の有力者でもある為に彼女のことは知っていたが、‘以前のウィル’は彼女に『おっかない』というイメージがあった所為か敬遠しがちであった為‘今のウィル’にも少し苦手意識が残っている。

テリアは魔法の手ほどきを受けていたので繋がりがあったようだがウィルとは殆ど接点が無い人物であり、彼女とまともに会話をしたのは傷の治療をして貰った時が初めてであったくらいだ。


「・・・まぁ、難しく考えずに普通に聞いてみればいいか。後、ついでに俺が魔力の認識が出来たことを教えておくかな。

そうすればこれからはテリアと一緒にあの人から魔法について教わることが出来るようになるだろうし」


余談ではあるが、実はウィルが魔力の認識に成功していることは誰も知ってはいない。ウィルがそれを誰にも話していないからだ。

そうしている理由は特にない。ウィルは別にそのことを隠したい訳でも無く、ただ単に魔力を認識したことを話すタイミングが無かったというだけだ。

それに率先してそれを言い触らすのは何か自慢しているように感じてイヤだった、ただそれだけのことである。



そう言ってウィルは結論を出して思考を打ち切る。

ジューンへの相談にしても何かいい方法を知っていればいいな程度に期待を留めておく。あまり過度な期待をしても仕方がないからだ。

それに今のウィルには本題であった事柄よりも‘ついで’であった方に気持ちが移り始めていた。即ち本格的な魔法の勉強についてである。


治療が終わってからこれまでの間、ウィルは地道なリハビリ訓練と魔力の基礎訓練を黙々と行ってきたが最近は少し飽き始めるようになっていた。

今後の自分の人生に直結する為に必死で行ってきたのだが、それでも流石に苦役となる訓練や鍛錬だけを続けていれば精神的に苦しくなる。

故にその場の思い付きとはいえ、ウィルにとっては未知となる魔法に関する勉強は酷く魅力的に思えたのだ。


ウィルはこれまで魔法については主に魔力感知、そして基礎鍛錬しか携わっていない。

自分の未来に悲観的であったウィルは現状を打開する為にまず役に立ちそうな事を率先して試みて、その他の事は完全に後回しにしていたからだ。

だが今は行き詰っていることもあり、多少なりとも訓練の成果は現れているので少しくらいの寄り道もいいだろうと思えるようになっていた。


と言っても、今後も鍛錬は欠かす気はない。

これまで行ってきた鍛錬は決して無駄にはならないだろうし、魔力感知だけでも今の自分には役に立っている能力であることには変わりない。

何にせよ自分の人生が係っていることには違いなく、自分の糧になることは間違いない筈だ。

故に今はただひたすらに訓練、鍛錬を繰り返して精進あるのみであった。




そうしてウィルは本日の鍛錬を打ち切り、立ち上がって帰宅する為に歩き出す。

今のウィルはもうこの辺りの範囲ならば出歩くのに何の支障も無い。魔力感知によって辺りの木々や人の位置によって方向を間違うことは無く、幾度も通い慣れた為に地形や障害物についても完全に把握していたのだ。


故にウィルは少々気を抜いていた。

そして物置き場を出た辺りで、それは起こった―――――


「―――ぐっ!?」


何かがウィルの頭部にぶつかってきたのだ。


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