Extra 七夕
七夕ということで。
ちなみに時系列としては前章が終わったあとすぐぐらいになります。
「梅雨明けであるな!」
「らしいですね!」
片や中二病、片や外国人という異色のコンビであるクロウとブリュンヒルデさんが突然、コントのように語りだす。
(――というか、ブリュンヒルデさん、今シーズン中じゃないのかな……?)
そんな事を思いながら、私は読みかけの本を開いたまま、視線を二人へと向けた。
「まぁ私は生粋のイギリス人ですから、梅雨なんて一度も体験したことありませんけど」
「ふむ、イギリスには梅雨がないのであるか……」
「そうですね、蒸し暑いとかそんな経験はないです。今が一番過ごしやすい季節ですよ? イギリスの夏は短いので、八月半ばぐらいでもう寒くなっちゃいますから」
「もったいない話であるなぁ……」
「そうです、ゲームをやっているのがもったいないくらいです!」
――じゃぁ外に出てお日様に当たってきたらどうだい? という突っ込みは無粋なんだろうね。
私は空気と一体化するように、再び本を読み始めた。
「ところで梅雨ってそんなに酷いんですか?」
「そうだな。梅雨はひどいぞ? 毎日ほぼずっと雨だ、地方では洪水が起こることも稀にある。基本じめじめとしていてな、蒸し暑い。もはや天然のミストサウナであるな!」
「サウナですか、いいですね~。今度一緒に……」
「――で、あるからして! この残ったじめじめ感を吹き飛ばすよう、軍師には一つ何か気持ちのいい話をしてもらいたいものである!」
クロウってヘタレだなぁ、なんて思わなくもない。
「っていうか私に振らないでくれよ」
せっかく空気と一体化しようと努力していたのに……。
「つーかテメェら表の看板が見えないのか?」
――で、結局このセリフを聞くわけだね。
でも、ああ、ようやくこのセリフが飛んできたよ、待ってました。と言いたい気持ちもあるのも確かだ。
さぁ、いつものように切り返そう。
「Close」
「で、あるな!」
「意味は閉じている、閉まっている。転じて、閉店中と言う意味で使われているね?」
「三人揃って言ってんじゃねぇえええええ!」
今日もランディの怒声を聞いて、いつもの雰囲気だなぁ、なんて感想を抱く。
「しかも一人めっちゃ発音いいし……」
「母国語ですから」
「イギリス人だもんね」
「納得いかねぇ!」
「――ここまでがテンプレである! 分かったかな少年少女よ!」
「オレには高度すぎてわかんねぇよ……」
「とりあえず、ショールギャグってやつだな!」
「シュール、だよ。ショールギャグにしたら衣類系ギャグになっちゃうじゃないか」
「そこっ! うちのガキどもにおかしなこと教えんな! つーかおかしなコントを始めるな!」
うちの、と来たか。
単なる居候からずいぶんとランクアップしたっていうか……やっぱりランディってロリコンなんじゃないのかなぁ?
私のときは泊めてくれるとか、そういうことちっとも言ってくれなかったし。
――今度問い詰めてみようかな?
「で、今日はずいぶんと朋友が無視したがためにやや強引な流れとなってしまったが」
「半分諦めてんだよ……! コレ言うとテメェら絶対つけあがるから必死こいて我慢してたんだよ……! なんでギルドの過半数がボケなんだよ……!」
「ワイって~、関西系やし~?」
「モノホンの関西人がエセ関西語使うな違和感バリバリで逆に気持ち悪いわっ!」
うん、確かに気持ち悪かったかな。演技の方なんか特にオカマっぽいし。
「――さ、軍師よ。場を温めておいた、存分に腕を振るうがよい」
「いい笑顔でこっちに振らないで欲しいねっ!?」
「ふむ……温め具合が足りないと?」
「つーかさ、ぬるい、って感じだよな。身内の雑談って」
「なるほど、つまり場を沸かせればいいんですね! なら新参者の私に任せてください! ジョークは結構得意なんですよ!」
「ブリュン、イギリスのジョークはブラックすぎて笑えないぞ……?」
「Oh……」
クロウのセリフに、ブリュンヒルデさんはまるでアメリカンホームドラマのガヤSEみたいな声で嘆いた。
――なんだろうね、この茶番。
「ねーちゃん、ねーちゃん」
「……なんだい? キリヤちゃん」
「はやくやんねーと、これずっと続くぜ? きっと」
「Hahahahaha!」
ブリュンヒルデさん、それ気に入ったのかな? それともそれが持ちネタなのかな?
「はぁ……じゃぁ、もう過ぎちゃったけれど、七夕について語ろう」
そしてブリュンヒルデさんが拍手する。まるでアメリカンホームドラマのように。
――どうやらそれが彼女の持ちネタらしい。
「じゃぁランディ、朝食をお願いしていいかな?」
「――茹でたジャガイモと焼いたベーコンでよかったか?」
ランディ……それ、産業革命後のイギリスの……本当に頭に来てるっぽいなぁ。
ブリュンヒルデさんがいるからこその皮肉なんだろうね。
「あ、私はベーコンと目玉焼きにソーセージ、マッシュルームのソテー、焼きトマト。あるといいんですがブラックプディングに、ベイクドビーンズ。絶対欲しいのは苺のジャムとトーストに紅茶、葉はアッサムでお願いします」
でも彼女にそんな皮肉は通じない。というか、皮肉屋な国民性があるイギリス人にはなんの痛痒もないだろうね。その程度なら。
「多いわっ!」
「え、普通ですよ?」
イギリス人の朝食は実に豪華で、朝からしっかりとたくさん食べる。
――ちなみにイギリス料理は不味いという評価の中、意外にも朝食の評価は高くて「おいしいものを食べようと思えば朝食を三回食べよ」なんて言われているくらいだったりする。
「つーか材料がないモノが多すぎるっ!」
「えー……じゃぁキドニーパイとフィッシュ&チップスとキドニーパイでいいです」
「イギリスの美味しいもの、のジョークだね」
ジョークというより、自国の料理を皮肉った言葉だけど。
「Hahahaha! ……場、さらにあっためておきました!」
「余計なお世話だよっ!」
というかむしろ温度が下がっているよ!?
「Hahahahaha!」
最近よく思う……私はどこか遠く、私の事を知らない土地へ行ったほうがいいのかもしれない……。
[to be next scene...]
「そういえば私、日本の七夕ってよく知らないんですよ」
甘いもの大好きと公言していたクロウの、苺ジャムをたっぷり乗せたトーストにも負けないくらいに、ちぎったパンに苺ジャムをたっぷりと乗せたブリュンヒルデさんが言い放つ。
――お似合いですね、なんて言ってやろうかな?
「まぁ七夕をやっているのは、日本以外だと中国、台湾、韓国、ベトナムあたりだものね」
「そうなのか?」
「外国にもアレがあるんじゃなかったっけ? ほら、ミルキーウェイってやつ」
「あれは神話が違うからねぇ……」
「Milky Wayはギリシャ神話の主神ゼウスが、自分とアルクメネの子英雄ヘラクレスを不死身にするために女神ヘラの母乳を飲ませようとしたところから始まりますね。女神ヘラは嫉妬深いので、自分の子じゃない英雄ヘラクレスには絶対飲ませなかったんです。でも主神ゼウスは諦めず考えまして、女神ヘラに睡眠薬を一服盛って、眠っている間に飲ませたんですよ。飲んでいる間に目が覚めて、驚いて払いのけたとき、母乳がこぼれてMilky Wayとなりました」
ブリュンヒルデさんはそこまで説明すると、パリッと茹で上げられたソーセージを、パキュと小気味いい音を立てながらかぶりついた。
「まぁ主神ゼウスはとても女癖が悪くて、人間だろうと構わずそこかしこに子供作ってましたし、女神ヘラの嫉妬は当然のものだと思いますけどね」
「浮気しまくってたのかよ! 最低だなゼウス!」
「それでも子供は結構立派ですね。英雄ペルセウス、英雄ヘラクレス、双子の英雄カストールとポリュデウケス。戦の神アレス、炎と鍛冶の神ヘパイトス、酒の神ディオニューソス……あ、バッカスと言ったほうが通じます?」
「あ、聞いたことあるのもチラホラある!」
「オヤジがダメでも子供は育つんだなー……オレのオヤジは大丈夫だと思うけど」
……このまま行けばブリュンヒルデさんのギリシャ神話講座になりそうだ。
よし、ならば私はもう一度空気になろう。
「まぁ擁護しますと主神ゼウスは弱者の守護神、正義と慈悲の神、悪者を罰する神。全知全能、社会秩序の神、全宇宙を燃やし尽くすほどの力を持つ強大な神なんですよね。本来なら。でも同時に、次々と女性に手をだしては子孫を増やし、不貞を妻に知られまいとあらゆる手段を講じる神としても描かれているところがちょっと面白くもあるんです」
――吹いてきている、確実に。私のところへ、空気になれという風が吹いてきている!
「じゃぁなんでこんなことになってしまったんだ、となるとですね、当時のギリシャで男らしいって評価されたのが主神ゼウスのような性格だからなんですよ。逆に、今では誠実だと言われている冥王ハデスのような性格はヘタレで根暗って見なされていました。あと主神だから多少の身勝手は許されるって空気もあって、現に主神ゼウスの悪事を弾劾したアラクネはアテナの罰を受けちゃいましたし」
「「へー……」」
分かる……今、私は完全に空気と一体化している……ああ、そうか……これが宇ちゅ……!
「まぁこれで私の話は終了です。Give and take、教えてもらうばかりじゃダメですもんね。レンさん」
「――なんで空気にさせてくれないんだっ!」
もう少しで宇宙との合一という悟りの境地に達しそうだったの……あれ? 目的がまったく別なモノにすり替わっている?
おかしなテンションだったから、変な空気にでも当てられたのかもしれない。今度から気をつけないと……。
「……とりあえず、七夕だったね? たなばた、もしくはしちせきとも呼ばれている。節供、節日の一つ。旧暦の七月七日の夜のことなんだけど、日本では明治改暦以降、お盆が七月か八月に分かれるように、七月七日または月遅れの八月七日に分かれて七夕祭りが行われる。五節句の一つにも数えられるものだね」
「せっく、ってなんです?」
「季節の変わり目、という程度に考えていいんじゃないかな? 説明が面倒だし」
「まぁ、確かに我らもそれ以上の意味を追求はせんしな……」
食事の終わったクロウは、さすが甘党、紅茶の味がまったく感じられなくなるんじゃないかとも思えるほどの苺ジャムを投入してゆっくりと口に含んで味わい始める。
――せっかくの紅茶、もったいないなぁ……それをやっているのがクロウだからという理由だけで怒らない英国人も大概だけどさ……ま、私はコーヒー派だから別に気にならないけど。
「時期はどっちが正しいか、なんてのは結局新暦と旧暦の違いだからね、どっちも正しい。今でも新暦にお祭りをやるところもあれば、旧暦にお祭りをやるところもある。大阪は新暦に七夕祭りをやっていたハズだ。逆に宮城では八月、月遅れに七夕祭りをやる」
実はまったく関係のない時期に愛知が七夕祭りを行っていたりもする。
「東のほうが八月にやるのであるか……」
「そうだね。たぶんアスールも七夕祭りは八月だと思っているんじゃないのかな?」
ただし、七夕自体は全国はほぼ七月で統一されている。これは七月七日というのが有名だから、という理由だろうね。
「で、七夕といえば短冊に願いを込めて、だね」
「あー、やったやった!」
「織姫と彦星が願いを叶えるんだっけ?」
「願いが叶うんですか?」
「そう言われているね。まぁ、この風習は夏越の大祓に設置される茅の輪の両脇の笹竹に因んで江戸時代から始まったもので、日本以外では見られない」
「なごしのおおはらえってなんだ?」
「六月と十二月に行われる神事だね。いわゆる除災行事だ。夏に行われるから、夏越。十二月は年越だ」
「Happy New Year! な行事と言うわけですか?」
「正確には新年を迎えるにあたって、次の一年も健康で災害もなく平和でいられますように、という風な行事で……ああ、罪を払う、というのもあるね」
「そんな簡単に洗礼なんてしちゃっていいんですか……?」
「日本人の感覚だとこんな感じだよ?」
日本人はご利益があればとりあえず祈っておけ、的な民族性があるからね。だからあんまり宗教戦争とかが起こらなかったんだ。
――キリスト教弾圧は、国が宗教によって乗っ取られるのを恐れてのことだったらしいしね。その上キリスト教徒を隠れ蓑に日本人を奴隷売買していたから、という話もある……自国の民が奴隷として攫われているのを目撃したら、確かに、国を挙げて怒るに決まってるよねぇ。今でも拉致被害で騒いでいるんだから。
そして隠れキリシタンが新しいキリスト教を作るんだから、ほかの国から見た日本は宗教の魔窟だろうなぁ……。
ま、それはともかく。
「ちなみに短冊はいろんなところから影響を受けていて、一つは技芸の上達を祈る祭りとかだね。だから、短冊に願い事を書く、というのは本来、どういう技芸が上達するかを願うために書いたのではないか、と私は考えている」
「どっから願い事に変わったんだ?」
「知らないよ?」
「嘘だっ!」
「私が何でも知っていると思ったら大間違いだよっ!」
みんなは一体、私をなんだと思っているんだ……。
「あとは、地域によっては雨乞いや虫送りの行事と融合したものが見られるね。ほか、北海道では七夕の日に『ローソクもらい』もしくは『ローソク出せ』という子供たちの行事が行われたり、仙台などでは七夕の日にそうめんを食べる習慣がある。この理由については、中国の故事に由来する説のほか、麺を糸に見立て、織姫のように機織や裁縫が上手くなることを願うという説がある」
「で、結局願い事って」
「知らないよ、そんなの自分で叶えたまえ」
「――百億円稼げって無理ゲーじゃねーか!」
「国際的な大企業の社長になれば、生涯賃金的に言って、確実に稼げるじゃないか」
「ねーちゃんはいっつもああいえばこういう!」
というか、ヘルフリートくんは実に即物的な願い事をしたんだなぁ。
しかも百億円って数字が実に子供っぽい。いっそ那由他とでも書けばいいのに。
「あとはブリュンヒルデさんは織姫と彦星は名前ぐらいしかしらないだろうから説明する程度で終わろうか」
「あ、助かります」
「まず、琴座の一等星ベガ。これは中国や日本の七夕伝説では織姫星として知られている。これが織姫だね。で、わし座のアルタイルが彦星。夏彦星とも呼ばれているけれども、これが彦星だ」
「夏の大三角のうちの二つであるな!」
「さっきの説明の後だと三角関係になりそうだからやめてくれ」
でも七夕伝説は様々な民話を生み出していて、天女の羽衣伝説みたいに天に帰った織姫を彦星が追いかけるストーリーがある。
その場合、織姫ははくちょう座……夏の大三角のデネブが含まれる星座になっていたりする。
「大まかなストーリーはまぁ、ブリュンヒルデさん以外は知っているだろうけど。大まかに言えば天帝の娘織姫は機織の上手な働き者の娘で、彦星――夏彦もまた牛を引く働き者の青年だった」
「なんで牛引いてんの?」
「牛を飼っていた、と言われているだけなんだ。酪農もしくは畜産を生業にしていた可能性も否めないけれども、歴史的に牛は酪農に使われるより農作業時の耕運機代わりに使われていたこともあるから、農家だった可能性もあるね」
「田舎かよっ!」
「田舎だったんだよ、きっと」
織姫と夏彦の時代背景もよく分からないから、とにかく「牛を飼っていた働き者」だけでは判断がつかない。
「で、両方働き者で天帝も結婚を認めた。でも結婚生活が楽しすぎて織姫は機織を辞め夏彦は牛を追うのを辞め……あ、これだと酪農家かもしれないね……天帝の怒りを買ったわけだ」
「つーまーりー……仕事サボっていちゃついてたって訳だな!」
「何度聞いてもひでぇ話だぜ」
「でも仕事を忘れてイチャイチャしたいというのは分かる気がしますね。ずっと二人きりで……イチャイチャと……ラブラブで……!」
――ブリュンヒルデさん、その考えはとても危険だ。
隣でうっすらと笑うブリュンヒルデさんを見たクロウは、軽く悪寒を感じたのか、ぶるりと身震いをした。
「ともあれ! その後どうなったのであろうかなぁ!?」
「ああ、二人を引き離して天の川で隔てたんだ。でも年に一度、七月七日に会うことを許したんだよ。天帝が」
「――そんな酷い!」
「いや、仕事しねーほうが悪いし酷ぇと思うぜ、オレ」
「そして天の川にどこからかやってくきたカササギが橋を掛けてくれ、会うことができる。星同士の逢引きだから、七夕には星あいという別名があるんだ」
「ロマンチックですけど、天帝が許せませんね」
「いや、だから仕事しねーほうが悪いし酷ぇって」
「そもそも織姫の織る反物は神様の衣服に使われているとされているからね。しかも物語の一つでは神様達が天帝に『織姫が機織りをしないので、皆の着物が古くてボロボロです。早く新しい着物を作って下さい』と『夏彦が世話をしないので、牛たちが病気になってしまいます』って文句を言ってきている」
なぜ本人たちに文句が来ないかと言うと、天帝は道教の最高神、いわゆる「神様の管理職」だからだ。つまり織姫と夏彦は管轄違いで完全な縦割り社会だから、文句が飛んでこないと言うわけだね。
ちなみに、七夕伝説の天帝には織姫しか娘がいない。つまり夏彦を後継者にしようと思ったんだろうね……それなのに結婚したとたんに怠けだしたんだから、当然怒るよねぇ。
「――どうして自分たちで仕事しないんですかねぇ、神様って」
でもそんな事関係ないブリュンヒルデさんは、にっこり笑ってサラッとすごいことを言う。
「……そういう物語だから、としか答えられないよ」
だいたい、仕事をしないというか放蕩すぎるという意味ではさっきブリュンヒルデさんが語ってくれたギリシャ神話の主神たちのほうが大概だと思うんだよね。
「まぁ、この物語から読み解くと……織姫と夏彦は会社の中でもかなり重役についていたと例えられる。上が仕事しないと部下が困るのは神様も人間も同じなのさ」
「重役と言うより、寡占市場状態の会社社長と言うべきであろうな」
「だろうね」
じゃぁどうして新しく事業参入しないんでしょうかね? なんていう反論は、意外にも来なかった。
――クロウの言うことならいいのか、ブリュンヒルデさん。
「まぁ、そうやってお互いに年に一度合えるんだけど……ただ、その日に雨が振ると天の川の水かさが増して、織姫たちは渡る事が出来ない。これは織姫と夏彦が流した涙だと言われ、催涙雨と呼ばれているよ」
「そういや七夕って雨けっこう振るよなー」
ヘルフリートくんめ、余計な事を!
「天帝の悪意が見え隠れしますねぇ……?」
統計では、旧暦七月七日が晴れる確率は東京で約五三パーセント、晴れる確率が特別に高いというわけじゃない。でも新暦七月七日は、晴れる確率は約二六パーセント。したがって、天の川が見える確率は、旧暦の七夕の方がかなり高いといえる。
――この情報、隠したかった!
「まぁでも天体だから二人は雨雲の上にいるわけで、地上の雨ごときで天の川が増水するなんてありえないから、最近では雲に隠れてイチャイチャしているといわれている」
という「御伽噺」もある、ってだけだけどね!
「それを踏まえて、統計的な降水率を鑑みるに……」
「大半イチャコラしてるってわけかよ! まったく成長してねーなその二人!」
「一年も会えないんだから多目に見るんだ!」
じゃないと、ちょっとした宗教戦争が勃発しそうな予感すらするもの!
ブリュンヒルデさんってキリスト教徒っぽいし!
「では、雨雲は天帝が気を利かせているということですね? ……よかった、悲恋なんてなかったんですね!」
「いやいや、引き裂かれた時点で悲恋じゃ――」
「――そうだね! 悲恋なんてなかったんだ!」
「いや、悲恋じゃ」
「ヘルフリート! 悲恋はなかった! そうだな!? じゃねーとオレがぶっ飛ばすから!!」
「お、おう……」
なかなか強引だけれども、まぁ、余計な事を口走ろうとするヘルフリートくんが黙ってくれて助かった。
――ナイスアシストだよ、キリヤちゃん!
「まぁ、七夕の話が気になったのならいい本を紹介してあげよう。いろいろ派生があるからね」
あとはこうやって情報規制で彼女に余計な知識を付けさせないようにすれば完璧だろう……ふぅ、一時はどうなることかと思った。
「で、話が終わったならさっさと酒場でも行けよテメェら」
そして、織姫と夏彦みたいになりたくはないだろ、とでも言わんばかりにランディが私達を睨みつけてきた。
でもそんなことをいちいち気にする私達じゃないし、それに今回は心強い用心棒がいる。
そう、イギリス人のブリュンヒルデさんだ!
「ああ、すみません。私まだ朝食中です」
「お前はいつまで食ってんだよ!?」
イギリス人は豪華な朝食を、ゆっくりと味わって食べると言うからね。あとは彼女に便乗して、ゆっくりと食事をとるフリをしながら本を読めばいい――素晴らしい作戦だねっ!
「……あ、お皿おさげしまーす」
「あ、ちょ、待ってくれランディ!?」
「じゃ、酒場いってこい」
「酷いよランディ!」
――素晴らしい作戦だったね! ランディに通じないというところを除けば!!
[to be OMAKE scene...]
「――そういえばレン」
「ん、なんだい?」
「お前七月のほとんど頭から夏休みやってるっぽいけど、なんでだ?」
「ああ……私の学力で受かった高校が、大学付属の高校だからさ。いわゆるエスカレーター式、というやつでね。大学受験がないから、長くなりやすいんだ」
「……受験生になるとか言ってなかったか? ホラ、俺がサブマスに推した時に……」
「ああ……あれはね、ふふっ、可能性の考慮のことを言ったまでだよ?」
私はわざと、小悪魔のように笑って見せた。
「まぁ、完全にないというわけじゃないんだけどね。お題目的には存在する、みたいな形さ。普段どおりに勉強していれば、合格点は余裕で超えてしまうよ」
「……小五郎に言ったら殺されそうなセリフだな」
「そうだね。その時は、守ってくれるかな?」
「お前のほうが強いだろうが」
「酷いよランディ……私はね、まだ白馬の王子様に憧れるような年頃なんだよ?」
まぁ、本当に憧れているかどうかはさて置いて、だけれども。
七夕に由来する物語は調べれば調べるほど派生が出てきますので実に面白いです。童話民話などでも複数あるようです。
一人娘の結婚を認めたくない天帝は夏彦にかぐや姫ばりの無理難題をすぐ押し付けちゃうの、とか。天界の瓜を縦に割ると水がみるみる溢れ出すのを利用し、何も知らない夏彦に割らせて川流しの刑に処して強引に仲を引き裂いちゃった、とか。毎月七日に会おう、という言葉を勘違いしちゃった夏彦ちゃんは七月七日にしかやって来ないの……とか。
ちなみにゼウスの浮気性は、ヘラが沐浴によって結婚前の姿に若返ると"一時的に"おさまるようですね。
……ゼウス、ロリコン説浮上中。
誤字脱字、ご意見ご感想お待ちしております。




