テリアの魔法講座 前編
タイトル詐欺の件について。
言い訳は後書きで・・・
「では、授業を始めます」
甲高い、幼い少女の声が部屋に響き渡る。
その少女の年齢を考えれば、それは微笑ましいお遊戯の一幕である。
教師役である少女、テリアは少し照れ気味の様だが、それでも真面目っぽく授業開始を宣言した。
それに対して、生徒役は1人の少年。
「宜しくお願いします。テリア先生」
だが、その少年からは少女と違って浮ついた様子などは一切感じず、大真面目に挨拶を返していた。
実際にその少年、ウィルにとってこれから行われるテリアの授業は、決してお遊びではないのだ。真剣にテリアからある事を習うつもりでいた。
何故こんなことをしているのか、その理由は今朝にあった会話が原因だった―――――
俺が目覚めてから早3週間。身体の状態は順調に回復へ向かっているが、まだベットから起き上がることは出来ない。
その間、俺は考え続けていた。
自身の失明という事態に対してこれからどうするのか、何をすべきなのかをずっと考え続けていた。
だが答えは出ない。いいアイデアが浮かばない。何をしたらいいのか分からない。いや、そもそも俺は何をしたいんだっけ・・・
・・・・・ダメだ、考えすぎて思考が空回りしている気がする。もう1度、最初から整理してみることにしよう。
まず、俺はこれから先の生活を何も見えない状態で送らなければならない。
目が見えないとなると、自然と行動範囲が狭まってしまう事が予想できる。
慣れれば自分の暮らしているこの小さな村の中ならば、それなりに動き回ることも可能になるかもしれないが、村の外に出るのはまず不可能だ。
理由は『危険』―――――ただそれだけだ。
この世界には危険な外敵が数多く存在する。
その最たる物は勿論魔獣だろう。村でも年に何人か被害が出ている。
だからこの前、森の奥に入ったことがどれほど危険な行為だったか今の俺には本当の意味で理解出来る。
幼い7歳児の精神であった以前の『僕』が危険と思っていながらも着いて行ったことが、如何に愚かな行為であったかを。
そう、分かったつもりだっただけだ。
本来ならば魔獣に遭遇して全員喰われていたことだろう。あの時、子供たちが魔獣に遭遇しなかったのは運がよかった、いや奇跡だっただけなのだ。
まぁ、最後に俺が崖から落ちて大怪我を負ったことが、それまでの奇跡の代償だったのかとでも思えてしまう程の奇跡だったのだ。
後余談ではあるが、俺を救助する為に村から来た大人たちが途中で魔獣と遭遇したらしい。しかもその時に1人が怪我を負ったそうな。幸い、もうすでに完治して仕事に励んでいるそうだが・・・先日、医師の老婆から聞いた話であった。
そして他に魔獣以外の危険を上げるのならば人間の賊の存在だろう。
まぁ幸いというべきか、この辺りは辺境のド田舎なので実入りも少ない為か滅多に姿は見られないが、確かにそれは存在している。
もし襲われるような事があったら俺のような『弱者』は抵抗は勿論、逃げることすら儘ならないだろう。
つまり今の俺にはとてもじゃないが外を歩くことなんて怖くて出来ないということだ。なまじ前世の知識がある為、余計にそう思ってしまった。
前世の世界では、ほとんどの道は石で平らに舗装されていて鉄の柵なども立てられ、歩いていても危険がない様に出来ている。
更に大抵の場所には足元には俺の様な目の見えない者達の為に『てんじぶろっく』なる工夫がなされていた。凹凸を地面に意図的に付けて足の触覚から道の方向を示す物・・・だったと思う。以前の俺はそれの有用性など微塵も理解していなかったが・・・
それと驚いたことにその世界には魔獣の様な危険な存在はいなかったことだ。危険性のある生き物は皆無ではないが、少なくとも俺が暮らしていた場所には危険な生き物と遭遇することはまずなかった。おまけに賊の存在もあまり心配いらなかった。そこでは法により厳しく取り締まられていたので一般人には早々遭遇する機会もないのだ。
その世界は今の俺からすれば正に楽園とでも言える場所だった。目が見えずとも安心して出歩ける世界。外敵に怯えずに済む世界。そこは安全で平穏な世界であった。
・・・・・行くことが出来ない世界に夢想しても仕方ないので話を戻そう。
つまり俺は『危険』が理由な為、外には出れない。
ならばどうする?
村の中で出来ることは何か。
農作業を初めとした肉体労働は恐らく無理。慣れれば俺にも可能かもしれないが、そうなる為にはまず学ばなければならない。だがそれを俺に態々教えてくれる奇特な人物はこの村にはいないだろう。この辺境の村では誰もが自分の生活で精一杯なのだ。俺なんかに構っている暇はないだろう。実の両親でさえ恐らくそうであろう。
ならば家の中でもできることといえば・・・・・内職か。
しかし当然、俺はその技術はない。どんな物が作られているのかも知らない。いや、それ以前にそもそも村でそんなことをしている人がいるのなんて聞いたことがなかった。
そして、少し考えてその理由に思い当った。
実はこの村は1年中、畑で何かしらの作物を育てている。俺の前世知識では冬場は農作業はお休みというイメージがあった為にすぐには気付くことが出来なかった。
この国にも一応四季が存在するのだが、この辺りの地域では、冬場でもあまり気温が下がることがないのだ。その為、冬には比較的低温の中でも育つ作物を作っている。つまり畑仕事が出来なくなる時期というのも存在しない。だから内職なんてする必要がない。ずっと畑弄りをしているのだから。
このことに関して俺は連作による弊害とかはないのか、と脳裏に過ったが今はそれは置いておこう。
つまり、ここケルト村の殆どの住人は農作業のみで生活の糧を得ているが故に、それしか出来ない人々の集まりとなり、他の生き方など知らない人間であったのだ。
結局、そこまで整理した結果で分かったこと。
外に出られない、できそうな仕事が分からない、ここの村人は当てにならない、である。
ダメだ、もう八方ふさがりである。
自分1人でいくら考えていても限界なのは分かった。だが誰かに相談するにしても、頼りになりそうな人物は居ない。1人くらい誰か居ないだろうか? 殆どが農民であるこの村の中に頼りになりそうな―――――
そうやって俺が頭を抱えながら悩んで唸っていたところにテリアがやってきた。
「えっ、ちょっとどうしたの? どこか傷が痛むの?」
と、何か心配されてしまった挙句、それを更にテリアが勘違いして慌てだす始末。
俺は落ち着かせる為に事情を説明したのだったが、テリアが落ち着くまでにはそれから暫くの時間を要したのだった。
「ふぅん・・・そんなこと考えていたんだ」
先程の慌てふためいた様子など一切見せずに、テリアは俺の悩みに対してアッサリとした感想を述べる。
「ふぅんって、僕にしてみたら重要な問題なんだよ」
因みに、普段の俺の口調は以前の7歳児の『僕』と同じにしている。いきなり口調が変わっていたら誰もが不審に思うだろうし、中身が『俺』に変化したことは気付かれない方がいいと思ったからだ。
「心配しなくても大丈夫。お姉ちゃんが何とかしてあげるわ。最悪でも私が養ってあげるからね」
何とも頼もしい言葉である。とても9歳児とは思えない。この際、テリアのヒモになるのもいいかもしれないとすら思ってしまう。
・・・出来るだけそうならない様に頑張らなければな、本当に。
それから朝食が済み、そしてテリアが出かける前に何気なく放った一言。
それが俺の停滞していた思考を一変させた。
「私、これからジューンさんのところで魔法の勉強があるから、ちゃんと大人しくしているのよ」
その一部の単語に俺は激しく反応する。
「ま、魔法だとっ!?」
『魔法』
それはファンタジーには定番の要素である・・・らしい。
そして誰もが1度は使ってみたいと思うモノであるそうだ。前世知識からの情報である。
前世では、概念はあったが現実には無かった『魔法』。
だが今の世界では当たり前のように存在する『魔法』。
そんな当たり前の事実を俺は失明によるショックと今後の身の振り方について悩んでいた為、完全に頭から抜け落ちていた。
ずっと悩み続けていて、どうにもならないと沈んでいた気分が一気に上昇する。
「ど、どうしたのよ、いったい?」
驚きのあまり素の反応してしまった俺を見てテリアが驚く。
だが今の俺にそんなことを気にしている余裕はない。
先程まであった先行きの不安は放り出して、今の俺の脳内には魔法に関する好奇心で満たされていた。
まぁ、自身の現状を悲観していたことの反動による一種の現実逃避かもしれないが・・・
俺はすっかり忘れていたが、テリアは週に何度か魔法を習いに行っている。それを教えている人物というのがジューンという名の村人。
因みにこのジューンさん、実はこの村唯一の医師であるあの老婆であったりする。
「やっぱり何か変よ、ウィル。頭ぶつけた所為でどこかおかしくなっちゃたの?」
何気に酷いことを言ってくれた我が姉だが、しかしその内容はあながち間違ってはいない。それに今の俺の様子は間違いなく変だった。
「ご、ごめん。丁度、魔法について考え事してて・・・」
俺はどう考えても苦しいと思う言い訳をする。テリアはそれを聞いて恐らく半眼になっているだろう。
「ふーん。ならいいけど・・・」
だがテリアはとりあえず納得してくれたようだ。しかし今みたいにボロを出すと、また誰かが俺に不信を抱くだろう。しっかりと自制しなければ危ないな。
「でもどうしたのよ? 前まで魔法にはあまり興味がなかったじゃない」
納得してくれたと思って安心して油断した所に、テリアは鋭い指摘を放ってくる。
「う、うん。ほら、今僕動けないじゃない? じっとしているのも飽きてきたし、何かしたかったんだよね」
俺は多少動揺しながらも、それっぽい理由を出してみた。
「それで魔法?」
「うん。暇だし学んでみようかなと思って・・・」
よし、これなら無理のない答えだ。それに実際に学んでみたいのというのも本心である。
しかし―――
「でもウィルはまだ自分の魔力を感じることが出来てないじゃない」
そこへテリアは俺に根本的な問題を突き付けてくる。
「資質がないと普通は10歳くらいまで魔力を感じられないってことはウィルも知っているでしょ」
ここで俺は『魔法』と『魔力』について知っていることを思い返してみた。
『魔法』とは、己の魔力を消費して引き起こす現象である。
こちらは分かる。前世にも概念だけはあったし理解はできる。
だが問題は次だ。
『魔力』とは、大気中にある『マナ』を吸収して己の生命力と掛け合わせることで発生する特殊な力である、らしい。
このことは一般常識のようで7歳児の『僕』でも知っていた。言葉だけは。
だが、それの意味することは俺にはイマイチよく分からない。まず『マナ』という存在が不明瞭だ。更にそれを『生命力と掛け合わせる』とか、どうやって行うか見当も付かない。
それ以前にまず魔法を使えるようになる為の第一歩は、『自分の魔力を認識すること』である。それが出来なくてはどうにもならないらしい。
この世界の人間は大抵の場合、10歳前後になると自分の魔力を認識できる様になるそうだ。
だが稀に7,8歳位の頃から魔力を認識できる子供が現れることがある。
すべてでは無いが、その様な子供には魔法を使う強い資質があるらしい。上手く成長すれば国の中枢で働けるようになる程に。
因みにテリアは1年くらい前、8歳の頃に魔力を認識することが出来るようになっていた。将来有望ですね、はい。
対して俺はまだ自分の魔力を認識できていない。まだ7歳なので仕方ないのかもしれないが・・・
「で、でも先に覚えておいても問題はないでしょ」
俺はしつこくも食い下がる。今の俺には魔法への興味で頭がいっぱいなのだ。後3年なんて待っていられない。
そんな俺の様子を見て、テリアは溜息を吐きながらも「それもそうよね」と言って納得してくれた。
「まぁ、確かに先に覚えておいても損はないし、このまま暇を持て余してるのもね・・・あ、でもジューンさんの所へ通うのはまだ無理じゃない」
「ぐふっ」
それを聞いて俺はガックリと落ち込む。なんか少し前から、テンションを上げてから落とすを繰り返している気がする。主にテリアが原因で・・・
「ふふ、仕方ないわね。だったら帰ってきたら私が教えてあげるわ!」
「っっ! 本当?」
それを聞いて俺は目を輝かせる様に(俺の目は閉じたままなので、あくまで様に)してテリアに確認をする。
「ええ、でも1つ条件があるわ」
「はい。了解しました」
俺は条件も聞かず肯定する。魔法を教われるなら、何だって聞いてやるさ。
「では、教えている時は私の事はテリア先生と呼びなさい!」
テリアは少し気取ってそんな要求をしてきたので、俺はそれに苦笑しながらもこう答えておいた。
「はーい。テリア先生」
この会話の後にテリアは出かけて行ったのだが、お蔭でその日の俺は、ずっと落ち着かない気分で過ごすことになった。
そうしている内に日が沈み、夕餉が済んでしばらく経った頃にテリアがやってきた。
「おまたせ!」
そう言ってテリアが部屋に入ってきた。心なしか声が弾んでいる気がする。どうやらテリアも随分と乗り気みたいだ。
「待ってました!」
対する俺も今朝からの興奮はまだ冷めていない。このままじゃ眠れそうもない程に高揚している。
テリアはそんな俺の様子を見て笑っていたが、1回大きく息を吐いて気分を落ち着けてから、開始となる一言を発する。
「では、授業を始めます」
外はもう暗闇に包まれ、遠くからは虫の合唱が聞こえてくる。もう暫くすれば皆、明日に備えて寝入る時間帯となる。
そんな夜も更けてきた時分に、テリアによる魔法講座が始まった。
タイトル詐欺の件について。
では言い訳です。
書いている内に文量が多くなりすぎてしまったので2つに分けました。
だがその所為でメインの話までとどかず。
だったらこの話のタイトル変えろよ!と思われる方、すみません。
作者はめんどくさがりなもので、もう①、②でいいじゃねとか思った次第です。
後、次話の文量が短くなる可能性もあるので、もしかしたらこの話と合体するかも知れません。
そうならない様にガンバリマス。
くっ、これが見切り発車による弊害かっ!