第83話 竜虎相打つ
孫子に曰く、およそ用兵の法は……まぁ面倒くさいから要約すると、「不利な状況で戦っちゃダメ」って事さ――“大禁呪の魔女”と呼ばれた女
(分からない――)
なぜ、李儒をわざわざ突撃させたのか?
なぜ、他のプレイヤーではダメだったのか?
(――わけでもないね)
孫子は用兵に関する九つの原則を残した。
曰く、優位にいる敵とは戦うな、優勢にいる敵とは戦うな、わざと逃げる敵は追いかけるな、強敵は攻めるな、囮には食いつくな、退却している敵には近づきすぎるな、包囲したら逃げ道を空けてやれ、追い詰められた敵はさらに追い詰めるな、危険なところには留まるな……だ。
そのうち、私達は優位優勢強者と三拍子揃った相手と戦わざるをえなくなった。つまり九つのうち三つに違反した。
そこで私は、基本に忠実に篭城作戦に出た。
子曰く、昔の戦いの上手かった人たちはまず敵に勝てない状況を作り、自分たちが勝てる状況になるのを待った。と言っているのだからまさしく基本に忠実な作戦となる。
そして周囲を罠で固め、自らも逃げ出しづらい状況にしつつ輜重部隊を自軍のほとんどから出すという愚挙に出ることで、あえて追い詰められ、逃げ道をなくし、危険なところに留まっている相手になるよう調整した。
――これで李儒さんは、こちらへ攻めることで三つの原則に違反することとなる。
(こちらは補給線を断たれた、だからこちらもプロパガンダで補給線を叩いてやった)
李儒さんは自ら追い詰められた敵をもっと追い詰め、逃げる敵をさらに追い立てた。その結果がプロパガンダという形で現れた。
ある意味では囮に関する項目にも抵触した、ということになる。そうすると向こうは六つ、こちらは三つの原則違反だ。
(用兵の上手い人は、原則をよく理解し道理を守り、その上で勝つための政策を行う)
これもまた孫子だ。
――別に孫子に拘る必要はない、なんていうのは思い違いだ。
彼女は自分のキャラネームにあえて李儒なんていうマイナーな人物名をつけるほどの三国志好きならば、逆に孫子に拘ってしかるべきところがある、と考えられるからね。
(だから、長引けば私達に有利になる、という私の思惑もきちんと読んでくれている……だからこそ正々堂々と真正面から攻めてきたわけだ)
それも、奇襲、というお題目を掲げて、だ。苦肉の策に近いけれども、周りを納得させるための策であることには違いない――どうやら私は、無意味にネームバリューがあるらしいからね。主に閣下と近藤さんとパイソンGMのせいで。
だけど、考えれば考えるほど彼女の行動は実に面白い。智謀に長けていると言っても過言じゃない。
(軍師になれなかったのは単に……彼女の年齢が低すぎたことと……巡り会わせが悪かっただけなんだろうね)
でなければ李儒が特攻してくる、なんて奇策を仕掛けてはこないだろう。
なぜなら、目の前にいる李儒さんが本物であれ偽物であれ――まったく関係がないのだから。
「この、諸葛亮孔明」
思わず私の口をついて出たセリフは、侮蔑の交じった、彼女を称える言葉だった。
[to be next scene Side Re-ju...]
その時、確実に、私の身体は浮いていた――そんな錯覚すら覚えるほどの高揚感と達成感がこの身を包みました。
「ああ……実に耳障りのいい褒め言葉ですよ。ですが、お互い様です」
ようやく、望んでいたものが手に入った……何度も孫子の兵法を読み返し、手垢で汚れ、破れ、そして新しいものを購入し、また読み続け、チェスや将棋、果ては戦略SLGで腕を磨き、効率の良い用兵を常に勉強し、そしてついには手に入らなかった、ソレが。
――先ほどとは違った理由から、心臓がバクバクいって、心肺異常のアラートが鳴りっぱなしです。
もちろん、この策が成功するか否かについてはほぼ博打です。確かに今恐怖を感じています。でも、今はまるで体中に活力が戻ってきたような……今まで死んでいた私が、ようやく復活したような……言いようのない高揚感のほうが勝っていました。
「軽く、質問をしてもいいかな?」
「ええ、どうぞ」
レンさんならば分かってくれているはずです。
ここにいる李儒が本物であろうと偽物であろうと関係がないことに。
「それじゃぁ……まずはそうだね、君は本物かな?」
「居ないんですか? ≪ウソ発見≫スキル持ち」
レンさんが、近くの初心者に目配せを――おや? 彼は確かあの有名な計測ギルドの方に似てますね。もう一人ベテランが居るなんて聞いていませんでした。
となると……ムギさんは万が一を考えてそこそこの人数を雇い、紛れ込ませていたのかもしれません。ただ、私が顔を知っているベテランの方は今のところその人だけなので、真偽の程は定かではありませんが。
資金繰りが苦しい測定ギルドのことです、絶対安く買い叩かれたに違いありません――まったく、ムギさんはドSですね!
「黙ってなくていい……適宜指摘してくれ」
「そうでしょうね。でないと、打開策も思いつかないでしょうからね……ああ、別に撃ちはしませんよ? このまま膠着状態が続けば、あなた方は本隊に蹂躙されるだけですし」
むしろウソであると見抜いてくれたほうが私としてもやりやすいところです。
なにせここで私を追い詰めるということは、確かに勝利をもぎ取るために必要な行為ではありますが……そんな事すら想定していないバカではありません。
追い詰めた敵をさらに追い詰めてはいけない――用兵の原則じゃないですか。
「……本物です」
「だろうね……」
「つーことは、だ……タゼーにブゼーってやつだな!」
武器を捨てた、一回りほど大き目の鎧を着た少年が襲い掛かるチャンスを伺うように、前傾に構えます。
「あなたは、李儒がノコノコ一人で乗り込んでくると、思っているのですか?」
「それ、は……!」
思わずスキル持ちのほうへと視線を逸らせ――私は容赦なく彼のこめかみを撃ち抜いてやりました。
「――っ!」
驚いたような表情をこちらに向けて、そのままHPがゼロとなって仰向けに倒れました。頭部でしたので、おそらくは急所攻撃によるダメージの増加が発生したのでしょう。
その上貫通属性は実に高いクリティカル率を誇りますからね。このゲームのクリティカルはダメージの倍率増加ではなく、傷の程度に対応したダメージを加算していく方式です……要するに、死なないときは死なないけれども、死ぬときはあっさりと死んでしまう仕様となっています。
「運が悪かったようですね」
こういったクリティカルなんて、結局はその一言につきます。
まぁ、普通頭を撃ちぬけば「急所によるダメージ増加」「クリティカルダメージ加算」「失血によるスリップダメージ追加」その他もろもろのダメージで即死レベルですが。
「右手の銃はあと四発ですか……」
とは言うものの、ちゃんと着火してくれて一安心しました。
さすがに不発で終わったら面倒くさかったです。
「――それはウソだっ!」
同時に、スキル持ちが「四発しかない」という点について指摘しました。
「ええ、ウソですよ? ただし、残り四発、というのがウソなだけで――本当の弾数なんて教えると思います?」
もちろん想定の範囲内でした。
ハッタリ、というものです。
「世の中には五発のリボルバーが存在しますし、もちろん、六発以上のリボルバーだって存在しますよ?」
「うっ……!」
まぁコレ、「ガワだけリボルバー」のホイールロック式拳銃なわけですし、さっきは注意があの少年に向かっていたからこそ「ガワだけリボルバー」であることがバレなかったわけですが。
もっとも、弾倉は一切動いていませんのでバレる可能性はまだまだ残っています。気付かないで居てくれるのなら好都合ですが――まぁ、バレたら「ドラム型マガジンというものも存在しますよね?」なんて切り返すつもりでしたけど。
世の中には奇銃変銃が存在しますから、そこから攻めればまったく目がないわけではありません。ウソとハッタリと言い訳は口にするために存在するのです。
「私、ウソはつきますけど……バレたらきちんと説明はしますよ?」
この場合は、話題をそらす、とも言いますが。
「ウソ――じゃない!?」
「当然ですよ、ウソをウソで誤魔化してどうするんですか?」
「個人的には誤魔化して欲しいところだね」
「敵の言うことを聞くなんて、嫌に決まってるじゃないですか。特に相手がレンさんなら、なおさら」
私は、≪ウソ発見≫スキル持ちは基本的に「なまじ真偽を見分けられるからこそ疑心暗鬼に陥りやすい」事が弱点であると思っています。
今彼らは「残弾四発はウソ」ということで思考が固まっているはずです。そこにリボルバーの外見が組み合わさり、「もしかしたら弾数の多いリボルバーかもしれない……」という先入観に支配されていることでしょう。
ウソが分かるせいで、逆に疑心暗鬼になってしまう……本人の資質を問われるスキルと言えますね。
――さて、ダメ押しでも行きましょうか。
「そもそも、私がここにきたのは何のスキルでしたか? ――≪テレポート≫でしょう?」
ちなみに小五郎さんが言うには、実に面倒くさい仕様変更があったようです。実際に調べたのは計測ギルドの面々ですが。
ともあれ、≪テレポート≫という魔法の仕様は至極単純です。レベルかける百メートル分の瞬間移動が可能である、というものです。
デメリットの一つは、ゲーム初の使い捨て型スキルジェム。高いレベルのほうから割れていくため、セットした個数しか瞬間移動ができません。
これは対人戦における瞬間移動の優位性が高すぎるという理由からだそうです。当然ですよね、視界外からの攻撃を容易く行えるようになってしまうのですから。
もう一つは、手に武器を持っていないこと。これは変更されなかったそうですが、武器を捨ててしまえばいいわけですので、デメリットらしいデメリットとは言えないでしょうね。予備武器さえあれば、ですが。
続いて、瞬間移動は本人と所持アイテムのみ。相手を上空にテレポートさせられたら凶悪すぎますからね。当然ながら≪セット≫の対象外です。
そしてコンセントレイト系も対象外であるということ。これは最後のデメリットの関係だと考えられます。
そして、その最後のデメリットは強烈です。高レベルでなければ着地点が大きくずれる、というもの。計測ギルドによる研究結果によれば、九十度からレベル分引いた値がブレ幅になるそうで――つまり、最大レベルでセットしても、上下左右に十二度ほどのランダム性があります。
近距離ならばよほど低レベルでない限りは問題になるほどのズレは起こりません。が、これが遠距離になればなるほど話は別となります。
(まぁ、そのデメリットをレンさんが知らないわけがないでしょう……)
なにせ軍師の前は“大禁呪の魔女”という称号ですからね。
「ちなみに、一時、二時、三時に≪テレポート≫を、四時、八時、十二時に≪MP増加≫をセットしています。ここに来る前は、合計で三十レベル相当でした」
一度使っているので、三時の分はなくなっています。なので二十七レベル相当の≪テレポート≫となります――が、
「……最大、二キロ弱の瞬間移動か」
「そういうことです」
≪テレポート≫自体は三レベルであるが故に、ラグはほとんどなし。
問題は、最大ブレ幅が八十七度。使えばほぼ確実に空中か地面の中か……そうでなくとも目的の場所に瞬間移動できるかどうか怪しいレベルです。
でもそれは、今回に限って言えば些細なこと……いえ、むしろ好都合。
「迂闊に攻めれば逃げられる。逃げたところで、君の死体が出るかどうか分からない……!」
「ええ、その通りです。理解が早くて助かります」
空中に出ないよう、座標を地中に指定してしまえば?
運がよければ生き延びることが出来ますが、悪かったとしても、死体は見える範囲に残りません。
「大将が死んだことが分からなければ、戦争は続く……!」
「そう、基本的なルールですね。とてもおかしな話ですが、たとえ私が先に死んでも、私の死体さえ見つからなければ私の勝ちになってしまいますからね……戦争って、実に不毛ですよね」
――好都合すぎて、笑ってしまいたくなります。
「念のためお教えしておきますと、味方のほとんどには本陣に居る影武者を本物と思いこませてあります。まぁ、武田信玄の計といったところですか」
そして私がここで睨みあいを続けている場合の救出兼強襲部隊……竜殺しのガランティーヌさんも用意してあります。
「君は実に卑怯だね……!」
「それはお互い様でしょう? ここに来るまで、本当に大変だったんですから」
地雷に鳴子に八陣図の計……レンさんって本当はテロリスト? なんて思うようなトラップ群でした。ここにたどり着けたのは本当に奇跡みたいなものです。
まぁ、だからこそ有効な一手だと確信しましたけれどね。土壇場の状況で思いついた苦肉の策だとは口が裂けても言えません。
「でも……こちらにもまだ切り札があるといえば、どうする?」
「私≪ウソ発見≫スキルがありますので、断言してもらわない限りは無視しますよ?」
「そうかい」
――表情が読めない相手ですが、ウソをついていないということは、今はないんでしょうね。
(そうすると、パイソンGMの行方が気になるところですが……まぁ、ここに居ないことは確実でしょう)
こちらの兵を瞬殺したアレがいないと分かっただけで、ひどく心が軽くなりますね。
(まぁ、いても役立たずである可能性が高いわけですし……そうなると問題は空のブリュンヒルデさんですが……最悪、私が逃げてしまえば済む話ですしね)
いくらなんでも、対空砲火のノウハウもあるこちらの陣営相手にいつまでも空を飛び続けることは不可能です。
とりあえず今は、残り一発の弾丸で、どのように王手をかければ最もスマートであるかを考えますか。
[to be next scene Side DarkCrow...]
移動用に一発。
方向転換用に一発。
高度調整兼かく乱のために二発。
対空砲火として三発。
「≪フレイムボム≫≪フレイムボム≫≪フレイムボム≫――!」
七度唱えるごとにMP回復効果のある薬草を口に含み――飛行状態では液体は使いづらいのだ――ほとんど噛まずに飲み込んでいく。
これでMPが七発分――≪PK≫スキルを一レベル入れているが、それでも最大MP値は七十七、端数切捨ての仕様が悩ましいところであるな――回復する。
いかにして飛び続けていられるか。ある意味では、それが空中戦のキモである。自分よりも上を取られてしまうことになってしまったものの、基本は重要である。
ブリュンは半ば自由落下しながら、槍をこちらに構え突き進んでくる。
空中戦において上をとられるのが不利な理由の一つであるな、突撃に魔法を使う必要がない。
使うとすれば方向転換時である。
「――空中機動には負けても、空中戦は我に一日の長があることを教えてやるぞ! ブリュン!」
それが聞こえたか否か。
いや、聞こえるか否かというタイミングに手元で≪フレイムボム≫が炸裂し、我を斜め上へと押し上げる。
我が通る軌道上にズラして置いた≪フレイムボム≫と、彼女の追撃を避けるために置いた≪フレイムボム≫らが次々と発動していく。
「おっと」
ブリュンが軽く≪エアロハンマー≫を使い、真横へきりもみ回転するように回避軌道を取って対空砲火の直撃を避ける。その先でもう一発発動するが、それをもきりもみ回転による回避――こちらの爆風を上手い具合に使っている。
勝利の戦乙女ほどの風使いならば、風を読むのはお手の物、といったところであろう。
さしてバランスも崩さずに、回転。予想される軌道上に設置した対空砲火用の≪フレイムボム≫の爆風を利用し、自分も姿勢制御しながら綺麗な飛行へと移る。
(コレの程度、さすがに防がれるかっ!)
対して我は、ほぼきりもみしながら飛ぶ。
どこに何を設置したかを分かりづらくするため、という理由もあるが、それ以上に我のような爆発系による飛行はこのようになりやすい。
――着地が難しいとされる理由の一つである。
しかし使い慣れれば着地する際の威力を殺すための回転着地が容易になるというメリットにもなりうる。なんとかとハサミと魔法と状況は使い様なのだ。
「≪ファイアーボール≫!」
空中で半ひねり加えブリュンに狙いを定めて放つ一レベル級のソレ。
横へのきりもみ回転回避。
やや高度が下がるところ、彼女のちょうど背後で高度調整用に置いた最後の≪フレイムボム≫が炸裂した。
「Oh!?」
流暢な日本語を使っていても、不測の事態にはさすがに母国語が出るか――ちょっと可愛い!
が、手加減はせん。
「ふははは! さしものブリュンも、妨害するために置かれた魔法はさすがに試合でも経験があるまい!」
「クロウ! 卑怯!!」
「褒め言葉よ! フゥハハハハハハー!!」
こちらにはそちらにないノウハウがあるのだと心理戦を仕掛けつつ、その隙に薬草を口に含む。差し引き六発分のプラスか。
低レベル≪トルネード≫で高度を持ち直している間に、こちらは方向転換用に、最後に発動するよう調整しておいた≪フレイムボム≫を直に盾で受け止め、山なり軌道を取りブリュンの上から強襲を仕掛ける。
「ゆくぞ――≪グラビティ≫!」
高度操作による不意打ちは試合で使われたことはあるまい!ピンポイントで狙える隙が出来たことにより、我が保有する二レベル相当の重力操作――究極の暗黒の魔法がブリュンに重力を与えた。
「卑怯! 卑怯!!」
なんとでも言うがいい。
「フゥハハハー! 空中戦は地獄であるなぁ!!」
確かに彼女は天才である。しかも毎日のように空を飛んでいるのであれば、なおさら。
が、それは空中機動に限った話なのだ。結局のところ、妨害は試合では明確なルール違反である。空中戦闘ともなれば、そんなルールなど我が知ったことではない!
「――私も卑怯っ!!」
山なり軌道で迫る我に対し、ブリュンが投擲するかのように安物のダガーを投げつける。
「効かぬ、効かぬぞぉ!」
空中戦は馬上試合に似ている。が、飛び道具を使ってはならぬという訳ではない。
何が卑怯か――そう思いつつ、盾により軽くいなして背後へ流す。
高々二レベル相当とはいえ、重力増加と衣服の拘束効果のある中、刺さる勢いでダガーを投げつけることができるのは確かに賞賛に値しよう!
突然の≪グラビティ≫にも慌てず、相殺するように≪トルネード≫を何度か使い空中浮遊気味になりつつ、≪エアロハンマー≫で投げたダガーの柄尻を叩き急加速させる、超人野球においての魔球の基礎の基礎、バックホームなどに使うテクニックを織り込むなどとはもはや人外か何かである。
さすがは<シルバーヴァルキリーズ>において鉄壁! 我にとっても彼女にとってもセンターのポジションを不動のものとしている女!
目の前でそれが行われては、戦慄するどころか感動すらしてしまうではないか!
「勝負とは常に非常なものよな! ――≪シャドウボルト≫!」
緩やかに前へ回転しながら強襲する我は、≪グラビティ≫効果で身動きのとりづらくなったブリュンめがけて我が魔剣を振り下ろー―
「――当たれ、光り輝く剣!」
きぃん、という音が響く。それも、背後から!
「あ――!」
嫌な予感に、無理やり上半身を捻って盾を構えると、がきん、という音が響いた。投げられたはずのダガーが盾にぶつかったのだ。
「――っぶないやないかいっ!!」
それは 口承アイルランド語民話の数多くに登場する宝剣あるいは魔法剣で、物語によって異なる描写がされている。
「ふふっ……地が出てますよ?」
「むっ――!」
笑われてしまったが、事実、地が出てしまうほどのものだ。
光り輝く剣。
鞘から抜き放てば、周囲の目を眩ますほどの光を放つ剣。
トゥアハー・デ・ダナンの四至宝のひとつであるヌアザの剣と同一視されることが多い、呪文が刻まれる剣。
神族の都のひとつ、フィンジアスからもたらされた不敗の剣。
そして隠れた敵も探し出し、ひとりでに倒す自動追尾する剣!
「光り輝く剣とかシャレにならんぞ!」
「光り輝く剣ですっ! まったくもう!」
「同じではないか!」
単に発音やら綴りやらの違いなのだ。
――が、脅威であることには違いない。
「この分からず屋っ! ――光り輝く剣!」
叫ぶ必要はほぼない。
しかし魔法を使う上では、特にイメージでの操作においては命名や技名の発声などは実に有効なものである。そうあるものである、というイメージが先行することによって、よりイメージしやすくなるためだ。
「――≪ウィンドスネイク≫かっ!」
エフェクトの激しくない風属性のうち、威力重視のウィンド系。そしてイメージで軌道を操作するスネイク系統。
我のような漆黒の闇をまとった火炎を扱う魔導騎士のような、エフェクトの激しい魔法使いにとっては魔法の影で使われると非常に厄介な魔法の一つである。
「ええい卑怯者めっ!」
「そっちが先ですよ!」
我の≪グラビティ≫によって重力こそ増しているものの、自前の≪トルネード≫で緩やかに落下するような安定した空中浮遊を行いつつ、我の落下予測地点から離れるようにスライド移動し、そして我の相手を光り輝く剣にまかせ、悠々とMPポーションを口にする。
「≪ファイアボム≫!」
すぐさま距離を取るよう魔法を詠唱、方向転換し光り輝く剣を避ける。
光り輝く剣は超人野球における、投手の投げる魔球と同じような原理である。使っているモノはただのダガーであるが、それ故に、どのようなものですら光り輝く剣となってしまう。
「――お前と戦闘理論談義などやるべきではなかったぞ!」
これはゼロ戦が今だ主力であるような時代に、突然空対空ホーミングミサイルのような近代兵器が紛れ込んだようなものだ。
「酷いですっ!」
≪グラビティ≫の効果が切れたか、空中浮遊していたブリュンが突然空中へと飛び上がる。
やや驚いたような顔をするが、効果時間が切れたと悟るや否や、
「光り輝く剣!」
いくつもの≪ウィンドスネイク≫を発射しつつ、突撃の体勢へと移る。
「――同時複数制御かっ!」
名付けたからこそ、そうあるべき姿としてイメージが固定された光り輝く剣は、彼女にとっては半ば無意識での操作が可能なのであろう。
実に厄介な――しかしだからこそ読みやすい!
「踏み込みが足りんわっ!」
光り輝く剣を切り払って破壊し、ギリギリのところで突撃をいなし、暗黒の魔剣と化した我がショートソードによって背中を切りつけんとする――が、ブリュンは速過ぎた。
(同時攻撃はきつかったか……!)
今一度≪フレイムボム≫で高度を維持しつつ、≪ファイアーボール≫との組み合わせでかく乱する作戦に出る――つもりであった。
「しまっ――!」
そこで、MP切れが発生した。させてしまった。
発射されるべき≪ファイアーボール≫が発動しない!
「――フィナーレですね」
≪ファイアーボール≫での支援がない≪フレイムボム≫など、ブリュンが高度を維持するための支援に過ぎぬ。そしてMPが切れた我は、単なる空中を漂うただの的である。
「くっ――!」
置いた≪フレイムボム≫の爆風に乗り、ギリギリまで狙いを絞られぬよう不規則な動きをとりつつ、回避するためのMPを回復せんと薬草を口に含む――ほんの一瞬の、物理的な詠唱不可能状態。
それを狙い済ましたかのように、彼女はにやりと笑って切り札を晒す。
「いきますよ?」
それは、魔法の発動体としても使っている槍を躊躇いもなくこちらに向けて投げる構えで――って待て、投げる!?
「待て! それはお前も墜落す――」
「クロウとなら! どこまでも! 堕ちていけます!」
「――おちつけぇええええ!」
お互い、自由落下に入った。この高度ではヘタをしなくても即死する。
そして我の気質のせいかツッコんだせいで詠唱するタイミングがズレた。そして今逃げるために魔法を使えば、着地時の衝撃を和らげるために魔法が使えぬ可能性が高い。
伸るか反るか――そのような状況で口にしたのは、
「なにより! 我らは別に付き合っているわけでは――」
魔法の詠唱ではなかった。
「――穿ち、貫け」
瞬時に、冷ややかな声が響く。
「っておい!」
まずい。
ブリュンが本気で、投擲の構えに入った。
「英雄射殺す――」
彼女のバックホームはレーザービームと揶揄されるほどである。
もしも、もしも仮にそれが……武器による攻撃として、本気で使用されたとしたら?
「戦乙女が!」
それは外野から、点のようなキャッチャーミットへ文字通り一直線にバックホームする、彼女の正確無比な投擲技術と魔法による加速を利用した、破壊に対する一つの到達点。
そして戦乙女ブリュンヒルデが英雄にして夫であった不死身のジークフリートを殺した投槍、その伝承の再現。
「――愛憎の槍!」
仮に最大級の≪リジェネレイション≫を使い、一時的な不死身状態となろうとも――音速を超え衝撃波と共に迫るそれは、上半身をいとも容易く粉みじんに吹き飛ばすであろう。
それほどの破壊力を秘めた神話級の投槍が、ジークフリートが弱点と謳われた肩甲骨の間を真正面から穿ち貫く形で、我に直撃する。
――ブリュン! 貴様、殺んデレであるな!?
ムギ「合言葉は一度しか使えないけどぉ……誰も一人だけしかいない、なんて言ってないよ~?」
そんなムギさんは、ドSです。
誤字脱字、ご意見ご感想おまちしております。




