第85話 私たちの戦争
――始まりの町、初心者支援ギルド、拠点にて。
「男の子の土下座ってどーしてこんなにかわいーんだろーねー?」
ムギさんと二人で、ランディが土下座しているのを私は見ている。
「別に私はそう思うような性格ではないんですが……」
でも、人を陥れた悪人が、額を床にこすり付けているところを見るのは本当に胸がすっとするのは本当だ。
「で、ランディ?」
「はっ」
声をかけられるのも恐縮です、と言ったふうのランディ。
実に痛快だね。
「弁解を聞こう」
「事と次第によってはぁ、お巡りさんこいつです、だぁー!」
戦争に負けたことなんてちっとも悔しくないし、まったく気にならないけれども……こんな気分になるのなら、得をしたと言っても過言じゃじゃいんじゃないかな?
「……あ、後でムギさんも土下座だよ?」
「えっ、何がー? 知らなーい」
この人はなんでこの年齢でもこんな性格なんだろうね?
[to be previous scene...]
「――もう、その、なんと言いますか……あなたがそんなにボケている人だとは思いもしませんでした」
解せぬ、と言う言葉が四度頭をよぎる。
「私は普通の事を言っているつもりだったんだけれどもね」
今まさに絶体絶命。
敵軍に、完全に囲まれてしまっているんだものね。
……結果として時間稼ぎになってしまったわけで、まぁ、本部にいるはずの総大将がこんなところで銃を突きつけているのだから普通は動揺を隠し切れないよね。
「早く撃てばいいと思うよ? それとも、轢殺したほうが早いかな?」
どっちにしろ、詰んだ、という感想しか私の中にはない。
逆転の一手? 怪しい動きをしたらすぐに撃たれるじゃないか。百雷筒はかく乱用、そもそも前もって仕掛けておかなきゃ意味のない存在だ。
火炎放射器は射程が足りないし、そもそもコレは導火線式……棒火矢についても同じだ。
あと手元にあるものはジッポぐらい。
ああ、手帳が胸に入っているね。今回は考えることがたくさんあったから持ち歩いていたんだった。ならこれがよくあるお約束の伏線になってくれれば――あ、ダメか。頭を狙われると一発でアウトだし、そもそも一発も耐えられるか分からない。
こんな囲まれた状態で期待しちゃいけないことだ。
「……しっかし、なんともまぁ、全軍かの?」
「街の外にいるのも合わせれば、おおよそ全軍になりますね」
「なるほど……ではレンちゃん、一発逆転のカミカゼを」
「無理に決まっているじゃないか」
「諦めが早すぎやしないかの!?」
「ここから逆転できるほど私は武勇に優れているわけじゃないからね? そもそも私のスキル構成自体、ルール違反なんだから」
スキルを使わない本しか読んでいないから、一度も抵触したことはないのだけれど。
「とにかく、私が戦ってどうにかする、というのは無理なのさ」
「むぅ……!」
しかし困ったね……体よく軍師の称号も押し付けることができなかったし、まぁもともと「負けて来い」だなんて言われているのだからいいんだけれど。
――うん、悔しくはない。
「うん、勝ち目がない。だから最後に全軍に通達を出したいのだけれども……それくらいの時間は与えてくれるかな?」
「……まぁいいでしょう、おかしなマネをすれば撃ちますが」
ウソをついているかどうかを確認したんだろうね。
少し間があった。
「じゃぁ、ちょっと失礼して」
私はゆっくりと時計を取り出す。
全軍に通達、ともなればチャットを開くのにも一苦労だ。十人選択するだけでも結構な手間だっていうのに、それをだいたい三十名近く行わなければならないのだから。
「……」
李儒さんは目の前で沈黙しながら、銃で狙いを定めている。本当に心臓に悪いね。
回りもソレにあわせてか、誰も一言も喋らない。あれだけカミカゼがどうのと騒いでいた閣下も、ここにきて諦めた、という感じかな。
ああ――本当に苦肉の策だよ、これは。
「レンだ……全軍に告ぐ」
私の信条は、真実を言わない。
「即時、包囲殲滅せよ」
けれども、ウソも言わない。
そう――敵本陣を、とは誰も言っていない。
私はウソを言っていない。
「な――っ!」
ざわり、という声が聞こえる。
そしてすぐさま、数人の人間が周囲を警戒するような指示を出し始める。
「ウソです! 周囲に危険はありません!」
けれども、李儒さんはそう言って自軍を躊躇わせる。でも、躊躇わせるだけだ。
だって、本陣に構えていると味方を欺いたウソつきの李儒さんが本気で止められるほどの指揮能力を今、保有しているとは考え辛いもの。
「ふははははっ! そう来るかっ!」
そして、その隙で十分であると言わんばかりに閣下は喜び勇んで突撃していく。閣下はあれでも予想外に強いという噂は聞いたことがある。
当然だろうね。幾度となく謀反を企てられ、死んだこともあるけれども、でも生き延びた事だって何度もある。
そんな場数の塊みたいな人が、徴兵経験あり。つまり人を殺すための訓練をしたことがある上に、これはゲームだから、肉体のポテンシャルは常に最盛期よりも上を行く。
それで弱いわけがない、だからこそ私を相手にしている暇なんてない――予想通りさ。
「チッ! 最後の最後でぇ!」
李儒さんが片方の銃を捨てて、私に狙いを定める――でも私の周りにはまだ数人ほどの人が居る。
「悪いけどちょっと壁にさせてもらうよ?」
近くの男の人の後ろに、私はすぐに隠れてしまう。これで私の命は一旦保証される。
「ちょつ!?」
この人には悪いけどね?
「なに、最大でも十二発分耐え切れば十分さ」
「くっそぉ!」
その人は両腕で頭を守るように構える。
「キリヤちゃん」
「ねーちゃんやっぱオニチクだぜ!」
「いいからさっさと李儒さんを押さえてくれるかな?」
「おうさ!」
「残りは武器を拾って、応戦準備。殲滅するまでの時間を稼いでくれ!」
「ウソです! 彼女はウソをついています! すぐさま圧殺してください!」
そんなすぐさま、今まで自分たちを欺いていた人を信じられるか。そして私はウソを言っていないのだから、李儒さんはウソをつかざるをえない――これは私の、最後の意地悪だ。
そして、上手く行けば逆転勝利をもぎ取れる可能性を持った、最後の一手だ。
「――そして結局暗殺者、っと」
ずいぶん聞きなれた声がした――そう思ったときには、既に私は教会に佇んでいた。
「え?」
訳が分からない。
[to be next scene...]
「――ああ普通に負けるんだろうな、と思って見物していたところを、あんなふうに逆転しそうになったので、しょうがないから後ろから一発で首切り落としたわけです。ごめんなさい」
「つまり君はずっと私を見ていた、ということかな?」
「いえ、それは……」
「おっまわりさぁん、こいつでぇす♪」
「おいムギこの野郎、いやこのアマ!」
「でも、ストーカーとして君を牢屋に入れられないのが非常に残念でならないよ」
残っている方法と言えば、ロリコン疑惑だね。
そういえば李儒さんの話もある程度は聞いているわけだから、つまり彼は李儒さん直属の部下。
直属といえばアレやコレやとなかなか接触の機会が多い。
接触の機会が多いということは、物理的に接触していることもある可能性も否めない。
――ああ、なんということだろう。このままではランディは近藤さんの私怨まじりに、青少年健全育成法違反と言う無実の罪で、牢屋に入れられてしまうことになってしまうじゃないか。
とても悲しい。
うん、とてもとても悲しいよ。
白々しいくらいに、嫌な事件だったね、としか表現できないよ。
「……ところで今、私は、私を敵に回したらどれだけ恐ろしいかをせめて身をもって味わわせないといけない気がするんだけれども?」
「それだけはやめてください、軍師万歳」
「ちょっと近藤さんへ告げ口でも――」
「わあぁあああ!? 冗談! ちょっと和ませようとしただけ! ウソウソ!!」
必死なランディ、実に可愛いね。
年上の人があたふたする、というのは心の琴線に触れるものがあるよ。
「むふふ~、レンちゃんも分かってきたねぇ……ランちゃんはイジってこそ輝く子だって!」
「いえ、それはないです」
「ないのか~……」
ムギさんはしょんぼりとする。
「というか、ムギさんも私にとっては謝って欲しい人なんだけども」
「ごめ~ん。でも、もう責任は取ったよ?」
「取ったんですか?」
「うん、代わりにうちの旦那が」
――旦那さん、可哀想に。
「嬉々として責任を取ってくれるなんて、変態さんだよね~?」
よし、前言撤回しよう。
「とにかく……全部旦那が勝手にやりました、私は悪くありませ~ん」
「……秘書に罪を押し付ける、物語の中の悪徳政治家ですか?」
「あの、俺、帰っていいッスか?」
「あれあれ~? なんで語尾に、ごめんなさい、がついていないのかな~?」
「ムギさんはそれをつける側であって、ソレを言う側なのは私だけですよね?」
自由すぎるし年上だからどう怒ればいいのかさっぱりだ……。
第一、怒ったら今度はムギさんの旦那さんに被害が及ぶ。会った事はないけれど、こんなことを知った今では、きっと気分がよくない――まるで変態夫婦に餌を与えているみたいで。
こういう手合いは逆に無視したほうがいいんだろうけど……でも無視するとムギさんのことだから逆に旦那さんに責任を取らせようとするんだろうな。あなたのせいで無視されちゃったんだから、とか何とか言って。
(この人、本当に厄介だよ……)
ランディがムギさんのことを苦手なのも、おそらくはこういった部分なのかもしれない。
それでも最大手のギルドマスターをやっているぐらいには人望があるということは、性格の賜物か、それともまた別の何かで責任を取っている可能性も否めない。
――その「責任」の部分が私に見えないのだから本当に厄介だ。
「ま、なにはともあれ~……レンちゃん、初心者卒業おめでとぉ!」
わー、ぱちぱち。
ムギさん一人ばかりの拍手と歓声が虚しく響き渡る。
「はぁ、ありがとうございます」
負けたのに卒業おめでとう、とはこれいかに。
「強いてあげるなら、もう少し他人とお話しましょぉ。頑張ればあと十人ぐらいベテランさんが仲間になったのにもったいないよ?」
「……今、なんと?」
「卒業おめでとう?」
「その後!」
「もう少し他人とお話しましょぉ?」
「もう一つ後ろ! 頑張ればあと十人ぐらいってなんだい!?」
「そのままの意味だよ~?」
意味が分からない。
なのにムギさんは心底不思議そうな顔をする。
「あの合言葉で仲間にできるのは一人だけだけどぉ……逆に、普通に説得したら仲間に出来ないとか、そんなの一言も言ってないよ?」
「……」
「ベテランさんがひとりだけしかいないとぉ、場外戦闘多いんだから、もしものときに大変な事になっちゃうしぃ?」
「…………」
「あの言葉は説得に失敗したときの、一つの救済措置なのでした~!」
なんだ……この、なんだろう?
無性に、いたたまれない気持ちというか、一方的にもてあそばれた、という気持ちは。
「レンちゃんのことだしぃ、分かってたよね~? それともちょっと露骨過ぎたかなぁ?」
「――ランディ?」
「はっ」
「知ってた?」
「……はい」
「そうかい」
まぁ、彼は敵だった。
そう、敵だもんね、しょうがないね。
「とりあえず通報していいかな?」
「やめてくれっ! 今でも社会的にちょっと危ういってのに! もうすぐアスールとの約束も果たさなきゃならねぇし! な!?」
そうか、そういえばアスールをミュージカルに連れてくと言っていたね……。
「現行犯、というのもあるか」
「ねぇよ!?」
「叩け……もっと叩け……ランちゃんは叩いてこそ輝く子……!」
「うるせぇよ!!」
そうだね、うるさいね。
――声量的に君が一番。
「まぁ、そのあたりはあとで話をつめるとして……」
「つめんなっ!」
「実際、どれくらいの人数を用意してくれていたんですか?」
確かに三人に絞るのが精一杯だったけれど、なるほどそういう理屈なら三人にまで無駄に絞ってしまった、という話なだけだ。やりすぎた、とも言うけれど。
だけど、そこで少しだけ疑問に思うところではある。
スペアが必要、というのは分かる。でも頑張って十人、というのはやけに多い気がする。
「二十人ぐらいかなぁ?」
「まぁ、ヘタするとポンポコ死ぬからな。実力隠せ、って言ってる分、装備もクソだし」
「……なるほど」
私の軍の三分の二近くか……。
「ちなみに~、そのうち私のツテで竜殺しが二人~、ランちゃんのツテで魔導騎士が六人~。私とランちゃんで説得した<ISO>のぉ、モンスターのレベルを図るために生き延びるのが得意な人達~! ちなみに選考基準は演技の上手い人~」
ああ、演技が片手落ちだった理由が分かった。ブリュンヒルデさんは軍曹の系譜か。
「アレには苦労した。俺の交友関係そんな広くねぇし……ま、十分勝ちを拾えるぐらいには集めちまったって感じだったな。称号持ちのメンツ全員そろえられれば、だけど」
「やってられない話じゃないか……!」
しかも、話の流れ的には、ランディもそのメンバーを集めるのに一枚噛んでいるようにしか聞こえない。
――どうしてくれよう?
「やりすぎちゃった、でも後悔してない!」
「負け戦を味わわせるって言った手前、その言葉の責任取るために敵側に回る身としては最大限の譲歩だった」
なるほどだからランディは敵のほうにいたんだね。
――アリスたちを連れて。
「あとは李儒のヤツがこれで報われたって思えばな……」
「そうだね~、あの子は頑張りすぎるぐらいに頑張っちゃってたから~……うん、ちょっと考えが明後日のほうにいっちゃってたし?」
「俺直接関わってないやつだったけど、そこは感謝だな。聞けば、ようやく認められたって言ってたし」
「うんうん。人に認められない、よくがんばった、って言われないと鬱になりやすいんだよね~……人はお金だけじゃなくてぇ、心にも報酬がないとダメなの。落ち込んでる人に、がんばれ、っていうのがダメな理由なんだよねぇ、これ」
そういえば李儒さんはホムンクルスで自分だけの軍を作ろうとしていた……確かに、自分と人形しか居ない王国なんて、寂しいばかりだものね。
「だから、レン。お前はもう一人前だ。あとは、人と人とのつながりをちゃんとしていれば、もうなにも怖い事はないだろう」
まるで教え諭すように、ランディが優しく声をかけてくる。
「お前は一人の人間を、間違った道から確かに救った。たった一人でもいいから、そうやって行けばいずれ……本当の軍師になることも夢じゃないな!」
「そうかい」
実に、いい話だ。
私は、知らず知らずのうちに李儒さんの心を救っていたなんて……。
役に立ててよかった。
それは本当だ。
「じゃぁさっそく人と人とのつながりを大切にして、告げ口してこよう。付き合うかい、ランディ?」
最後の一言さえなければね?
「マジごめんなさい」
――そうやってランディが床に額をこすりつけて土下座するさまを、私はじっと見ていた。
ま、許してやらないこともないかもね。
ムギ「ロブちゃん、ロブちゃん、あそこに初心者たちがいるでしょ?」
ロブ「もう聞きとうない! 聞きとうないわっ!」
ムギ「数分後の君たちのお仕事なのだ~!」
ロブ「 」
<ロブスター>は閣下の尽力と軍師の加護(レンの仕返し)により、初心者支援ギルドの下部組織となりました。
――<ロブスター>は、叩けば叩くほど、星のように輝く人達のようです。
たとえ彗星のように、はかなく消えゆく運命だとしても……!
誤字脱字、ご意見ご感想お待ちしております。




