リハビリ
2日遅れになります。
ウィルが魔力の認識に成功してから早2週間。そして怪我の影響で光を失ってからもう一月以上が経過していた。
ウィルは今、屋外にいた。
ウィルは既に寝台の上の寝たきり生活から解放されていた。そしてここはウィルの生家から程近くにある、あまり人目の付くことのない物置き場となっている場所だ。
ウィルが1人でこんな人目の付かない場所にいるのには理由がある。
その理由は『リハビリ』である。
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ウィルが治癒術による治療を受けてから3日後、ジューンが再び診察の為に訪ねてきた。そして診断の結果、ウィルはジューンから一応の治療の終了を告げられた。
ウィルはそれを聞いて、やっとこの退屈な寝たきり生活から解放されると思い浮かれていたのだが、ジューンから「私の治療が終わったといっても、まだ完治した訳じゃないのだから暫くは大人しくしているんだよ! いいね!」と釘を刺されてしまった。
だがそれでも、やっと行動の自由が得られることにウィルは喜びを隠せなかった。
ジューンが帰った後、冷静に戻ったウィルはまずこれから何をするかを考えていた。
外を出歩くにしても何も見えない状態では、例え生まれ育った村の中だとしても歩くことさえままならないだろう。
それをするにはウィルを手助けしてくれる介助者の存在が不可欠になるが、それを頼めそうな人がいない。大人達は論外、皆仕事で忙しいのだ。テリアは昼間、親の手伝いやジューンの所で勉強などでそんな暇などないだろう。
他に頼めそうなのはアレスなのだが、アレスはウィルが怪我を負った日から一度もウィルの前に姿を見せていなかった。
ウィルを森へ誘ったことが原因で怪我をさせてしまったことで気が引けているのか、それとも避けているのかは分からないが、ともかく接触がなければ頼むことも出来ない。
テリアに伝言を頼むことも出来るのだが、今の処そうまでして頼まなくてはならない理由もないのでアレスに頼むという件は保留にしておくことにした。
結局、少し考えた所でウィルはとりあえず今は軽い運動をするだけに留めておくことにする。まだ怪我は完全に治った訳ではないので、激しい動きは厳禁である。
もしそれで怪我が悪化でもしようものなら、後でジューンに何を言われるかなど考えるまでもない。
とりあえずウィルは立ち上がってみることにした。
一月の間、ほとんど動かすことのなかった足を寝台の上から下ろし床を踏みしめる。ウィルは足の裏から伝わってくる久しぶりの地面の感触に感慨を覚える。
だが最初の内は難なく立ち上がることが出来たと思っていたのだが、すぐに身体がふらついてしまい真っ直ぐに立っていられなくなった。
その理由は思っていた以上に足に力が入らなかったのだ。たった一月の寝たきり生活だったのだが身体の筋力は予想以上に落ちてしまっているようだ。
幸い、立ち上がっても身体に痛みは無かったので傷はほとんど完治しているのだろう。勿論ジューンの言った通り、無理をする訳にはいかないが・・・・・
こうして今の自分の状態を知ることになったウィルは自主的なリハビリを開始することにした。
まずは身体を解す為、ストレッチを行う。こちらも思っていたより身体が固くなっていたが、少しずつ慣らしていけばいいだろう。
それが終わったら立ち上がり、そして直立した状態を維持する。最初の内は立ち上がるのも苦労していたので寝台や壁に手を付けて行っていた。更に長い時間立ち続けるのも困難であった。直ぐに足がふらつき立っていられなくなる。
ただ『立つ』、これまで当然の様に行っていた行為なのだが、これほど苦労を強いられることになるとはウィルは思ってもみなかった。
だがそれでもウィルは何度倒れても立ち上がる訓練を1人でやり続けた。その甲斐あってか、この次の日の内には『立ち上がる』『立ち続ける』ことは問題無く出来るようになっていた。
そこまで出来た時、ウィルはその次のステップとして歩行訓練に移ることにした。
これは部屋の壁を伝いながら歩く、ただそれだけ。
狭い部屋の中で歩き回るのは不都合かもしれないが、幸い自分のいる部屋には、ほとんど何も置いていないのでそれを行うには都合が良かった。それに何も見えない為に外で行うことは危険で出来なかったからという理由もあった。
だがこれにはウィルが自分の予想したよりも遥かに苦労することになった。
立っていることに慣れたのなら歩くのも問題無いだろうと気軽に考えていたのだが、それは大間違いだったと思い知らされることになった。
ウィルは前に歩もうするが、数歩足らず歩いただけで足がもつれてしまう。それでも負けずに再度歩き出し、また足がもつれさせるなんてことを暫く続けた。だがそうしている内に身体の傷が再び痛み出してきた。これにより今の自分にはただの歩行ですら、ずいぶん身体に負担が掛かってしまうらしいと気付かされる。
ウィルはジューンの忠告通り無理はしない方針を取った。
身体に痛みを覚えたら休憩を取り、その傍らにストレッチを行っておく。痛みが取れたら再び歩行を行い、痛みを覚えたら再び休憩を取る。
誰かが知れば、これの何処が無理はしない方針なのだと言いたくなる様な訓練なのだが、そのことを指摘する者は誰もおらずウィルは黙々とそれを繰り返し続けるのであった。
実の所、ウィルにはリハビリに関する知識は無い。ジューンに相談することも考えたが、まだ安静にしておけと言われていたのだから、それは無理だろう。だからウィルは勝手に自分の感覚でそれを行うことにした。訓練を続けている内に身体の痛みが酷くなってきたら、その日の訓練は終了する。そんなルールを自ら課していたのだった。
ウィルがこんな無茶なことを行おうとしている根底の理由は何かしていなければ落ち着かないというある種の『焦り』に他ならないのだが、彼自身はそれに気付くことがなかった。
だがそんな無茶なリハビリをやり続けた結果、1週間程経った頃には短い時間ならば普通に歩くには支障がない程度にまでなっていた。
幸いにしてここまで怪我を悪化させることもなく、誰にもバレずジューンにお叱りを受けることもなかったのは幸運だったといえるだろう。
そしてある程度行動が可能となったウィルはこの日、ほぼ一月ぶりとなる外出をすることにしたのだった。
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自分の記憶を頼りに目的の場所を目指し家屋の壁を伝い歩いていく。
それ程遠くの場所ではないのだが、何も見えない為に方向感覚がないので慎重になる必要があった。
そうして辿り着いたのが、この人目の付かない物置き場となっている場所である。
ウィルが外に出ようとした理由は特にない。強いていうのならば気分転換である。
一月以上ずっと家に閉じこもっていたので久しぶりに外の空気を吸いたかったのだ。ウィルにとっては感じ取れる風の音、土の感触、木や草の匂いなど何もかもが新鮮に思えたのだった。
しかし外に出たとしても行うことはいつもと同じ、リハビリの続きである。
ストレッチを行ってから歩行訓練をする。ただ屋内と違ってここには行き止まりなど無く、障害物も存在するのだから慎重に行う。それに無秩序に歩いてしまえば方向が分からなくなり、帰れなくなってしまうのは明白だ。
だがウィルにはそれを防ぐ為の策があった。
ウィルの記憶ではこの物置き場には今は使われていないロープが何本か放置されている筈だった。それを1本回収して物置き場入り口の柵にロープを括り付ける。後は歩行訓練時にそのロープの端を持っていればロープの範囲内から出ることは無く、知らずの内にこの場所を離れて迷子になることもないだろう。
これにウィルは我ながらいいアイデアだったと思う反面、内心で「まるで繋がれた犬状態だな」と思って苦笑する。
それから暫く間、ウィルは歩行訓練を続けていたのだが、もう多少のことでは傷が痛むことは無くなり、歩き疲れて動けなくなることも無くなっていた。
まぁ、代わりに石に蹴躓いたり木に激突したりはしていたのだが・・・・・
ウィルは暫くの間、歩行訓練を続けていたのだが、突然その場に座り込む。そろそろ新たな段階に進むべきだと判断したのだ。
ウィルは魔力感知を併用した歩行訓練の準備の為、軽く息を整えながら瞑想を開始した。
ウィルは魔力認識に成功してからも瞑想は続けていた。自分に今一番必要な感知力を鍛えるのにはこれが一番適しているとウィルは判断したからであった。
それにウィルはリハビリと並行して魔力の訓練も行っていた。並行といっても昼間はリハビリ、夜は魔力の訓練といった感じでだが・・・
魔力の訓練方法については以前テリアに教わっていたので問題は無く、この2週間で魔力の操作やコントロールをそれなりに出来るようになっていた。
それにジューンから聞いていた『魔力感知』も一応出来るようになった。
ウィルにとってこれは1番の重要な技術になると思っている。周囲にある魔力を感じ取る『魔力感知』は目の見えないウィルにとって今後、生命線となるかもしれないモノだからだ。
そして今現在、ウィルの魔力感知で人間の魔力を感じ取れる範囲は無意識レベルでは半径5メートル程。瞑想などをして集中して行えば半径10メートルに届くほどになっていた。
ウィル自身は全く知らない事なのだが、魔力認識出来る様になってから2週間程でこの感知範囲は明らかに異常であった。
感知力については人によって大きく違いが出るのだが、少なくともウィルの最大感知範囲は平均的な15歳の魔導師レベル並である。
因みに魔導師とは戦闘に使える最低限の魔法が放てる力量のある者を指す。この世界において全く魔法が使えない者はまずいないが、戦闘に役立つだけの魔法が使える者は少ない。
この世界では15歳で成人とされるが、その魔導師の平均感知範囲が半径10メートルと聞いて狭いと思うかもしれないが、一流の魔導師でさえ精々半径50メートルがやっとといったところなのだ。
なので知る人が知ればウィルは天才だともてはやされることになっただろうが、生憎それを知られることは無かったのだった。
そして今ここでウィルが行おうとしている魔力感知を併用した歩行訓練とは、人間以外のモノから出る魔力を感知しながら歩くことを目的としたものである。
『魔力は命あるモノは絶対に持っている』
ならば魔力は人間だけじゃなく、動植物も持っているかもしれないとウィルは寝たきりの時に推測してみたのだ。
そして動けるようになったウィルはまずその仮説を調べる為に家の近くにあった木々の傍で集中して魔力感知を行ってみたのだ。
そしてその結果、その木々からも極僅かにではあったが魔力を感じることが出来たのだ。
しかし残念ながら魔力を感じ取れたのはその木々からだけであり、草や土・・・それに家を形作る木材からは魔力を感じ取ることは出来なかった。
その理由は自分の感知力が弱いのか、それともそれらからは魔力を出していないのかはまだ分からない。
まぁ、草は兎も角、土や木材は生きているモノではないと言ったらそれまでだが・・・
だが、もしそれらのモノに対して魔力感知が有効に働くのならば視力を持っていた頃と同様、いやそれ以上に知覚することも可能になるだろう。
今の所はただの机上の空論ではあるが、とりあえず今後の励みになることは確かだった。
そしてウィルは地面に座り込んで瞑想を開始する。
だが感知範囲が広がった瞬間、ウィルは何者かが近くにいることに気付く。
物置き場から一番近い家屋の影に隠れる様にいる。まるで自分を見ているかの様にその場所にいるのだった。
ウィルは暫く様子を窺っていたのだが、その人物に動く気配がない。理由は分からないが明らかにウィルを見ているようだ。なので仕方なくその何者かに対して声をかけることにする。
「何時までそこにいるの? 僕なんかを覗き見していてもつまらないでしょ」
ウィルは魔力感知を併用した歩行訓練はまだ誰かに見られたくなかった。それに誰かにずっと見続けられるのはあまり気分が良いものではない。
「・・・よく分かったな」
暫くして帰ってきた声は甲高くまだ幼い子供の様である。そしてその声にウィルは聞き覚えがあった。
「もしかして・・・アレスかい?」
それはこの村で唯一ともいえるウィルの友人の声だった。アレスとはここ一月会うことがなかったが、流石にその声は忘れていなかった。
「かなり前から居たみたいだけど・・・一体何をしていたのさ?」
ウィルは純粋に疑問を投げかける。
「いや、お前が家から出ていくのを見かけて・・・少し気になって・・・・・」
どうやら最初から見られていたようである。ウィルはリハビリ訓練に集中していた為、魔力感知は完全に怠っていた。なのでこれまでずっと気付かなかったのだ。
そしてそのことにウィルは軽い危機感を覚える。
(この程度の距離で気付かなかっただなんて・・・やっぱり今の感知範囲では狭すぎるな。もっと広範囲を無意識に感知出来る様にならなければ使い物にならないな。まぁ、今はとりあえず常に魔力感知を意識して行動するしかないか・・・)
ウィルは内心で考えに没頭していた為、暫く黙り込んでいた。それにアレスが怒っていると勘違いして慌て出す。
「の、覗き見するつもりはなかったんだよ。声をかけようと思ったんでけど、中々そのタイミングがなくて、その・・・」
アレスは言い訳じみた事を喋るが、最後の方には声が尻すぼみになっていく。
「はあ・・・ということはアレスは僕が家を出た時から今までずっと見てた訳?」
ウィルはそれに呆れたような声を出す。
「いや、だってよ。声掛けにくかったからさ・・・」
アレスはそう言って口を噤む。だが暫くして突然声を張り上げる。
「すまなかったっ!」
アレスはいきなり大声を出して謝ってきた。
「ちょ、一体何なのさ?」
ウィルはアレスの突然の謝罪に困惑するが、次の言葉でその意味を理解する。
「俺があの時、お前を誘わなければ怪我なんてする事はなかった筈だったんだ」
どうやらウィルの予想した通り、アレスは森へ誘ったことが原因で怪我をさせてしまったことを気にしていたようだった。
「ふう、別にアレスが気にすることじゃないよ。危険だと分かっていながら着いて行ったのは僕なんだし・・・・・それに怪我の直接の原因は君じゃないだろ」
そう、怪我をしたのはウィルを崖で突き飛ばしたあの3人の所為だ。アレスが気に病むことではない。
「いや、でもよ・・・」
だがアレスはこれまで溜め続けた思いをウィルに吐き出すように話し出す。
「お前が怪我した時・・・俺、何も出来なかったんだ。
あの時、直ぐにラルが村に助けを呼びに行こうと言ったんで俺はその後について行ったんだけど・・・結局、村に戻った後も俺は何も出来ずにただ突っ立っていただけだったんだ。
それからお前が村に運び込まれた後も何も出来ないで・・・もしかしたらお前がこのまま目を覚まさないんじゃないかってずっと不安だった・・・・・
それでやっと目を覚ましたと思ったら、お前の目が見えなくなっていたと聞いて頭が真っ白になった。
俺、俺の所為で・・・取り返しのつかない事に、なってしまったって・・・・・」
アレスは涙交じりにそう告白する。
「だから・・・だから俺は、お前に会うのが怖くて・・・ずっと、ずっと逃げていたんだよぉ」
ウィルは内心で溜息を吐いた。まさかアレスがそこまで思い悩んでいたなんて思わなかったのだ。
「はぁ・・・もう1度言うけどアレスの所為じゃないよ。これはあの3人の所為であり、そして僕がアイツ等への警戒を怠ってしまった結果だよ」
「・・・・・」
ウィルは本当にそう思っているのだがアルスは黙ったまま何も答えない。
「ふう・・・じゃあ、そんなに責任を感じているなら1つ頼み事をしようかな」
そんなアレスの様子を見て、仕方なくウィルは1つの提案をしてみた。
「何だ? 俺に出来ることなら何でもするぞっ!」
アレスはそれに飛付くような反応をみせて提案の内容を聞いてくる。そんなアレスの様子にウィルは苦笑しながらも、その頼み事の内容を教える。
「アレスに僕のリハビリを手伝ってもらいたいんだ」
アレスはその内容を聞いた後、予想外の一言を放つ。
「・・・リハビリってなんだ?」
ウィルはその発言にガックリきたが、気を取り直してアレスに説明をした。
「それは別に構わないが・・・それだけなのか? 他に何かすることはないのか?」
アレスは不満そうだが、今アレスに頼みたいことは他にない。そしてこれを頼めるのもアレスしかいないのだ。
「うん、今の所はそれで十分だよ」
ウィルはそう言うがアレスはまだ不満そうだったが、暫くの話し合いの末に「分かった。お前がそれでいいなら」とアレスを言いくるめる、もとい説得に成功した。
「じゃあ、それは何時からやるんだ?」
ウィルはアレスがリハビリの日程を聞いてきたことに驚く。
アレスは細かいことを考えるのは苦手な性格だ。以前森に行った時、ウィルに集合時間を言い忘れる様な前科もある。
だからそのアレスがそこに気付くなんてウィルにとって驚愕の事態であった。
「・・・別に時間が空いた時だけでいいよ。そんなに頻繁にやる必要もないしね」
ウィルは驚きを押し隠して何とか答える。
「でもそれじゃあ・・・」
やっぱりアレスはそれに不満を漏らす。
「アレスだって日中は何時も暇じゃないでしょ。僕とは違って」
今は何も出来ないウィルと違って、アレスにも家の仕事の手伝いはあるだろう。何時もウィルに付き合う訳にはいかない筈だ。
「時間がある時だけでいいんだ。家の仕事を疎かにするのはダメだよ」
こう言ってまたアレスを説得する。まぁ、最終的にそれが守れないなら自分の手伝いは要らないと脅して認めさせたのだが・・・
それからアレスは暇が出来ればウィルのリハビリに付き合うことになった。
アレスのフォローのおかげでウィルは村の中を歩き回っても迷子の心配はなくなり、ウィルは慣れない場所を歩く訓練も行えたのだった。
そしてそれから2週間ほど経った頃には、ウィルは自分の生家周辺ならばアレスのフォローが無くても何とか1人で歩き回れる様にまでなれたのだった。
この話に出てるリハビリの内容については完全に作者の都合です。
実際のリハビリについて調べた訳ではありません。
ご了承ください。