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剣と魔法の物語  作者: 神楽風月
婚活編
67/97

第66話 クレバス

 命令――実に重い言葉だよ。

 ランディがアスールの気持ちに気付いていないわけがないのに、不和を持ち込むようなことを私は強要してしまったのだから、この結果は仕方がないのも納得している。

「ねぇ、アスール?」

 呼びかけには答えてくれない、こちらを向いてもくれない。

 必死に考える。

 考えて、結果は手を伸ばすことだった。

 肩に手を置く、せめてこちらを向いて欲しい。じゃないと、誠実に答えられないじゃないか。

 ――でも、その手を払われた。

 乾いた音と、手に響いた若干の衝撃。

 痛くないのに、痛い。

「触らないで欲しいんですけど?」

 でも、こちらを向いてくれた。

 ほんのちょっとだけ、顔半分だけだけど。

 こちらを向いてくれた。

「誤解だよ?」

「なにが?」

 言葉を多くしても、たぶん分かってくれない。

 言い訳にしか聞こえないだろうから。

 結果として私は裏切ってしまったのだから。

「正直に言う。だからせめて話を最後まで聞いて欲しい。そこから判断してくれて構わない、私の事をずっと憎んでくれたって構わない。だから、最後まで聞いてくれ」

 私には相手を丸め込むような口先なんか持っていない。せいぜいで、揚げ足を取るようなイタズラ程度なんだ。

「ここで、小五郎に襲われた。聞いたよね?」

 うなずいてもくれない。それでも顔半分だけ、その半分だけでも黙って聞いてくれていることがすごく嬉しかった。

「私だけじゃ負けていただろうし、死んでいた。そこを、ランディに助けてもらったんだ。アスールも同じような経験があるんだろう?」

 路地裏で路頭に迷っていた彼女を救ったのは、ランディだ。

「少し、ドキドキしてしまったんだ。見ての通り、私はそういった経験が少ない。当然、そういった抵抗もない」

 安易に、吊り橋効果の話は出さないほうがいい。

 私とアスール、形は違えど助けられたのだ。そしてドキドキしてしまった。それが初恋に発展するのは当然だと思う。

 だから、安易にその言葉で説明をしてはならない。

 ――じゃぁ私と彼女の気持ちは偽物だったのか、そういう話になってしまうから。

「アスールの手伝いをするといった手前、申し訳ないけれど。きっと私のも初恋だ」

 だから私の気持ちのほうを初恋であると誤魔化したほうが、よっぽどいい。共感が得られる。初恋でないと思っていても、それが最善手だ。

「……で? 敵対(ライバル)宣言?」

「そうとってもらっても構わない。憎ければ、存分に憎んでくれ――でも君のほうがよっぽどずるいんだ。何年も一緒に、ランディの傍に居座っている」

 そう、おおよそで三年。

 彼女はずっとランディの傍にいたんだ。私とは違う、ずっとずっと昔から一緒にいて、ずっと傍にいて……!

「ずるいのはレンさんだって同じでしょ! ずっとガランさんと一緒にいる! ほとんど毎日ガランさんを連れまわして! ()、のけものじゃない!」

「じゃぁ君はなんなんだい? ずっとランディの傍にいて、いつもアピールし続けてきて……それを差し引いてもまだ私をずるいというのかい? しかも今度はデートの約束もしているじゃないか。私は、純粋に、教えてもらっているだけの立場なのに、助けられているだけの立場なのに、君はずっと隣に立ち続けられる! 背中を預けられる! ああそうさ、私の構成を変えればそれが叶うかもしれないっていうのはわかっているさ! でもね、譲れないんだよ……本を読むことは」

 私は、ヘルフリート君たちの仕事を引き受けたとき、何も出来なかった自分が不甲斐なかった。ほとんどをランディに任せてしまった。

 だから、アスールがうらやましい。

 軍師だ魔女だと言われていても、私はまだまだ一ヶ月にも満たない初心者だ。でもアスールは違う、私よりずっと長くやっている。

 どうすればランディに恩返しが出来るか、ランディの役に立てるか、そういうことをちゃんと理解できている。

 だから――アスールが憎いと思ったこともある。

「……少し感情的になってしまったね」

 眼鏡の位置を正す。ゲームだから本当に意味はない、けれど、冷静さを取り戻すためのきっかけにはなる。

 ――別に私のは初恋じゃない、だからこれは、お芝居なんだ。

 でも、その上で、アスールと本音をぶつけられなければ、きっとずるずるとこのままだ。最悪な形での幕引き――ゲームからのフェードアウトなんて、絶対に嫌だ。

 大切な、友達なのに。

「君はただ、今の状況に胡坐をかいて、ぽっと出てきた相手に右往左往しかしていないじゃないか」

「まだ中学生ってだけでガランさんに迷惑がかかっているのに、これ以上迷惑なんてかけられるわけがないじゃない!」

 ――ようやく、私を見てくれた。

 そうだ、そうやって私を見て、私を意識して、私の事を考えてほしい……そうしてくれないと、誤解もなにもあったもんじゃないんだから。

「中学生だから? それがどうだっていうんだい? もう少ししたらランディは就職して、あまりログインしてくれなくなる。そのとき一番近くにいる君が有利になるのは目に見えているじゃないか」

「それでも連れ出すんでしょう!? 私を置いて!! 私をあの店に押し込めて!!」

「押し込める? バカを言うな! そうやって正妻ヅラできる立場がどれだけ有利なのか君は全然分かっていない!」

「誰が正妻ヅラしましたか?」

「しているじゃないか!」

 ――ダメだ、感情的になっては。

 これじゃあ、ただの男を取り合った口論じゃないか。

 私の気持ちは、初恋じゃないんだ……初恋じゃない。

「自分の家に帰れば、かならず君が出迎えてくれる。さしずめ私は不倫相手かい? ふざけるなよ……ちょっとぐらい、今だけでも夢を見させてくれたっていいじゃないか……」

 ちくちく痛むんだ。

 想像するだけで。

 初恋じゃないのに。

 私がランディの隣にいられないって考えるだけで。

「……アスール、君は敵だ。でも仲間だ。だから大切にしたい、でも容赦はしない」

 ランディに頼りたい、すがりたい――だから嘘はついていない

 ランディは好きだ、でも初恋じゃないはずだ――だから本当の事も言っていない。

 矛盾はしていない。

 だから、それを邪魔するアスールは邪魔者だ、でもギルドの仲間だ。だから大切にしたいし、それでも容赦はしない……それが私の、嘘偽りのない気持ちだ。

「レンさんの、卑怯者」

「ああ、卑怯者さ。それに、アスールには悪いけれど、ランディの次にサブマスターになるのは私だ。でも公私は分ける――だから純粋な競争だ」

 そしてその競争では、私はスタートラインから動くことはないだろう。

「勝ちたければ、アスールがもぎ取ればいい。手柄を立てるだけだ、私はそれを純粋に評価する、評価しないとランディから嫌われるからね」

 だから――

「私を信じるな。ランディを信じろ」

 私は軍師じゃない。

 でも、これが今の私が思いつくことのできる精一杯の策だ。



    [to be next scene Side Lucifer...]



 たしか五十人いましたね。男の方のほうが多かった気がしますが、今では女性のほうが多く目立ちます。およそ半分ぐらいまで減ったところでしょうか?

 そして、ゾンビの数は一切減っておりません。五体全て、健在です。

(なまじ、ただ乱暴に剣を叩きつけるだけの人達に何が出来るのかという話ですしね)

 もうこれ以上は勝ち目がないと、女性の方々は閣下のいる部屋へと続くこのロビー唯一の階段を目指して必死に逃げ始めます。男性はまだ戦えると言わんばかりに戦場に残りました。

 ――どちらも滑稽なものです。

「ふははははっ! さぁさぁどうしたのかなぁ!! 勇者さまは現れないのかなぁ!?」

 いくらハプニング装置だとはいえ、GMはウザいですね、相変わらず。

 そうそう、魔法なんて使えないじゃないと悪態をついて、折れて使い物にならなくなった魔法の杖を私に投げつける方もいらっしゃいました。

 ――その程度で怒る私ではございません。

 営業の方は、真っ先に餌食になってしまったようです。装備も何もない状況でしたからまぁ当然ですよね。

 ま、せいぜい教会で復活した異教徒どもに説法を聞かせておいていただきたいものです。

(……さて、どこから手をつけましょう?)

 GMは完全に遊んでいます。あれでもイベント、ハプニング装置ですからね。多少は操作して場を盛り上げる必要があるのですからしょうがないでしょう。

(前線の人間だけで戦争が出来るわけがない……)

 サブマスターの言葉です。後方支援は非常に重要であることを説いたお話ですね。その昔、後方支援がたった一人裏切ったために大量の死者が出たデスゲームイベントも存在するそうですしね。

(だから本来は私達が支援して英雄気分に浸らせるというシナリオだった(・・・)

 それをふいにしてしまったのが、何も分かっていない、熱気に駆られた異教徒達です。ですから、今すぐ助けるとしても、私一人の独断でしかありません。

 赦す、そんな気持ちはとうに失いましたが――これでもシスターの端くれ、汝の敵を愛せ、汝の隣人を愛せよ。

 泥をかぶるのは私一人で十分です。

「ヘルフリート君、キリヤちゃん」

「おう!」

「ようやく出番かっ!」

「そこで“お客様”をお守りしていてください」

 この場の指揮を任された私がそう命令するからこそ、私一人が泥をかぶれるのです。

「「ええー!?」」

「正直に言いますと、足手まといなんですよ。私の戦い方は、ほぼソロ用ですし、厄介な能力もありますから」

「足手まといかぁ……まぁ武器も防具もねぇし、しょうがないよなー」

「俺様活躍したかったのに」

「私も、二人の活躍は見たかったですよ」

 それは本心からの言葉でした――私はローブの裾をたくしあげて、隠し持っていたメイスを取り出します。

 あ、ヘルフリート君見てますか? お姉さんの生脚ですよ? ――なんて冗談ぐらい言えたら気も楽なんですがね。

「あっ! まだ武器隠し持ってた!」

「卑怯だー!」

「それがあったら勝てたかもしれないのに!」

 異教徒の負け犬どもの声なんて聞こえません。

 それにGMがイベントだと宣言したときに、武器はともかくとしても防具まで巻き上げるようなヤクザな人達にも言われたくありません。

「ただの回復役(ヒーラー)ですが、どうかお手柔らかにお願いします――!」

 挨拶もそこそこに、私は思い切り駆け出しました。

 距離はさほど離れていません、すぐさまメイスの射程内です。

「主のもとへ召されてくださいな!」

 私は武器というものを扱うのは非常に苦手です。

 けれど、これでもソフトボールは学生の頃授業でやった事がありますし、社内球技大会では七番という微妙な位置ではありますが、鈍器を横に振りぬくことだけは得意なのです。最近はバッティングセンターにもよく行きますしね。

 がつん! ――外角高め、ギリギリストライクゾーンに入った食屍鬼(グール)の頭でGM(ピッチャー)ゴロを打ってすぐさまダッシュのヒット&ラン。

 動きが鈍い相手ですので、すぐさま距離を取り、

「っと、そろそろHPが危険域の方もいらっしゃいますね――≪ヒーリング≫!」

 魔法の発動体にしてある聖別されたメイスを掲げて、一人の男性を回復いたします。

 ――まぁ、全員私の≪解体≫スキルよりレベルが低いというか、そもそもゼロレベルのため、ずっと解体線が見えっぱなしですから回復の判断は完全に目測なのですが。

 ワンテンポ遅れてキラキラとしたエフェクトが発生、みるみるうちに異教徒の傷が塞がっていきます。

「お、すげぇ!」

 剣が折れ、既にこぶしで戦っている状態ですので、全員反射ダメージでやられてしまう可能性がありますが……MPがもったいないですしね? 回復したという事実があればいいのです。

 これで最低限の義理は果たせましたから。

「――そうだ! ゾンビなら回復魔法で倒せるぞ!」

 異教徒の一人が声を上げました。

「いえ、そんな事は――」

「やれっ! ヤツに回復魔法だ!」

 おお、という希望の声と共に、後退しつつ私へ命令(・・)します……倒せると言いつつ、私の後ろに逃げる必要、ありますかね?

 しかも人の話を聞こうともしません。熱狂状態というものでしょうか?

 ほとほと困りますね、異教徒は……でもまぁ、いい薬になりそうですし、ここはのっておいてあげましょうか。

「回復魔法では倒せませんので、魔法を使ったと同時に突っ込んでください。一番近くのゾンビです」

「よし!」

「これで勝ったな!」

 死亡フラグをありがとうございます。

「≪ヒーリング≫」

「「「「「「「「うおおおおおおおお!」」」」」」」」

 私の詠唱と同時に、(とき)の声を上げて食屍鬼(グール)へと突撃していく、残った男性八名。

 少しばかり送れて、一番近くの食屍鬼(グール)に回復魔法のエフェクトがかかり、唐突に動きのキレがよくなった食屍鬼(グール)が一人を殴り飛ばします。

「――!?」

 顎のいいところに入りました。首がぐるんと真横に倒れます。あれは、頚骨が折れて死にましたねぇ……。

 あ、死んだのは「回復魔法が~」と叫んだ方でした。

「なんでだっ!?」

「えっ、バグ?」

 バグではありません、仕様です(・・・・)

 昔はバグを誤魔化すための言い分ですが、今回ばかりは本当に仕様なんですよね。

 そもそも教会の神父(NPC)曰く「回復魔法は自然治癒力を増加させるもの」だそうです。そこに信仰心は関係のない話であり、回復役(ヒーラー)と悪魔払いを行う祈祷師(エクソシスト)とはジャンルが一切異なります。

 そう、ちゃんと街でも説明のなされているとおり、これは仕様なんです。

(だから言ったんですよね、『回復魔法では倒せない』って)

 ゾンビは肉体が損傷しているからこそ動きが鈍い。なら肉体の損傷をどうにかしてあげれば動きにキレが出るのは当然の事ですよね……。

「だから言ったじゃないですか、回復魔法じゃ倒せないって」

「聞いてないぞぉおおおおおお!」

「言いましたが、説明する前に命令されましたからねぇ……命令した方は不幸にも倒されてしまいましたが、“お客様”の命令は絶対ですし、仕方ありませんよね?」

「何が不幸だ!」

 都合が悪くなれば駄々をこねるのって、子供じゃありませんかね? 遠くでは女性の参加者も見ていらっしゃいますよ?

 ――まぁ、今回は突発イベントとその熱狂のせいだということにして赦しておきましょうか。

 手段と目的をはきちがえ、最悪のパーティになってしまったという罰は下りそうですしね。

「――うわああああああ!?」

 数名が突然私を掴み、壁にするように前に突き出しました。

「ちょっと、戦いづらいのですが?」

 これでは私もやられてしまいます。

「死んだやつがゾンビになったんだよぉおおお!」

 ああ、そういう特性を持っていましたね。

「じゃぁさっさと逃げてください。女性にしがみつくなんてみっともない……!」

「に、逃げられるかっ!」

「じゃぁしがみつくのをやめていただきませんか――ねっ!」

 キレの良くなった食屍鬼(グール)が飛び掛ってきたので、メイスで打ち返します。

 腰も何も入っていない腕だけの力です。そのせいかあまり効いておらず、反撃を食らってしまいました。

 ちょっと痛いです――実際に痛みはありませんけど、そこは、お決まりのセリフということで。

(まったく異教徒どもは……!)

 ですがこの状況にも慣れています。

 ゾンビに掴みかかられるだけであっけなく沈むようでは、パーティの生命線を握る回復役(ヒーラー)としては決して許されざる行為です。

 戦いは回復役(ヒーラー)から潰せ、とは昔から言われていることです。回復役(ヒーラー)が死ぬ時は、パーティの最期。故に死ぬならばパーティの最後であること。

 そしてMPが切れたからといってパーティが瓦解させてしまうようなこともあってはならないことなのです。

 だからこそ自衛するだけの戦闘能力か、危機回避能力。そして確実に全員を生き延びさせるための入念な下準備が必要になり、戦えば戦うほど赤字になってしまうこともあるほどの激戦区――傷の絶えない戦士たちにとって、回復されるのは当然だと思われてしまいがちになりますが、いなければ成り立たないことも多い。それは、騎士よりも誇り高く尊い職業です。

 そんな私が、この異教徒どもごときに負けるいわれはございません!

「そうやって人の影に隠れるクズだからこそ結婚もなにもできないんですよ!」

 私も結婚できていませんが!

「“お客様”だとちやほやされて、思い上がってるクズが! さっさと帰れ豚野郎!」

 どの体勢、どの状況でも使用できるように、服の下にはありとあらゆる対応策が仕込んであります。

 今回は袖の下――手首の内側に隠し持った聖水が入った試験管三本を目の前の敵にぶち当てます。

 純粋な聖属性一レベル級が三発直撃――ですが相手は不死者(アンデッド)、弱点倍率いくらかは分かりませんが、たまらぬ威力となるでしょう。

「おあっ……おあっ…おあっ……!」

 そしてアザラシのような奇妙な声を上げて、継続ダメージを受け始めます。

 聖水は一発分のDPSこそ通常のボール系よりもかなり低くなっていますが、聖属性弱点相手ならば、聖水には毒と同じく継続ダメージが発生するというオマケつき。実にお徳ですね。

 続いて逆側に隠し持った聖水三本すべてを地面にばら撒きます。これで聖属性弱点相手は踏み入った瞬間に継続ダメージ判定が入り、動きが鈍る――つまり、ちょっとした足止めにはなります。

「さっさと退けっ! ゴミども! お前らのせいで私まで死んでしまうわっ!」

 まったく、どこでどう間違ったんでしょうか?

 ――おそらくは最初から間違っていたのでしょうね。

 オタクのゲームだとバカにしていたようですが……その実、障害者のために貢献していて、職業訓練に利用され、スポーツ選手や警察の訓練にも使われることのある由緒正しい仮想世界だというのに。

 その程度の事も調べず、マスコミに踊らされ、きちんと実態を把握せず、ただちょうどいい市場になるからと手の平を返して――まったく、本当に、

(現実を舐めていると言う言葉がありますが)

 ゲームを舐めている。

 ですから壊しましょう。

 最初に忠告したとおりに、ぶち壊してあげましょう――誰かが私を止めるまで。



    [to be next scene Side Len...]



「――よし! ゲリュオーンI型改、起動!」

 私とアスールの言い争いが途切れて、睨み合いという静寂を破ったのは……空気の読めていないタロスの盛大な大声だった。

「うっせぇえよ!」

 ランディが怒鳴りつけている、少しだけピリピリしているように見えるけれど――多分、本当にピリピリしているんだろうね。

 私のせいで、亀裂が入っているのだから。

「慎重に動かすのであるぞ、うっかり雪崩が起きてしまっては元も子もない!」

「問題ない。そもそも寒さのせいで出力があまり上がっていないからな。本来の出力を取り戻すためには、もう少し暖気(アイドリング)が必要だ」

「起動中の熱で溶かせねぇのか?」

「燃料を次々と投入している。もう少しすればそれも出来るだろう」

 ランディとクロウが、頭部だけゲリュオーンの雪だるまに語りかけ続けている。実におかしな光景だ。

「しかしコクピットまで雪まみれだ……密閉型が作れればいいのだが……これが現実なら私は凍えて死んでしまうかもしれないな、かなり涼しいぞ」

 寒い、まで行かないのはリミッター……というよりも、そういう設定にされているからなんだろうね。

「ウォッカでも飲んでろ」

「アルコールで温まるのは体の表面だけだ、実際には凍傷を防ぐ等といった緊急的な……そうかアルコールか! いいヒントを貰ったぞガランティーヌ!」

「現状でロボットのほうに頭をやってんな!」

 ランディが、ゲリュオーンの肩辺りから飛び降り、そうしてゆっくりと私達に近づいてきた。

「――で、作戦は?」

 さっきの言い争いが聞こえていたのにもかかわらず、まるでランディはそれが聞こえていなかったみたいに、私に問いかけてきた。

 ここで吐露してしまった感情は、聞こえていなかったことにする――きっと、そういうことなんだろう。

 アスールの事を考えてなのか、それとも私の事を思ってなのかは分からないけれども……でも、なかったことにしてくれるのは正直嬉しかった。

 じゃないと、私もアスールも、ランディに合わせる顔がないから。

「それは、アスールの口から」

 私には一切教えられていない。でも、アスールは方法が分かっているようだった。

 この言い方では、私の手柄になってしまうようだけれども……私はランディに関しては、徹底してアスールと敵対することに決めたんだ。

 私を嫌ってくれていい、でもランディだけは嫌いにならないようにしてくれればいい――そうすれば、遺恨は残っても、丸く収まるのだから。

「……水」

 私の態度が気に食わないんだろうね、一言だけだ。

「水?」

「アタシの地方だと、雪を溶かすときに水を撒くの。積もっちゃわないうちにね」

「凍らないのか?」

「不思議と凍らないんだよね、撒き続けるからかな? それに、今は雪があるだけで凍るような気温じゃないし。あと融雪用水路っていうのもあるよ。こっちは積もったときに使うんだ」

「なるほど……」

 滝が凍ったところをテレビで見たことがあるけれど、そうならないこともあるのか……まったく思いつかなかった。

「水か……」

「――≪スコール≫の出番であるな!」

 唐突に、会話に割って入ってきたのはクロウだった。

「あれは雨を降らせる魔法である! 七十八レベル級ともなれば、まさにバケツをひっくり返したが如くよ!」

「へぇ」

 それは凄まじいな。

「だがしかし、雪とは水に溶けるものであるのか?」

「中二ー、ちょっと常識でものを考えてくんない? 雪って氷の結晶だよ? 普通に水で溶けるっての」

「ふむ……確かにレーコーの氷もいずれ溶けてしまう。考えても見れば当然であるな」

「レーコーってなに?」

「関西の方言で、冷たいコーヒーだよ。主に大阪を中心に使われているね。ちなみに中高年が使う言葉だと聞いたことがある」

「……」

 ――私の言葉には反応を示してくれない、か。

「オ、(オレ)まだ二十代やし!?」

「半分地ぃ出てっぞ、クロウ……」

 そして変なところに流れ弾がいっちゃったよ。

「けどそれ、流氷みたくならないのか?」

「なるよ?」

「……雪崩とどう違うんだ?」

「ふっふっふ……ガランさん。甘いねぇ? 雪はすぐに溶けるから、雪崩と違って閉じ込められないのだよ!」

「へぇ」

「……ガランさんノリわるーい」

「ああ、悪い」

 彼女なりに雰囲気を良くしようとしているのかもしれないけれど、アスールはどこか空回っている感じがした。

 私とのケンカのせいだろう……仲のいいギルドだったのに、私が亀裂を入れてしまったんだ。

 これじゃぁ、ランディに顔向けできないよ……。

「ともかく! 水をかければ雪はシャーベット状になるから、埋もれても抜け出すことは簡単だよ。雪崩よりはマシ。津波に対抗するみたいに、高いところに上っていれば、そもそも大丈夫だしね」

「……ゲリュオーンか」

 先ほどから、アイドリングにかまけて仲間はずれになっているタロス――が乗っているゲリュオーンに目を向けた。

「作戦はこう! ロボフェチのロボに乗りながら、軍師の≪スコール≫で雪を溶かしながら洗い流す! ロボフェチにはアタシたちを守らせるように頑張らせる! 壁が使えればいいんだけれど、魔法は魔法で相殺できちゃうから難しいしね。あとはロボフェチのロボットで突入口を開いて、アタシが切り込む!」

 あくまでも正面突破、ということだね。

 私の作戦よりよっぽどいい。

「なるほど……俺らは?」

「後詰かな」

「一人で行けるのか?」

「だいじょーぶですよガランさん! アタシ、≪リジェネレイション≫ありますから! ……ついでに、軍師が(・・・)サポートしてくれるしね」

「――は?」

 聞いていないよ、そんな事は。

「そうか、そういう作戦か」

「え、でも……」

「レン。お前の立てた(・・・・・・)作戦だろ? 何を不思議に思ってんだよ」

「――ッ」

 そうだ、私の手柄にしてしまった(・・・・・・)んだった。

「……そうだね、ちょっと緊張していたのかもしれない」

 アスールが私の事を見ている。

 とても強い意志を持って、睨みつけている。

(――そうだよね)

 私は、アスールの、敵だもの。

 アスールはきっと、何もしないだろう。いや、不審に思われないよう、多少は動くだろう……そして私が立てたことになっている作戦が失敗すれば、私の株は大暴落だ。

 ――それが私への罰なんだ。

「それじゃぁ、状況を開始しよう」

 胸がちくちく痛むけれども、アスールは大切な友人だけれども、ランディに恩返ししたかったけれども。

 これは全部、私の軽率な行動から出た結果なのだから。

 この世界では『回復魔法=単純に傷(HP)を回復する魔法』なのでゾンビが倒せるわけがない!

 そういうゲーム脳を狙い撃ちする、運営の悪行の一つなのです。


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