第71話 悪魔が囁く
結論から言うと、レベルがオーバーしているからといって、縛られる必要なんて、まったく、これっぽっちも、なかったわけだ。
――つまり、演技をしてまで最初から私を敵に売り渡すつもりでいたのだ、ムギさんは。
「署名した瞬間から、戦争が始まるのか」
戦争にルールはない。
条約はあるけれど。
私はただ、それを実際にやられたわけだ。
「彼女は君を、いい値段で売ってくれたよ」
頼んでもいないのに、御者さんが答えてくれる。
「勝ったとしても、プラマイゼロになるかもしれないってほどにふっかけられたのはコレが初めてだけどな」
「まぁ、初心者達のためには何でもしそうな顔しておるからの、ムギは」
――負けた時のための、何人かの罰金になるぐらいの値段で売られたんだろうね。想像だけれど。
「お気の毒にな、軍師さん」
「ちょっと、黙って、くれないかな?」
ムギさんはドS。
旦那を障害物とか豚野郎とか呼ぶような人だから、まぁそこは想像してしかるべきだったはずなのにね。
――ご丁寧に、嘘までついて私を縛り上げたんだし。
「そもそも縛られる時点で、おかしいとか思わなかったのか?」
「どーじゃろ、レンちゃんは貴様らと違って純粋じゃからのー? なー?」
そんな雑談を、
「だから、うるさい、気が散る。もうちょっと、静かに、考えさせて、くれないかな?」
そう言って突き放す。
「おお怖い怖い……」
「閣下じゃが馬車の空気が最悪な件について」
「味方からも突き放されてんじゃぁ世話ねぇよな――って、やっぱ帝王閣下じゃねぇか!」
「違う! 遊び人のかっちゃんである!」
「だから、黙って、くれないかな?」
そもそも、こんな状況になるなんて思いもしなかった。要点だけをまとめるならば『私に知識がないことをいい事に縛り上げ、売った』のだ、ムギさんは。
条約違反じゃないのか、とは念のため聞いてみた。けれどもそうではないらしい。
そして参加していないプレイヤーたちが、参加しているしていないに関わらず“プレイヤーを売る”こと自体は別に条約違反でもなんでもないらしい。
当然ながら、悪名がつくこともある。でも、そのリスクを承知の上で盗賊プレイを行うプレイヤーもいるらしい。もちろん、ゲームとはいえ常識の範囲内でだけれども。
――それがロールプレイというものらしい。
なるほど、最初は人質なんて意味がないだろうとも思っていたけれど、そういう理由なら仕方ない……なんて思えるようになったのは、慣れてきたのか、毒されてきたのか。私には判断がつかない。
『私達のギルドは断ってたんだけどね~?』
彼女は決して「自分は参加したことはない」とは言っていなかったことも、今更ながらに思い出す。嘘は言っていなかったのだ。
そして初心者支援ギルドというものが、あらゆるゲームの行事に関して知らないわけがない。この戦争も、実際はもっと知っていた事だろう。
『ふははは~! タダより高い物はないぞ初心者よ~!』
ああ、まったくその通りだったよ。
タダより高くついたね、これは。
「しかしそろそろ――ここで颯爽と儂らの味方が助けに来てくれるというのがお約束ではなかろうか?」
「はっ! そしたらあっという間に俺らの臨時収入だな」
確かに、この重装備部隊に護送されているのだ。俗に「三倍の兵力があれば負けはしない」とは言うものの、それでも犠牲は出る。
初心者がいると確定しているこちらの陣営にとっては、その三倍の兵力があったとしても勝てるかどうか分からないし、その後が続かなくなってしまう恐れがある。だから今は攻め時じゃない――私ならそう判断する。
「こちとら安心と信頼の傭兵ギルドだ。まぁ、小さいがな……だけど、このあたりの盗賊プレイやってる奴らはちゃんと把握しているし、俺らに手ぇ出そうだなんて考える奴らはそれこそ素人か自信過剰な奴らだけだ」
――やっぱりあるか、傭兵ギルド。
小さい、ということはこれで全部という可能性もあるかもしれない。けれど、私ならきっと斥候役に身軽な人間をいくらか放っておくだろう。
「儂が知らんということは、かなり小さいところなんじゃろうなぁ……」
「いや、小さくても帝都で傭兵ギルドってのは意外と需要が――ってやっぱ帝王閣下じゃねぇか!」
「違う! 遊び人の! かっちゃんである!」
「――もう、そのやり取り、飽きたから、黙って、いて、くれないかな?」
今分かっている情報は、あまりにも少ない。
味方には初心者が多くいるということ。
私達は敵に捕まってしまっているということ。
彼らは小さいながらも傭兵ギルドであるということ。
盗賊プレイをやっている人達相手が襲撃を躊躇ってしまう程度には実力があるということ。
そして重要なのは、私達は大規模な会戦時に堂々と処刑されてしまう、ということ。
(少なくとも、レベル制限があったとしても、私は縛られる必要はなかった。そして、ムギさんは戦争についてもっと詳しく知っていた)
戦場に向かうために馬車に乗る、これはまったくの嘘じゃない。なぜなら、敵地とはいえ戦場になりうる場所へと向かっているし、本格的な会戦の際には必ず戦場に出なければならない。
これは勝利条件を満たしたと、大勢の前で知らしめるために処刑しなければならないからだ。
(裏を返せば、私達はここで死ぬことは、まず、ない。逆に、死なれては困る、そういう立場にある)
もっとも単純な方法は、自分の足で逃げ出せばいい。
幸いな事に、私達は足を縛られてはいない。迂闊に攻撃すれば死ぬ可能性もある。であれば、逃げるという選択肢自体は悪くない。
ただし周りには騎兵がいる。
捕縛するための非殺傷兵器はない、けれども、剣はかなり大雑把に言うと「斬れるところもある棒」だ。斬らないよう注意すれば、利用できないことはない。
そもそも≪PK≫スキルがなければ、武器で攻撃してもHPを減らすようなことはほぼない。スキル構成が分からない以上、下策だ。
――そもそも、どの方向へ逃げればいい?
その方向へ逃げたとして、山賊や魔物に襲われたとき、私は対抗する手段を持っていない。それこそ逃げることしか出来ない。
閣下のスキル構成も把握していないのだから、戦うという選択肢は頭から除外しておいたほうが無難だろう。
現在考えられる、最上の策はなんだろうか? ――私にとっては「今は何もしないこと」だろう。
敵陣で脱出の機会を図るのだ。
ただし、もっとも困難になる。そもそも敵陣の情報がまったくない。逃げ出しても結局は捕まってしまう可能性のほうがよっぽど高い。
つまり、
「閣下」
「レンちゃんまで……今の儂は遊び人のかっちゃんであると何度言ったら」
「諦めて首と胴体を生き別れにしよう」
「「「「「「諦めるの早っ!?」」」」」」
御者の人だけではなく、周囲の騎兵五人も同じ言葉を発した。
「……レンちゃんや?」
「なんだい?」
「そうやってすぐ諦めるから鬼畜米兵に負けてしまったんじゃ!」
――そういえば戦争体験者だったね、閣下は。
でも今時鬼畜米兵とか、問題にならないんだろうか? 私はそれだけが心配でならないよ。
「でも敵の上陸作戦でわざと突破されるような布陣にした例もあるとおり、どうしようもないときに華々しく死んでしまおうと考えるのが日本人とも言えないかな?」
「最近の若者は嘆かわしいのぉ!」
嘆かわしい、と言われても……、
「八方塞がりで、どうやって勝てと言うんだい?」
それにランディも言っていたようじゃないか。「負け戦を経験してこい」って。
現状では負け戦というより、死んで来る、に近いんだけれど。
「こういうときこそ儂らに神風が――!」
「神風特攻の際に掲げた一人千殺の達成率は実に低かったそうじゃないか。迎撃される可能性が高くて」
「――神風が吹くんじゃ!」
諦め、悪いなぁ。
「っつーか、おじさんたちもびっくりだわー……ゲームだからっつーことで、もう少し悪あがきする奴が多かったんだけどな」
「例えば?」
「そのまま逃げ出す、とかだな……まぁ、だからこそ馬を用意したわけだ。馬車だと小回りが利かなくてな」
「ああ、やっぱりね」
「なんだ、分かってんのか……あと経験したのは相手側の狙撃だな。だから普段着ないような金属鎧まで持ち出してるんだし」
「まぁ、そうだろうね」
「見ただけでそういうのも予想済みなのか。すげぇな軍師って」
「うむ、それほどでもないぞ?」
「――なんで閣下が口を挟むのかな?」
狙撃の件について、実はまったく考えていなかった。
狙撃という単語だけ聞けば簡単に聞こえるけれども、実情はすごく難しいのだ……と、本で読んだことがある。
まず、標的は常に動いている。動かない的にすら当てづらいのに、これは致命的だ。
次に、狙撃手は狙撃を悟られてはならない。これは当然の話だね。
また、誤射しないようにしなければならない。これは観測手の役目かもしれないかな。あれはただ狙撃手の隣でターゲットを見ているだけじゃなくて、場全体を確認して、狙撃手が狙撃以外のことに対して神経を割かないようにする。風を読んで弾道の予測を立てることもあれば、敵が近づいてきたりしたときの敵の排除も彼らの仕事のうちだとか。
最後、こちらの陣営でそれができる人材がいるかどうか、それが分からない――素直に言えば、素人はこちらの指示した戦場で、鎧で防御を固めて金属棒を振り回すだけにしてもらいたい。
もしくは槍でもいい。身長の三倍はあらんかというくらいに、とにかく長い槍だ。それを上から叩きつける。突くのではなく叩きつけるのだ。日本の戦国時代ではこれが基本の戦闘方法で、進む、曲がる、叩きつける、この三つさえ教えればいいので訓練期間はさほど必要がなく、農民を徴兵したときに即戦力にできるという基本的な戦術だった。
これは横並びになって一斉に叩きつけるから逃げ場もないし、長い槍を振り下ろす際の位置エネルギーを運動エネルギーとして利用できるから、相手が鉄兜をかぶっていたとしても簡単に脳震盪を起こさせることが可能だ。
しかもこの方法は、どこかの地方では竹を長槍に見立てて合戦を行う祭事が今も残っている、とても伝統的なものだと本で読んだことがある。
――ちょっと思考が逸れてしまったようだ。
とにかく結論から言おう、
「血気盛んな初心者がいたとして、徹底して対策している彼ら相手に勝てる見込みは、正直に言えば、ない。いや、正しくはあるんだけれど……」
「あるならばなぜそれに賭けんのじゃ!」
「分が悪すぎるんだよね。確実に勝つには、三倍の兵力が欲しい。あと、彼らの自信からそれなりの実力はあるだろうから、私達を救出する時の損耗率が二割以上になる可能性が高い」
確か、戦線を維持し続けることができる最大の損耗率許容量は二割から三割だったと聞いたことがある。
――もっとも、ゲームでこれが当てはまるか、と問われれば疑問符がつくのだけれども。
「おう、高く買ってくれてるんだな?」
「高く買っているんじゃない、高く見積もっているんだよ」
軍師は常に最悪を想定しておく必要がある、なんて読んだことがある。
身内の過大評価は危険だけれども、敵の過大評価は自分たちを慎重にさせるからこそ、高く見積もっているのだ。
「御者の……ええっと」
「ロバートだ。ロブって呼ばれてるし、そう呼び捨ててくれて構わない。戦争が終われば敵じゃなくて、顧客になるからな……おっと、傭兵ギルド<ロブスター>をよろしく」
そのギルド名に思わず笑ってしまいそうになったけれど、それだけにこんなに印象深い名前は早々忘れることはないだろうね。
名前を覚えて置いてもらうには、なかなかいいネーミングだと褒めておこう。センスは疑われるかもしれないけれど。
「例えばロブさんが私達を人質に取ったらどうだろう?」
「俺ら<ロブスター>は人質を取らない主義だ」
捕虜はある意味人質と呼べなくはないだろうか?
――まぁ、私達を盾にするつもりがない、と言いたいんだろうけどね。
「仮定の話だよ……だから、さらに仮定の話をすれば、味方の誤射で私達が死んでしまったらどうだろう? ここで私達が死んでしまったら、私達の陣営は誰がまとめ上げるんだい? 仮にいるとして、兵力差がありすぎるように聞こえるね。それこそ篭城か玉砕かを選ばせたいよ」
「だから諦めよ、と?」
「そうなるね」
なんやかんやとあって軍師に任命させられた私にとって、最善の策は降伏だ。
そもそも、こちらの敗北条件になる対象がこうやって敵の捕虜になっている時点で負けを認めないというのは無理がある。
「ここで諦めるでない! レンちゃんにも大和魂があるならば、玉砕覚悟で打って出てみよ! 奇跡は起こるし神風も吹くであろう!」
「奇跡は起こらないものだから奇跡だよ」
とてつもなく確率の低いことを成し遂げるからこそ奇跡と呼ばれるのであって、ただ口をあけて棚から牡丹餅が落ちてくるのを待つのは奇跡じゃない。
それは単なる、偶然だ。
「私の信条は、奇跡とは起こすもの、だ」
「ならば軍師らしく奇跡を起こしてみせい!」
「……閣下は軍師を勘違いしてないかい? 軍師は、勝てる戦いは確実に勝てるように、勝てない戦いはできるだけ五分に持っていくものだよ」
はっきり言おう、最良の戦術は人海戦術だ。
そして最強の戦略は、反撃の余地も迎撃の余地もなく徹底的に核ミサイルのような戦略兵器を撃ち続けて敵側を焦土と化し皆殺しにすることだ。
私は、そうさせないようにするのが軍師の仕事だと考えている。
「……なんつーか、聞いていたのと全然違うな、この軍師」
「参考までに聞くけれど、どういう風に聞いていたんだい?」
どうせ、クレーターを作るような人間だと思われているんだろうね?
「勝利の女神」
「――バカらしい」
一蹴してやった。
「いや、だってこのゲーム基本的にみんな脳筋族だぜ? あとは暗殺マンセー。たまに商人最強とか内政チートとかいるけどさ」
「脳筋だってところは、始めた時から感じていたけれど……」
思っていたよりも実情が酷い気がするね。
「まぁ、どのゲームも基本はレベルをあげて物理で殴れって話だしな。たまに物理反射で泣くけど」
「物理攻撃を反射する魔物がいるのかい?」
「いや、このゲームにはいねぇよ――とは言いがたいか。素手で殴れば自分にもダメージが来るからな」
「なるほどね」
要するに、異様に硬い相手というわけか。
もしかしたら、皮膚をトゲで覆っている相手がいるのかもしれないし、カウンター系のスキルがあってもおかしくない。
「まぁ、帝王閣下をとっとと帝都に死に戻らせたいし、諦めてくれるのはすげぇ嬉しいよ。仕事が楽になるから」
「――レンちゃんや! ここで諦めるでない! 我輩が与えた軍師の名が泣くぞ!?」
「今は閣下じゃなくて遊び人のかっちゃんじゃなかったっけ?」
「……と、閣下も思っておることじゃろう!!」
「いや本人だろうってさっきからだな……!」
帝王閣下じゃない、遊び人のかっちゃんだ。
いいやお前は帝王閣下だ。
そんなくだらないやり取りがもう一度始まる。
(これを敵地にたどり着くまで延々と聞いていなきゃいけないのか……)
そんな話しかないのか、としか言いようがない。
周りの騎兵たちは、関わるのも面倒なのか、それとも周囲警戒に意識を割いているのか、その両方なのか。さっき私が諦めようと言ったとき以外では話そうともしない。
――まぁ、理解できなくはないね。
負ければ、私の身柄をムギさんから買った分だけ確実に足が出る。だからこそ、考え付く対策をした上でこうして私と閣下を護送して……、
「……ところでロブさん?」
「ロブでいいぞ? ニックネームにまでさん付けって座りが悪いし」
「じゃぁ、ロブ。聞きたいんだけれども」
「うちの陣営の情報は教えねぇぜ?」
「なんじゃい! けーち、けーち!」
「黙れ! ――で、なによ?」
「閣下を捕まえたのは、任務だったのかな?」
「そうだ……と言いたいけれど、ぶっちゃけ違う」
「私を買ったのは?」
「そっちも違うな。まぁこういうイベントじゃ悪く思わないでやるのが優しさっつーか人情なんだけど。ここから出ていく俺ら以外のプレイヤーを、ギリギリまで確認しておくのが俺らの仕事だったわけだ」
なるほど。
どれだけ参加しているか、どういう相手が参加しているかを確認していたのか。
「戦争企画当初から初心者ギルドから初心者がいくらか出てくるってのは知ってたし、そのお守りがどれほどのもんか、とか、どれくらいの人数がいるのか、ってのを調べてたんだよ」
「――鎧をもってきておく必要、ないんじゃなかったのかな?」
「情報は、新鮮なうちに、確実に持ち帰らないといけないからな。後は、本当に厄介な相手がいたときに、人質を用意する、ってのもあったんだけど……」
「乗り気じゃなかった?」
「……まぁな」
心底嫌そうな声で答える。
人質はとらない主義と言っていたけれど、彼らにとってこれはお仕事だ。嫌な事もやらざるを得ないときだってあるんだろう。
「そんな折、私達を捕まえられた、ということだね」
「そうだ。ギリギリになって、いい話がある、って持ちかけられたんだよ」
なるほどね。
「そういえば、私の死亡も勝利条件の一つみたいだけれど、いつ決まったんだい?」
「ああ、それ? 正しくは大将と副将の首なだけだよ」
私はきっと副将扱いなんだろうね。
「どっちもギリギリまで登録しないか、隠されるもんだしな……そういうクチだって思ってたんだけどな、まさか何も知らないとか」
「私自身もびっくりだよ」
知らないうちに、そうなるように仕組まれていた。ということなんだね。
――ランディの仕業だろう、負け戦を経験して来いとか言っていたようだし。帰ったら絶対に意地悪してやる。
「ま、とにかくそのいい話ってやつで相手側の将が釣れるとか思わなかったけどな」
「そういえば最初は囚人呼ばわりされていたけれど」
今は普通に会話してくれている。
――私が始めてだから遠慮してくれているのだろうか?
「一発で現状を説明するのに、これほど適した言葉はないだろ? だから最初だけそう呼ぶんだよ。帝王閣下のほうは、割と本気だが」
「遊び人の! かっちゃんである!」
「うるせえもう身元割れてんだよ!」
なんだ、遠慮じゃなかったのか。
まぁ、だからどうしたという話でもあるんだけれども。
「ま、敵将二人。始めのうちは報奨金にゃまったく期待してなかったけれど、こりゃぁボーナスがたんまり貰えそうだな」
――確か、報奨金は相手側の人数で変動するんだったか。
ということは、
「こっち側の戦力が少ないと見込んでいる?」
「そりゃぁ初心者が多いほうに、誰が勝てるって思うよ?」
「まぁ、真理じゃな。新兵ども相手なら、数で押せば負けまいて」
「しかもこっちにゃ竜殺しまでいるんだぜ? 実際の戦力はもっとデカいってもんだ」
なるほど、それは確かに心強い。
「あとは、あの有名な“人斬り小五郎”だな!」
「……」
あの浪人は、まだ懲りてないのか。
まぁ受験対策はやっているハズだから、そう多く口出しするべきじゃないけれど。
「もう対人じゃ無敵って感じ? 勝ち馬に乗りさえすれば、君の身柄を買った分は分け前を多くしてもらうことでなんとかなりそうだし、しかも閣下まで運よく捕まえられたし、これは確実に俺らの波が来てるね! ビックウェーブだ!」
「あそこで見つかるとは不覚じゃった……!」
「だよなぁ! まさか相手のメンバーをナンパしてたとか誰が考えるよ!」
「……」
私は無言で、閣下を見やる。
思っていたよりもどうしようもない理由で見つかっていた事が、私は非常に残念でならない。
「わ、儂は遊び人のかっちゃんである! 女の子に粉をかけるのは義務じゃ! 義務!!」
「そっちの遊びは、ほどほどにしたほうがいいね」
「だってばあさんに先立たれてさびしかったんじゃもんっ!?」
「……ロブ、ナンパされていた子は幾つぐらいだい?」
「こないだ成人式に出たっつったな」
「ふぅん」
どうしよう。
閣下を思う存分罵倒してやりたい気分だ。
「……まぁ、いろいろとあったようだけれど」
「儂はただ声をかけただけで何もしとらんよ!?」
「ルール上、裏切ってもいいんだよね?」
「ほぼ何でもありだ。まぁ、こっちの勝利条件にある君が裏切ったとして、結局処刑することには変わりはないが……」
「そんなんじゃないさ」
そう、事はもっと簡単だったのかもしれない。
「こっちにつかないかな? 今ならまだ、もれなく勝利の女神がついてくるよ?」
彼らに、裏切ってもらえればよかったんだ。
「もっとも、ただの遊び人も一緒だけどね」
軍師は勝てない状況を五分にまで持っていくのが仕事。そして奇跡は起きるものじゃなくて、起こすものだ。
そしてロブは言った。
私を勝利の女神だと思っていた、と。
「面白い冗談だな。だが初心者がいる陣営で、勝てるわけがない。他を当たるんだな」
もちろん、そう言われるとは思っていたさ。
でも、ロブは少しばかり喋りすぎたみたいだね? おかげで私は、奇跡を起こして神風を吹かせる条件を、揃えられた。
「いいや、勝てるさ。というか、確実にこちらのほうが儲けられる。大穴、というやつだね」
「大穴は、当たらないから、大穴と言うんだ」
「そうだね。でもこういう筋書きはどうだろう?」
人質を取る、金で釣る。
敵を味方にする方法は、いくらでもある。そして、それを教えてくれてありがとう。
さっそく使わせてもらうとするよ。
「私は、ギリギリになって登録した。それも、半ば騙されてね」
「いやいや、参加してるなら騙されたとかそういう……」
「――≪ウソ発見≫スキル」
ロブの表情は、バレルヘルムのせいで読み取ることが出来ない。
でも、明らかに空気が変わったのだけは分かる。
「私はね、ちょっと前まではウソをついたことがないのが自慢だったんだ。代わりに、真実を喋ったこともないけれども……おかげで≪ウソ発見≫スキルには感知されないんだ」
そして私はあるとき、≪ウソ発見≫スキルに引っかからなかった事も経験している。
だから私は、ウソをついたことがないのが自慢だ、と言えばいい。
「人質を取る、金で釣る……味方を増やす方法はいくらでもあるみたいだけれど、さて、本当に味方しているかどうかをどうやって判断するんだろう? それはもちろん、≪ウソ発見≫スキルだろうね?」
それが、どれだけの精度であるかは分からない。
けれども、必ずこう考える相手はいるはずだ。
「確かに敵将を捕まえてはいる、でも、それは君たちの実力じゃない。報奨金は少ないのに、なんで分け前を増やしてやらなければならないんだろうか? 増やして欲しければ、実際に手柄を立ててもらいたいものだ……なんてね?」
「そんなこと、あるわけがないだろう? 味方はウソをついていないんだぞ?」
「でも敵もウソをついていない」
どちらも真実と判断する人がどれだけ多いだろうか?
「真実を隠すメリットがあるのは……さて、どっちだろうか?」
もちろん、敵にそんなメリットなんて存在しない。どちらにせよ報奨金を支払うだけの存在だ。
じゃぁ誰が分配するんだろう?
それは彼の言葉の端々から簡単に想像できる。大将だ。彼らは傭兵だから、正確には雇い主という関係になるだろうけれど。
「――遊び人のかっちゃんは、どうして捕まったんだったかな?」
「む……恥ずかしい話だが、粉をかけた相手が敵軍じゃった」
「そう、それだけ」
「いや、必死こいて逃げ回っていただろう? おかげで出発が遅れたんだ」
「でもウソはついていない」
ここで重要なのは、ウソをついていない、ということだ。
閣下もそれを、きちんと理解してくれているね。
そして、ロブも理解はしている。
けれども、受け入れたくはない。そんな雰囲気だ。
「私に猿ぐつわでもするかい? あとで人権侵害だと声高に叫べば、帝都での仕事がぐんと減る可能性が高いね? 他には、そう……例えば、お金を多く貰うために喋れないようにした、なんて線もいいね。お金に汚い傭兵集団は、もしかしたら報酬が少ないと暴れるかもしれないな……なんてね?」
ウソはついていない。
これは単なる、可能性の話だから。
「ところで、儲かるかどうかはさておき、ロブのギルドにとって確実に有益な仕事があるんだ」
「……裏切りは、信用を落とす」
「確かにそうだね、戦争でお金に釣られるのであれば、の話だろうけど」
そう、お金に釣られれば信用を落とすだろう。
「でも、お金に釣られて裏切るのがありうる話なら、義によって初心者の手助けをする、なんていう裏切りの理由があってもいいとは思わないかな?」
義。
実に便利な言葉じゃないか。
「仁義あふれる傭兵ギルド。彼らはお金で裏切らない。そのギルドは<ロブスター>……なんてね?」
仁。
この一字も付け加えてやれば、そのギルドは篤く信頼されるだろう。
「要するに、広告費、宣伝費用さ。今は確実に儲かるわけじゃないけれど、絶対に損はしない投資だと思わないかな?」
そして私は、わざと、思い出したかのように付け足すのだ。
「ああ、そういえば、遊び人のかっちゃんは、帝王閣下ととても密接な関係にあるんだよね?」
だってご本人様だものね。
遊び人のかっちゃんとは、世を忍ぶ仮の姿……なら密接な関係と言っても過言じゃない。
――そう、決してウソはついていない。
「ふむ? ……おお、確かに密接な関係であるな!」
「いや、どう考えても本に……」
「帝王閣下と! 密接な! 関係のある! 遊び人の! かっちゃんである!」
「そして私は、私達はウソなんてものはついていない」
本人ではない、なんて一言も言っていないのだから。
そして、確実に儲かる、なんて言葉で釣ってもいない。
ただ、これからのロブのギルドにいい影響が与えられるであろうという可能性、それだけを告げているのだから。
「さて……赤字が出るように工作する私達を連れて確実に勝つか。勝つか負けるかの賭けをしつつ、ギルドにとって有益な宣伝をするか――ロブがどちら側につくかで決まるね。私は、まぁ、どちらでもいいよ?」
そう、私にとってどちらでもいい。
「さっさと処刑されてしまえば、こんな状況にしたムギさんたちのところへすぐに抗議しに行ける。そうでないなら当初の目的どおり、私は軍師働きをして初心者を脱却する。どっちに転んでも、私はあんまり痛くないんだ」
だから、こんな程度で丸め込めるなんて思っていない。
「……悪魔だな」
「いいや、軍師さ」
私はただ嫌味ったらしく、敵に選択肢を与えてやっただけなのだから。
ご都合主義っぽくてままならない……。
誤字脱字、ご意見ご感想お待ちしております。




