第79話 西軍奇襲作戦
「やぁ、いい悪夢は見れたかい? ヘルフリート君」
朝食の硬いライ麦パンを、もうお決まりになってしまったブラックスープにひたして食べながら、会議室にやってきたヘルフリート君に声をかけてみた。
「うっせぇ、悪魔」
「褒め言葉だね」
サタン――つまりサタナエルは神様から「人の妨害をせよ」という命を受けて妨害を始めたそうだ。理由は、神への信仰を確かめるため、だという。
故にサタナエルの日本語訳は「神の妨害」となる。ちなみにエルとは神を意味している、天使の名前にエルがつくのが多いのもこれが理由だ。
――結局のところは悪魔も天使とさして変わらない、神様の意思を忠実に守っているだけ、ということだね。
そして今日も勤勉に人を堕落させようと「お仕事」を行っている、というわけだ。
「……のう、悪魔とか罵られたら普通、怒りゃせんかの?」
「しっ! 黙っとけじーちゃん! ねーちゃんから消されるぞ……!」
――人をまるで裏社会の人間のように言わないで欲しいな。
「ねーちゃんには普通の悪口じゃぁきかねぇって事か……! 伝説の悪口がなきゃ太刀打ちできねぇとか魔王かよ……!」
「これ以上やめとけってヘルフリート! ねーちゃん本気で何するか分かったもんじゃねぇぞ!?」
キリヤちゃんも大概酷いな。
……というか、最近の私の扱い、酷くないかな?
「さて、今日の方針だけれども――」
私はとりあえず昨日作って見た試作品をいくつか机の上にゴロゴロと並べていく。
「――レンちゃんや? 現実でテロとかやっておらんよな?」
「普段閣下が私をどういう目で見ているかを端的かつ如実に表している言葉だね? 私にはやる理由なんてないよ」
いくらなんでもテロなんてしたことはない。
「というか、こういう知識があるということは、テロが起こったら真っ先に疑われるじゃないか。逆説的に『やるにはリスクが高すぎる』というのが正しい」
「……オレには理由さえあればやるとしか聞こえねぇ……」
「そう聞こえてもしょうがないけれども」
理由があってもやらない、と解釈して欲しかったな。
どうあがいたってリスクが高すぎるんだもの。
「つーか、また作ったのかよ、ねーちゃん」
「私は基本的にスキル構成上何も出来ないからね、これぐらいしかやることがないし。まぁ今回も設計図も合わせていくつか試作してみたよ」
一つは攻城専用。
もう一つは近接時の交戦用。
そして最後は戦術的な理由上必要だと考えたもの。
「この三つでお送りいたします、と言ったところかな?」
「えーっと……花火三種類?」
「つーかロケット花火なんて意味が――」
「棒火矢。忍者が使っていたとされる攻城兵器だ。推進用と爆発用の火薬と滑空翼があるから、現実のロケットランチャーに近いね。まぁ、発射装置がなくて弾頭だけ、という違いはあるんだけれども。使い方は、火をつけてから推進剤が起爆するのに若干のラグがあるから、手投げでもいいしロケット花火のように使ってもいい」
「――……えっと、吹き出し花火か、これ?」
「それはテルミット反応を利用した近接戦用の火炎放射器、のようなものだね。構造自体はギリシャ火を参考にしたんだけれど、資料が少なくてほとんど私のアレンジ品だね。ちなみにテルミット反応は今でも金属溶接に使われることがあるくらいさ。軍用として研究されたこともあるし、忍者が似たようなものを使ったという記述もある」
「………最後は、爆竹じゃよな?」
「百雷筒。まぁ構造は爆竹とほとんど変わらないのだけれど、爆発音が当時の火縄銃の発砲音と同じだから囮として使われたことのある一品だ。弾は出ないけどね。出るように改良すればある意味での対人機雷と同じ使い方ができるけど、予算の関係上できなかったよ」
「「「…………」」」
不思議だなぁ、三人とも微妙な顔をしているよ?
「黒色火薬で作れるものって意外と制限されるんだよね。もう少し火薬にバリエーションがあったら、もう少し銃火器が発展すると思うんだけれども……」
なんで錬金術をやっているプレイヤーは作ろうともしないんだろうね? 無煙火薬とか案外簡単に作れるのに。
いや――魔法があれば案外こんなものかもしれない、か。小説でもそんなふうに考察されているものがあったし、確か現実でのメジャーな拳銃を一発撃つのにかかるお値段は数十円ほどと言われている……結局のところ、MPが自然回復するんだから弾切れなんてほとんどないんだ。むしろ作らないほうが魔法使いの優位性が崩れなくていいし、ランニングコスト的にも無意味、と切り捨ててしまってもかまわないのかもしれない。
でももし仮に銃火器が流行ったら? ――どうやったってワンテンポ遅れる魔法よりも早く攻撃できて、そして魔法よりも射程距離の長い銃器が発展してしまえば魔法なんてすぐ廃れてしまう可能性だってある。
やっぱり、このあたりには複雑な事情が絡んでいるんだろうね。利権とか。
「百雷筒はひとまず多く作ってはいるけれども、棒火矢と火炎放射器は三つしか作ってない。地雷のほうは一区切りついたところだし、次はこれを量産したいところだね」
ともあれ、目の前の戦争――会戦日は明日――にこれらの兵器があるのとないのとでは、こちらの戦力を埋める意味では大きな意味合いを持つ。
特に棒火矢はつまるところのロケットランチャーであるのは周知の事実。遠距離攻撃の要となるし、爆発で集団に大きなダメージを与えることもできる。接近されても、ギリシャ火を参考にして作った火炎放射器が弾幕代わりに使える。
運用次第だけれども、百雷筒で伏兵を匂わせる……なんてことだってできるし、弾が尽きない銃撃戦を仕掛けているようにも見える。
「――実に計略が広がるものばかりだよね!」
「腹黒ねーちゃんがイキイキしてオレらの胃がつらい……」
「腹黒とは失礼な」
戦争では当たり前の兵器開発や、プロパガンダをほんの少しだけやっただけだっていうのに、どうして腹黒呼ばわりされなければならないんだろう?
「いいかい? 腹黒っていうのはね? こういう中世世界観においては源九朗義経や演義のほうの諸葛亮のようなことを言うんだ」
「……何が腹黒?」
「義経については、当時は非戦闘員は攻撃してはならない、という暗黙の了解をあっさり無視して、水夫を狙い撃ちした。そして身動きのとれなくなった平家の水軍をボコボコにしたんだよ」
「げっ、そんな事やってたんかよ牛若丸……!?」
「幼名のひとつだね、私としては遮那王のほうが好きだよ。だって丸って、おまるのことだし……」
「おまるっ!?」
「おまるって、あの、こう……」
キリヤちゃんが、まるでバイクに跨っているようなポーズを取った。
「……これ?」
「そうだよ? 幼名は元々悪鬼悪霊に取り付かれないよう、攫われないよう、害が及ぼされないようにつける名前だからね。いくら鬼だろうと汚いものには触りたくなかろう、という意味があるんだ」
だから私は個人的に、遮那王、のほうが好きなんだよね。
「あとは占いがまだ信じられていた時代でもあったからね、本名を使って呪いをかける、なんてことも考えられていたわけだけれども……それはさておき、那須野与一の扇射ちなんて一種の占いだったんだ。『射ち落とさなければそっちが負け』とゲンが悪いわけだ。そこで弓の名手たる那須野与一の出番なんだけれども……彼ははできるわけがないと一度断ったんだ。風も強いし波も高かったから。けれど義経は『だったら帰れ!』と堂々と言い放ってね? まぁ当時の侍にとって『帰れ』って言うのは『死ね』と同義だったわけで」
「ひでぇ!?」
「ねーちゃんみてぇ!!」
「……ヘルフリート君、『帰る』かい?」
「ちょっ!? 冗談でもやめてくれよ!!」
「冗談に聞こえたのなら君の中ではそうなんだろうけれども……まぁともかく、扇を射ち落としたら射ち落としたで『何で人を射らなかったんだ!』と怒ったり」
「なにそれひでぇ!?」
「悪魔じゃな……!」
「その心労が祟ったのかどうかは知らないけれど、没年は二十一歳とまだまだ若かった、という説がある」
「義経こええええ!?」
それでも当時の戦争から考えてみれば、いずれも当時の人間では発想すらしない画期的な戦術を幾度となく使い、本人もまた京八流の一派を修めた剣豪でもあるのだから、軍略家としての才能は恐ろしく高かったと評価するべきだと思う。
「ちなみに諸葛亮は元々内政家、つまり政治家だった。故事曰く、泣いて馬蜀を斬る、の語源にもなった人だけれども、これは敵前逃亡した馬蜀を軍の規律から見て殺さなきゃいけないから泣いた、とされている……のが正史と言われているけれど、三国志演義だと『こんな男を重用しなければならなかった自分が情けない』ということで泣いた冷血漢になっている」
そのためか、馬蜀は殺されるのが嫌で逃げたら、孔明は怒り狂って彼を本気で殺しにかかった、とも言われている。
「……今のレンちゃんに近いところがあるの?」
「閣下、『帰る』?」
「なんでもないぞ!」
これ、ちょっとした脅しにつかえていいなぁ。今後も使ってもいいかもしれない。
「ちなみに破天荒で知られる劉備をして『あんな口先だけの男を信用するから』なんて言わしめたとかなんとか」
今孔明って褒め言葉なのかどうかが怪しくなるね。
「りゅーびって誰だ?」
「気に食わない上司を殴って免職食らう前に辞職したうえに、敵軍の将のところに転がり込んでは戦って、勝てないと見るや逃げたり寝返ったりを繰り返して、あと諸葛亮を将来敵になる相手に押し付けたり、その上で諸葛亮と結託してその相手を下したり……」
「酷いことだけはわかった!」
「それでも大局を見る目があったから、最終的に関を立国したんだよね。あれはもうノリと人柄だけで生きている人間じゃないかな、と思えるような破天荒ぶりは面白いよ? 今度オススメの本を――」
「酷いことだけはわかったから別にいい!」
「――そうかい? それは残念だ」
同じ本の話題で盛り上がれる相手が欲しかったんだけれども……まぁ、この戦争が終わったら李儒さんを相手にするのもいいかもしれない。
李儒なんていう演義のすごくマイナーな軍師をキャラネームにチョイスしているのだから、きっと盛り上がれるだろうな。
「まぁいずれにしろ明日の会戦のために今日一杯で新兵器を量産しつつ、そろそろ絞りきれてきた『隠れているベテラン』にアタックしようかと思うんだよね」
「ふむ……とうとう、じゃな」
「候補って何人ぐらいいんの?」
「まだまだ多いね……三人もいるんだ」
「……時々ねーちゃんがバカに見えるのはオレだけかな?」
「儂も時々そう見えてしまうことがある」
「お、俺様はノーコメントで……『帰ら』されるのは嫌だし……?」
「ちょっと、ひどくないかい?」
確率上は三分の一、つまり三割前後というのは実に低い確率じゃないか。
せめて六割五分を超えるぐらいで勝負を仕掛けたかったんだけれども……やっぱり時間が足りなかったよ。
[to be next scene...]
――そしてそんな時間すら与えてくれない。
まるで敵に情報が筒抜けになっているような錯覚すら覚える。
「まさかスパイとかいないだろうね……!」
いや、いようがいまいが私にそれの判別は無理だろう。
名前バレを防ぐためでもあるんだろうね、こちら側の正式な参加者名簿を所持しているのはあのドSさんだ。実に手回しがいいというか、鬼畜というか。
ある意味で、偽名だらけの信憑性に劣る自作の名簿しか手に入れられていないのは大問題だっていうのに、
『我々はー! そちらの行った篭城およびプロパガンダによって著しく行動を制限され――!』
小五郎の、演説のような大声がこちらのスモーク越しに聞こえてくる。それは拡声器かなにかを使っているのかとも思えるような独特のノイズ交じりで。
内容は婉曲な表現が時々混ざりはするものの、要するに、
『これより一時間後! 一時間後に即時会戦を求めるものである! もし求めに応じない場合、ここに正々堂々と真正面から奇襲を仕掛けるものである!』
奇襲を正々堂々と宣言しておいて、何が奇襲だろうか。要するに、どうあがいてもこちらは強引に会戦するぞという宣戦布告で間違いない。
「私と彼らとの奇襲の概念にこれほどまで差があるとは思わなかったよ!」
「いや、まぁ……堂々と宣言して奇襲を仕掛けるのはありえない話じゃがな?」
「――でも陰謀論として、真珠湾の奇襲は実のところ戦争に参加するために米国が日本からわざわざ先制攻撃させるように仕向けたという話もあってね?」
当時米国は厭戦ムードが漂っていたため、民主主義国家としてはどうしても戦争への参加が困難だったために、そういった罠を仕掛けた……というものだ。
そういう意味ではこれも奇襲の一種とも言えなくもない。
「えっ……?」
かっか に ちょっとした だめーじ!
かっか の じょうしき が ゆらぐ!
「じーちゃん、頑張れっ! まだ常識が揺らいだだけだぞ! オレだって揺らぎまくりだし!」
こうやって行動していて分かったことだけれども、キリヤちゃんはなんだかんだと面倒見がいいよね。妹か弟でもいそうな感じだ――まぁ、リアルのほうをむやみに詮索はするつもりなんてないから、そういう感じがした、程度なんだけれども。
「……とにかく、これで私達に時間は無くなった、というわけだね」
まさか相手のほうがしびれを切らすとは思いもよらなかった。予定じゃあ、こちらのベテランのほうが先に釣れる予定だったんだったんだけれども……!
「実にいやらしい手じゃないか。正面から攻められたら負ける、というのはこちらの弱点なのだから」
正攻法こそ弱点、というのが実に悩ましいね。
それを強制してくる「奇襲宣言」というのも非常に上手い。
「っていうか奇襲ってゆーのかよ?」
「定義としては敵の予期しない時期、場所、方法により組織的な攻撃を加えることにより、敵を混乱させて反撃の猶予を与えない攻撃方法を言うね。こうやってわざわざ宣言するという私達にとっては予期しない方法と、会戦時をずらす事によって予期しない時期に、組織的な攻撃を与えられる。というわけでコレもまた立派な奇襲の定義に当てはまるんじゃないかな?」
「場所は?」
「待ちの一手を取っている私達にとってはここが戦場になることは予期できるからね」
「……奇襲じゃねぇんじゃねぇかな?」
「結果だけ見ればね? もしかしたら私達が攻め込む可能性もあったわけなんだから、場所に関して言えば、私達や敵軍に予期しない場所なんてない」
「……その、プロパガンダ? とかは相手が予想してたとか思えないんだけどさ」
「何をバカな、予想して然るべきじゃないか。むしろ相手がしてこなかったほうがよっぽど不気味でならないよ、私は」
何度も何度もこちらにちょっかいを出してきておいて、今更情報戦なんて行っていないとは言わせない。そんなの、すぐにバレてしまうほどのウソじゃないか。
「プロパガンダをやるには、向こうはベテランぞろいすぎるから、というのがやらなかった理由の最有力候補だけどね、私の中では」
「……ねーちゃんが言うんだったらそーなんだろーなー、ねーちゃんの中では」
おかしな。
最近キリヤちゃんまで私に対する対応が冷たくなってきている気がする。
「ともあれ、一時間後の襲撃。これは確定だろうから」
「混戦は必死かの」
「そうだろうね」
こちら側から敵が見えないけれども、敵からこちら側も見えない状態ではある。簡易の野戦築城をされていてもおかしくないし、もしかしたら後ろに敵が回っている可能性も高い……そして時間もない。
実に悩ましいけれども――
「三分の一に賭けようか」
結果として、ヘルフリート君やキリヤちゃんに流したウィリアム・テルの情報が一切役に立たなくなってしまった。
あと一日あれば十分に広まって居ただろうし、なによりブラフをしかけながらの絞込みも可能だったっていうのに。
「――ふふっ。本当に、忌々しいねぇ」
そして、この上なく面白いじゃないか。
こうも見事に私の策を潰すような行動に出てこられるとは、李儒さんとは実にいい友達になれそうだよ、本当に。
「…………ねーちゃん、そろそろその顔になるの、やめようぜ? 怯えてる子もいるんだからさぁ?」
今回は短め。
誤字脱字、ご意見ご感想お待ちしております。




