第80話 背水の陣
その広場に集まったのは、たったの十人。
それぞれの街へと向かわせた輜重部隊および私や閣下、ヘルフリート君とキリヤちゃんを除いた、この砦に残る人数だ。
そして私が、出来うる限り最初に行った自己申告という名の書類選考によって残したベテランプレイヤーかもしれない人達でもある。
――そして最終的に絞れたのが三名。
あと一日あれば。
いや、あと一日で完全に絞り込めたはずだった。
「聞いての通り、私達はあと一時間もしないうちに、北門から正々堂々と奇襲を受けることとなる」
街自体に備え付けられた防衛設備はない、強いてあげるなら、それなりに頑丈な城門と、城壁なぐらいのものだろう。
あとは私の仕込んだスモークと、北門の道にはない地雷、一定の法則で掘った三十センチ程度の深さしかない落とし穴。
北門から正々堂々と、奇襲という名目で会戦時期を早めようとは誰が想像しただろう?
「敵軍がとりうる作戦は考えられるだけで、この街の目の前に一夜城ならぬ、一刻城を作ること。そこを拠点としての、魔法などによるスモークの排除。最後は突撃というか、攻城だね。スモークをとられてしまっては、もしかしたら居るかも知れない飛行部隊による空挺作戦……いや、この場合は人力ボーンかな? 城壁なんてあっという間に越えられてしまうだろうさ」
状況は限りなく絶望的だ。
「逃げる、という選択肢はない。なぜなら、まともに逃げられると考えられるのは北門しかないからだ。つまり私達は、地雷の埋設や罠の設置を頑張りすぎた」
それを臆することもなく、ただ淡々と伝えることこそが軍師の仕事だ。
詰んだ、と誰かが言った。
まぁ仕方ないよね、と諦める者がいた。
どうしてこうなった、と怒りをあらわにするものもいた。
たったの十人。されど、十人。
その非難の声は、私に向けられる。
「何が軍師だ!」
と。
――それでも、私にとっては想定の範囲内ではある。
閣下が「静まれ!」と声を荒げようとするのを制止しなければならないのも、私の予想の範疇内だ。
「だから、あえて言おう」
そう、あえてこの言葉を使おう。
「背水の陣だ」
相手の攻城戦は、篭城作戦を取った時点で想定していたのだから。
「俺たちに死ねってか!」
「そうは言っていない。守るに易いからこそ、まだ展望はあるさ」
「いくらなんでも見通しが甘すぎやしませんかね?」
「この状態でなければ打てない手もある」
「でも戦力は明らかに向こうが上ですよね?」
「個人の戦力からしても、当然向こうのほうが強いだろうしな」
「つまり根本的な解決になっていませんよね?」
当然気になるのは戦力だろう。
なにせこちらは、初心者しかいないのだから。
しかし、それでも。
切り札は常に私の手の中にある――!
「君たちの中に一人、ベテランがいる。それも、竜殺し相当のね」
まぁ竜殺し相当というのは、予想が正しければ、の但し書きが着くのは、決して話してはならない事だ。
「えっ!」
「マジで? アニキとおんなじぐらいの!?」
「……それは本当じゃろうな?」
疑問を投げ返してきたのは十人のほうではなくて、ヘルフリート君とキリヤちゃん、そして閣下の三人だ。
「ああ、今確信したよ」
ここにベテランがいるということを知らなければ、彼らはもうとっくに逃げ出すか、怒りに任せて突撃するかの二択だったのだから。
それを、ただ驚きもせず沈黙を通し、そして眉根をひそめるだけ。というのはいささか彼らは腹芸が得意ではない、ということも示唆している。
――今ここに居る中で、だなんて私は一言も言っていないのにね?
「君たちが少しも驚かない、ということは正解でいいというわけだ」
誰かが「あっ……!」と口にした。
もう笑うしかないね。
「さて、何をもって竜殺し相当か……初心者には本来竜殺しと言われてもピンと来ないのに、それでも信頼するに値するほどのネームバリューがなければならない」
数名の顔が歪む。黙っていろ、という命令だったのかもしれない。ボロを出してしまった、という後悔からかもしれない。
どちらにしろ私には関係のないことだ。
「私はまず十人に絞り……そこで三人に絞った。そして君たちの反応から――今ようやく、一人に絞れた」
ような気がする、なんて口が裂けても言えないね。
士気に関わるし、私の信用にも関わる。そんな言う必要のない「真実」は言わないことに越したことはない。
だから私は、苦手な演技を必死にこなして、自信満々に振舞う。
「……そうだね、ここは往年の探偵モノのように、失礼を承知で、指をささせてもらおうじゃないか」
天高く人差し指を掲げた後、私はゆっくりと彼女めがけて振り下ろす。
「“ウィリアム・テルに気をつけろ。奴はお前の頭を狙っているぞ”フリストさん? いやさ――」
ブリュンヒルデ選手。
[to be next scene Side Ri-ju...]
「獅子から金牛まで≪ロックウォール≫。中央より城壁構築。処女および天秤は超新星の構築。残りは警戒です、急いでください」
別に大声を出しても届きはします。が、声を張り上げるのは色々と面倒なので、チャットで指示を出します。
そんなチャット越しに「了解」だの「ラージャー」だの「オッケー」だの、統一性のない返事を無視しつつ一部を除き四名から五名のパーティに組んだ、パーティごとのコールサインを呼びつつ命令を下していきます。
『たかが野戦陣地の構築指示とはいえ、なかなか流れるように指示を出せている……指揮官としてはなかなかのもの、でござろう』
「皮肉ですか?」
こんなもの、ベテランで一気に構築しているだけ。
そして私が目指していたのは指揮官ではなく、軍師。だからせめて参謀と言って欲しいところです。
『いやいや、皮肉などとは……超新星などという本来存在しないものをよくもまぁ組み込んでの構築、感服致した、と言っているのでござるよ』
「どうでしょうかね」
名称や使い勝手はともかくとして、概念自体は存在しているものです。こんなもの、どこに組み込むかを予め指示しておけばあとは勝手に、それなりに実用に耐えうるものを設置してくれます。それがベテランの連係プレイというものです。
というか――ただの遮蔽にするため、隙間を空けつつ互い違いに≪ロックウォール≫を張るのがこの野戦陣地設営です。
綿密な計算の元敷き詰める即席城壁設営よりもよっぽど容易いだけに、どこになにをどう差し込もうと、≪ロックウォール≫ののりしろで調整が利くだけの話になります。
『しかしこの作戦にて星座を持ってくるとは、いやはや、李儒もなかなか乙女チックであるな!』
「ベテランは基本的にノリがいいですからね。それらしい名前があるのとないのとでは士気が違いますよ……あと、私は一応これでも夢見る中学生の乙女ですからね? 元々占いは好きなんです。多少はあやかりたいという気があったっていいじゃないですか」
『ふはは! ならばオペレーション・シュテルンビルドとでも名付けるといい! オツなものだぞ?』
直訳して、星座作戦ですか。
実に安直ですね。
というか、作戦は英語のくせに、なぜ星座だけドイツ語なのでしょうか? これが中二病というものですかね?
まぁ、作戦、なんてドイツ語に直してみたところで、発音が悪ければ作戦と聞こえは大差ないわけですが――
『こちら金牛! 野戦陣地設営完了ぅ!』
『処女、第一超新星設置完了』
『同じく天秤、第二超新星設置完了だよ』
――と、さすがベテランぞろい。単純作業なだけに、さすがに早いですね。
「結構。獅子から天秤まで、別命あるまで陣地内で待機。巨蟹、天蝎は突撃準備」
『ロジャー!』
『サー! イエス! サー!』
「私は女性ですよ?」
ゆえに、「イエス、マム」が適切なのですが……それをおいてもノリがいいのは考え物ではありますね。
「人馬、宝瓶。超新星の発射準備」
『オーキードーキー!』
『任せろ』
「ああ、奇襲ですし≪ロックウォール≫は一時間も持ちませんので、三十秒もしたら発射をお願いします」
『……いいのか?』
『大丈夫?』
「かまいません。責任は持ちますし、なにより奇襲と宣言してやっているのに、時間を厳守してやる義務があるとでも?」
『ま、相手がお姉ちゃんだしねー。オッケー、鬼畜具合なら向こうが上だー!』
『トップらがそう言うなら従うまでか……』
「煙幕が晴れたら巨蟹および天蝎は突撃、獅子から天秤まで陣地や超新星の補修、補強。残りは魔法支援。あとは各々の奮闘を期待します」
先ほどと同じく、それでいてバラバラの返事を聞き届け、私はチャットを開いていた時計を一度閉じます。
そしてもう一度開き――ガランティーヌさんとアスールさんのみで構成されたパーティへ連絡を飛ばします。
「こちら本部です。双子、首尾は?」
『上々』
『うまく背後を取れたんじゃないかなー?』
時計からはきちんと、街を挟んで反対側に陣取っているはずのガランティーヌさんたちの声が流れてきました。
「あと三十秒もしないうちに超新星二基による連続援護射撃を行います。巻き込まれてもさして問題はないでしょうが……」
『せいぜい気をつける』
「はい、本当に注意してくださいね?」
『そっちもせいぜい気をつけろよ? ま、クロウならいつでも動き出せるだろうから、心配は要らないだろうけど……』
私ではなく、ダーククロウさんに信頼を寄せられている、というのが少々悔しいところですが、
「作戦の要はあなた方なんですからね?」
『……オーライ』
「――では、ご武運を」
それをできるだけ、おくびにも出さずに返し、今度こそチャットを終了させ――今度はダーククロウさんたちにチャットを繋ぎなおしました。
「……さて、あなた方蛇遣は切り札となります。お二方を筆頭にした最大戦力のパーティですので、おそらくは負けないでしょう」
ダーククロウさんの率いる空挺部隊三名と、小五郎を合わせた計四名からなる蛇遣は、言ったとおり戦力としては最大級、切り札です。
空を飛ぶこと自体は難しくありませんが、着地することが困難であるが故に、空挺部隊の人数はベテランでも限られてしまいます。
だからこそ黄道十二星座に数えられない十三番目の星座である蛇遣という特別な名前をつけたわけです。
問題は制空権を取れるか否かですが――それでも私は信じているからこその切り札として存在しているのです。
『小五郎と組む、というところは業腹であるがな』
「地対空攻撃に対応するための小五郎さんですので、戦略上最も効果的な人選だと思いますが?」
『……一度ならず二度三度と裏切られた身であるならばなぁ?』
「今は水に流してくださいね?」
小五郎さんは控えめに言っても、戦うことしか頭にない戦闘狂です。きちんと戦いの場さえ与えれば裏切らないでしょう。
というか、とある問題のおかげで、裏切る可能性は限りなくゼロであるとも断言できます。
「……では、そろそろ超新星が発射されます、作戦を決行してください」
[to be next scene Side Len...]
爆音。
次いで爆風。
街にスモークが流入しながら――いや、スモークの元となっている燻った薪や火種、それだけではなくて、石兵として使っていた土も城壁を超えて、指をさしたまま固まっている私の、いや、ここにいる私達全員の頭上を吹き飛んでいく。
「……え、ちょ、なに?」
理解が及ばない、といったふうに、一人がようやく口を開いた。それは数秒もたっていないけれども、まるで数十秒も思案していたような錯覚すら覚えるような口調だった。
「まぁ、奇襲だものね」
さすがに火種がそこかしこに設置してあるスモークが一瞬で晴れることはないようだけれども、それでも確実にこの城壁の北門ぐらいは見えただろう。その証拠に、鬨の声が上がるような音が聞こえた。
「ねーちゃん! 今のは!?」
「奇襲だもの、そりゃぁ、奇襲してきたんだろうね?」
一時間後というのはなんだったのか、いっそ清々しいほどの奇襲だ。
「これはどういう方法でこれだけの突風を吹かせたんだろうねぇ? ちょっとこれは凄まじいよ?」
なんとはなしに、≪エクスプロージョン≫を使ったときの爆風にも似ているように感じたけれども――まさか、ねぇ?
あんな使いづらい魔法を、どうやって使ったのかが逆に気になるところだよ。
「落ち着いている場合ではないぞ! 迎撃せねばいかん!!」
「焦ってもしょうがないと思うけれども……」
私は、指をさしていたフリストさん――いやさ、ブリュンヒルデさんにもう一度向き直る。
「で、アタリでよかったかな?」
「えっ?」
いまちょっと理解が及びません、と言った具合に、長い金髪を三つ編みにした彼女は緑がかったような青い瞳で私を見つめ返した。
「あ、はい? あ……えっと? アタリです?」
「疑問符をつけて返さないで欲しいな」
「あっ、そうですね。では……“違う、私はゲスラーじゃない。狙いを違えるな”」
なるほど、それが合言葉の答え、というわけか。
――ああ、良かった。
「と、いうか……その、よく私がブリュンヒルデだと分かりましたね? お化粧して、変装してきたつもりなんですが……?」
「私、これでも初心者だよ? そもそも、ブリュンヒルデさんの顔なんて知らないよ」
「そ……そうですか」
思わぬ理由にがっくりとうなだれる。
「前提からして、ブリュンヒルデさんの顔を知っているベテランはたぶん……この中だと閣下ぐらいじゃないかな?」
なんて言いながら閣下のほうを向くと、どうやら知らなかったらしい。首を横に振った。
「儂、いっつも番組延長する野球って嫌いじゃから見ない」
なんでもだいぶ昔、楽しみにしていた時代劇が延長で潰れたかららしい――実に酷い理由だ。
「あっ、ネットでのストリーム配信ですのでそれは関係ないかと思」
「ネートとか分からんし知らん! そして嫌い! じゃから見ない!」
「そう、です、か……」
ダメだこれ。
「まぁ、それはともかくとして。理由の一つは名前だったかな……」
古エッダのワルキューレたちの中に、フリスト、という名前を持つ者がいる。
意味は、
「轟かす者、援軍。これ以上なくストレートすぎて、逆に迷ったくらいさ」
「よく知ってますね……」
前もってわざわざネットで調べたのに、なんて愚痴をこぼす。
「いや、古エッダも新エッダもワーグナーの『ニーベルングの指環』もおおむね一般常識じゃないかな?」
「えっ?」
「えっ?」
「……いや、まぁ、ほら、ねーちゃんってばさ、ちょっと頭に栄養行きすぎってっから……」
「失礼な」
ちゃんと他のところにも栄養が行っているじゃないか。
「……と、いうか。それだけで? もしかして私、ハッタリで負けてしまいましたか?」
「いや、まぁ……それ以外にも、いろいろとね?」
あの食事を出した直後、一、二食程度なら食べなくても大丈夫、という噂が流れていた。その元を辿れば彼女だった、というのも理由の一つだ。
そのくせ、まるで「自分は初心者です」と誤魔化すようにこちらの命令には唯々諾々と従いすぎていた。ちまちました作業には愚痴をこぼさず、逆に愚痴を聞いてあげるような態度だったという報告や、噂を流した本人がきちんと料理を完食しているとかマヌケにもほどがある。
しかもその愚痴をこぼしていたのがヘルフリート君だった――さすが元勇者様系だね――だからヘルフリート君と、その傍にいつも置いているキリヤちゃんに情報を仕込んでみたのだけれども……まぁこれは奇襲のせいで無意味に終わったね。
ともあれ、私の目論見とは逆の方向に突っ走ってくれたのだけれども、うまい具合に引っかかってくれた、としか言いようがない。
「要は、親切すぎたんだよ」
ベテランは、ベテランであるほど初心者に余計なお世話をかけてあげたくなる、というのはランディの弁だったね。
実にその通りだった、というだけの話だ。
――まぁ、候補だった他の二人も似たような行動をしていたから、本当に三分の一の賭け事ではあったというのは黙っておくことにしよう。
「親切にして見つかるって……なんつーか、いたたまれねー……」
それについては同意するよ、ヘルフリート君。
……そういえば君は、私がいないところで私の陰口を結構叩いていたという報告もあったんだけど、そのあたりはどうしてくれようかな?
「ま、こうのんびりと話しているうちに相手も差し迫ってきているだろうから……とりあえず一発戦線をかき乱して来てくれないかな?」
ブリュンヒルデ。北欧神話においては戦場の死を定め、勝敗を決する戦乙女の一人。そして来る終末の日に備え勇士の魂をヴァルハラへと導く存在。
その名前の意味は、勝利のルーンに通じる者。
「この一戦を生き残れれば王手ぐらいはかけられる――負けられないところに、実に縁起のいい援軍が来てくれて、実に嬉しいよ」
「あの、私そんなたいそうな人間じゃないんですが……」
「期待しているよ?」
「……なんだか、何を言っても無駄そうですね」
ため息が一つこぼれた。
[to be next scene Side DarkCrow...]
超新星、などという大仰な言霊を吐いたものであるが、その実態は通称を「ロックウォールキャノン」と呼ばれている。この世界の有史以来連綿と続く由緒正しき魔導騎士が戦闘理論。
構造は至極単純、≪ロックウォール≫を≪セット≫によって斜めに展開、末広がるようにて隙間無く構築してゆき、三角錐様を形成、中で≪エクスプロージョン≫を爆発させることによって爆風に指向性を持たせる、モンロー効果を利用した対城魔法戦術。
砲身は完全に使い捨て。
すなわち一発撃つごとに新たに設置しなければならないという、設置に時間のかかる戦術である――が、その威力はたとえ三十以下でも禁呪級だ。同レベルの≪ブラスターレイ≫をも凌ぐ貫通性と射程、そして何もかもをなぎ払う指向性のついた擬似≪ツイスター≫として機能する。
そう、あの月刊カルドロンにすら載ってしまうほどだ。
もっとも、今回は街を破壊せぬため威力を徹底的に抑えている。
(魔導騎士が基本攻城戦術であるのに禁呪指定とはこれいかに……であるな)
しかし、それはさておくとして。
我は自分のパーティよりすこしばかり離れ、その疑問を解消すべく李儒しかいない即席野戦城の司令部へと入室する。
「何か御用でしょうか?」
「軍師よ、素朴な疑問があるのだが……」
「なんでしょうか?」
死んだ魚のような目で我を見上げてくる。
「我らが街の守りは、良いのであろうか?」
ここには全軍で来ている。たったの五十名弱という兵力を全て西軍が街を沈めんがために正面から奇襲を仕掛けた。
――いや、そもそもの疑問はもっと別のところにある。
「守り、ですか?」
不思議そうに首を傾げて、
「なぜそう思うのですか?」
「ふむ……なぜ、と問われれば……軍師の事を考えるならば当然であるが……それぞれの街に引っ込めている西軍の数少ない補給部隊が、我らが本拠地を占拠し要塞化せんと動いているのではないのであろうか――と思えぬか?」
「逆に問います。その必要があるのですか?」
我が主によく似たその少女の答えに、思わずゾッとしてしまった。
彼女は本気で守りを考えていない。
もはやここで全滅しても良い、という考えにしか聞こえぬ。
「軍師、正気か!?」
「正気ですよ?」
それでは帰るべき東の街がなくなってしまう。ということは、確実にジリ貧を強いられてしまうということだ。
軍師のプロパガンダで我々は補給もままならなくなり、東の街にある物資頼みとなり――篭城を決め込むからこそ我々は短期決戦を強いられた。
そしてこの奇襲作戦にあたり、物資に関して言えばほとんど持ってきてはいない。
「どう動くにしろ短期戦、勝てばいいんです」
――なんという。
本来ならば褒められることではない奇襲作戦を行っておいてさらに、彼女は卑劣にも味方にすら背水の陣を強いてきた。
「軍師とはここまで卑劣で傲慢でなければならぬのか!?」
「それはどういう意味でしょう? 私は軍師として、その職務を全うしているだけですよ?」
そしてその言葉に、何かが食い違うようなイメージを抱かずにはいられない。
――果たして我が軍の軍師殿は、ここまで卑劣であっただろうか? いや、この奇襲作戦すら、まるで策なしとばかりに突っ込む脳筋の如く、ほぼ形式上奇襲としただけという、策も何もあったものではない単なる攻城戦ではなかろうか?
(もはや彼女は軍師ではない――!)
この話の通じなさは、もっとおぞましい何かだ。
「質問は以上でしょうか?」
「……ああ、以上である」
熟練者であるならば、この現状にいずれ必ず気付くであろう。今回は我が気付くのが少しばかり早かった、というだけだ。
これが知れれば、暴動が起きてもおかしくはあるまい。この会話は我と軍師のみの問答であったのが幸いした。
「では自分の仕事を行ってください」
「……よかろう。我が早々にこの茶番、幕引きにしてくれる」
漆黒のマントを翻す。
「蛇遣! 予定変更である! 空より早々に片付けるぞ!」
司令部より大声での伝令。我は返事も聞かず、いや聞くつもりもなく、飛翔するための詠唱を始める。
「期待しています」
「――ふんっ!」
なんと胸糞の悪い話であろうか?
我は先陣を切るよう、空へ向かって≪ステップ≫を宣言した。
誤字脱字、ご意見ご感想お待ちしております。




