第68話 ダーティな依頼
「ん~……さすがにやりすぎたかもしれないね」
このような惨状にいたって、ようやく真剣に考え込むような顔をする。ジルコニアGMは、ふわふわと空を浮かびながら、私たちのところへとやってきた。
「お疲れー」
「おつかれちゃーん」
アスールが軽口で答えた。私も、お疲れ様です、とだけ答える。
「……で、大体予想はついているんですが」
あの“お客様”たちの性格のことだ、無謀に突撃していったに違いない。装備もほとんどない近衛兵たちより後ろにいるのは、女性ばかりだ。
そして、ルシーはそこから先へと通さないと言わんばかりに仁王立ちしていたのだから、きっと敗走していたのかもしれない。
――変態だけど、不死者に対してはずいぶんと強い人なんだなぁ。
「何があったんですか?」
「んー……プレイヤーの暴走でシナリオが崩れた、ってところかなー?」
まったく悪びれもしない。
むしろ、自分の企画が潰されたことに対して苛立ちを覚えているかのようだった。
「いったい、どういうシナリオを考えていたんですか?」
「協力プレイ!」
「……」
それは、無理だろう。私はすぐにそう思う。
主人公として舞台に上った“お客様”たちにとっては、負けることは一切ありえない話だと考えるのが普通なのだから。
(悲劇の主人公は、演じられたみたいだけどね……)
さんざん無茶なことばかりを言ってくる“お客様”だったし、義憤に駆られるような気持ちは湧いてこない。
――大人は、私よりもずっと賢くて、そしてとても尊敬できる人達だと信じていた私の気持ちを容易く踏みにじってくれるような人達だった。
心にあるのは、そんな感情だけだ。
「ま、アレだよ。『ふっふっふ、諸君らは我々の与えてやった力に溺れたのだよ』って言いたくなる感じ?」
「訳が分からないぜ!」
アスールが茶化す。
まぁ、私にとってもよく分からない感情なのだから、いいけれども。
「でも……いくらでも蘇ってくるものを五体も用意するのは、少しやりすぎだとは思うんだよね、私としては」
「ゾンビとして使えるような死体がないと、数分でその蘇生力が発揮されないんだよねー……そこのメイス持ってる毒舌女さんに、結構すりつぶされたし」
ルシーが、毒舌? ……いまいち想像できないな。
はぁはぁと鼻息を荒くしているところなら容易に想像できるんだけれど。
「ところで」
そしてようやく、私は本題を切り出すことにした。
「こんな風にのんきに話しかけてきているってことは、終わりなのかい? それとも、油断をさせておいて後ろから刺されてしまうのかな?」
もっとも、後ろにはランディとクロウが控えている。あまり期待はできないけれど、タロスのゲリュオーンも、だ。
そしてすぐ隣にはアスール。ジルコニアGMの後ろにはルシーとアリス。ヘルフリート君とキリヤちゃんは……申し訳ないけれども戦力外としてカウントさせてもらう。
――バイソンGMのように襲ってきても、最低でも私一人が犠牲になってしまう程度だ。余裕で対処できる布陣になっている。
「バイソンGMじゃあるまいし、私は場を引っ掻き回して楽しむタイプだしー?」
本当に悪びれもしないな、ここのGMは。
「どうも向こうさんがね、なんでか抗議に乗り込んで来てるっぽいんだよね。リアルのほうで」
――まさに今更、というか、当然のような気がするな。
「なんでだろうね?」
「いや、当然っしょ」
アスールが呆れたように、燃え尽きて灰になった敵に突き立てていたサーベルを引き抜いた。
「コレ、お客さんでしょ?」
サーベルの峰で、肩こりでもほぐすようにとんとんと叩く。
「……そうなのかい?」
てっきり私は不死者であるから火葬したんだと思っていた。
灰となったそれを私はまじまじと見つめる。私はホラーは苦手だけど、先ほどまでは支援に夢中だったし、今は跡形も無いから別にこわくなんてない。だけどおうちかえゅ……。
「でー、今教会のバイソンGMからの連絡でー、ログアウトしてー、苦情言われてー、てんてこまいだー、って営業のほうから苦情が来ていると……正直バカらしくない?」
……はっ! あぶないあぶない。意識が飛びそうになったよ。
「――まぁ、彼らは自業自得だと思いますよ?」
私の考えを代わりに口に出してくれるかのように、そこへ、いつの間にか近づいていたルシーが割って入ってきた。
ずいぶんと、血まみれというか……ボロボロになっているように見える。
「先ほど、ローブの下に手を突っ込まれました」
「――なんだって!?」
なまじっかこれほどリアルな世界でそれは、単なる痴漢行為じゃないか!
「GMが傍にいるせいでハラスメント警告も鳴りませんでしたし、私、とても迷惑をこうむりました」
「あー……あーはいはい、ログ発見」
ルシーを視界に置きながら虚空を見つめ、そんな事を呟く。
「お尻も触られてるっぽいけど気付いてた?」
彼女の目に、どのように映っているのかは分からない。けれども、ずいぶんと冷ややかな声を出していた。
――あの、おちゃらけたようなジルコニアGMではない、仕事モードと言った感じで。
「いいえ。アレらがローブにしがみついていたので」
「……個人情報がちょろっと出ちゃうかもしれないけれど、これ、証拠として使用していいかな? もちろん個人や家を特定されるようなことは無いようにするから」
「ええ、どうぞ」
「じゃぁ今日の日付とキャラクター登録名言ってくれるかな? あと目の前に承諾確認ウィンドウ出すから、それをぽちっと」
口調こそ崩れているけれども、まるで刑事ものの小説のワンシーンを見ているかのような錯覚さえ覚える。
――ルシーは厳かに、今日の日付と自分のキャラクター名、そして私の目には見えないけれども、目の前に出ているという承認確認のボタンを人差し指で触れた。
「確認者、ジルコニア。権限、ゲームマスター……っと。はい、どうも」
「いえ、これぐらいなんともありませんよ」
ルシーは軽く微笑んだ。
「じゃ、ちょっとイベント続けられなさそうだけど……もうちょっと頑張ってみる?」
「――私はたとえギルドマスターの命令であっても、下ろさせてもらいますが?」
まぁ、当然か。
言ってしまえば、痴漢された当人なのだから。
「本来ならアリスやランディに判断を仰ぐべきだろうけど……もう下りていいんじゃないかな?」
これ以上付き合いきれない、そう思うよ。
「軍師にさんせー。どうせガランさんも同じ判断下すっしょ」
アスールも同意見のようだった。
「そっか。じゃぁ私の権限で拠点に移動させるけど、いいかな?」
「便利なものがあるんですね」
――というか、最初からどうして使ってくれなかったのかが疑問なんだけれども。
「お願いしよう。メンバーは……近藤さんたちは近藤さんたちでなにかやる必要が出るかもしれないし、とりあえずはギルドの『アリス・イン・ネバーランド』のメンバーで――」
私は一呼吸置いて、
「――桂小五郎という人物だけは、街の入り口の、とてもとても高い空に出現させてくれないかな? 確実に、落下するように」
裏切り者に、もう一度死の制裁を加えるつもりで、言い放った。
[to be next scene...]
「――ま、事情は分かった」
拠点に戻った私は、何よりもまず、その戻った理由を告げた。突然自分達のいる場所が変わったせいで、あのときGMの傍にいた私やアスール、ルシー以外の全員が混乱していたからだ。
「――でもなんで俺の家が拠点になってんだ!」
そう、ここはランディの店。
拠点として私が指定したのだ。指定しなくてもジルコニアGMならここに飛ばしただろう。今朝はここに全員でたむろしていたからだ。
「ランディ……他に集まるところがあるのかい?」
「街の公園でもよかっただろうが!」
「そういうのは、二人きりでムードのある夜景を背景にするのがいい。今度、私がその良さを教えてあげよう」
せっかくアスールから『ライバル宣言』を受け取ったわけだから、アスールを挑発するように流し見て、ちょっと勝ち誇ったような顔をしてみた。
ぐぬぬ……と歯を食いしばる彼女がとても可愛らしい。
「あとは、そうだね……全員でゆっくりと出来る場所がここしか思い浮かばなかった、というのもあるかな? 私の部屋はワンルームだ、この人数は狭すぎる」
「そーだよねー! 軍師の部屋は狭すぎるもんねー!」
「うん? アスールを呼んだ覚えはないんだけれどな……」
「簡単に予想できますー。どうせ軍師のことですしー? 本ばっかりしかないんでしょ?」
「確かにそうだね。でも、片付けてはいるさ。人が来ても恥ずかしくないぐらいにはね?」
「ふぅうううううん? どぉおおおだかぁああああああ!?」
実に小気味よく反応を返してくれる。本当に、からかい甲斐がある。
「……アスールのことからかってるんじゃない。今後の話をするぞ?」
「そうだね」
そしてアリスへと目線をやった。
「あれ、もう修羅場終わり?」
「修羅場じゃないよ、ちょっとしたじゃれあいさ」
というか、修羅場を期待されても実に困るんだけれどもね。私はハードルになるつもりはあっても、ゴールテープを切るつもりはないのだから。
「それじゃ……」
コホン、と一つ咳払いをする。
「第一回ギルド会議ー」
「……あれ、第二回じゃね?」
「いちいち数えるのが面倒だからださ」
私も最初はそう思っていたなと、ヘルフリート君の口にした疑問について思いを馳せる。
「議題はー……依頼の件しかないかな」
「小五郎の裏切りについての制裁はどうするんだい?」
「アレの裏切りって毎度の事だし……」
「えっ?」
「あー……暗殺ギルド所属時代からあんな感じだったからな」
「我は奴を悪く言うつもりは無い……が、その、なんだ、弁護をしろと言われれば……困るな……」
「小学生か中学生ぐらいでしたら、私は必死に弁護したでしょうね」
「特に言うことはない。が、ゲリュオーンがあの場に置いてけぼりにされたことについて抗議したいのだが……」
「棄却します」
よし、アレにはもう少し厳しい罰を与えてもいいだろう。
でもそのせいで落ちたと言われたくないし、
「とりあえず、勉強の課題を増やす方向でいこう。あとは財産のいくらかを没収。これでどうだろう?」
「ふむ……妥当であるな」
「まぁ、毎度の事だしな」
小五郎への罰の方向性は決まった。
問題のほうは、図書館の司書に頼めば適当に見繕ってくれる。せいぜい山のような課題を用意してやることにする。
「でー……依頼の件ですがー……」
「まぁ、失敗であろうな」
「初めて受けた依頼が失敗かー……なーんか悔しいなぁ」
キリヤちゃんが唇を尖らせた。
「ここはいい経験ができたと思いましょう。これを次回に生かせばいいのですよ、キリヤちゃん」
まるでシスターのような――あ、そういう演技だったね。
変態すぎて忘れていたよ。
「それよりも閣下の大切な帝都の国力を大幅に削ってしまったな……我はどう償えばいいのだ……」
「俺らは下りたけど、そっちの保証はきっかりとっておいてあるから気にするほどじゃねぇだろ」
確かに、契約時には成功や失敗に関わらず帝都の保障をするような条文を付け加えていたね。
「私達が損をした、で終わりじゃないかな? 別に、私達には落ち度が……落ち度が……あったね、そういえば。小五郎という汚点が」
「アレは気にしたってしょうがないって」
「……まぁ、そうであるな」
「結果として、小五郎以外には我々に何の非もない。GMの悪ノリと、依頼者側の暴走、これだけだ」
「そうなるね」
けれど……思い返せばもう少しうまく立ち回れなかったものか。とも思う。
御し方が甘かったとも言える。
例えるなら、営業という大将首をとって、意気揚々としているところを臣下から逆襲を受けてしまったような気分だ。
「――あー、まぁ、なんだ。そう思いつめてるところ悪いんだけど」
「……なんだい?」
顔に出ていたらしく、ランディは申し訳なさそうに、私に声をかけた。
そして、アリスのほうへ顔を向けて、顎をしゃくる。「お前が言え」と。
それに対してアリスは嫌そうな顔をし、首を横に振った。
「……二人とも、何を、隠して、いたんだい?」
私は知らないうちに、魔導書に手を伸ばしていた。
「待て! 早まるな! 撃つなよ!? 絶対に撃つなよ!? フリじゃねぇからな!!」
「――アリス?」
「あ、うん……正直に話すね?」
顔を引きつらせたまま、アリスはこう答えた。
「実は、GMから、失敗させろって依頼も、受けてました」
「……はぁ?」
私達の声が重なる。
[to be next scene...]
『向こうの動き次第だけれど……明日の朝、新聞か、テレビを見れば分かる、と思う』
ランディはそう言っていた。
その言葉に矢も盾もたまらなくなり、私は朝刊がくる時間に目を覚ましていた。
ゆっくりと空が白くなっていく、ポストに投函されたソレをすぐさま抜き取って、広げてみた。
探す必要なんて無かった――ランディが言っていた記事は、トップの三面記事を見事に飾っていたのだから。
「……つくづく、どういうことだい」
思わず呟いていた。
――前代未聞!? ゲーム内で行われたお見合いパーティの痴漢行為!
見出しだけで、中身まで読むほどではない。なぜなら、私達は当事者だからだ。
しかし、あまりにも早すぎる。
もしかしたら前もって準備を進めていたのかもしれない。
「運営は仕事をしないんじゃなかったんじゃないのかい? ランディ……」
自分がやっているゲームが、こんなに世間をにぎわせるほど大きなものだとはまったく理解していなかった。
いや、医療技術の発展や障害者への配慮、警察が練習に使ってしまうほどの広さとリアルさ……考えてみれば、今の社会に与えている影響は計り知れない。そのことをすっかりと忘れていたのだ。
私達が「仕事をしない運営」と言っていた彼らは、影で、実に大きなことをやっていた、ということなのだろう。
――軽く内容を流し読む。
まるで運営側に配慮したような、運営が有利になるような書き方だ。ともすれば、出会い系よりもタチの悪いゲームであるとも言えるのに……よくもまぁその部分をボカしてうまいこと文章を作るものだ。
話の流れも大体合っている。
『――日夕方、ゲーム内でお見合いをした際、相談所側の参加者数名が外部から協力をうけおっていた一般人らに対し恐かつやチカン行為などを行ったとして、運営会社は参加していた人物ら数名を恐かつおよびわいせつほか多数の罪で刑事告発した。ゲームであるとはいえ、触られたという感覚は実際に感じるものであり……』
という文言から始まり、
『……これは普段身動きの取れないしょう害者たちが、社会へ復帰するためのモデルケースとなる前例として進められるべき企画であると説明を受けていたにも関わらず、参加者らはぼう若無人なふるまいを行い……』
などと繋がっていく。
かなり大きく根回しを行ったんだろう。一昔前は『オタクの行うゲーム』だと言われていたものが世界的に認められ、仮想世界ではあるものの『もう一つの現実』として受け入れられ始めたことも感じられる……ように書かれていた。
「……なるほど」
汚い世界を見たような気分だよ。
「失敗しろ、という依頼は、こういうことだったのか」
実際に受けていたのはアリスと、ランディの二人だけだった。
『……失敗してもウチへの保証があるように、っていう、保険で受けてたんだよ。実際に失敗させようだなんて動いてなかったさ』
『そ。失敗しても、下がるのは信用だけだしね。GMからの信用が下がったところで、面倒くさいこんな依頼をまわされなくて済むじゃん』
二人が言っている言葉はもっともだ。
それに、失敗してもメリットがあるというのは実に上手い話だ。
いや、もしかしたら、私達がこの依頼を成功させていたとしても――
「――上手い話には裏がある。美味しい依頼は、怪しい依頼」
実際のところ、ゲーム内では殺し合いだって行われている。そういうゲームだからだ、と言えばそれまでだけれども……少し前によく言われていた『ゲーム脳』と世論が騒いでいた事があったね。
それは、ゲームと現実の区別がつかなくなってしまった脳のこと、だそうだが……幻想と現実の区別がつかないなんて、立派な精神疾患じゃないのかなと考えたことがある。
それは、妄想癖と何がどう違うのだろう? 本をよく読む私にとって、それは感情移入するような本を発禁にするようなものだと思ってしまった。
よくあるじゃないか、推理小説のトリックを真似て殺人を犯した、という話が。そうすると、ほとんどの本はこの世から消え去るしかないじゃないか。
本当にバカらしい話だね……そういえばランディも似たようなことを愚痴っていたっけな。考えていることは、残念ながら違ったけれども。
ともあれ、
「世論はこっちの味方だろうね……」
刑事告発した運営は「体の不自由な人たちが、望めば自由に社会進出できるように応援している」という会社理念を前面に押し出している。
こういう、目に見えた『正義』に飛びつきやすいのが世論というものだ。自分でちゃんと情報を調べない……ただそれが流行っているから、という理由でそちらに味方する。
――だから、すごく汚い。
「本当に、気分の悪い話だ……」
こういうときは、ランディの店に行って、ゆっくりとコーヒーでも飲むに限る。こんなことがあっても、きっと彼はいつものように出迎えてくれるだろう。
「だから、お前は、表の掛札が読めないのか?」
――なんてね。
――さて、壊してしまったのは誰でしょう?
誤字脱字、ご意見ご感想お待ちしております。




